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【怖い話】<禍話> あいだの道

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前の話:【禍話】赤い隣

「本当によくない場所のことって、意外と広まらないもんなんだよ」
 先の2つの話をしてくれた人はそう言うのだった。
「広まらないってよりは、取り上げにくい、って言った方がいいかな……」

 これも私が体験したんじゃなく、人から聞いた話なんだよね。
 そうだなぁ、仮にA氏、ってことにしとこうか。
 A氏がまず、こういう因縁話を小耳に挟んだって言うんだよ。
 人が死んだ、道の話──

 その土地は5、60年くらい前、住宅地にしようと山を切り崩した場所である。
 ぽつぽつと家ができて、そろそろ町らしくなってきたかな、という頃のこと。
 一組の夫婦が越してきたという。
 とても仲のいい夫婦で、喧嘩はもちろん、揉める様子すら目撃されたことはなかったそうである。

 仲が良すぎると、何かの拍子にこじれた時に大変なことになる。
 理由はわからない。とにかく喧嘩になったのだろう。
 その結果、一方が他方を殺めてしまったそうだ。
 ここからが奇妙な点なのだが──大昔の事件とは言え、いちばん重要なことがあやふやになっている。
 どちらがどちらを殺したのかがわからない。
 夫が妻を殺したのか、妻が夫を殺したのかが不明なのだという。

 ともかく家の中で、一方が他方に手をかけた。
 被害者側は傷を負って逃げ出して、家の脇の道を逃げる。加害者は追いかけて道を走り、ついにとどめを刺してしまった。
 そして何を思ったのか加害者は、死体をずるずるずるずるずる、と引きずったのだそうだ。未舗装の道を、十数メートルばかり。
 この後の詳細は不明ながら、どうも加害者は病院に入れられてしまったらしい。

 それからというもの、その「道」は手つかずのままになった。
 人が流入してきて、家が多く建ち、街が大きくなり、20年30年40年50年経ち、元号が変わっても「道」だけは、庭にもならず家にもならず「道」のまま。
 もちろん、道の右と左には立派な家が建った。だが道だけは、塀に挟まれてひっそりと存在している。
 町の人が囁き合うのによれば、「あそこを家の敷地にするなんてとんでもないよ」という。
 道のままでもよくないって言うのに……

 その小道を挟む2軒の家。
 立地条件のいい借家なのだけれど、どうにも人が長く居つかない。

 洗濯物を取り込もうと外に出たら、小道を「妙なモノ」が歩いていたとか。
 子供を庭で遊ばせていたら、突然火がついたようにワーッと泣きはじめたとか。
 居間にいてふと窓の外を見たら、塀の向こうに人のような何かがぬっと立っていたとか。
 そういうものを目撃する住人が気味悪がって、早々に転居してしまうそうである。
 例外的に長く住む人間もいるにはいる。しかしちょっと様子がおかしくなって、結局引っ越してしまう。
 ちなみに今は、両方の家とも埋まってて、平和に暮らしてるらしい──

 ──などという噂を知ったA氏が、「面白そうだな」と見に行った。
 遠出しにくい情勢が続いているストレスの解消と、単純な好奇心で出向いてみたのだった。

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 ごく普通の住宅街、ごく普通の家2軒の間に、その小道はあった。
 実際見てみると、すごくイヤな場所だったそうである。
「小道」と呼ぶにも狭すぎるような、「隘路」とか「スキマ」といった道幅だった。電柱や街灯もない。左右の塀にライトの類もついていない。
 昼なのにそこだけ薄暗く、覗いただけでも湿り気のようなものを感じた。これは確かに、「何か」出てもおかしくない気がする。
 余裕があったら入ってみようかとも思っていた。が、こんな道にはとても入りたくない。塀も低すぎる。左右どちらかの家の人に見咎められたら恥ずかしい。
 そんなこともあってA氏は、道の中に入るまでには至らずに帰ったのだという。

 ここで終わっていればよかったのだが──

 会社の同僚たちに、「いや実はこういう心霊スポットみたいな場所を聞いて、出かけてみたんだけどさ」と話をしてしまった。
 好奇心に負ける人間というのは、必ず出てくるものである。
「で、結局入んなかったんだ?」と同僚のひとりが言った。
「入んないよ……いま言ったろ。気持ち悪いし、暗いし、両隣の家にも気兼ねするし」
「え~、でももったいないよなぁ。せっかく割と近い場所に、そんな心霊スポットみたいなのがあるのに……」

 その同僚はA氏から場所を聞き出した。行くつもりらしかった。どうせなら夜に行く、と言う。
 可哀想なことに、会社の後輩のひとりが同僚に捕まってしまった。
「いやボクは……」と抵抗する彼を同僚は脅し、なだめ、丸め込んで、結局同行することを了承させてしまった。

 このやりとりが、金曜の昼。
 土日があって、月曜になった。

 同僚はげっそりとした面持ちで、目の下にクマを作って出社してきた。無精髭を生やしたまま来たので、ロッカールームで剃っている。
 一方の、連れていかれた後輩は身綺麗に出てきている。ただ同僚や、例の噂を持ってきたA氏周辺のことは明らかに避けている様子だった。

「……どうした? あの道でなんかあった?」
 A氏がそう尋ねると同僚は最初いや……と言い淀んでいたが、
「やっぱりああいう所って、行くもんじゃねぇな」
 と答えて、土曜の夜の出来事を話しはじめた。

 夜と言っても深夜ではなく、若い時間帯に出向いたそうである。
 嫌がる後輩を引っぱるようにして、当の道に到着した。

 同僚は少なからず驚いた。狭いとは聞いていたものの、想像以上に狭い。大人の男の肩幅より少し広い、といったくらいだ。
 塀もすごく低い。両隣の家の敷地からも近いので、ひそひそした会話も届いてしまいそうである。
「あぁ、こりゃ2人じゃ入れねぇなぁ」と小声で言った。「オバケとかが出たら逃げらんないよ。この幅じゃ横にも避けられないし」
 後輩が渋い顔をするので、同僚氏はひとりで道に入ることにした。後輩には歩行者や、家の住人が出てこないか見張りを頼む。
「じゃあ……変な動きとかあったら呼べよな」
「ハイ……」
「でかい声出すなよ? そっと呼べよ?」

 塀から頭が出ないように身を縮めて、静かに奥へと歩いていく。
 スマホで足元を照らしながら行く。ふとライトを先に流すと、一番奥は行き止まり。よその家の塀が冷たく立っているだけだ。本当に、意味のない小道だと思った。
 左右の家、2階は真っ暗だ。1階はどうだろう。しかし顔を出すわけにはいかない。

(……ん?)
 スマホを下に向けて、かがむように進んでいたので気づいた。
 
 塀の途中、その下部。
 何か書いてある。
 文字らしい。平仮名のようだ。
 白いチョークか何かで、薄く書いてある。
 手元の光源だけでは、それしかわからない。

 音を立てないようにしゃがみながら、スマホの明かりを強くした。
 文字を照らした。

「うっ……」
 口から声が洩れた。

いま すぐに

 と、白いチョークで書いてある。
 その5文字に、白いチョークでうっすらと✕が乗っている。
 
 本気で消そうとしたのではない。
 読めるように消してある。
 そう思った。

(なんだこれ……)
 同僚はこの文字列を見てしばらく固まってしまった。
(いやぁ……ヤベぇ気がするぞ……)
 背中にじっとりと汗を感じながら、息を詰めてゆるゆると、探るように立ち上がる。

 その時に、気づいた。

 はぁ、はぁ、はぁ、

 誰かの荒い息づかいが聞こえる。

 はぁ、はぁ、はぁ、

 ひとりではない。
 3人か4人。
 上から。

 視線を上げた。
 

 左右の家。
 2階から身を乗り出している人間がいる。
 それぞれに2人ずついるように見える。

 真っ暗で顔は見えない。
 性別もわからない。
 黒い影だけ。

 獣のような息づかいは、その4人ほどの人影から聞こえる。

 はぁ、はぁ、はぁ、

 そいつらは確実に、こっちを見下ろしていた。

 恐怖で全身が硬直した。
 踵を返すことができない。
 目を左右の2階に走らせたまま、後ずさりしていく。
「なんですか……? どうしたんですか……!」
 背中の方で後輩が小さく叫ぶ声がする。返事はできなかった。
 足を上げることすらできない。ずるずると後退する。

 はぁ、はぁ、はぁ……

 複数の荒い口呼吸から、少しずつ離れていく。
 とん、と背中を叩かれた。
 グッ、と息が詰まったものの、後輩の手だった。
 いつの間にか小道をほぼ出て、道路まで逃げていた。
「なんですか……どうしたんですか!」
 後輩がせっつくのを押さえる。
「ちょっとここ……ここだと話できない……。あっちの、もっと大通りの、明るい道に出て」

 カランカランカランッ

 小道の奥から音が飛んできた。
 反射的にスマホの明かりを向ける。

 文字のあったあたりの地べたに、物体が落ちていた。
 車から引き剥がした金属片か、鉄クズのように見えた。
 水に濡れている。
 端に泡のようなものがついている。
 洗ってある。

「え、なに」
 言う前に再び、

 カランカランカランッ

 塀と塀の間に、金属片の2つ目が飛び込んできた。
 跳ね返って止まる。
 濡れていて、洗った形跡があった。
 どちらかの家の2階から飛んできたのに違いなかった。

 両隣の家の2階から彼の立ち止まっていた位置に、金属片が投げ込まれたのだった。

 うわ、と同僚と後輩はふたり連れだって、全速力でその場を走り去った。
 明るいところに出て落ち着いてから説明すると、後輩は真っ青な顔になった。
 それからは二人とも口を開かず、別れ際も「じゃあ……」「はい……」と短く言って、帰ったのだという。

「それが土曜の夜だよ。帰っても怖くて全然眠れねぇの。目を閉じるとあの文字とか、息づかいとか、音とか、金属片とかが甦ってきてさ……。特にあの息づかいが、耳から離れなくて」
 日曜の朝、昼になってもろくに眠れず、買ってきた酒の力で無理矢理に寝たのだという。
「いやぁ、近場にあんなおっかねぇ道があったなんてな……。Aさぁ、お前正解だったわ。あそこ、入んない方がいいわ……」

 やつれた顔つきで、同僚は呟いた。

 このやりとりが、月曜の昼。
 火曜があって、水曜になった。

 後輩が、どこぞの家のクレーム対応に当たることになったという。
 相手はけっこう気難しい人だったらしく、A氏は心配になった。例の道の騒動からもう4日も経っていたので、関係は元に戻っている。
「お前大丈夫か? 俺も一緒に行って頭、下げようか?」
 A氏が声をかけると後輩は、
「大丈夫ですよ! そろそろこういうの、一人でできるようにならないとダメですし」
 と殊勝なことを言うのだった。
 偉いもんだな、とA氏を含めた先輩たちは感心して、後輩を送り出した。

 夕刻になっても、後輩は帰って来なかった。
 丁寧に謝るとは言え、90分もあれば戻って来られる仕事である。
 こりゃあ向こうさんにキツく言われてるんじゃあ、とA氏たちが不安に思って上司に「アイツ、帰ってきませんね」と水を向けた。
 上司は不思議そうな表情をした。
「え? いや、だいぶ前に、『無事に終わりました。よかったです』ってメールがあったんだけど……帰ってきてない?」
 え、と全員が顔を見合わせた時だった。着信音が鳴り響いた。
「あ、俺です」と言ったのは、例の小道に入った同僚だった。
「あれ、アイツからメール来て……うわぁっ」
 スマホを見た彼がガタガタ震え出した。
 どうした、と寄っていく。
 同僚はスマホを無言で差し出してきた。

 件名は、

これで解決!

 だった。

 画像が添付されている。
 おそるおそる開く。

 そこには、後輩の姿が写っていた。

 ひどく狭い道に立っていた。
 低い塀に挟まれた、薄暗い道だった。
 スーツ姿で、両腕を上げている。
 顔は晴れ晴れしく、一仕事終えた時のように笑っていた。
 掲げられた手に何か持っている。
 塀の陰になっていてよく見えなかった。
 傾いた太陽の光を浴びてそれは、鈍く光っているように見える。

 その写真は、2階から撮影されていた。

 

 まぁしばらくしたらその後輩、帰ってきまして。
 やっぱりというか、ちょっとおかしくなってましてね。
 少し休みを取ってもらって。今はまぁ、元気ですよ。おかしな様子はないです。ごく普通の会社員、ですね。一応。

 ただ、とA氏は言うんだよね。

「道に行った日からその水曜までの時期の話になると彼、『よかったですよ! 大丈夫です!』ってしか言わないんですよ……」

 

 本当に、行ってはいけない場所っていうのはあるんですね。
 A氏はそう言って、顔をこわばらせてたよ。

 それでねぇ、とこれらの話──Aくん、Aさん、A氏の話──を持ち込んだ人は言った。
 
「最初にこの道の話を聞いて、じゃあ住民もなんか見てるんじゃないの? って聞いて回ってみたら……こういうことになってたわけね。
 で、まぁざっと2年くらい経ってるけど、もしかしたら家の人たちってまだ、気づかずに住んでるかもしれないじゃん?
 だから、場所が特定されるとマズいから、細かい部分は適当に変えてあるんだけど……。そうそう、あのねぇ。
 持ってたのは『●●●●』じゃなくて、『金属片』ってことにしておいてくれる? これが一番よくない気がするから……」

 世の中には知られてない「そういう」場所があるってのは、つまりこういうことなんだよね。

 その人は言って、3つの話を終えたのだった。

(了)

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