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【怖い話】<禍話> 喪服の奴ら

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彼には、定期的に見る夢があるそうだ。
毎年ではないが、決まってお盆の時期。
喪服を着た知らない男が家にやって来る夢なのだという。

 最初に見たのは、中学生の時だった。
 夢の中では、家で一人で留守番をしている。すると、ドアチャイムが鳴る。
 彼がスコープを覗くと、知らない男が立っている。黒いスーツ。どうやら喪服のようだ。
 親の知り合いかな、別に最近不幸があったわけじゃないし、面倒だからいないフリをしとこう、と居留守を決めこむ。何度かチャイムが鳴る。粘るなぁあの人、と眉をひそめていると、フッと目が覚める。

 そんな夢だった。妙な夢だなぁと頭には残ったが、さほど気にはならない。それから高校時代にかけて、同じ夢を1、2回見た。

 大学生になり、念願の一人暮らしが始まった。学生アパートに一人きり、気楽な生活である。

 と、またお盆の時期に夢を見た。

 自分の住む、このアパートだ。一人でぼんやりしていると、ドアチャイムが鳴る。スコープを覗くと、喪服の男だ。何故か夢の中では「またあの男か」「またこの夢か」とは思わない。
 出てもいいのだが、何故か出たくない。ゆったりとした間隔を置いて、ピンポーン…………ピンポーン…………とチャイムが数回鳴る。しつこいなぁと思っていると、目が覚める。いつもと同じ流れだった。

 ただ今回は、男の年齢が30代であることを記憶していた。

 次に見たのは、社会人になりたての頃。学生アパートからちょっとしたマンションに引っ越した年のお盆だった。

 チャイムが鳴る。スコープを覗く。喪服の30代の男がいる。いないフリをする……いつもと同じだった。
 しかし今回は、チャイムの間隔が狭くなっていた。ピンポーン ピンポーン ピンポーン、と少し苛立ったように連続で部屋に鳴り響く。うるさいなぁと思っていると、目が覚めた。

 夢の中ではそうとは気づかないが、起きてから考える。あの男は何度も何度も自分を訪ねて来る。あれは、何者なのだろう? そう思った。

 それから数年経って、仕事の都合で転勤になった。引っ越した先のマンション。お盆の頃に、また夢を見た。

 部屋で一人きりでいると、ピンポーン、とチャイムが鳴る。玄関を見る。

 ドアの鍵がかかっていない。

 ドアが開いた。

 ガチャン、と音がした。チェーンがかけてあるのだ。

 いま彼がいるのは、玄関から見えない場所だ。
 ドアが開いた音はしたが、閉めた音はしていない。だからおそらく、手の平くらいの長さに開いたドアから、喪服の男が部屋の中を覗いているに違いない。
 男は覗きながらピンポーンピンポーンピンポーンと執拗にチャイムを鳴らす。いますよね? いますよね? いますよね? と言いたげに何度も鳴らす。
 何なんだよ、どういうつもりなんだ、息をひそめながら考える。声を出したり物音を立てたら「やっぱりいるじゃないですかァ」と言われるような気がする。どうすればいいんだ、どうすれば。

 と、そこで目が覚めた。

 あの男に会ったら、どうなってしまうのだろう。ジワリとした恐怖が数日間居残ったが、元より数年に一度しか見ない夢である。日々の忙しさのせいで記憶の底に流されていった。

 そして、2017年のお盆の頃。休みの前の日の夜、夢を見た。

 いつものようにチャイムが鳴る。

 ドアの鍵はかかっていない。

 今回は、チェーンもかかっていなかった。

 ドアがガチャリ、と開いた

 ドアが開くと、あの30代の喪服の男がそこに立っていた。

「……○○さんですね?」

「はい……」

 夢の中だからか、今まで見た夢の記憶はない。ごく自然にそう返事をした。

「やっと、お会いできましたね……」
 男はそう言った。

 今回はなぜか、隣に知らない女も立っていたという。やはり喪服を着ていた。

 男の方は「いやぁ……ようやくお会いできましたねぇ……」と、感慨深い様子で何度も繰り返す。
 彼は、「それで…………どういうご用件でしょうか?」と尋ねた。

 彼曰く、そこからがよくわからないらしい。

 喪服の2人が語るには、彼は2人の属する「集団」か「グループ」に、どうも大変な不義理を重ねているらしい。
 我々に迷惑がかかっています。
 とても困っています。
 だが話が見えてこない。具体的にどんな不義理なのか、いかなる迷惑なのかよくわからない。
 男と女の口調は懇切丁寧で、いかに彼が相手の「集団」を困らせているのかを噛んで含めるように説明する。しかしその内容がわからない。

 先方の言葉遣いがやたらと遠回しで、難しい単語も使われている。だが要するに「とにかくあなたが悪い」との話を繰り返すばかりである。

 そしてこれは、どうやら彼が平身低頭で謝罪するとか、お金を払えば済むような問題ではないらしいのだ。
 ではどうすればよいのかといえばこれもわからない。男も女も知らない言葉を織り混ぜてくるし、どうも核心部分を言わない。

「タイシャに」
「付き合っている方ですとか」
「今お持ちのモノですとか」
「差し出していただくような」
「あるいはお知り合いの方」
「身代わりになるということで」

 判然としないが、先方は「とにかくあなたが悪い」「責任をとってほしい」と、長々と説明している。

 気弱な人間であれば、ここでとりあえず謝ってしまうかもしれない。だが彼はそうではなかった。

「あのう、」2人が滔々と話す流れに割り込んだ。
「さっきから話されてることなんですけど、全然理解できないんですよ。
 自分は悪いことはしてないと思いますし、謝ったり、何かする必要もないと思うんです。ですから、こっちとしては何も出せないんですよ」

「……………………お前なぁ!」

 突然、喪服の男の方が彼の胸ぐらを掴んだ。
 驚きのあまり反射的に男の手を掴み返した。男の手はおそろしく冷たかった。そして何故かヌルリ、としていた。

「なっ……」と絶句して震えていると、男の隣にいた喪服の女がこう言った。

「あなた……! 何してるの…………!」

 そう言われて男はハッと我に返り、服を掴んでいた手を離した。女はほとんど驚愕の形相で、男を凝視している。
 男は「あっ」と短く叫んだ後は、言葉をほとんど失ったように「すいません……すいません……」と謝り続ける。

 その豹変ぶりにひどく混乱したが、どうやら先方は、「言葉で相手を説き伏せて『はい』と言わせねばならなかった」らしい、ということがなんとなくわかった。
 どういう言葉、論法を使ってもいいが、手は出していけない決まりで、それをこの喪服の男が破ってしまった。女はそれをたしなめたようなのだった。

 女が真っ青な顔で男に言う。

「あなたね……、これがスドウさんに知られたら、大変なことになるよ……?」

 男は幾度も幾度も頭を下げる。 

「すいません……本当に申し訳ないことを……これは、スドウには言わないでおいていただきたいのです……本当にすいません……
 二度とこちらには参りませんので……もし街でお会いしても他人もいうことで……どうか、どうかご内聞に…………! すいません……!」

 喪服の2人はくどいほどに謝罪を繰り返しながら、玄関から出た。そしてマンションのドアはガチャリ、と閉じられた。

 そこで目が覚めた。

 …………何だったんだろう、と思った。

 あそこで彼らの気迫に押されて謝っていたら、わかりましたと答えていたら、一体どうなっていたのだろう。そう考えると、とても怖くなった。
 それに、スドウさんというのは誰なのか。彼にそんな名前の知人はいない。彼らの上司のようなものなのか。
 わからないことだらけの夢だったが、ぼんやりと、これで「この夢は全部終わった」という気がした。

 休日の朝だったので、しばらくゆっくりしてから買い物に出かけた。シャッターが閉まった店の多い、寂れた商店街である。
 と突然、曇ってもいない青空から雨が降ってきた。
 うわっマジかよ、天気予報で雨なんて言ってなかったぞ。シャッターの閉まった店の軒下に避難する。元はタバコ屋だったらしいその店先にはちんまりした屋根がついていて、弱い雨ならやり過ごせそうだった。

 困ったなぁ、すぐ止むならいいけど、これっていつまで降るかな……。晴れた雨空を見上げながらそうぼやいていると、

「このたびは ふたりが ごめいわくを おかけしました」

 耳の後ろから声がした。
 振り返っても、そこはただのシャッターである。誰もいない。周りを見回した。誰もいない。
 聞いたことのない、知らない中年男性の声だった。

 これってあの、さっきの2人の言ってた、「スドウさん」……?
 彼はタバコ屋の軒下でしばらく動けなかったそうだ。

 後日。

 中年の男の声が聞こえた左耳。その後ろ。そこに皮脂だか老廃物だかが溜まって、ポッコリと腫れ上がってしまったという。
 もっとも、半日もかからない簡単な手術で取り除けて、後遺症も何もないものだったそうなのだが。

 去年、2018年は、お盆の頃に夢を見なかった。
 しかし今年あるいは来年、お盆の頃に、果たして喪服の奴らの夢を見るのかどうか。見たとしたら、どんな夢の内容になるのか。それはまだわからない。

(了)

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