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【怖い話】<禍話> 墨の村

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Kさんは、廃墟や廃村に泊まるのが好きなのだそうだ。
 キャンプ用具を一揃い背負って田舎を歩いたり、山に分け入ったりする。
 いい具合の廃墟・廃村を見つけると、「あぁいいな」「これはいいぞ」と泊まるのだという。
 なお、Kさんは女性である。

「廃墟に泊まるのって、何がいいんですか?」と聞くと、 
「雰囲気をねぇ……楽しむんですよ……」と彼女は答える。

 よくわからないが、なんか楽しいらしい。
 そのへんのことは置くとして、何か変な体験はないですか? と尋ねてみた。

「まぁ廃墟に泊まるんでね、たまにはありますよ。変なのを見たりとかおかしなモノがあったりとか……そうそう、こういう怖いことがありましたね……」

 例によってKさんは、ある山に目星をつけて奥へと進んでいた。このあたりに、誰も住まなくなった村があるはずなのだ。
 少し登ったところに小さな集落があった。古びた家屋や小屋が点々と残っている。 
 Kさんは村をざっと見渡して、「あ~、すごくいい感じだな」と思ったという。
「かなりいい感じの村だぞ、よしよし……」
 うんうん頷きながら集落の中を歩いていると──

「お話の途中なんですけどちょっといいですか。『いい感じ』ってのは、どういう感じなんですかね?」
「いい感じなんですよ」
「空気感とか、建物の古びた様子とか、そういう?」
「具体的にはね、『誰かにずっと遠くから見られてる気配がある』んですよね」
「それが、『いい感じ』なんですか」
「はい」
「………………………………」

 ──うんうん頷きながら集落の中を歩いていると、ごく小さな、自治会館のような建物があった。その昔、一年の折々に住民が集まって会議や酒盛りでもしていたのだろう。ちっぽけな平屋である。
 窓も割れておらず壁もそのまま、入り口の戸もしっかりしている。
 戸に手をかけた。
 からり、と開いた。

 玄関から上がって少し行くと内扉があり、その向こうには広い座敷があった。ホコリはひどいものの、床が落ちたり天井が崩れたりはしていない。
 玄関の脇にちょっとした掲示板のようなものがあった。半紙の切れはしのようなものが、錆びた画鋲の下に残っている。
 きっと以前は、村の小学生や老人が書いた“賀正”とか“豊作”なんて習字を飾っていたに違いない。昔を忍ばせる。

「あ~、これはいい宿泊場所だな」とKさんは感激した。
「いい廃村にいい廃墟。奥ゆかしい。悪い要素が見当たらないぞ」 
 ニコニコしながら中に入った。 
 剛胆なKさんだが、山の野性動物は怖い。拾っておいた木の枝を戸にかませてロックする。
 座敷へと行って荷物を下ろし、寝袋、ライト、簡易コンロとヤカンなどを取り出して、宿泊準備は万端となった。
 窓を見た。一枚も割れていない。外が赤い。時刻はもう夕方である。
「いや~、いい! ずーっとどこからか視線を感じる! ここは素晴らしい!」
 大当たりだな、と静かにひとり喜んでいた。

 山の夜は足早にやって来る。
 ライトをつけて、カップラーメンを食べ、音楽などを流しつつゆったりとお菓子などを食べていると、辺りは真っ暗になった。
 ラーメンをすすり、甘いお菓子を頬張っている最中も、
「いや~、いい感じだな!」
「いい感じの村だな!」
「なんて素敵な村だろう!」
 という幸福な感触は、Kさんの中から消えなかった。
 食べた容器をゴミ袋に入れて音楽を切ると、何の音もしなくなった。 
 服の衣擦れ以外は、まったくの静寂である。自分の心臓の鼓動さえ聞こえてくるような、そんな静けさだ。
 静寂の真ん中にKさんひとりだけが、ライトに照らされながら座っている。
「いやぁ、これだよね、これこれ……」Kさんはしみじみと感じ入った。
 やっぱり廃墟ってのはこうでなくっちゃねぇ……ひとりきりで、静かで…………
 しかもこんだけいい感じの場所なんだから、これ以上望むものなんてないよね…………
 いやぁ~いい感じだ……すごくいい感じの…………

 あれっ?

 いきなり、「いい感じ」ではなくなった。

「じっと誰かに見られてる感覚がある、ってのが、廃墟や廃村のベストなんですよ。
 よくないのがね、敵意が漂ってくる場所で。そういう場所には泊まらないです。
 で、いい感じだった場所が徐々に嫌な感じになっていくのは、まだマシなんですよ。
 一番ダメなのが、『いい感じ』が急に『よくない感じ』になるやつ。これは最悪」

 スイッチを切り替えたように、ぱちん、と雰囲気が一変した。
 ものすごくよくない感じになった。
 悪いものがぐいぐいと迫ってくる感覚がある。

「そういう時はね、本格的にヤバいんで、逃げることにしてるんですよ」
「塩とか御札とか、そういうのは持ってないんですか?」
「ないです。ファブリーズしかないです」
「ファブリーズ」
「除霊効果があるらしいですよ」 
「………………………………」

 これはまずい、とKさんは宿泊用具を片付けはじめた。
 夜だけど一本道で、危険な山道でもなかった。登山靴の足元と道の先を照らしながら降りていけば、どうにか──
 考えながら寝袋を畳んでいたら、窓の外の地面をポツポツ叩くものがあった
「げっ」
 言った途端にザァーッ……と降ってきた。
 大雨である。
「ウソぉ~……」
 レインコートは持っているものの、この降り方ではもう無理だ。ギリギリ帰れるかどうかの瀬戸際だったのが、これで完全に帰れなくなってしまった。

 雨のせいで、さっきまで皮膚を撫でていた「よくない感じ」が不明瞭になっている。
 薄まっているのではない。気配が散って、わかりづらくなっている。
 悪意のようなものがどこかうずくまっているのは感じる。だがそれがどの辺なのか、どんな種類のものなのかが、雨にまぎれてわからない。

「いやぁ~、これはよくないなぁ……よくないことになった……」
 Kさんは仕方なく寝袋を出し直した。
 起きている場合ではない。
 こういう時は寝て、存在しないフリをしてやり過ごすしかないのだ。 
 夜の早い時間だったけれども、Kさんは気合を入れて目を閉じた。

 ふと、目が覚めた。
 時計を見れば夜中の1時過ぎだ。
 Kさんは一度寝たら、よほどのことがない限り起きない。
 トイレに行きたいでも、物音がしたでもない。
 一体なんだろう。

 寝袋の中で身をよじって鼻をすすると、「匂い」がした。
 ここへやって来てはじめて嗅いだ匂いである。何の匂いだかわからない。あまり馴染みのない匂いだ。 
 はて、これは…… 
 鼻をスンスン言わせてよく嗅ぎ、寝起きの頭の奥から記憶を引き出そうとする。

 しばらく経ってからようやくわかった。
 墨の匂いだ。
 墨汁の匂いが、部屋にうっすらと漂っているのだ。

 墨……? 
 なんでこんな場所で、こんな夜中に……?

 相変わらず外では雨が降り続いている。「よくない感じ」も、まだまとわりついてくる。
 さすがのKさんも怖くなってきたので、とりあえず、再び入眠することにした。

 揺り動かされて、目が覚めた。 
「ウェッ!?」
 思わず声を上げながら起きてライトをつける。
 誰もいない。

 Kさんは、寝袋を掴んで揺さぶった手の大きさを思い出そうとした。
 小さな手だったような気がする。 
 子供の手が力なく、体を揺らしてきたような感触だった。
 たとえて言うなら、
「ねぇ、おねえちゃん起きてぇ。起きてよぉ」
  と、子供が冗談半分に揺らしていたような。
 墨の匂いはさっきよりも濃くなり、今や鼻を打つほどのものになっている。

 これはいかん。これは一度、見回らないとダメだ。そうしないと寝直せない。
 Kさんは寝袋から這い出した。 

 ライトを握って座敷を見渡す。来た時から変化はない。窓の外、雨が降っている。誰もいない。
 Kさんはこうなると徹底して確認するタイプである。
 立って玄関まで行き、つっかい棒の枝を取って外を見る。雨の降る手前にも奥にも、やはり誰もいない。よくない感じは続いているけれど、人影はまったくない。 
 靴を脱ぐところを照らしてみる。自分以外の靴はないし、泥や雨で汚れた形跡もない。

 Kさんは困惑した。
 じゃあ、この墨の匂いって。
 
 何の気なしにひょいっと、さっき見た小さな掲示板にライトを当てた。
 半紙が貼ってあった。

「えっ」

 真新しい半紙に、筆で字が書いてある。
 ライトの光に墨が黒光りしている。まだ乾いていない。今さっき書いたばかりなのだ。

「で、書いてあったのが……これ、信じてもらえなくてもいいんですけど……」

 半紙には、様々な大きさの

「す」

 が、びっしりと書かれていた。 

 これは、ダメだ。

 玄関に誰かが侵入した形跡がないのに、こんなものがある。しかも呪詛の言葉などではなく「す」だ。無茶苦茶だ。 
 仮にこれが幻覚だったとしたら、それはそれで自分の精神がおかしくなっている。 

「ああー、あーっ、これはヤバいー!」
 Kさんはわざと大声を出して座敷に戻り内扉を閉めた。音楽をガンガンにかけて自分も歌って、さっき見た半紙も、這い寄る気配も、鼻に刺さるほどに濃くなる墨の匂いも頭から追い出そうと試みた。

 ろくに眠れぬまま、朝を迎えた。
 幸いにも雨は上がっていた。 
 そっ、と内扉を開けて、玄関の方を伺う。
 掲示板には何も貼られていなかった。昨日の昼のまま、半紙の切れ端と錆びた画鋲だけがそこにあった。
「お、おっかねェ~…………」
 こんな危険な村は早く逃げるに限る。ばたばたと荷物をまとめて背負い、つっかい棒を外して外に出ようとした。

 足が止まった。

 自治会館の前の地面が、ぐちゃぐちゃに踏み荒らされていた。
 ひとりふたりのものではなかった。
 軽く20人ぶんの靴跡があったという。

「彼ら」が集団で何をしに来たのか。墨の匂いやあの半紙はなんだったのか。それはまったくわからない。

 
「いろいろありましたけど、結果的に無事に帰れたんで、問題ナシですね。
 まぁ今度からはちょっと気をつけないといけないな~、って思いました。
 あの村とあの習字はねぇ、普通じゃないですし、相当にヤバかったですからねぇ」

 そもそも廃墟を泊まり歩くことが普通ではなく、正直そっちの方がヤバいと思うのだが…………

 Kさんは今も、廃墟探訪と宿泊をやめていない。
 

(了)

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