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【話題】辛い子供時代を過ごした人の告白が話題

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辛い子供時代を過ごした人の告白

@Utekido

30年くらい前か。家族病理の第一人者を謳う精神科医のサイトで無料相談を受け付けていたのを見て、《死にたいのに介護があるから死なせてもらえない、逃げられない、殴られる毎日つらい》みたいなことを真夜中にこっそり書いて送った。翌日《ご相談ありがとうございます》から始まる返信があった。

わたしの書いた相談内容が自動で転記され、《内容から直接ご来院いただくべきと判断しました。初回カウンセリングは8万円、2回目以降は1回10万円…》と営業の文言が続いていた。その返信を最初に見たのはわたしではなく母だった。「家族のあることないこと人に告げ口して、恥かかせて…」と殴られた。

助からないな、どうあっても。誰に向かって助けてほしいと言って行けばいいのか全然ヒントがなかった。家族に恥をかかせないよう、家族を裏切らないよう、家族が損をしないように根回しした上で立ち去る妙策なんて、毎夜寝不足でいつも殴られている戦争状態の子に見つけられるわけがなかった。

結局わたしは助からなかったので、生ける屍みたいな余生を送っている。平和な家庭の子が享受する一日三食の料理も、穏やかな団欒の時間も、好きなものを買って家に置くという贅沢も、わたしはとうとう得なかったので、無私の悟りののち、いま、我が子にそれらを提供している。

我が子は温かい食事が出てくるのを当たり前だと思っている。汚れた衣類が翌日にはきれいになっているのも、柔らかいベッドで眠れるのも、欲しいおもちゃを手に入れて愛でるのも、いつ殴られるかと怯えずに過ごすのも、あまりに当たり前すぎて、きっと疑ったことがない。それらが脆いものだと知らない。

それらは親の思惑一つで制限され壊される。わたしに限らず多くの子どもたちが、安心して机に向かう自由さえ簡単に侵害されてきて、中には命を落とした子さえ少なくないことを我が子は知らない。苦役の生の果てに力尽きた無数の無名の子どもたち。その怨嗟の届かない楽園に我が子は暮らしている。断絶。

わたしは嘆きの声を聴く。かつてのわたしも嘆いている。家庭の平和は親次第だった。戦争しない生き方もあった。助からないのは親のせいだった。だって玄関のドアには簡単に開く鍵しかないのに、わたしは逃げられないと思い込んだまま大人になるまであの家族と共にいた。知らない人にメールで相談なんかしていないで、家族の嘆きを無視して玄関からただ歩いて出ればよかった。そんなことさえ、子どもは知らない。生まれた時から心を鎖で繋がれていたら、それが本当には存在しないだなんて思いもよらないものだ。

「つらいと思ったら、」我が子に話す。「保育園の先生でも、守衛のおじさんでも、病児保育のシッターさんにでも、とにかく話すんだよ。ママのここが嫌だ、あそこが嫌いって、悪く言うんだよ」。我が子はヘラヘラ笑って答える。「ママすきだよ」。

まだ、ヘラヘラが本物だから危惧はしていないが、瞳が凍りついてきたり、身体がこわばったりしてきたら、対処しないといけないと思っている。親への落胆が失望に変わり、やがて絶望と諦めに変わる前に、逃げる道があることを改めて子どもには伝えないといけない。子どもは未来に行くべきで、掃き溜めの身内と緩やかに心中すべきものではない。

ただ残念なことに加虐する親たちは子どもの未来のことなど考えていない。だからひどい環境にある《あなた》の親の代わりに、わたしが《あなた》に依願する。

助かれ、地獄の底の子どもよ。生きて、楽しく過ごしてから死ね。その家庭の中でくたばるな。逃げろ、逃げろ、病院に駆け込め。助かった後の心配はあとですればいい。街にはゾンビもウヨウヨいるから大丈夫、身も心も搾取され尽くしたあなたが、もう一度生きられたら、わたしたちゾンビはみんな喜ぶ。

わたしが仕事場で駆け込んでくるあなたを見たら、個室に通して話を聞いて、医師に繋いで、入院させて、追ってくる親から絶対絶対守るから。約束するから、早いとこ、おいで。イキのいい屍に出会えるよう、幸運と健闘を祈ってる。何歳でも、助かる権利があるのを忘れないでね。

参照元:https://twitter.com/Utekido/status/1409765163746480128

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