読み物

【読み物】前世でお坊さんをやっていた記憶がある【実は花山天皇だった】

前世の記憶が蘇った方のツイートが話題になっていました。先に言ってしまうと、前世は、平安時代を生きた第65代天皇「花山天皇(かざんてんのう)」だと思われます。

僕は本当であれば楽しいなと思いますし、何よりこの方の話す平安時代の様子が興味深いです。

頭ごなしに「統合失調症だよ」と本人に忠言する人が何人もいましたが、本当に野暮だなーと思いました。

この人より面白い話ができないのであれば黙っていてほしいですね!


スポンサーリンク

ある日、マグロジュースさんのツイートが話題に

■マグロジュースさんのツイートはこちら:https://twitter.com/magurojuice/

前世の記憶について

※以下マグロジュースさんのツイートより抜粋

かなり慎重な性格なので脳の病気だという説は未だに捨ててません。

ただ自分の前世記憶と同じ行動をした人物が実在して、1000年前の記録に、残っている所まで確認しました…ほんとに…平安時代の文化とか、当時の人がどんな暮らししてたかとか、めっちゃ鮮明に話せます。

生まれは京都でした。宗教的に地位のある家柄でクソガキでしたけど周りの人に敬称で呼ばれてました。糞野郎でしたけど奥さんがどこまでも良い人で… その奥さんを結婚してすぐ亡くして、お坊さんルート入りました。でも寺稚児と恋愛してたんで生臭坊主ですね。信長に瞬殺されるタイプの坊主です。

いやでも信長だって森蘭丸きゅんと熱愛してたし俺がお坊さん時代に寺稚児という名の男の娘と恋愛関係だったとしても文句は言えないぞ。

平安時代の様子

平安仏教を一言で表すと クリエイティブ
センスの溢れる坊さん達が自由に、新しい仏教を作っていた時代。

今みたいに伝統を受け継ぐ保守的感覚はあまり無くて、創造的。仏教建築も芸術も思想もアップデートしまくって自分たちで解釈して作るの。楽しいよ。

自分の墓の様子

私が死んだ後に地元の人がやってくれたんだと思うんだけど…

自分と奥さんの墓が向かい合っていて、奥さんの墓の周りを当時の付き人達の墓が囲んで、守るように立ってて。涙が止まらんかったです。みんなに優しくしといて良かった…

平安時代の坊さんはやかましい

平安の坊さんは今みたいに静かに木魚でぽくぽくお経唱えるイメージではないです。大人数で集まって鈴を鳴らしながら物凄い声量で唱えてました。坊さん密度めちゃ高いです。なので坊さんの集まる上訴は今のデモ行進なんてもんじゃない、めちゃ怖いです。神々しさや威圧感でもう異次元です。

どこ行っても捨て子だらけでした。避妊しないしね。で、お寺で引き取って育てます。僧兵になる人は捨て子率高いです。

あとなよっとした子は舞踊やったり時に男色相手になったりします。女人居ないので、自然に女の子化するという…カオスな空間で何だかんだ皆幸せに生きてました。

あとかやぶき屋根って、そんな毎度毎度手入れしないので基本コケや草が生えてて緑色でした。屋根に変な瓜みたいな実がなってる時もありました。今の観光地にある茶色くて綺麗なかやぶきの家は、新築ですね…家の中にまで竹が生えまくってたりするのが普通です。

田舎の人の食事

田舎の人の食事は、そばがきやヤマイモが多めです。
食べ方はとろろそばじゃないです、そばは丸めて単体で食べてたし、山芋は薄く切って焚火であぶって、ポテチみたいにして食べます。

遊戯王カード集める子供みたいに、風車コレクターはの子供はヒーローです。

バズったのもきっと何かの縁だと思いますので、気負わずに前向きに考えようと思います。自殺考えてたのは黒歴史なので知れ渡っちゃって若干はずいです。今は普通です。

スポンサーリンク

前世の花山天皇について

▼第六五代目の天皇 花山天皇

花山天皇について参考記事

前世の記憶についての質疑応答に

マグロジュース @magurojuice
そしたら、このツイートのリプ欄で前世記憶や平安時代の事について質問募集してみたいと思います。既に来てる質問含めブログの方にまとめて出来る限り回答しますね。

ユルい感じで大丈夫です。バシリスクタイムとか貼っても怒らないので大丈夫です。

平安時代のギャグ

@hawaiianrunrun

平安時代のギャグを教えて欲しいです!!

— るんるん (@hawaiianrunrun) 2018年1月17日

山門のギリギリんとこまでみんなフザけてて入った瞬間から急にシャンとするやーつ!

ガキ使の笑ってはいけないシリーズで敷地入った瞬間から笑っちゃダメみたいな感じで…そこでひと悶着あったりするじゃないですか。あんな感じです。

山法師の人達大好きだったんですけど面白い人多くて笑いのセンスは神がかってます、野性爆弾くっきーとか千鳥大悟とかバッドナイス常田さんみたいな人がいっぱい居ると思ってください。

お坊さんの旅は粛々としてありがたみが深い物だと思われがちですが、道中暇だし子供や若い人が多いので結構ふざけてわいわいしてました。

どこの出かも分からない人と、途中で出会って一行に加わったりもします。水曜どうでしょうをもっと大人数でやるような感じですかね、楽しいです。

前世との共通点

@aaa_taka_

前世と現世の自分は似ていますか?
見た目、性格、能力、好き嫌いなどです!
— ろむあか (@aaa_taka_) 2018年1月18日

はい、似てます。見た目は、肖像画が数枚残ってます。今の顔とほぼ変わりません。

昔の名前明かすと怖いので各々で調べてほしいですが…私のTLにある自撮り写真と比べてみると、似てますよ。ただ今の体の方がまつ毛長くてスネ毛が濃いですねw

人差し指をピーンと立てる癖があるんですが、肖像画の自分もガッツリ人差し指立ってて、あ、やっぱ俺やんってなりました。

性格もほぼ一緒です、が今のほうが幾分真面目です。昔は結構ふざけたり思い付きで行動する事が多くて周りに迷惑かけてました。そういう所で失敗して恥ずかしい思いしたり後悔が多かったので今は物凄く慎重で、目立ちたくないです。

前世と好き嫌いも似ている

能力も好き嫌いも一緒です。昔は色んな楽器弾いて 歌を詠んで 馬乗って 仏道極めて 旅してました…今はボカロで音楽作って ラップ作詞して バイク乗って 人文学研究して 旅してます、性的嗜好も同じです。想像ですけど遺伝子的に似てたり同じような性質の体にしか生まれてこれないんじゃないかって思います。

自分の詠んだ歌も残ってますが今も昔も、雰囲気がほぼ一緒です。個人的に、和歌や漢詩と日本語HIPHOPって妙に共通点を感じてしまいます。最小限のメロディーで押韻に合わせて日本語を綺麗に組み立てて歌う…同じ感覚で作ってますね。。

平安時代の生活の様子

@folkartinJPN

前世から現世まで好きな食べ物、好きだったけど現在では素材が変わってしまって味が違うものがあったら教えてください。

— 戌飼七々子Nanako (@folkartinJPN) 2018年1月17日

山芋と、そばです。今も昔も好きですが、山芋は薄く切って焚火で焼く、そばはこねた奴をちぎって汁物で食べるのが平安田舎流です。「そばがき」って奴です。

そば粉こねてちぎって鍋の具にでも入れてみてください、もちもちして超うまいです、なんで消滅したんですかね…何で細ーく切っちゃったんですかね。あと伊藤園のそば茶の味が異様に懐かしく感じます。

話し言葉について

@AmaneL_zatta_fu

話し言葉が気になります!
発音や文法など現代と何か違うところはありますか?
-太郎左衛門之介 @AmaneL_zatta_fu

言葉についての質問をとても頂いてるんですがごめんなさい、全然思い出せません。文献も忘れて?いて全然読めません。分かりにくいのが言葉や地名・人名。逆に分かりやすいのが人の顔や景色などです。

強いて言うなら、公家はめっちゃひそひそ話します。声がデカい奴は駄目みたいな暗黙ルールがあって鼻声でささやくようにしゃべります。この喋り方をする人が現代にいたら超じれったいですね。ハッキリ喋れよ!ってなりますね。

当時の女性について

@kurama_yu_haku

平安時代の女性は本当にオカメみたいな顔なんでしょうか?
現代のタレントさんでいうとどのようなお顔ですかね?

— (@kurama_yu_haku) 2018年1月18日

当時の女性についての質問も多かったですね、オカメ顔のぽっちゃり系がモテるのは本当です、今みたいに痩せている人が良いなんて感覚は1ミリもありません。真逆です。芸能人はみんな痩せているので中々難しいですね…。

浅田真央さん、剛力彩芽さん、を、太らせた感じです。皇族の秋篠宮姉妹のような丸顔も美人です。

平安女子はお菓子いっぱい食べても太るのを気にしなくて良いので食べるのが好きな人が多い。食欲あっても隠さなくてOKです。そんな事する意味が無いです。

今の女子は細い体になろうとして自分から飢餓状態を作っているじゃないですか、逆に現代の方が物凄い違和感があります。昔の人が飢餓を無くして健康に生きられる世の中目指して頑張って、ようやくその時代になったのに細くなろうとしてるなんて…とても複雑な心境です。

スポンサーリンク

平安時代の動植物

@weiss_katze_

はじめまして!とても興味深く、他の関連ツイートにもレスさせて頂いております。早速質問ですが、平安時代には現代に見かけない、動植物、昆虫などはいましたか?

— しろねこさんぽ (@weiss_katze_) 2018年1月17日

植物ですけど…瓜ですね。今は全くないですけどいろんなタイプの瓜です。草ボーボーのかやぶき屋根の上にも瓜が生えてたり。

お寺での一日

@yuki_neko_80

ff外からいきなりすいません。

お寺での一日はどんな感じでしたか?
今のお坊さんとどれくらい違うのか気になります……

たくさん質問が来ているので、余裕があればで大丈夫です……。

— れん (@yuki_neko_80) 2018年1月17日

朝が印象的です、私はいつも遅く起きます。働き手は子供が多いので子供がどたばた走り回る音で目が覚めます、みんな凄い働き者で起きる頃には支度が整ってます。

服まで着せてくれます。お礼に服や京菓子を送ると見た事無い位目を輝かせて喜びます。
たまに京都から偉い人が様子を見に来ます、山の上に寺があるんですけど、下りてこいって言うんですよ。凄く嫌な感じです。

山の下にいっぱい居る尼さんたちと相談して、登らせようぜって事になってメタボなおっさんを登山させていじめてました。すみません。

安倍晴明について

@sumi_sumi1989

歴史上の人物で遭遇された方がおられましたら詳細など..

— うしゃしゃさん (@sumi_sumi1989) 2018年1月17日

これはあまり言うと間接的に私が誰か分かってしまうので怖いんです…安倍晴明に会った事ありますかっていう質問も来たんですが…

はい…。彼はみんなの憧れです、彼は下手に出る人ですがじわじわ煽ってくるタイプのおじさんです。心の中ではコイツ面倒くさって思われてましたねきっと。でも優しいですよ、クライアントにはとても手厚い人ですので最後まで見放しません。

母親が狐だと言われていますが彼の母は知りません。普通のおじさんです。顔は…思ってるようなイケメンではないです、くしゃっとしたおじさんです。くしゃおじです。

藤原道長もあります。政治家としてやり手だったのは間違いないですけど、ただ和歌とかオシャレのセンス全然無いです、多分人に選んでもらってますね。ださいなーと思ってましたごめんなさい。

体裁の為に嗜んでいるので創作したり、オシャレをするという概念が無いっぽいですね、芸術家の感性ゼロです。仕事マンです。

彼の歌がどれだけ残ってるかは分かりませんが、多分うーん…って感じだと思います。あの時代はもっと情緒にあふれた凄い歌人がいっぱいいます。

陰陽師の仕事について

はじめまして。
陰陽師の仕事について、大まかにで良いのですが、当時はどの様に見えましたか?
(マグロジュースさんからの視点と、当時周りに居た方々の意見が知りたいです)
2018年1月18日

これは凄く話したかった、陰陽師は居ました。今はオカルト扱いですが平安時代は全然違います。

陰陽師のお家芸の占星術は星の動きを数学的、科学的に考察して法則を見つけて駆使しようとしたものです。科学的でもあり、オカルト的でもありますよね。概念としては同一でした。

これが科学でこれがオカルトだとい線引きする概念が当時はほぼ在りません。みんな同様に研究し、駆使する機関です。それが陰陽師。

蝦夷と呼ばれていた地域について

@koubekouitiro

はじめまして. 質問させていただきます.

当時, 蝦夷と呼ばれてた地域の範囲とそこへの所感等お聞かせください. また, 北海道と都の交流等ありましたらそちらもお願いします.
さらに, 生口についても詳しいお話しがございましたらそちらも回答いただけると幸いです.

— koubekouitiro (@koubekouitiro) 2018年1月17日

おお!これはとっても深い思い出があります。僧になってから西日本の山岳部を旅していたんですが、多分今の岐阜県のあたりの小高い山から飛騨山脈か立山連峰らしき山を見た記憶有るんです。

とても遠くからでしたが大きな山が壁のように向こう側を塞いでいて…あの向こうは外国で、行ったら生きて帰れないと言われてました。

山法師や修験者はいろんな所を旅するのでネットワークみたいなのがあって情報が結構入るんですが、自分の仲間でも山脈の向こうに行った人は居なくて向こう側は話す言葉も見た目も文化も違う外国だというイメージです。

北海道や青森あたりは、今で言ったらモンゴル人くらい違う人達です。平安時代にはすでに日本国として管轄下におかれていたみたいな話もありますが、多分形だけです、外国です。ていうか東北全域が外国みたいな空気です、あの壁みたいな山の向こうに行ってみたいと思ってたんですが、行けずに死にました。そして今は東側に生まれて逆側から立山連峰を見ています。感慨深い…

生口というのは…すみません分かりません。

平安時代の色について

@TORIQIOIION

おはこんばんちわ!
色について知りたいです。
カラフルなものはありましたか?着物、食器など、、
今と同じように、赤色、青色と呼んでいましたか?和名で、若草色などと呼んでいましたか?
色についての認識や現代との相違など、些細なことでもいいので是非お願いします!!!!!!!!

— てん (@TORIQIOIION) 2018年1月17日

色はカラフルですね。今観光地は色あせた建物が多いですけど昔はガッツリ色入ってカラフルです。

朱色が中心で、屋根の内側とかが極彩色です。色の感覚的には原色という概念がなくて、今よりいっぱい色がある感じです。

呼び名すみません、全く分からないです。が、空を見て、これは青じゃないんだけどなぁ…なんか、青だけど違う、、別の青っ…てなる時があります

奥さんと結婚したキッカケ

@_nkm2sm

当時の奥さんのどこを好きになって結婚したのですか?そもそも、恋愛結婚だったでしょうか…?

— よよ身 (@_nkm2sm) 2018年1月17日

恋愛結婚です。当時、恋愛結婚は憧れですね。自分が声をかけなければ奥さんは他の人と政略結婚してたと思います。

見た目は悠木碧と多部未華子を足して二で割ってぽっちゃりさせた感じかな…良い家柄に生まれて、 家族や付き人に言われるがまま食事も服も行き先も自分では何も決められない人で、何聞いても「分からない」って答える人形みたいな人でした。

こんな可哀想な人見た事無くて、精いっぱい愛しますから、世の中の色んな事を教えますから、どうか答えて下さいと、何度も手紙をやりとりして、嫁に来てもらいました。手紙は死ぬまでとっておいたものが有るはずなのでどこかに残ってるかもしれません。 結婚してすぐに亡くなりました。それで僧籍になりました。

平安時代の人との距離感

千年前と現代で、本質的に人は変わったように感じますか?
2018年1月18日

これも話したかった。まず昔は人と人との心の距離が近かったです。今みたいに心の距離が離れた寂しい付き合い方をするのは宮中くらいで、友達や家族はちょっと風邪ひいたくらいでも死んじゃいますし一つの季節が終わるごとに誰かしら亡くなってます。

だから今より情の結びつきは強いですねほんとに。今の自分はコミュ症なので人とあまり関わらず一人旅とかしてますが、昔は大勢周りに人が居て、旅する時もみんなでわいわい楽しくやってました。自分の性格より、社会が変わったのが大きいですね。今はちょっと寂しい時代だと思います。

ただ創作分野では現代ととても似ています。というか本質的に一緒です。BLの薄い本的なやつなんか平安時代大量に出回っていたので今も残ってるんゃないですか?ジャンルもいっぱいありましたよ、お坊さんですら読んでますよ。今のエロ同人誌と一緒です。

集道の嗜みについて

ポッピー@makochan_hys
ff外から失礼します。稚児など衆道の嗜みは本当にありましたか?
- 2018年1月18日

衆道に関しての質問多かったですね、もちろんありました。戦国時代は武士の間で流行ったらしいですが、自分の時代は寺です。

現代の感覚で考えてほしくないですけど、お坊さんが居るエリアは女人禁制が普通です。出家する人達は様々な境遇で貴族もいれば物心ついた時から坊主の人も居れば、どっかから逃げてきた人、捨て子もいます。雑多な人種が大勢います。

見た目はお坊さんでも皆結局人間ですので性欲を捨てて生きるなんて出来ないです…。

大きな寺には髪の毛の生えた妙齢の女の子っぽい男子がいっぱい居て、僧の手伝いをして過ごします。お坊さんとは主と従者のような、家族のような、恋人のような不思議な感覚で結ばれてます。

ステージ?演台があってそこで踊ってくれたりします。踊れる稚児は今でいうアイドルです。いろんなお偉い方からお声がかかります。宝石の国やとうらぶのような世界観が近い…かな。

あと、現代でオネエと呼ばれる人たちなんですが、昔は神の使いだってくらい尊ばれてました。彼(彼女)達は多くのお坊さんの心を癒す存在です。差別なんてとんでもない、芸術的なセンスも抜群で年をとっても舞踊を教えたり、文化に大きく貢献したんです。

現代でネタキャラ扱いされているのがちょっと悲しいですね。

現代と平安時代の違い

餓死する人は?

サイス@イヴ @spaceday_008
餓死とかする人いるんですか?

居ました。でも若い頃は金持ちばかりに囲まれてたので見た事ありませんでした、実際に見たのは僧籍になってからです。

暑かったので夏かな、下山して平地にさしかかったあたりで見ました。

家族かなって思うんですけど、汚れなのか病気なのか全身が茶色く変色していて服を着ていなかったです、妖怪みたいなものに取りつかれているから絶対に近寄ってはいけないと言われました。

凄い心苦しくなってしまって、こんな人たちが居るのに今まで自分は何をやって来たんだろうってひたすら後悔しました…奥さんの次に強烈な記憶です。

その他、多かった質問へ回答します

平安時代の衛生状態はどうだったのか

これは里と山岳部で全然違います、京都はハッキリいって汚いです。汚い恰好の人も汚い犬もめっちゃいます、大河ドラマの清盛で不潔な都が出てましたけどあれは近いです。綺麗な人と汚い人の差が激しい。

湯船に浸かるような風呂は入ってないですね、ていうか水汚いし。調べたら蒸し風呂らしいですけど蒸し風呂に入ってる記憶はありません、入ってるけど忘れてるのかな…トイレ事情も覚えてません…

山岳部の人は逆にとても清潔です、まず水が綺麗なのでちゃんと水で体洗いますし温泉とかも入ります。変な臭いとかしません。猿ですら綺麗です。

記憶に残っている実在の場所と、現代の景色との違い

まず熊野です。多分熊野…であってると思うんですが、昔の那智滝のあたりは山法師&修験者のベースキャンプ的な所です。

現代は写真でしか見た事なくて分からないですけど各地から大勢集まってきていて、情報交換するんです、あっちには何が有って、こっちに行くとこうなってて、って感じで。

OKgoogleみたいに、OK山伏、〇〇に行きたいんだけどどうすればいい?景色の良い修行場とか無い?って聞くんです、そこで気の合う人とパーティー組んでクエストに出発するのが山岳修行です。

少年の踊りの子が来たり、アイドルのライブみたいな感じ?イベントもたまにあって楽しい場所です。

田舎の風景についてなんですが今と全然違います。とにかく子供ばっかりです。畑仕事するのも外でわいわいしてるのも半分以上子供です。とても賑やかで人口も多く朝になるといっぱい子供が沸いてきます。

今は閑散としていて、中高年のおじさん達しか畑仕事してませんよね、寂しくなります。現代の田舎をバイクでツーリングしてると寂しい気持ちでいっぱいになります。

まだまだいっぱい質問も話せることもありますが、大変なのでここまでで… また書きますね、お読みいただきありがとうございました。

スポンサーリンク

後日ブログにて

お騒がせしてすみません。平安時代のユル~い感じの質問コーナーをユル~く継続する予定だったんですが、人によって色んな受け取り方をすると思います。自分の言動で、他人を安易に惑わせたくないのと、極力誤解が無いようにしたいので一旦置いていくつかの説明を書かせてください。

記憶の見え方感じ方について

当時の言葉や文字についてはほぼ分かりません。

古文を勉強して知っていても、覚えているという事ではないので。覚えてますとは言えません。どうしようもないです。

地名人名についても初めから分かってる事は稀で、分かればわざわざ文献とか場所を探して照らし合わせる必要が無いです。

記憶として思い出せるのは、その時の感覚的な物(綺麗、怖い、楽しい、恥ずかしい)とか風景とか人の顔が主です、これは歴史資料あるなしに関わらず。。なんでこうなのかは、本当に分かりません。だから脳の病気かもしれないので半信半疑で聞いてほしいです。

全部ひっくるめて完璧に分かるっていうイメージで広がって行ってしまったんですけど…超人とかスーパー霊能者ではないです、頭の中の謎な部分をtwitterで吐きだして朝消す予定だったのがとんでもないバズり方をしてしまっただけの人です。

歴史的な核心について

やんわりじゃなくて核心に迫ってほしいと思いますよね…そうですよね。
歴史的な核心に関わる部分については、いくつかあります。主に自分の身辺についての事で、歴史的に分かってない部分?です。研究できると思います。

言いたいんですが…心の整理が出来てません。ゆかりのある方々に迷惑かかるかもしれない、重い部分なのでストレスがやばいです。そしてあまりに急なのと、一応こんな形でも思い出なので。ちょっと落ち着いて考えさせてほしいです。本当に必要だと思ったら真面目に言います。暫く時間を下さい。ごめんなさい。

スポンサーリンク

果たして前世は誰だったのか?

前世の記憶に懐疑的なmyoken11氏による検証

実は、ここまでマグロジュースさんは「前世で坊さんをやっていた」というだけで、明確な人物名はあげていませんでした。

それをmyoken11氏がこれまでの話から、前世の人物を特定。この方はいまだマグロジュース氏を統合失調症扱いしていますが、この方の検証により、前世が花山天皇でだと看破できました。

妙 ⁂ 見 @myoken11
1000年前に自分がお坊さんだった記憶が鮮明に残っている…→記録を辿ったら本当に実在する人だった
清明・道長と同時代で、出家したのに生前の妻と並んで墓を作られた僧侶なんていたっけ?
妙 ⁂ 見 @myoken11
「平安時代の生活」というのも読んでみたけど、もともとその手の本とか読んでる人なら語れる内容ばかりだった。
かやぶき屋根が苔むしてくることなんて、田舎に住んでる人間なら当然の光景だし、目新しい情報は一つもなかったぞ
妙 ⁂ 見 @myoken11
@magurojuice 初めまして。
調べたのですが、平安時代中期の高貴な血筋の僧侶で、夫人と並んでお墓を作られたという人物の情報は見つかりませんでした。
出家したあと夫人と並んでお墓が作られるとは珍しいと思うのですが、どのようなお墓なのでしょうか?
妙 ⁂ 見@myoken11
安倍晴明や藤原道長と同時代で皇室ゆかりの僧侶で、個人の特徴がわかる肖像画が幾つかあって、歌も残っていて、今は妻と並んで墓がある人。
探したけど見つからない。

平安時代の記憶というより、頭の中で組み立てたお話のようだなあ

妙 ⁂ 見 @myoken11
前世の是非はともかく、安倍晴明や藤原道長と同時期を生きた京都生まれの高貴な僧侶で、個人の特徴が分かるほどの肖像画が何枚もある人物は見つからなかった
妙 ⁂ 見 @myoken11
安倍晴明を「おじさん」と呼び、政治家としての藤原道長もあったことがあるって、この方一体いくつまで生きたのだろう。
修験道の話題にも触れてたから真言宗ではなく天台宗の可能性のほうが高いけど、天台宗の皇族ゆかりの僧侶って大体子供の頃に出家してるパターンが多いのでは。
妙 ⁂ 見 @myoken11
平安時代の前世の記憶が蘇った人が話題だけど、安倍晴明や藤原道長と同時代を生きた高僧(肖像画あり)といえば源信さんとか。
ただしこの方は奈良の卜部氏出身で、子供の頃仏門に入っているのでマグロジュースさんのお話とは大分違う。

妙 ⁂ 見 @myoken11
ちなみに藤原道長はこの源信さんにメロメロだったので、もしマグロジュースさんが源信さんだった場合、道長可哀想案件となる。
妙 ⁂ 見 @myoken11
マグロジュースさんの平安時代前世記憶事件
「妻を亡くして出家」「尼寺があって、尼さんを使って自分を都に戻そうとした」てエピソード重視で行くなら花山天皇とか。
夫人たちの墓とされる塚が並ぶ場所はあるのでそれを「自分と夫人と家臣の墓」と誤認した可能性はあるかも。
ただし肖像画はない。
妙 ⁂ 見 @myoken11
加えて花山天皇は出家後も女性との交際は普通にやってた(それが原因で道長のライバルが左遷されるはめに)のでどっちにしろマグロジュースさんのお話とは合わない。
妙 ⁂ 見 @myoken11
捕捉:花山天皇(花山法皇)の「肖像画」はあることはあるけど、個人の特徴がわかるレベルものではない。もしかしたらマグロジュースさんは、それらの肖像画に自分の面影を見出したのかもしれない
妙 ⁂ 見 @myoken11
時代的に「出身地と身分」「妻が死んで出家」「旅をした」「山の麓に尼さんがいた」等のエピソードが合う人物は花山法皇かなと。お墓も、女御と女官のも..
妙 ⁂ 見 @myoken11
ちな花山法皇はエキセントリックな性格だったと伝えられているので、マグロジュースさんが言うところの「クソガキ」は共通点がある
妙 ⁂ 見 @myoken11
マグロジュースさんが花山法皇だったとして、亡くなった妻のお墓を訪れたことに感動している人多いけど。
花山法皇はその亡くなった最愛の妻の妹と交際してた(もちろん出家した後)わけで。
妙 ⁂ 見 @myoken11
平安時代の前世の記憶が甦ったというマグロジュースさんの前世の人物は、やっぱり花山天皇なのかな。
時代と諸々エピソードが会う人物は他に見つからなかった。
但しお墓と肖像画は謎。
恐らく自分の脳内でそう解釈してしまったのだろう。
いずれにせよ治療に入ったほうがいいと思う。
妙 ⁂ 見 @myoken11
「前世の記憶は存在するか」
だけど、そもそもの記憶が作られるもの何だから何とも言えない。
過去の記憶を新しく作ることは我々も普通にやってることだし。
マグロジュースさんの件では、あそこまでエピソード語るのに核心はぼかす点は疑いを持つ。

疑問視する人で「挽き臼が日本に来たのは15世紀ごろ」と指摘する人がいたけど、私はこの点は問題視してない。
世界的に見れば挽臼の歴史はかなり古いし、もしかしたら日本でも一部の人が似た道具を使っていてもおかしくはない。

妙 ⁂ 見 @myoken11
「公家」が出来た時代と異なるという人もいたけど、この点もあまり疑問視していない。
そんなん「現代から見たら公家と表現するのが妥当だったから」とかなんぼても言い訳できることだし。挽臼っていうか、「石で粉を作る道具」は弥生時代にも出てきてるし。
妙 ⁂ 見@myoken11
マグロジュースさんの前世の記憶
・京都の宗教的立場のある家の生れ
・妻死亡後に出家
・妻「も」身分が高く世間知らず
・旅をした
・山の下に尼寺
・晴明や道長と同時代
エピと全て合致するのは花山天皇くらいしか見つからないんだけど。
ここまで語ってぼやかす意味がわからない。
妙 ⁂ 見 @myoken11
マグロジュースさんが行ったという
「自分と妻の墓が向き合うようにあった」
て話は、花山院の十二妃墓かもしれない。
確かに大きな五輪塔のまわりに向き合うような塚がある。
でも流石に天皇になった方をこのように祀るというのは無理がある。

(注記)コメントにて指摘あり。
花山法皇御廟所と十二妃墓(両者徒歩20分以上の距離あり)が「向きあっている」のではとのこと。そうであるなら、条件は合致する。

⁂ 見 @myoken11
記憶というのは曖昧なもので、体験していないのに自体験だと思うこともあるし、過去の記憶が書き換えられることもある。
「前世の記憶がある」という人にとってそれは「本物の記憶」なのかも知れないけど、客観的なものとしての本物かどうかは全く別の問題。
妙 ⁂ 見 @myoken11
花山天皇の、即位式の最中に女性と交合したお話は確かにクイズにはできまい。
めろ。@meloppo
【花山天皇(かざんてんのう, 968~1008)は「敷島の大和にはあらぬ唐猫の君がためにぞもとめ出たる」と詠んでいます】という記述を見つけました。マグロジュースさんのツイートには中国から猫を輸入した、とありました。(なので花山天皇なのでは?というツイート)

マグロジュース @magurojuiceさんからの言葉
商用音楽を作る気も売れる気も売る気も一切無いのはTLを辿ってお察し頂きたいです。今後もマイナー音楽を静かにやります。支障出そうであれば別名義で鍵垢を作って関係者の方のみにお伝えしてやりたいと思います。

次のページへ >

関連記事 一覧

-読み物

© 2021 サンブログ