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A君は、タレ目・福耳の恵比須顔でいつもニコニコしていた。
性格もほのぼのしていて、会話でもワンテンポ遅れてくる彼の冗談は皆の笑いのツボにはまり、目立つ存在ではないがクラスでもある程度のポジションを保っていた。
そんなある日、彼の平和な高校生活を揺るがすような事件が起こった。
A君の家は山間部にあり、彼は沢沿いの道を自転車で一時間程かけて高校へ通っていた。
その間に3つの橋を渡るそうである。
2年生の秋も終わりの頃、A君はその2つ目の橋を渡ろうとした時、急に息苦しさと激しい眩暈に襲われて立ち往生してしまった。そして自転車を降り欄干にもたれかかっていた所を友人に助けられ、救急車で病院に運ばれた。
最初は貧血だろうという診断だったが、どうも眩暈が尋常ではない。
入院して脳波や血圧・血液などの検査をしても原因がさっぱり分からない。
親が担当医に尋ねるも「何故こんなに眩暈がするのか分からない。実際にA君の目を診ると瞳がぐるぐる回っている」と言われたそうである。
投薬を受けたものの症状は中々改善されない。
A君の祖母が心配して「拝み屋の○○さんに頼んでみよう」と言い出した。
○○さんには強い霊感がありお払いや占いを生業にしているという、この地域の拝み屋さんだ。
藁をも掴む思いでそのじいさんに相談すると、A君を見るやいなや「ははあ~これはイツキの仕業じゃ。にいちゃん(A君)があんまりニコニコして人が良さそうなもんで甘くみて憑いてきたんじゃ」
「川に落ちなくて良かった。どれ、俺がイツキを追い返してやるべ」
とA君宅の床の間に祭壇を作り、2時間くらい何やら拝んでいったそうだ。
イツキとは、浮かばれない水死人の霊の事で、自分がまたこの世に生まれたいが為に、引き換えに誰かを同じ目に合わせて取り殺す…という厄介なもので、縊鬼(くびれおに)とも言うそうだ。
医者の薬が効いたのか、はたまた拝み屋のじいさんのお払いが効いたのか、程なくA君の眩暈も快方に向かい無事に退院する事ができた。
暫くぶりに学校に来たA君は皆の心配をよそに「もう平気だよ」と呑気にニコニコ笑っていた。
世間では「笑う門には福来る」というが、A君の場合は魔を呼んでしまったのか?
何か矛盾を感じるのだが。
このA君の一件は瞬く間にクラス中に広がり、彼がイツキに取り憑かれたという橋は、アニメ映画の題名を捩り仲間内で「もののけ橋」と呼ばれるようになった。
高校卒業後、A君は地元の郵便局に就職して集配業務の担当になった。
その後、彼は仕事中にあの「もののけ橋」付近で2回も貰い事故を起こしたそうだ。
川に落ちなかったのは幸いだったが、前の事もあるのでちょっと気掛かりである。
先日のクラス会の時に「あの橋の辺りって危ないんじゃないの」と遠まわしに聞くと、「平気だよ」と彼は相変わらずニコニコしていた。
少し太った彼はますます福々しくなり、リアル恵比寿様のようだった。
果してこれまでのA君を巡る一連の出来事は、全て只の偶然だったのだろうか。
それとも、一度縁を持ったが為に異界と彼とのチャンネルが容易に繋がるようになってしまったのだろうか。
A君の祖母も拝み屋のじいさんも既に他界している。
もしも後者だとしたら、今の彼の周りに誰か頼りになるような人はいるのだろうか。
霊感のない凡人には皆目見当がつかない事なのだが…