234 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/30(木) 11:44:10.20 ID:nJnhUEEmo
第八章 渡る霰街は鬼ばかり
235 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/30(木) 11:45:19.37 ID:nJnhUEEmo
雪の国 大雪原南西部 霰の街
チャリーン……
狩人「……」
剣士「残り銅貨1枚……」
勇者「……」
僧侶「宿にも泊まれねーじゃねーかよ!!どうすんだオイ!!野宿なんてしたら死ぬ気温だぞ!!」
剣士「……外套売ってくる!!」
勇者「それこそ死ぬから待って! 何か考えよう!!」
236 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/30(木) 11:47:45.98 ID:nJnhUEEmo
僧侶「大体てめーがあの時カジノを出なかったら今頃大富豪でウハウハだったのによぉぉぉ」
勇者「ご、ごめん」
剣士「でもそれ元は私のせいなんだよ……ごめんねみんな」
狩人「私がもっとポーカーフェイスを極めていれば……こんなことには」
勇者「狩人がこれ以上それ極めたらもう表情が判別できないよ……」
狩人「ごめんなさい……」
僧侶「ええっ……いやそれを言うなら俺も一番最初に調子乗って全資金パアにしてすみませんでした……」
「「「「……」」」」ショボン
ビュオォォォ……
僧侶「……いや待てよ。元はといえばあの定期ソリのおっさんが全部悪いだろ」
剣士「確かに。諸悪の根源だね。私たち悪くないね」
狩人「射る?」ヒソ
剣士「射らない射らない」ヒソ
勇者「といってもお金がないことにはどうにもならないなあ。どうしようか……」
~~~
239 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:19:13.77 ID:0fEikvQ3o
剣士「ここが雪の国かぁ……さっむーい! すごーい、雪景色だね!寒いけどきれいっ」
狩人「……」ガクガクブルブル
勇者「まずは首都に行きたいんだけど、それには北に広がる大雪原を越えなきゃ」
町民「雪原を越えるなら、定期犬ゾリを利用するといいよ。駅はあっちにある」
僧侶「犬ゾリねえ……」
勇者「ありがとうございます」
勇者「……ええっ!? もう出発してしまった?」
ソリ業者「ああ。ついさっきな。あんたらも運が悪かったね」
剣士「困ったね。次の便はいつなの?」
ソリ業者「えーと……来月の中旬かな」
勇者「来月?それじゃちょっと遅すぎるなぁ。どうにかなりませんか?僕たちこの国の王様に会いに行きたいんですけど」
ソリ業者「って言われてもなあ。こちとらそう簡単に予定を変えるわけにもいかんのだよ。
所有する犬も限られているし……どうしてもってんなら、西の組合を覗いてみな。
俺たち以外にも、狩りやら商業やらでソリを使ってる奴がけっこうあそこでたむろしてるからな」
ソリ業者「運がよければ乗せてもらえるかもしれんぞ。首都まで乗せていってもらえるかはわからんが」
240 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:21:12.07 ID:0fEikvQ3o
勇者「……って言われてここに来てみたんですけど。どうにか僕たちを首都まで乗せていってもらえませんか?」
男「あぁん……? まあ……いまの時期は暇だし、別に俺はかまやしないが……」
剣士「本当っ!? やった!よかったね、勇者!」
男「ただし!!条件がある。予定外にソリを動かすんだ……分かんだろ? 金だ、金」
勇者「あ、はい。いくらですか」
男「金貨200枚」
勇者「に……にひゃく!? そんな……いくらなんでも法外じゃないですか?」
剣士「そんなに持ってないよ。払えないよ」
男「200だ。びた一文まけねえぜ。……あんたら勇者一行なんだろ?そんくらい払えないなんて言わないよなぁ?」
剣士「いや、払えないって言ってるんだけど」
僧侶「てめーこのくそじじい!!ぼったくりだろ!!俺たちはあんたの国を魔族から救いに首都へ行くんだぞ!!!」グイ
狩人「……」
男「な、なんだ貴様ら。胸倉をつかむな!弓を引こうとするな!! 訴えるぞ!!
とにかく金がないことにゃあ俺もソリを動かさん。言っとくがソリ使いは、いまいるのは俺だけだぜ」
僧侶「足元見やがって」
勇者「……うーん」
241 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:23:17.39 ID:0fEikvQ3o
勇者「参ったな。金貨200枚なんて、すぐに用意できるような金額じゃない。でも来月まで待つわけにはいかないし」
剣士「あ……あそこのお店アルバイト募集中だって。時給銀貨5枚」
勇者「働くか……」
僧侶「まあ待て待て。アルバイトするにしてもどんだけ時間がかかるかわからん」
勇者「なにその邪悪な笑みは」
僧侶「あるだろ。たった1時間で働かずに金をじゃんじゃん増やせる方法がよぉ……!!」
狩人「……」スイ
剣士「? あそこは……?」
勇者「カジノ……?」
僧侶「カジノだ」
勇者「カ、カジノ」
242 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:29:10.51 ID:0fEikvQ3o
僧侶「ここに全資金金貨30枚がある。それを7倍くらいにすりゃいいわけだ。なーに、10回くらい勝てば問題ない!!」
剣士「そうなんだ! カジノって初めてだからわくわくしちゃうな。4人でやればもっと早くお金貯まるよね」
勇者「そう簡単にいくかなぁ。狩人はどう思う?」
狩人「ポーカーなら……ルールは知ってます。でも自信ないです」
剣士「強そうだけど。すっごく強そうだけど」
僧侶「まあ俺にまずまかせろよ。これでも昔は賭博馬鹿と呼ばれたもんだぜ」
勇者「誇らしげに言うあだ名じゃないような……」
僧侶「とにかく俺に全財産預けろ。すぐ7倍にしてきてやっからよ! へっへ腕が鳴るぜ!!」
剣士「僧侶くん頑張ってね!」
勇者「じゃあまかせるよ」
243 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:30:47.10 ID:0fEikvQ3o
狩人「……いいの?彼にまかせて……」
勇者「すごい自信があったみたいだからさ。僧侶以外みんな賭博なんてやったことないし、それなら彼に任せた方がいいかなって。
じゃ僕たちも中に入ろう」
剣士「うわあ、なんか……なんか私の知らない世界が広がってる」
狩人「絢爛」
勇者「この街は見たところ歓楽街みたいだけど、雪原の向こう、国の北西部には魔族に占領されてる地域もあるっていうのに
こういったところがあるなんて少し驚きだ」
バニーガール「だからこそ、ここに集まってる金を持て余した大人たちは現実逃避がしたいのよ。私も含めて、ね」
剣士「そういうものなのかな? こんなときだからこそお金があるならもっと違うことに使えばいいのに」
勇者「あ……僧侶のゲームが始まるみたいだ」
244 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:32:05.49 ID:0fEikvQ3o
ざわ……
ざわ……
僧侶「倍プッシュだ……!」
男「倍プッシュは禁止」
ざわ……
ざわ……
男「はい。マイナス金貨500枚」
僧侶「」
勇者「や……やりやがった……」
剣士「7倍どころか0.06倍になっちゃってるよ僧侶くん!! なにしてるの!?」
狩人「はあ……」
僧侶「てへぺろ」
勇者「てへぺろじゃないんだよ、てへぺろじゃあ」
剣士「ていうか君はゲーム中にバニーガールのお姉さんの方見すぎっ! 敗因はそれでしょ」
僧侶「くっ!これもカジノ運営側の策略か!」
剣士「違うよ!君がすけべなだけだよ!」
勇者「金貨500枚なんて地道に貯めて終わる頃にはとっくに魔王軍が大陸支配してるよ。
ええいこうなったら仕方ない! ちょっと待っててくれ」
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246 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:35:41.70 ID:0fEikvQ3o
……ドサッ
勇者「金貨100枚もってきた……これを元手に4人でなんとか700枚勝ち取ろう」
剣士「ど、ど、どっからこんな大金持ってきたの!?」
僧侶「まさか盗……!?」
勇者「違う。武器を……僕の『とこしえの杖』を質に入れてきた」
狩人「め、女神様から頂いた杖を」
剣士「ひえーーー それいろいろ大丈夫なの!?女神様怒らない!?」
僧侶「まさか女神様もこんな使い方されるとは思ってなかっただろうな」
勇者「いやっ仕方ないだろう!?こんなところで足止め食らうわけにはいかないんだから
女神様も分かってくれるはずだと思う!それにカジノで勝ちさえすればいいんだ!」
勇者「というかそれしかない」
剣士「そうだね……勝てばいいんだよ!さっきゲーム見てたから、なんとなくルール分かったし!」
狩人「……」コク
僧侶「おう!やってやろーぜ!」
勇者「よし行こう」
248 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:41:19.69 ID:0fEikvQ3o
* * *
ジャラジャラ がやがやがや
剣士(賭けって難しいな……。お金増えたかと思ったら減っちゃうし。私は向いてないのかも。
みんなはどうかな?)
剣士「……えええっ!? 狩人ちゃんと勇者のテーブルに金貨がうず高く積まれてるっ!どういうことなの?」
僧侶「あの二人は弓と杖捨てて賭博師として生きた方がいいんじゃねーかな」
剣士「僧侶くん。……あれ……お金は?」
僧侶「負けた!!」
剣士「だからね、女の人見すぎだよ、もう。 まあ私もあんまり成果は上げられてないから人のこと言えないんだけど」
剣士「あの二人に任せた方がよさそうだね。余ったお金渡してこよっと」
剣士「狩人ちゃん、ゆう…………、!??」バイン
女性「あらら、ごめんなさいねお嬢さん。失礼」スタスタ
剣士(わ、きれいなドレス)
僧侶(胸元を大胆に開けたワインレッドのドレス……素晴らしいな)
剣士「うわっ 僧侶くん鼻血!!」
249 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:43:04.90 ID:0fEikvQ3o
わいわい がやがや ひそひそ
剣士「ああ……なんか二人のテーブルの周りにすごい人だかりができて近づけないね……」
僧侶「くそっ!! 狩人ちゃんはともかく、あんなきれいで巨乳のご婦人方に囲まれてる勇者への嫉妬の念で腹が煮えくりかえりそうだ!!!」
剣士「ま、まあ、二人は真剣勝負してるんだから」
剣士(……はあ……でも周りの人がきれいな格好の人ばっかりで、今更だけど自分の格好が気になってきちゃったよ。
なんだかこうして見てると、小さいころからずっといっしょにいたのに勇者が知らない人みたい)
僧侶「剣士ちゃん元気ないけど大丈夫か?」
剣士「うん、別に何でもないよ。でもちょっと外の空気吸ってこようかな。
渡せるようになったら私の余ったお金、二人に渡してくれる?」
僧侶「あいよ」
250 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:44:21.36 ID:0fEikvQ3o
剣士「うっ……寒い……でも外の方が気楽でいいや」
剣士「ちょっと歩こ」
剣士「もう夜遅いのに全然暗くないのね、この街。下手をすれば王都より明るいかも。
通りに人はまだたくさんいるし、ここの人たちはいつ眠るのかな?」
剣士「こういうのが歓楽街って言うんだぁ。大人の街だね。飲み屋さんとカジノがいっぱい」
剣士「あれ。……ねえお姉さん、あそこに見えてる尖塔……ていうか城かな?あれってなに?」
通行人「ああ、あれは街から離れたところにある『幽玄の館』よ。幽霊屋敷って私たちは呼んでるけど」
剣士「ゆ、幽霊屋敷?」
通行人「今は誰も住んでないはずだけどね、気味悪い噂が絶えない古城なのよ。
興味あっても行かない方がいいわよぉ」
剣士「興味なんて全然ないよっ! 幽霊なんて絶対会いたくないもん!」
通行人「あらそう?」
剣士「ひい、訊かなきゃよかった。あっちの方見ないようにして進まないと。
なんか怖くなってきちゃった、もうみんなのところに戻ろう」
251 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:47:06.47 ID:0fEikvQ3o
がやがや がやがや
支配人「……いくら賭ける?」ニヤ
勇者「……」
狩人「……」
「あの二人一体何者?」「二人とも10連勝だ! 前代未聞だぞ」「ついに支配人が奥からでてきたわ」
「この間あの男に財産の半分持ってかれたよ……」
勇者「持ち金全部」
狩人「……同じ」
支配人「……勝負に出ましたか。久しぶりに燃えてきますね」
がやがやがやがや
僧侶「いいぞ!やっちまえ!!!このゲームに勝てば二人の金貨合わせて700越える!」
支配人「なんだあのうるさい男は……。まあとにかく始めますよ」ジャラ
狩人「いつでも」
勇者「……。……?」
253 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:48:30.60 ID:0fEikvQ3o
剣士「あれ……あれ? 確かこの道から来たような気がしたんだけど、でもこんな路地通ってきてない」
剣士「……ここどこ? おかしいな、迷っちゃったよ。なんか変に暗い路地だし……。
うう、こんなことならカジノから出てくるんじゃなかった」
髭男「どうしました」
剣士「いっ!?!? あ、人か……」
髭男「人以外のなにがいると思ったんですか」
剣士「幽霊とか……。あ、あの道に迷っちゃって。カジノに戻りたいんだけど道知らないかな?」
髭男「カジノったってこの街には色々ありますからね……そのカジノの名前は?」
剣士「えっ、名前?そんなの見なかったよ」
髭男「ふむ……まあいいでしょう。大丈夫です。ついてきてください」
剣士「本当?よかった。ありがとう!もう戻れないかと思っちゃった」
剣士「……ねえ、なんかどんどん暗い方に進んでない?気のせいかな?」
髭男「気のせいですよ」
剣士「……。ここらへんのお店って飲み屋さんなの? こんなに寒いのにお店の外に女の人がいっぱいいるけど……」
髭男「まあ似たようなものですね」
剣士「ふうん」
254 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:51:30.43 ID:0fEikvQ3o
剣士「……」
剣士「……あのー。本当にカジノに向かってるんだよね?どんどん街の中心から離れていってないかなあ」
髭男「カジノに行くということはお金が必要なんでしょう?」
剣士「あっうん。そうなの。しかもたくさん、できるだけ早く必要なんだ」
髭男「ならカジノなんて博打にでなくても、もっと手早く確実に稼げる方法がありますよ」
剣士「えー!? カジノよりいい方法があるの!?どんな方法!?」
髭男「今から案内しますよ」
剣士「あ、待って。でももしかしたら勇者と狩人ちゃんがもう稼いじゃってるかも。
……おじさん、私の仲間たちも一緒に連れて行きたいからやっぱり先にカジノに……」
髭男「(……勇者? 空耳か) いえ、この仕事は若い女性しかできないので男はだめですね」
剣士「そうなんだ。でも、やっぱり私がずっと戻らなかったらみんな心配しちゃうよ……。
一旦みんなに相談してみる。ごめんなさい。カジノへの道はほかの人に訊いてみるよ」
髭男「ここまで案内させといて、そりゃねーだろ」
剣士「わっ な、なに? 離してよ」
髭男「もう少しで着くので大人しくしててください」
剣士「だから……行かないってば。手を離さないなら私も剣を抜くよ」
髭男「剣?」
剣士「そう、剣……」スカッ
剣士「……あれ!?な、ないっ!? ――あっそういえばカジノは武器持ち込み禁止だったから預けたまんまだった」
255 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:54:01.79 ID:0fEikvQ3o
髭男「はい、ここの地下が私たちの店です。階段を下りましょう」
剣士「やだよ! おじさん一体何者なの。えぇい!剣がなくったって戦えるし!」ガブ
髭男「イタッ あっおい!!待て!!」
髭男「……おい!店にいる今暇な連中はちょっと付き合え。鬼ごっこだ」
バタバタ……
剣士「はあ……はあ……うわっ!!」ツルッ
剣士「もう!雪の国って走りづらい。外套も邪魔になるし!!
滅茶苦茶に走ってたらさらに道に迷いそうだけど……ずっと追ってくるし」
剣士「もーーー!やっぱりカジノから出るんじゃなかったぁあ!
もう夜中だし勇者もみんなもどっかの宿に泊っちゃってるかも……ていうかソリにも置いてかれたりして」
剣士「やだーーーーっ! あーんもうここどこよーー!人も全然いないしーー ハッ」
バタバタバタ
剣士「うそっ 前の方からも足音? ってことはつまり挟み撃ち! ど、どうしよ。
……もういいよ、こうなったら殴り合いしかないっ!! かかってこい!」グイ
剣士「!? わっ……? なななっ?」
256 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:56:41.01 ID:0fEikvQ3o
ザッ……
男「チッ どこ行った」
髭男「見失ったか。くそ、あと一歩だったって言うのに。仕方ない、諦めてまた別の子探すか……」
ザッ……ザッ……
剣士「……」
勇者「行ったか……よかった。ハァ」
剣士「勇者ぁーーーーっ」バタバタ
勇者「雪の国恐すぎる……大丈夫だった? なんもされてない?
そもそもなんでこんな街の外れまで来てるんだ。ここは歓楽街なんだから危ないよ」
剣士「あの髭生えたおじさんがカジノまで案内してくれるって言うから……。
……あ!そういえばあの人が言ってたけど、カジノよりお金稼ぐいい方法あるって!
でも若い女の人しかできない仕事らしいんだけど」
勇者「いやだめだ。しなくていい。絶対だめだ」
剣士「え、でも」
勇者「だめ!」
剣士「なんで!?」
257 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 21:58:17.64 ID:0fEikvQ3o
勇者「なんでって……その……後で狩人にでも訊いてくれ」
剣士「わ、分かった。そういえば勇者はなんでここに?ゲームはどうなったの?」
勇者「剣士がいないことに気づいて、なんか嫌な予感がして追いかけてきて……
ゲームは……ゲーム、は」
勇者「………………………………あ」
~~~
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258 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 22:01:00.95 ID:0fEikvQ3o
支配人「はいもう閉店ですからねーまたのご来店をお待ちしてますー」ニヤニヤ
僧侶「くそ、腹立つ」
狩人「……雨……」
勇者「うわ、本当だ。まずい」
狩人「雷……」
勇者「やばい女神様もしかして怒ってるのかもしれない、やばい。困った」
僧侶「とにかく明日の朝まで雨を凌がねえとな。空き家とかないのか、ここらへんには」
勇者「なさそうだね」
剣士「空き家……あっ」
剣士「あの、『幽玄の館』ならいま人が住んでないって!!」
僧侶「あそこに見える城か?」
剣士「うん、でも、その、えーと、……幽霊が出ても大丈夫なら……」
勇者「幽霊?」
259 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 22:03:23.07 ID:0fEikvQ3o
幽玄の館
ピシャーン!……ゴロゴロゴロ……ビチャビチャ
勇者「……すごい雨と雷だ。城の中、正直ものすごく不気味だけど、外よりはましか」
剣士「やっぱり女神様怒ってるんじゃないのかな、これ」
勇者「い、いやでもここは雪の国だから……多分大丈夫だろう、多分」
狩人「奥の方に寝室ありました。……ベッドも……食べ物はなかったですけど」
僧侶「それにしてもひどい有様だな。蜘蛛の巣だらけで床には皿とかが割れた破片が散らばって……
誰かここで暴れたとしか考えられん。灯りもないときた。雷があって逆によかったかもな」
勇者「盗賊も幽霊もいないみたいだし、案外住めば都になるか」
剣士「住みたくはないけど」
僧侶「でも怖かったら剣士ちゃんも狩人ちゃんも俺に抱きついてきていいぜ!!いつでもどこでも構わんぞ!!」
勇者「とりあえずここで朝まで休もうよ。お金のことは明日また考えよう。
いざとなったら僕が内臓売ってでもまとまった金つくるから」
剣士「こっ怖いこと言わないでよ! 大丈夫だよ、なんとかなるって!!」
260 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 22:08:19.05 ID:0fEikvQ3o
勇者「見張りはいっか。じゃあ、おやすみ」
僧侶「じゃあ寝る前に……怖い話するか?」
勇者「なんでそうなる?」
剣士「はい!断固反対します!!それに怖い話したら幽霊が集まってくるって聴いたことがあるのでいやです!!」
狩人「でも……そもそも幽霊とは何なのですか。亡くなった人の魂は冥府に送られるのでは?」
剣士(かかかか狩人ちゃん!?)
剣士「ねえ勇者は怖い話したくないよね?ね?」
勇者「……」
剣士「ってもう寝てるー!!早い!!さすがっ! 今日疲れたもんね、そうだよね!!ごめんね!!」
僧侶「幽霊は冥府に導かれるのを拒んで現世に留まった霊魂だ」
狩人「導き……」
僧侶「冥府には番人がいるらしいんだ。この世界の二人の創始者のうち一人がそれだと言われている」
僧侶「肉体の呪縛から解き放たれた魂は、冥府に送られて番人の手に委ねられるが……
番人を拒絶した魂が肉体を伴わないままこの世界にいると、俺たちの言うところの幽霊ってなるわけだ」
剣士(ひいいいなんか結構真面目な感じで始まってるう)
261 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 22:13:18.58 ID:0fEikvQ3o
狩人「……創世者の一人が冥府の番人なら、もう一人はなにをしているの?」
僧侶「俺たちが住む大陸の守護神や、あーあと……時の女神?だっけ、あと諸々の神様を統率する、
神様軍団の大ボスみたいな感じか。具体的になにをしてるかは聖典にも載ってないんだよ」
僧侶「伝説も神話もほとんどないし、概念的な存在かもな。
あ、いや。でも勇者とする者を人の子から選別するのは……その神か」チラ
勇者「……」
僧侶「その勇者は今アホみたいに熟睡してっけどな」
剣士「へええ、神様ってたくさんいるんだね。神様すごーい!!じゃあ寝よ!!おやすみ!!」
狩人「……?」
剣士「どうしたの?狩人ちゃん」
狩人「……何か……今……下の方から聞こえました。人の声のようなもの……」
剣士「んえ゛」
262 : ◆TRhdaykzHI 2014/01/31(金) 22:16:01.34 ID:0fEikvQ3o
* * *
剣士「ねえ本当に行くの?本当に?」
狩人「盗賊だったら大変……」
剣士「幽霊だったら!?」
僧侶「まあ、迷いし魂に、冥府に続く道しるべを照らしてあげるのも神職の役目だからな」
剣士「珍しく僧侶くんが僧侶っぽいこと言ってる!」
僧侶「だろ? 剣士ちゃんはそこで寝こけてる勇者と一緒にいてくれよ」
剣士「うう……二人は怖くないの? わ、私も幽霊なんか怖くないけど」
僧侶「はっはそんなの全然怖くなっ……」
ガタン
僧侶「オゥワーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
剣士「きゃあああああああああああああああああっ!?」
狩人「ひゃっ……!」
僧侶「ぜ、ぜ、ぜ、全然怖くないな。いまのはちょっと持病がなッハッハッハ」
剣士「わ、私も、別に怖がってなんかないけどさ!?」
狩人「……幽霊よりあなたたちの方に驚く……驚きます」
266 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/04(火) 21:40:59.83 ID:ZEePks+po
剣士「……二人とも行っちゃった……」
剣士「…………別に幽霊屋敷なんて全然これっぽっちも怖くな」
ゴロゴロゴロピシャーーン!!
剣士「ひっ!! べべべべべ別に全然全くこれっぽっちも滅茶苦茶超怖いよーーーー!!!」
剣士「わーーん!早く朝になってよーーーっ!!」
* * *
僧侶「はあ、ほんとすげえ天気だな。これじゃ明日の天気もどうなることやら」
狩人「……あの……もうひとつ……訊きたいことある……のですけど」
僧侶「ああ、恋人なら今いないぜ」
狩人「それはどうでもいいです」
僧侶「彼女なら募集中だが」
狩人「それは心底どうでもいいです」
僧侶「さすがに二度言われると凹むな…… で、何が?冥府のこと?僧侶ちゃん食いつくな」
狩人「はい。冥府とは……どんなところなんですか?里にいた神職の人は……とても美しいところだと言ってました。
でも、何故見たこともないのにそう言いきれるのですか。それは生者への……気休めではないか」
狩人「……あなたは一般的な聖職者と違って……」
僧侶「かっこいい?」
狩人「誰かに気休めとして嘘を言う優しい人ではないと思いました」
僧侶「喜んでいいのか微妙なラインだな」
狩人「あなたは冥府をどんなところだと……思う……ですか」
僧侶「俺も見たことないから何とも言えねえなぁ」
僧侶「冥府の番人は鍵を守っているらしい。死者が導かれる扉の鍵だ。
冥府の先の世界……扉の先は誰も知らない。俺たち生者は知ることを許されていない」
僧侶「でも、ま、生きてる間に苦労して、そんでやっと死ねたかと思ったらまた辛い世界だなんて
それこそ生きる気力も死ぬ気力もなくしちまうな。だから冥府と、その先は、いい世界だって俺は信じてるぜ」
狩人「……。そう」
僧侶「おう」
267 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/04(火) 21:42:37.77 ID:ZEePks+po
僧侶「まあこれも気休めになっちまうか」
狩人「いえ」
ガタ……、…… ……
僧侶「! 物音と人の声だな。階段の下……奥の方から。こりゃ本当に幽霊か盗賊だな。
剣士ちゃんにはああ言っちまったが、もし幽霊だった場合、どう倒せばいいと思う?」
狩人「……さあ……」
僧侶「攻撃効くのかね。 ……それにしてもたくましいな。幽霊怖くねーの?
おおおおおお俺は怖くないけどな」
狩人「死者は怖くない。……そして、死も」
狩人「戦いの中で死ねるなら、本望です」
僧侶「…………。なんだか君は現世よりあっちの世界を見据えてる気がする」
僧侶「狩人ちゃんの亡くなった婚約者だって、君がそんなこっ―――」
ガタンッ
狩人「……?」
狩人「僧侶? …………? どこに行ったのですか?」
268 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/04(火) 21:43:42.19 ID:ZEePks+po
* * *
シクシクシクシクシクシク……
勇者「うーん…………ん……ん?」
勇者「け、剣士。どうしたの?」ビクッ
剣士「起きたんだ……ぐすっ……おはよう」
勇者「まだ夜だけど……。あれ?二人は?」
剣士「実はかくかくしかじかで勇者が寝てる間に一階に……。
でもまだ帰ってこないのーーーーーー!!けっこう時間経つのに二人とも帰ってこないのっ!!!」
剣士「どうしよぉぉぉぉぉ 幽霊に遭ったのかもしれないよぉぉぉぉ……」シクシク
勇者「僕が寝こけてる間にそんなことがあったとは。大丈夫、僕がちょっと探しに行ってくるよ。
君はここで待ってて――」
剣士「……」
勇者「……じゃなくて、いっしょに行こうか」
剣士「うん」
269 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/04(火) 21:45:14.76 ID:ZEePks+po
勇者「窓のないところは暗くて前が見づらいな。はあ……魔法が使えたら」
剣士「まだ杖は質屋だもんね!早く取り返せるといいよね!」
勇者「……そんなにしがみつかれると歩けないんだけど……」
剣士「し、しがみついてないじゃん! 勇者は方向音痴なんだから迷ったら危ないかなって思ったの!」
勇者「さすがに室内では迷わないよ。昔から暗いところとかお化けとか怖がってたけど
幽霊なんて死んでるだけじゃないか?そんなに怖い?」
剣士「は、は、はあー!?なに言ってんの? 生きてたら斬れるけど死んでたら斬れないんだよ?
滅茶苦茶怖いよ!!!!! 一方的にこっちがやられるだけなんだよ? こわっ!!!」
勇者「あ、そこなんだ」
剣士「っわーーーーーーーーー!!!」
勇者「わああああああ!? なに!? どうしたの!?」
剣士「今、階段下から話し声がっ」
剣士「狩人ちゃんたちの声かどうかは分からなかったけど、いま絶対絶対声がしたよっ……!
……ねえ、聞いてるの勇者?? ゆう……」
剣士「…………!?!?あ。あれ? 勇者? ……え? いない?」
剣士「ちょっと……勇者ぁぁ! 室内では迷わないって言ったくせに!! どこ行ったのよぉぉっ」
剣士「……ねえぇ……グスッ……もうやだーーーっ!!」
270 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/04(火) 21:46:27.48 ID:ZEePks+po
ドタンドタンッ!!
勇者「うわっ! い、一体……ここは?」
勇者「廊下で手すりを掴んだ瞬間、横の壁がぐるっと回転して、あっという間に変な場所に来てしまった。
これって隠し扉かな。何のために……。あっ戻れない」
勇者「ていうか前にもこんなことあったな。こんなのばっかりか」
勇者「剣士の声も聞こえないな。結局バラバラになってしまった……大丈夫かな。
急いで出口を探さないと」
勇者(細い階段がある……屋根裏部屋? とにかく行ってみるしかなさそうだ)
ミシ……ミシミシ……ミシ
勇者(うわ、館自体すごい古かったけど、ここの床は相当だな。いつ抜けてもおかしくない。
というか抜けそう。いや絶対抜ける。そして僕は階下に落ちて腰を強打する予感がある)
勇者「……? 何か見え………… あ、あれは」
勇者「宝箱!?」
??「………………」スッ
勇者「まさか財宝が…… !!」バッ
??「チッ!気づかれたか」
勇者「誰だ? いきなり背後から斬りつけようとするなんて無礼だな」
盗賊男「そいつぁ失礼……へっへ」
盗賊女「その宝はあたしらんだよ。どきな」
271 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/04(火) 21:47:34.36 ID:ZEePks+po
勇者「宝だと!?」
盗賊男「そうだあ!お前もそれ目当てにここに探しに来たんだろ? 巷じゃ最近噂だもんな」
盗賊女「この館に今なら金貨1000枚相当の宝が眠ってるってね!
あたしらはそれで魔族が襲ってこない安全な土地に引っ越すんだ」
盗賊男「そうさ、歓楽街の酒びたりどもは楽観的だが、ここもそう長くないだろうしな。
だからさっさとその宝もらってトンズラすんだよ、オラどけ小僧」
勇者「き……金貨1000枚!?!?」
盗賊女「こいつ、あたしらの話何一つ聴いてねえな!!」
盗賊男「目が宝箱に釘つけになってやがる……大人しくしときゃあ痛い目合わずに済んだのによ」
272 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/04(火) 21:49:41.06 ID:ZEePks+po
盗賊男と盗賊女が襲いかかってきた!
金に目が眩んだ勇者は攻撃力・敏捷性ともに2倍になった!
盗賊女「ああ!?おいなんだそれずるくねーか!」
勇者「金貨金貨金貨金貨……」
盗賊男「ひいいいい なんだこいつ!?強っ きもっ――ウギャッ」
盗賊男を倒した!
勇者「…………」スタスタ
盗賊女「ちょ、ちょっと、えええ? な、なんなんだお前は……こっち来るな!」
勇者「じゃあ宝は僕のものということでいいかな」
盗賊女「わ、わかった。持ってきなよ」
勇者「助かった……!!これで雪原を越えられる」
盗賊女「……なんちゃってな!背中を向けたな小僧っ!!」バッ
ミシミシミシミシ…………バキッ!!
盗賊女「はえ」
勇者「あ」
273 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/05(水) 00:32:16.17 ID:8Twj8RMgo
* * *
剣士「もう信じられない!あんな自信満々に迷わないって言ったくせに、僅か数秒で姿消すってどういうこと?」
剣士「……だ、大丈夫。多分女神様にもらった剣>幽霊 のはずだよね。うん。一人でもできる。階段を降りよう」
剣士「階段を降りようってば!!!なんで動かないの!!…………………………怖いからだよーーー!!」
剣士「わあああああああん!怖いよおおおお……勇者どこ行っちゃったのーーー!!」
剣士「……」
剣士「……一人にしないで……」
ミシミシミシミシ……バキャ!!
剣士「え?」
盗賊女「ひゃあああああああああああ!!……あうっ!!」ドサ
盗賊女「キュウ」
剣士「え?」
勇者「やっぱり抜けると思ったんだよ……絶対こうなるって思ってた。イテテ、あ、剣士」
剣士「え?」
274 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/05(水) 00:34:06.03 ID:8Twj8RMgo
勇者「見つけたよ、金貨。これで大雪原も渡れるし、明日から宿の心配をしなくてもいい。
さっきいたところが隠し扉になってて、この上の階に宝箱が、」
剣士「黙らっしゃい!」ペチーン
勇者「ええええ?なんで?」
剣士「もう……目を離すとすーーぐどっか行っちゃうんだから馬鹿ーーーーっ!!」ギュッ
勇者「けっ剣士!?」
剣士「……」ギュー
勇者「……ごめん」
僧侶「はいはい、いちゃついてるところ悪いんですけどね!!!
1階にいた盗賊どもひっ捕まえて訊いたらここに財宝があるっぽいですよ!!!」
狩人「ここ……隠し通路たくさん……」
剣士「僧侶くん!狩人ちゃん! よかった、無事だったんだ……!!遅かったから心配したんだよ」
勇者「1階にも盗賊がいたのか。間一髪だったな」
僧侶「1階『にも』?」
勇者「宝なら見つけたよ」
275 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/05(水) 00:34:48.86 ID:8Twj8RMgo
* * *
男「ええっ? なんだ、本当に金持ってきたのか!! さすが勇者御一行……毎度ありぃ」
男「でも、ほんと、これでも安いくらいだぜ。最近雪原も物騒で、獣も魔族も出放題。走るソリ自体減ってるからな」
僧侶「安いくらいだってよ。この国は物価が高ぇなあオイ」
剣士「いくらなんでも高すぎだよー」
男「その分速さと安全性は保証するぜ! さあ、さっそく出発だ。乗った乗った」
281 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 00:30:20.20 ID:5O8t92t/o
ソリの上
剣士「ひゃー!寒いけど楽しい!すごい!」
勇者「剣士は元気だなぁ」
僧侶「ジジイかお前は?」
男「あんまり窓開けるなよー。丸一日このソリに乗ることになるからな」
勇者「次の町はなんでしたっけ?」
男「初雪の町だ。のどかでいいところだぜ。雪に咲く花畑が有名だよ」
狩人「雪に咲く……」
剣士「ちょっと見てみたいね!」
僧侶「女の子はそういうの好きだよなぁ。いいね、花畑に女の子の絵面。至高だな!!!!!」
勇者「僧侶も元気だね」
男「……ん?」
ガタタン
勇者「うわ、どうしたんですか?」
男「いやあ……なんか急に犬の様子がおかしく……一体どうしたってんだ?」
勇者「一旦外に出て見……」
ドゴーーーーーンッ!
剣士「なんの音!?」
勇者「魔族か獣に人が襲われているのかもしれない。行ってみよう!」
282 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 00:32:30.40 ID:5O8t92t/o
* * *
女エルフ「はーーー……くしゅっ」
女エルフ「さむぅ……。鼻水出てきたぁ……」
女エルフ「でも鼻水なんて出してる場合じゃない。勇者はどうやら今ヒュドラ様のいる雪の塔に向かってるらしいのね」
女エルフ「太陽の国から雪の塔まで行くにはこの大雪原を通らないといけない。
だったら待ち伏せしない手はないってことよね」
女エルフ「私自身はとっても魔力が弱くて非力だけど……いくらだってやりようはあるのよ。ふふん。
例えばこうして待ち伏せして不意打ちしたり、『道具』の力を借りたりぃ」
女エルフ「……ね! 『失敗作』ちゃんたち。期待してるから、頑張ってね」
××「ォアァァァ……」
××「ウウウゥゥゥア」
女エルフ「グリフォン博士は君たちのこと『失敗作』だなんて言ってたけど
……まあ見た目はともかく、攻撃力だけはすごいじゃない?
君たちが一緒にやっちゃえば、勇者だって容易い容易い!」
女エルフ「勇者を倒せたら私は一気に昇進だ。えへへ。魔王様に認めてもらえる。
もしかしたら王子様ともお近づきになれるかも!
それに魔族の中のエルフ族の地位も上がるだろうしいいことづくめだね!」
283 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 00:36:07.66 ID:5O8t92t/o
女エルフ「勇者の仲間はいらないから全部殺して、勇者だけ生かそうかな。
手足もいで部屋で飼おうっと」
××「ヴアァァァ……ガァァ」 ゴンッゴンッ
女エルフ「あーもーうるさいな。なにしてんの? でかい図体してるんだから暴れないで、うるさいよ」
女エルフ「しかし本当に大きいし、醜い体だね。白日の下で見ると余計気持ち悪い……うえ。
博士の趣味はやっぱり理解できないな」
女エルフ「人間の姿って耳も顔も元から不格好だけど、よりひどい姿にされちゃったね。かわいそ」
××「アアアアアアアアァァァァ」
女エルフ「だからぁ、うるさいって。待ち伏せしてるんだから、静かにしててよ」
女エルフ「『失敗作』ちゃん」
ドゴッッ!!
女エルフ「……え?」
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284 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 00:39:06.24 ID:5O8t92t/o
××「ギヤァァァァァァ!!」ダンダンッ
女エルフ「ちょ、…………きゃっ!!」
××「アアアアアアアアアアアアア!」
女エルフ「いた……っ! い、痛い痛いってば! なに、急にどうしたの!
なんで私の命令聞けなくなっちゃったの? 道具なのに……
もしかしてグリフォンさんのミス!? あの変態め!!」
××「アア……ァアアア……」
ズシン……ズシン……
女エルフ「待って! 落ち着いてよ、もう。……来ないで!来ないでってばぁ」
女エルフ「……っ もう勇者のことはこの際いいや、逃げよう」パッ
××「ユ……ルサナ……」グッ
女エルフ「いっ!? は、離し―――」
285 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 00:40:42.33 ID:5O8t92t/o
……ゴォォォォォォ!
××「ギャアアアアアアアアアァァァッ!!」
女エルフ「ひっ……?」
勇者「なんだ、あの化け物は……? ……魔族か?」
剣士「人がいる!ほら、あそこ! 白いフードの外套を着てるから見えにくいけど……助けなきゃ!」
狩人「化け物は複数いる。気をつけて」
僧侶「おう!」
女エルフ「え?え?何今の?……炎……?魔法?」
女エルフ(えっ……あ、あれって……勇者!! うそぉこんなタイミング悪い時に!
四面楚歌どころじゃないっ!あああ、どうしよう!)
××「ウァアアアアアアッ!」
女エルフ「!? う、後ろに……!」
――ズパッ!!
剣士「大丈夫?」
女エルフ「へぁ……!?」
剣士「足を怪我してるの? 待ってて、今離れたところに連れていってあげるから。
勇者たちがあの化け物を倒してくれるから、もう安心していいよ!」
女エルフ(あ……フードと外套で外見が見えないから、私を人だと思ってるのね)
286 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 00:41:41.87 ID:5O8t92t/o
女エルフ「は、はい」
女エルフ(人間なんかに助けてもらうのなんて屈辱だけど、とりあえずここは勘違いさせとこう……)
勇者は風魔法を唱えた!
辺りに強風が吹き乱れた!
――ピラッ
女エルフ「…………あ」
剣士「え……? その……耳と目……それに羽根は…… まさか君、魔族なの?」
勇者「ん?魔族?」
僧侶「なんだと?」
狩人「……!!」ギラッ
女エルフ(オワタ)
287 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 00:45:52.82 ID:5O8t92t/o
僧侶「剣士ちゃん、右から来てるぜ!」
××が剣士と女エルフに殴りかかった!
女エルフ「……!!」ギュ
剣士「こっち!」グイ
女エルフ「え!?」
剣士と女エルフは攻撃をかわした!
剣士の攻撃!××の右手らしきものを断ち切った!
狩人の攻撃!××にダメージを与えた!
狩人「……急所が全然分からない……それに痛みで動きが鈍る様子もない。
これではいつまでたっても……」
勇者「それなら丸ごと焼こう。まかせて」
勇者の火炎魔法!××の巨体は火柱に覆われた!
断末魔はしばらく空に響き渡った後、雪に溶けて消えた。
××を殺した。
288 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 00:47:40.10 ID:5O8t92t/o
―――――――――――
―――――――
――――
僧侶「なんだったんだ、こりゃあ。焼死体になってもまだ薄気味悪い」
勇者「やっぱり魔族かな。……魔族と、言えば」チラ
女エルフ「……」
狩人「殺しましょうか」
勇者「待ってくれ」
勇者「……エルフ族か。どうして魔族同士で仲間割れを? ……って、僕の言ってること分かるかな」
女エルフ「…………馬鹿にしないでよね」
勇者「さっきも気になってたけど、君は人間の言葉が通じるんだね。
いや、前に塔で戦った吸血鬼とも話せたけど。魔族の中には人の言葉を理解する者もいるのか?」
女エルフ「逆に訊くけど、人の中に魔族の言葉を理解する者はいるの?」
勇者「え……? それは、いないと思うけど」
女エルフ「だろうね。人間ってそうよね、いつも自分たちのことを中心に考えてるんだから」
女エルフ「君たちがそんなんじゃ、私たちだって君たちの言葉を学ぼうとすることなんてないよ」
剣士「でも現に今、君、人の言葉を喋ってるじゃない」
女エルフ「魔族の中にはとっても高度な、言語に関わらず意思疎通する魔法を使える者がいるの。
エルフ族みたいなね。
今私は人の言語じゃなく魔族の言葉を話してるけど、魔法でそれを互換してあげてるのよ」
勇者「そんな魔法があるのか」
289 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:19:42.30 ID:5O8t92t/o
勇者「……」
女エルフ「……はあ……しくじった。もういいわよ、早く殺しなさ、」
狩人「じゃあ遠慮なく」
女エルフ「ちょっと最後まで聞いてよ」
僧侶「しくじったってことは、俺たちを待ち伏せしてたってことか」
女エルフ「悪い?」
僧侶「悪くはないな。戦いに卑怯もクソもねえし」
狩人「…………」ギリ
ヒュッ!
女エルフ「……!」ギュッ
女エルフ「…………?」
狩人「どういうつもりですか……勇者」
勇者「……このエルフは、別に殺さなくても害は……ないんじゃないかな? 力も弱いようだし」
狩人「正気ですか。敵ですよ。あなたの命を狙って、さっきの化け物を従えてここで待ってたのです」
勇者「それは、分かってるけど」
女エルフ「……勇者。馬鹿じゃないの?」
狩人「馬鹿って言われてますけど」
勇者「う」
290 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:20:50.13 ID:5O8t92t/o
女エルフ「……そこのあんたも」
剣士「え?私?」
女エルフ「どうしてさっき、私がエルフだって分かってたのに助けたの」
剣士「え、うーん……分かんない」
女エルフ「ほんっと馬鹿みたい。そんなんじゃいつか全員死んじゃうよ。
そんな甘い考えで勝てるほど私たちは軟弱じゃないんだからね!」
勇者「僕たちだってそんなに弱くない。 …………治癒魔法」
女エルフ「……敵の怪我まで治して、最初見たときから思ってたけど、勇者ってほんとヤサシイんだね。
ばっかみたい。こんなことされても私は人間なんて大嫌いなんだからね」
勇者「もう僕たちを襲わないって約束してくれるなら、ここから逃がしてあげるよ」
女エルフ「分かったわ。約束――するわけないでしょ! ばーーか!」パッ
勇者「ええっ……」
剣士「あ、飛んだ」
女エルフ「私に情けをかけたことをいつか後悔することね。じゃあね」ヒラ
勇者「ちょっと待って!最後に教えてくれないか。さっきの……僕たちが倒した化け物は……
あれは、本当に魔族なのか? 種族は?」
女エルフ「ああ、あれ? いいよ、教えてあげる……。……」
女エルフ「やっぱ嘘。……知らない方がいいんじゃない? じゃあね、ばいばーい」
パッ……
291 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:21:31.56 ID:5O8t92t/o
女エルフ「人間に情けをかけられるなんて最悪。最悪最悪最悪!」
女エルフ「こんなのおじい様に報告できないよ……あーあ……いい作戦だと思ったのに」
女エルフ「……魔族を助けるなんて馬鹿みたい。敵なのに」
女エルフ「ばっかみたい!私のことなめきってるのね! きーっ」
女エルフ「今度は、私が……絶対……!」
292 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:22:57.17 ID:5O8t92t/o
* * *
男「あともうちょいで初雪の町につくぜぃ」
剣士「はーい」
剣士「わーい、町にもうすぐ着くってさ!一日中ソリに乗ってたから腰が痛いや。
お腹もすいちゃったしね!今日の夕食はなに食べようかなぁ!」
僧侶「寒いから早く風呂にも入りたいよなー。見てくれよ剣士ちゃん、寒すぎて俺の鼻も髪の毛も真っ赤だろ?」
剣士「あはは本当だー、って僧侶くんの髪の毛は元々赤毛じゃん!」
勇者「はは……」ダラダラ
狩人「………………………………」
勇者「……」ダラダラ
剣士「……」
僧侶「……」
剣士「あのー……ね?ほら……狩人ちゃん……僧侶くんのボケおもしろくなかった?
元々赤い髪の毛なのにさ……あはは!変なのー!!」
僧侶「勇者お前早く狩人ちゃんに土下座しろ!!!おらっ!!床に頭をめり込ませるレベルまでだよ!!!」ゴンッ
勇者「痛い痛い!骨砕ける!」
勇者「……えっと……その、ごめん。狩人」
狩人「…………謝るということは、今後同じ状況になったとき、違う行動をとれるということですか?」
勇者「そ、それは……」
狩人「あのエルフが言ってた通り、あなたは甘い。……と思います!」ダンッ
僧侶「おお珍しく狩人ちゃんが大声を! そうだそうだお前が全部悪いぞ勇者!!」
狩人「僧侶はしばらく静かにしていてください!」
僧侶「ええッ」
293 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:26:28.94 ID:5O8t92t/o
剣士「二人とも喧嘩しないで仲良くしようよ……」
狩人「そういうわけにはいかないです。勇者、……それから剣士も。
戦いに関してそんな甘い考えでいたらだめです」
狩人「今殺さない敵はいつか力を蓄えてより強大な敵になります。殺せる時に殺さなければ。
誰かが……大切な人が、いなくなってから後悔しても遅いです」
狩人「……遅いんです」
勇者「でもやっぱり僕は……敵だとしても、殺す必要がないのならそうしたくはない」
勇者「勿論、王都を勇者として旅立ったときから、戦いの末に敵の命を奪うことになるのは覚悟してたよ。迷いはない。
狩人の言ってることも分かる。今日僕がしたことはいつか自分の首を絞めることになるかもしれない」
勇者「だけど、もしかしたらそうじゃないかもしれないじゃないか。
その可能性を捨てて、必要性のない殺しをするのなら、それは…………。……」
狩人「魔族と一緒だと、言いたいのですか?」
勇者「……」
狩人「あんな奴らと一緒にしないで……!」
剣士「あ、あ、あのさ? わ……私も、勇者に賛成かも。
強くて悪い魔族だけ倒せばいいんじゃないのかな? 弱い敵は……殺さなくっていいなら、殺さなくていいと思うけれど」
剣士「そうだ、私たちがもっともっと強くなったら無問題なんじゃないかな!」
狩人「楽観的すぎます……。死んだら、もう終わりなんです。
死んじゃったらもう会えないんです。二度と……」
狩人「だから、殺される前に殺さなくてはいけない……!
それが戦場を生き残るたったひとつの術なのだから……」
勇者(確か狩人は婚約者を魔族に殺されて……)
勇者「でも彼らにだって僕たちみたいに、自分の言語や文化、歴史があるように家族や友人がいると思うんだ。
できればそれを不用意に奪いたくない……できれば」
狩人「……」
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294 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:28:10.80 ID:5O8t92t/o
剣士「僧侶くん……、どうしよう。二人とも一歩も譲らずって感じなんだけど」ヒソ
僧侶「まあ、あれだな。勇者も狩人ちゃんもどっちも考えを変えるつもりはないわけだ。
これ以上は話し合いも平行線だな」
僧侶「別に違う考えを持ったままでいいんじゃねえか?
無理してひとつにまとめなくても。元々性格もバラバラな俺たちなんだ、いいだろそんくらい」
勇者「え? ああ……確かにそうかもしれないね」
剣士「あ、そうだよね。僧侶くんいいこと言うじゃん!」
僧侶「それにもうすぐ町に着くし、早く風呂入って寝たいんだよな、俺。女湯も覗かなくちゃいけないし」
剣士「前言撤回するね!」
狩人「……私はやっぱり勇者と同じようには考えられない。でも、あなたもそのつもりならば、
あなたがその意思を持ちながらどこまでいけるのか……興味があります」
狩人「そうして何も大切なものをなくさずに全て成し遂げられた時には、私も考えを改めることにします」
勇者「……うん」
剣士「はい、じゃあ仲直りの握手!」
狩人「喧嘩をしていたわけでは……」
剣士「いいからいいから」
勇者「心配してくれて、ありがとう。狩人」
狩人「……いえ。別に、私は……」
男「おぅい、もう着くぜ。下りる準備しとけ」
剣士「はーい!」
295 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:34:12.84 ID:5O8t92t/o
* * *
翌日 初雪の町
勇者「武器屋と防具屋の品ぞろえがすごい充実してるな。そんなに大きな町じゃないのに。
それに……武器を身に付けた人が多い」
槍使い「ぜんぶ傭兵志願者さ。王都がいま兵士不足って嘆いててな、破格の給料で傭兵が雇われてんだ」
武器屋「おかげさまで商品が儲かるのなんの」
眼帯男「ま、どんだけ兵士がいようが傭兵がいようが、騎士がいようが……
魔族どもにゃ痛くもかゆくもないだろうなって話してたんだけどさ。
勇者が来てくれたのなら希望が見えてきたって感じかな」
槍使い「でも、装備はちゃんと雪の国用のを買った方がいいぞ」
勇者「うん。そうするよ」
勇者「古城で見つけた財宝を換金したお金が余っていてよかった」
僧侶「よう勇者。そんでその金ってまだ余ってんのか」
勇者「余ってるけど……装備を買うための分はもうみんなに分けたよね。高い防具でも見つけたの?」
僧侶「いや装備じゃなくて、酒を買おうと思ってな!! いい店見つけたんだこれが!!
お前も行くか?剣士ちゃん一筋もいいが、男は場数踏んでこそだと思うぞ」ポン
勇者「ひ、一筋って一体なにが? ……じゃなくて、酒は我慢してくれよ。
酒より薬草とか買わないといけないんだからさ」
僧侶「チッ!」
296 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:37:02.51 ID:5O8t92t/o
勇者「そういえば……あのときは何も言ってなかったけれど、僧侶はどう思ってたんだい」
僧侶「あ?なにが?」
勇者「ソリに乗ってたときの僕と狩人の話で……。僧侶だったら、どう行動してたのかって」
僧侶「ああ……俺か? 俺は歯向かってくる奴は全員返り討ちっていうスタンスだから、
どっちかっつーと狩人ちゃん側かね」
勇者「すごいスタンスだ」
僧侶「お前と剣士ちゃんの考えの方がまともじゃないと思うぜ。なんつーか……本当『勇者』様らしい考えだ。
その博愛主義でどこまで持つか、俺も楽しみにしてるさ」
勇者「別に博愛主義ってわけじゃない。ただ僕は君たちより……弱虫なだけなんだ」
僧侶「心配すんな、あんまり情けない様晒すようなら俺が引っぱたいてやるよ。ストレス発散がてら」
勇者「じゃあその手を借りないよう頑張るよ」
僧侶「ハハン」
297 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:37:55.64 ID:5O8t92t/o
勇者「あ、僕も防具買いに行かなくっちゃ。じゃ、また後で、僧侶。女の人にふらふらついてっちゃだめだよ」
僧侶「お前なぁ、俺の方が年上だぞ!!人生の先輩を敬えってんだ」
防具屋
勇者「一通り揃えられたかな。武器は新調しなくていいし」
勇者「……ん? これは……」
店番少女「勇者さんお目が高い! それねえ、今日仕入れたばっかりなの。
勇者さん価格で特別に安くしちゃうわよ!」
―――――――――――
――――――――
―――
298 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:39:30.25 ID:5O8t92t/o
噴水前
――ガサガサ
剣士「次は……ここから北東の村ね。結構近いみたい。吹雪がなければ1日で着くって聞いたな。
順調に行けば首都まで3週間くらいかなぁ」
剣士「うふふ、地図の見方もちゃんと分かってきた!これでもう迷わないや」
勇者「あ、いたいた。剣士」
剣士「あれ、もしかしてもう出発の時間? わあごめん!うっかりしてた!
ちょっと待ってあの角のお店の焼き菓子がおいしそうだったから少し買っていきたいの!!」ダッ
勇者「待って待ってまだ出発じゃないから大丈夫」ガシ
剣士「えっ?なんだよかった。びっくりした」
勇者「これ渡そうと思って探してたんだ」
剣士「なにこれ?開けていい?」
勇者「うん」
剣士「えーなになに?お菓子かな?大きさからして飴?クッキー? わあい、えへへありがとー!」
剣士「なんだろ……、……!?!?」
剣士「なななななな……え?え?え? ゆ……ゆび……ゆびわっ?? え? なにこれ?」
勇者「君の言う通り、指輪だけれど」
剣士「えっ……えええええ!? ちょっと待って、勇者、い、い、意味分かってるの? こここここれって……」
勇者「? 意味も何も、防御力アップのための防具だよ。さっき買ったんだ。一番前線で戦うのは君だからさ」
剣士「…………」
剣士「あっうん。知ってるよ?指輪なんて防具以外の何物でもないよね」
299 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/08(土) 17:44:01.05 ID:5O8t92t/o
剣士「ただひとつ聞いていい? どうしてこんなにかわいくラッピングされてるの?」
勇者「防具屋の店番の子が、仲間に渡すって言ったら、有無を言わさずそうしてくれたんだ」
剣士「あ、そうなんだ」
剣士「別に私勘違いしたわけじゃないよ?顔が赤いのはさっき雪に顔突っ込んで遊んでたからだから!!」
勇者「そ、そう。その遊び楽しいの?」
剣士「楽しいよっ!!
別にっ勇者が私にそういう意味で指輪をプレゼントしてくれたとか思ったわけじゃないもんね……っ」
剣士「早とちりして赤くなったわけじゃないんだもんねっっ!!!」
剣士「ありがとっ!大事にするね!!でもできればほかの女の子にはこういうことしちゃだめだよっ 分かった?」
勇者「なんで?」
剣士「なんでも」
勇者「わ、分かったよ。だからそんなに怒らないでよ」
剣士「怒ってないよ!!!!」
勇者「怒ってるじゃないか!」
303 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/09(日) 23:13:00.05 ID:Mh/p7PiBo
雪の塔
ヒュドラ「で見つかったんですか?妹君は」
兄「いや……まだだ」
ヒュドラ「突然家出だなんて驚きましたね。一体どちらにいらっしゃるのやら。にしてもなんでまた……」
兄「さあな……」
兄「……まあ、見つけ出す術はあると言えばある。時間はかかるが」
ヒュドラ「さすが」
兄「だから心配するな。お前の方はどうなんだ?ヒュドラ。順調か?」
ヒュドラ「最近あちらの兵士の数だけは多くなって面倒ですが、所詮は烏合の衆ですね。
どうせ傭兵でも寄せ集めたんでしょう。突き崩すのは容易い」
兄「勇者とやらが次はお前を倒しにやってくるそうだが」
ヒュドラ「ここに辿りつくことさえ困難でしょう。まあ、私が出向いてもいいのですけどね」
兄「この毒の霧か。魔族でなければ、近づくことすらできないか」
ヒュドラ「私にとっては居心地のいいものですけどね。
……はあ、それでもやっぱり勇者の存在は面倒です。先に星の国……魔女の方に行ってくれればよかったのに」
兄「はは、あいつもそう思ってるだろうさ」
ヒュドラ「あいつ、敵の魔力吸って若づくりに勤しんでますからね。勇者の魔力なんて垂涎ものでしょ」
魔女『聞こえてますのよ、蛇野郎』ヴヴ…
ヒュドラ「!?」
304 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/09(日) 23:17:24.55 ID:Mh/p7PiBo
ヒュドラ「なっ……魔女!勝手に魔晶石の通信をつなぐな!どうやったらそんな芸当ができるんだ全く……」
魔女『ほんっとヒュドラって陰湿ですねぇ……私がいないところでヒソヒソと陰口ですか? 死ねよ。9つの首全部違う死因で死ねよ。
ってジュリエッタちゃんが言ってる……あなた嫌われ者ね……かわいそ』
ヒュドラ「ジュリエッタって誰だよ。このメンヘラ女……あ、嘘です。何でもないです」
魔女『王子ごきげんよう。姫様はまだ見つからないのですね、今度一緒にお茶をする約束をしてましたのに……
見つかったらお二人で私の塔に遊びにいらっしゃってくださいね』
兄「やあ魔女。ああ、喜んでそうさせてもらう」
ヒュドラ「何の用だ、魔女。まさか喧嘩を売りにきたわけではあるまいな」
魔女『そんなに暇じゃないもの。あなたじゃないんだから……。これ、頼まれたもの。グリフォンに渡してくださいな』
ヒュドラ「ああ、分かった。渡しておこう」
魔女『それじゃあね』
兄「ん? グリフォンは今ここにいるのだったか」
ヒュドラ「そうですよ。研究データがほしいとかで」
兄「どうりであちらで見かけないはずだ。久しぶりに会ってくるか。俺がそれをあいつに渡してやろう」
ヒュドラ「よいのですか?姫様を探すのにお忙しいのでは?」
兄「もう手はずは整えてある。後は時間だけだ。……まあ、会ったところで……どうにかなるものでもないが」
ヒュドラ「え?」
305 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/09(日) 23:19:38.42 ID:Mh/p7PiBo
ザパッ……
魚人「ヒュドラ様。辺りを一通り、一族皆で探してみましたが、見つけられませんでした」
ヒュドラ「ああ……そうか。どこへ行ったんだか……」
兄「なんだ、ここでも誰か家出か?」
ヒュドラ「いえいえ、魚人族の娘が何人か行方不明なのですよ。まさか人間に捕まってはいないでしょうが」
兄「それは大変だ。俺が居場所特定の魔術を使ってやろう。結果が出るまで一日か数日かかるが、いいか」
ヒュドラ「本当ですか。ありがとうございます、頼みますよ」
兄「こういった魔術は、妹の方が得意なのだがな」
兄「……」
兄「やるか」
306 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/09(日) 23:20:10.41 ID:Mh/p7PiBo
第七章 ぼくの はマーメイド
307 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/09(日) 23:22:14.79 ID:Mh/p7PiBo
臙脂色の朝日が稜線から顔を覗かせた瞬間に、曙光がパアッと世界に散らばった。
川のせせらぎに両手を浸して水を飲もうとしていた彼の元にもそれは届いた。
青く輝く闇は西へと徐々に追いやられて、星々はまた夜がくるまでしばしの間眠りにつく。
見事な朝焼けだった。
どれも彼がまだ見たことのない光景だった。
目覚めたばかりのオリビアは既に遙か遠くの山道から彼を振りかえっていて、急かすように一声「ワン」と吠えた。
「分かってる、今行く」
祖父から受け継いだ薬師の七つ道具が詰め込まれた大きな黒いカバンは、見た目通りなかなか重たく
手にぶら下げても肩にかけても背負っても、苦行僧の気分を味わえるという意味でとても有り難い代物だった。
歩くたびに中の器同士がぶつかって鳴るカチャカチャという音も、彼にとってはもう日常の一部となっていた。
今日もその音に耳を澄ませて、オリビアに導かれながら旅路を進む。
308 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/09(日) 23:23:46.60 ID:Mh/p7PiBo
薬師として国中を旅している彼は、青年とも少年とも言い難い風貌だった。
時計屋の若旦那に、父親への薬を調合したのは既に遠い昔のことである。
少年の面影は鳴りをひそめて代わりに鼻筋がすっと伸び、首に喉仏が突き出し、声が低くなった。
かと思うとカラカラと笑うときの表情は、大人と呼ぶにはあまりに幼かった。
しかしそのとらえどころのなさは年齢とは関係なく、彼の本質に所以するものであるとも言えた。
「雲みたいな奴だな」と、以前周辺の村を訪れるために拠点としてしばらく滞在した宿屋の主人は、
カウンターに頬杖をつきながらまじまじと珍しそうに彼を見ながら呟いたのだった。
「まだ若いんだから、そう旅を急ぐこともあるまいに。
お前は雲だ。上空の大きな気流に乗って、進もうとしようがしまいが関係なしに流されてっちまう雲だな。
難儀な奴だ。早死にするなよ」
「根なし草だからね」
よく分からなかったが、勝手に同情されたことに少しムッとしながらそれだけ返した。
宿屋は答えず、それからぷかぷかと煙草の煙を吐くだけだった。
310 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/09(日) 23:28:24.70 ID:Mh/p7PiBo
旅は好きだ。
見知らぬ土地の見知らぬ空気、まだ彼に知り得ぬものが行く手にあると想像しながら歩くのは楽しかった。
自分の意志で、自分のためだけに旅をしていると胸を張って言える。
彼は旅が好きだ。
もう帰る家がないということだけで旅をしているのでは、決してないのだった。
「一番近くの村ぁ?それならこの分かれ道を左に行ってずっと真っ直ぐだ!!」
「ありがとう」
道を尋ねたやたらと元気のいい魚人族の男に礼を言って立ち去ろうとすれば、何故か慣れ慣れしく鱗のついた腕で肩を組まれ、
挙句の果てには飲み屋の経営がどうだの我が子がどうだのと、益もない話を延々1時間も聞かされる羽目になり
その村に着くころにはもう精神的にへとへとになっていた。
たまにそんなことになるが、本当に彼は旅が好きである。
311 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/09(日) 23:29:39.00 ID:Mh/p7PiBo
その村に足を踏み入れると、どこか遠くから子どもたちのはち切れそうな笑い声と、
たくさんの家庭の夕食の香りが入り混じった香りが彼をむかい入れた。
ぎりぎり日没前に宿に辿りつけたな、と思う。
朝に引き上げられた藍色の帳が、今まさに再び下りようとしていた。
「行こうか、オリビ…… あれっ どこ行くんだ?」
宿屋が並ぶ通りに進もうとした瞬間、すっと足の間をオリビアが通り抜ける気配があった。
慌てて呼びとめたが止まらない。村の北から伸びる木立の中に彼女の足音は消えてしまった。
こんなことは滅多にないので彼はしばしポカンと彼女が消えていった方角を見つめていたが、
我に返るとオリビアの名を呼びながら駆けだした。
もう家に入りなさいと母親に促された村の子どもたちが不思議そうに彼の背中を見まもった。
312 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/09(日) 23:31:41.18 ID:Mh/p7PiBo
「どこにいるんだ……?」
しばらく駆けると一本道の先の開けた場所に出たが、辺りは夕闇に包まれてひっそりとしている。
人どころか動物の息遣いさえ何一つ聞こえない。
自分の息切れと早鐘を打つ鼓動だけやけに大きく、耳は頼りにならなかった。
普段は泰然とした印象を会う人に与えるこの青年……あるいは少年だったが、このときばかりは焦っていた。
そのため、常ならぬケアレスミスを犯したとしても無理からぬことだった。
ゴツン!!
突然額と鼻っ柱をぶん殴られた――と彼は感じた。
「うがっ」そんな呻きを空中に残しながら、ゆっくりと土のベッドにひっくり返って、
涙目になりつつ痛みを通り越して痒みすらある顔面を手のひらで覆う。血はでていない。
そのことが信じられないくらいの痛みだった。
何が起こったのか分からず目を白黒させる彼の耳に、男の笑いをこらえているような、そしてそれを申し訳なく思っているような声が届いた。
313 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/09(日) 23:38:32.54 ID:Mh/p7PiBo
「あー……その、悪いな。危ないって声をかけるところだったんだけど、一瞬遅かったみたいだ。
大丈夫か、あんた。すんごい勢いで木にぶつかってたもんな……鼻折れてないか?」
そう、彼は木にぶつかったのだった。
それだけだった。それだけならまだ「やっちまったな、ははは」くらいで済んだが
その様を誰かに見られた事実が彼をどん底に突き落とした。
「あ、ああうん。大丈夫だ。……あー……お見苦しいところを」
「いや。誰にだってあるさ、そういうことは。俺もよくあるよ」
男のぎこちないフォローがかえって心苦しかった。
手を借りて立ちあがると、「ちょっと待ってろよ」と言ってから、男は何やらブツブツ言い始めた。
と思うと顔面の熱をもった痛みが嘘のように退きはじめる。数秒と経たずにそれは完全に消え去った。
紛れもなく治癒魔法である。
「神官の方ですか」と訪ねようとして気づいた。
カチャリと男が腰に佩いている太刀の音。
男は自分の名を名乗った。彼が尋ねると、ああ、となんてことないように頷いた。
「勇者だよ」
そして、勇者の男は「これって職業なのかな」と首を傾げたのだった。
314 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/10(月) 03:00:57.25 ID:pkkpz1gzo
「最近やーーーっと使えるようになったんだよ、治癒魔法。魔法は苦手でさ……。
一応魔力はあるんだから攻撃魔法だけじゃなくて治癒系も使えるようにしとけって言われて」
勇者はオリビアを見た。村の墓地から帰る途中すれ違ったのだと言った。
その墓地に彼を案内しながら(勇者にとってはUターンすることになるが、彼は快く承ってくれた)、ハハハと乾いた笑いを洩らした。
「魔法の才能、ないんだよなぁ」とのんきに言い放つその様子は、いわゆる勇者の厳格さとか神聖さとは無縁のものだった。
いま、この村に来るときに魚人の男と話したが、そういう風に魔族と人間が普通に言葉を交わす世界は彼にとって一般的で、
それは彼が生まれた年に太陽の国と魔族の王の間で結ばれた平和条約のおかげであるというのは知っている。
そしてその条約に、今彼の横で歩いている男が尽力したというのも知っていた。
魔王を倒すために生まれたのにも関わらず、魔族を救うために動いた彼の男。
315 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/10(月) 03:04:32.86 ID:pkkpz1gzo
人類と魔族の英雄と称してもいい男を前にして、しかし薬師の彼は何故か緊張することはなかった。
それも勇者の「勇者らしくなさ」が原因かもしれない。
勇者の代名詞となっていた、<時の剣>は既にもうその手にないようだったが、
それなりに腕のある鍛冶師につくってもらったという大刀を腰に携えるその姿は飄々としていながら、まさに威風堂々だった。
しかしその勇者が、言っては悪いがこんな山奥の小さな村にいることは思わなかったので、
何故ここにいるのかと尋ねると思ってもなかった答えが返ってきた。
「ここ、俺の育った村なんだ。たまには親父とお袋に顔見せないとな」
「ああ、そうだったんですか」
「あんまり目立ったものはないが、 まぁ……いいところだよ。
あんた薬師なんだって?近所の婆さんが腰痛いって言ってたから診てやってくれよ」
「でも、勇者のあなたがいるのなら、薬は必要ないんじゃ?」
316 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/10(月) 03:06:09.75 ID:pkkpz1gzo
治癒魔法があるのなら薬は必要ないのでは、という意味を込めたつもりだった。
途端、勇者は渋面をつくった。
「だから、俺は治癒魔法そんなに上手くないんだって。治せるのは擦り傷とか……打ち身とか……そういう。
……あ、ほら。墓地についたぞ」
頬を撫でる空気が僅かに冷たい。
墓地とはいえど不気味さとは程遠い、むしろ心安らぐ静謐さがそこにはあった。
死者の安寧の地、冥府へと繋がる道。そんな言葉が彼の脳内に浮かんで消えた。
いくつもの墓標を越え、もう崖に差しかかるといったところでオリビアを見つけた。
村人たちの墓標から離れて、森と空を臨む切り立った崖にポツンと立っている二つの十字架の前で行儀よく座っていたのだった。
歩み寄る彼の姿を認めて嬉しそうに「ワン」と吠えた。
「お前……心配したんだぞ。急に駆けだしたりするから」
意味が分かっているのかいないのか、尻尾をぶんぶん振りまわすばかりである。
背後で勇者がふっと笑う気配があった。
317 : ◆TRhdaykzHI 2014/02/10(月) 03:07:51.68 ID:pkkpz1gzo
「よかったな、見つかって」
「うん、本当に。ありがとう、勇者さん」
「その墓の横、大樹があるから気をつけろよ」
そんなことはとうに分かっていた。
どうやら勇者は彼のことを平時に木に激突するどんくさい奴と認識してしまったようだった。
これはいかん、いつか誤解を解かねばと思いながら、木の幹に手をあてる。
両腕で抱きついたとしても右手と左手の指が合わさることはないだろう。
二人がかりでようやく囲えるような幹の、立派な木だった。
春夏ではないと言うのに青々と茂る枝葉を夜空に広げている。
「この木は……」
「不思議な木でさ、冬でも緑を絶やさないんだ」
木の名前は分からないが、恐らく常緑樹の一種だろうと勇者が言った。
「受け売りだけどな」