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【洒落怖】桃の木と井戸

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投稿者「実葛 ◆9uasZO6A」 2019/03/20

とある田舎の集落で聞いた話。

昔は庄屋だったというその家には、広い裏庭の隅に、立派な桃の木があった。
私が訪れた時は、枝にたわわに実った若い桃の実が、色付くのを待っているところだった。
「収穫が楽しみですね」
私がそう言うと、家の主人である老婆は苦笑して首を振った。
「この木は、おいとさまの物ですから、わたしらの口には入らんのです」
「おいとさま?」
「ほら、桃の木の陰に井戸があるでしょう。そこに住んでらっしゃる方ですよ」
老婆の示す先には、確かに井戸があった。もう長いこと使われていないのだろう、井戸に被さった石の蓋もかなり古びていた。
老婆によると、家がまだ庄屋の役目を務め、井戸が現役だった昔。ここに厄介なモノが住み着いた。昼間は井戸に潜み、夜になると抜け出して、田畑や果樹を荒らしたり、家畜を襲ったという。獣なのか妖怪なのかはっきりしなかったが、井戸をさらってもなにも出てこず、被害は止むことがなかった。
困った庄屋は仕方なく、井戸を埋めることにした。すると今度は、毎晩夢枕に何者かが立つようになった。ある時は仙人のような老人、ある時は白い狐、美しい女性、指をくわえた幼児、巨大な蛇。それらが毎夜現れて、井戸を埋めるなと訴えた。
このようなことをするとは、たとえ井戸に住むのが獣の類だとしても、ないがしろにしては祟りが怖い。庄屋は頭をひねった末、井戸は埋めずに重い石蓋をするに留め、井戸の隣に祠を建てた。
しかし祠は、完成した次の日にはメチャクチャに打ち壊されていた。
その晩、また庄屋の夢枕に立つ者があった。それは年端もゆかぬ少女で、怒った顔で何かを庄屋に押し付け、消えた。
目を覚ますと、枕元に桃の実が一つ転がっていたという。
庄屋は早速、井戸の隣に桃の木を植えた。
それから、井戸から出てきた何かが集落に被害をもたらすことはなくなった。桃の木は毎年見事な実をつけたが、食べ頃になると次々消えてしまったため、その実を口にできた人はいないそうだ。

「不思議なもんですよ。いかにも美味しそうな実が、夕方には五個も六個もあるのに、次の朝見たら一つも残っていないんだから。夜の間においとさまが食べてしまうんだそうです。このうちの子は、どんなにうまそうでもこの桃の実は取っちゃならんと、そりゃ厳しく言われるんですよ」
老婆はそう言った。
「おいとさま、という名前は?」
「さぁ、誰が呼び出したかは知りませんが、昔は多分、おいどさま、だったんでしょうね。でもね、それじゃあ、別のものを想像してしまうでしょ。だから、一文字言い換えて呼ぶようになったんだと思いますけどね」
老婆は照れたように笑った。
おいどさまは桃が好き。
そう考えて、私もおかしくて笑った。

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[ 2019/03/20 ] NO NAME ◆-
”おいど”ってお尻の事だってわかる人はどのぐらいいるんだろうか。

[ 2019/03/20 ] NO NAME ◆-
少なくとも私は分からなかった。
調べたら元々はひと昔前の丁寧な女性言葉、今でも一部地域で使われている方言なんだってね。
またひとつ、勉強になりました。

[ 2019/03/20 ] NO NAME ◆-
174366さんのおかげで、話の面白みがわかりましたw
ありがとうございます。

[ 2019/03/20 ] NO NAME ◆-
鬼○の冷徹のおかげで…

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