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【禍話】アイスの森

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森、ではないかもしれない。
「アイスの……森、っていう話なんですけど」
話してくれたM君は最初、そう言いよどんだ。

地域や事件を特定されたくないため、名称を変えることは怖い話ではよくあることだ。
なので本当は、「アイスの山」や「アイスの家」なのかもしれない。
本当の名称がわからない以上、どこの話なのかもわからない。
あなたの家の近所にあるのかもしれない。
それをお含みいただいた上で、お読みいただきたい。

その「アイスの森」は、かわいらしい呼び名に反して「ヤバい」と言われていた。
山奥にある私有地。何もない森なのだが、とにかく「ヤバい」らしい。地元の不良たちやワルの先輩たちすらも「アイスの森はヤバい」と語る。
ところが、評判ばかりが一人歩きして、何がどうヤバいのか誰も教えてくれなかったそうだ。
M君や友人たちも、「ヤバい」との噂から漂うただならぬオーラに気後れしてなかなか行けずにいた。だが、

「もうすぐ卒業して東京で就職する大学の先輩が、どうしても気になるって言うもんで」

きもだめしがてら、5、6人で連れだって森へと向かうことにした。

夜もふけた頃、教えてもらった道を辿って車を走らせる。真っ暗な山道を右に折れ左に曲がり、脇道に入るなどしたややこしい場所に、森への入り口はあった。
森は一応、金網で仕切られていた。注意書きの看板もある。しかし、

「『立入禁止』『防犯カメラ作動中』とか書かれてるけど、すごく古いやつで」

何の意味もなさそうに見えた。

「監視小屋みたいなのも見当たらないんです。光も何にもなくて、真っ暗なんですよ」

これなら万が一、町の方から警備員が来ても余裕で逃げられるんじゃね?と呟きながら、破れた金網の隙間からアイスの森へと入っていった。

ただの森、だったという。

「木が生えてて草が生えてて、ホント、ただの森なんです」

懐中電灯や携帯電話の明かりを頼りにノロノロと歩いて行ったが、面白いものは何もなかった。暗くて人の気配がないのが少し怖いくらいで、変な感じも不気味な雰囲気も漂っていない。
なんだここ、つまんねぇな、と拍子抜けしていた時、サンダル履きだった友人が「ん?」と言った。「なんか、地面に刺さってる」

確かに先ほどから、足元から妙な音はしていた。友人がかがんで地面を見て、それから細長いモノを引き抜いた。

アイスの棒だった。

「木で、平べったくて、両端が丸くなってる、ごく当たり前にあるやつで」

それが地面に刺さっている。
棒には縦に、文字が書いてあった。

たまちゃん
はな
ぴーちゃん
ぽち
ぺこ

猫、犬、鳥……ペットの名前のようだ。
ははぁ、お墓だな、とみんな思った。この辺りに住む人は、生き物が死ぬとこの森に埋めに来るのかな。変な習慣だなあ。そのペットの祟りでもあるのかな。
そんなことを話し合っていたが、誰かが「でも、こんなにペットって死ぬかな」と呟いた。
よくよく見てみれば、かなりの数のアイスの棒が地面に刺さっている。数本ではない。十数本でもない。数十本という単位だ。しかもみな比較的、新しい。
「それにこれ、どうして全部平仮名なんだ?」
不穏な空気が走ったような気がした。

もう少し行ってみようか、と誰ともなく言い、全員でさらに奥へと歩を進めた。
アイスの棒が刺さっている以外は、何の変哲もない森のままだ。時折気が向いたように、棒を地面から引き抜いて確かめる。
しばらく進むと、仲間の一人が声を上げた。
「なぁ、ちょっとおかしいぜこれ」
棒に書かれている文字が、明らかに名前ではなくなっている。

みけねこ
からす
くろねこ
すずめ
からす

……埋められているのは「ペット」ではないな、とA君は感じた。みんなそう感じただろう、という。

誰かが無差別に動物を殺して、ここに埋めているんじゃないか、そんなことまで頭に浮かんだ。
被せるように、別の者が余計なことに気づいた。
「この棒の文字さ、全部同じ奴が書いてるみたいだぞ」
平仮名の筆跡が、確かに全部同じだった。
一人の人間が、たくさんの動物を、そこらじゅうに埋めて、アイスの棒を刺している……

空気がさらに重くなったが、ここで引き返すのももったいない。第一まだ何も起きていない。もうちょっと行って、それから戻ろう。
そう決めて、再び暗い森の先へと向かった。

「あっ」
新たな棒を抜いた一人が叫んだ。
「これ……これダメだわ……これヤバいわ……」
どうした、と全員で駆けより、棒に書かれた文字を見た。

どらいぶ

……どらいぶ?ドライブ?
もう一本、引き抜いた棒を見る。

さんさいとり

山菜採り
えっ……これって……これってつまり、つまり、
その瞬間、森の奥からこちらに向かって声が飛んできた。

「 きもだめし? 」

全員で絶叫して逃げ出し、森を抜けて金網を抜けて車に乗り、事故りそうなスピードを出しながら山を降りて、コンビニの駐車場に停車した。
全員が呆然としていた。

「だって、小屋も照明もない真っ暗な山奥ですよ。幽霊ならもちろん怖いし、人間だったとしても、あんな森に夜の夜中にいるなんて、まともな人間じゃないですよ……それに……」

あの棒に書かれていた文字と、最後に呼びかけられた言葉の意味について、仲間内で話すことはなかったそうだ。
その体験から、アイスの森の場所はM君の代までで封印となった。それ以降の大学の後輩たちは、誰も行き先を知らない。

森の奥から聞こえた声は、中年の男のもので、ものすごく嬉しそうだったという。

(了)

参照元:http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/310905017

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