名作・神スレ

【歴史スレ】やる夫はアフリカで奇跡を起こすようです その1

※歴史ものAAスレのなかでも最高傑作の1つと言われています。
※ものすごく長いです。出来た部分から公開していきます。完結までは気長にお待ちください。

1 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/28(日) 23:51:44 ID:WnbnE.nc0
ボツワナ共和国初代大統領、セレツェ・カーマの一代記の予定です。
あまり知られていない政治家、しかも作者は超ド級の初心者ではありますが、
よろしくお願いします。

世紀末大陸・アフリカ…

3 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/28(日) 23:51:44 ID:WnbnE.nc0

その南端近くに、一つの国がある。
ボツワナ共和国。
混沌の大陸・アフリカにおいて、奇跡ともいわれる経済成長を遂げた国である。

4 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 00:05:22 ID:4ZhbsTs20

ひとりあたりGDPは約15000ドルに達し、上位中進国レベルに到達。
周辺諸国から大きくぬきんでた状況にある。
教育システムやインフラも完備し、
何よりも建国以来の民主政治が定着しており、政情も極めて安定している。

5 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 00:13:43 ID:4ZhbsTs20

一時期はエイズのパンデミックによって平均寿命が半減までしたが、

6 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 00:16:05 ID:4ZhbsTs20

政府が医療体制を整え国民全員にエイズ治療がいきわたるようにした結果、
寿命は大幅に改善傾向にある。

7 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 00:20:54 ID:4ZhbsTs20

こうした経済成長を支えたのが、世界一の産出量を誇るダイヤモンドである。
高品質で膨大なダイヤの産出は、国土のほとんどが砂漠であるこの国にとって、
まさに命綱となっている。
この富をもとに、教育振興やインフラ整備、経済の多角化が行われ、
現在の状況が作り上げられた。

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9 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 00:26:29 ID:4ZhbsTs20

しかし、資源に恵まれているのはボツワナだけではない。
アフリカ大陸のかなりの国には豊かな資源がある。
にもかかわらず、そうした国々のほとんどは政争に明け暮れ、
資源を巡って凄惨な内戦を繰り返すありさまである。

なぜ、ボツワナだけはそうならなかったのか?

10 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 00:33:11 ID:4ZhbsTs20

もちろん、国民や為政者の努力もある。
しかし、こう聞かれたボツワナ国民の多くは、
ひとりの名を上げるだろう。

11 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 00:37:34 ID:4ZhbsTs20

初代大統領、セレツェ・カーマ。
その人こそ、ボツワナをここまでにした立役者であると。

この物語は、
この国土のほとんどが砂漠である貧乏国家を立て直した一人の政治家の物語である。

28 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 11:43:50 ID:Syb2NteM0

セレツェ・カーマは1921年7月1日、
英国保護領ベチュアナランド北部のセロウェで、第一王子として生まれた。

父はツワナ人8部族中最大部族であるングワト族の王、セコマ2世。
祖父はトランスヴァール共和国の侵略からツワナ領を守り抜いた名君、カーマ3世である。

1925年に父が亡くなったため、カーマは4歳にしてングワトの族長となった。

29 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 11:48:08 ID:Syb2NteM0

とはいえ4歳で王の職務を務められるわけもなく、
ングワト民会(コトラ)はカーマ3世の末子であるツェケディ・カーマを摂政に任命。
セレツェが成人するまでの間、彼がングワトを統治することとなった。

30 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 11:54:18 ID:Syb2NteM0

ツェケディ、この時23歳。セレツェから見れば叔父にあたる。
ツェケディは改革主義の政治家で、家畜の改良や中学校の設立などを行い、
さらに白人優越主義のみなぎるこの地で法を犯した白人に体刑を加えるなど、
大きな治績を上げた。

33 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 12:31:59 ID:Syb2NteM0

とはいえ、当時のングワト、いやツワナ人全体の富は大したものではなかった。
ツワナ人は南のボーア人によって肥沃な南部を奪われ、
カラハリ砂漠とその近辺の痩せて乾いた土地へと押し込まれていたのである。

ベチュアナランドが南アフリカに併合されなかったのも、
ここが何の価値もない土地であったからにすぎない。

鉄道は国土の東端に1本だけ、舗装道路はない。学校もほとんどない。
なによりも、穀物がろくに育たない。

こうした中、ツワナ人はわずかな草を食んで育つ牛に頼り、細々と暮らしていた。

当然、王といってもセレツェの暮らしもそこまで贅沢なものではなかったが、
生活に困ることはさすがになかった。

34 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 12:40:39 ID:Syb2NteM0

セレツェはそんな中、南アフリカにある寄宿学校へと通い、成長していった。
叔父のツェケディとの関係も悪くなく、
それなりにリア充に過ごしていたといえる。
サッカークラブを作ったり、白人優先の鉄道に乗り込んで騒動を起こしたりと
いくつかのエピソードはあるものの、
少し鼻っ柱の強くて行動力のある、普通の子供だったといっていい。

36 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 13:00:49 ID:Syb2NteM0

やがて、やる夫は南アフリカのフォートヘア大学へと進学。
当時のフォートヘア大は黒人全般の最高学府であり、
黒人各民族の頭脳が集まっていた。
この少し前にはネルソン・マンデラもここに通っている。
(マンデラはこのころ、ウィットウォータースランド大学へと移っていた)

1944年にフォートヘアを卒業すると、セレツェはイギリス本国への留学を決意。
オックスフォード大学へと進学した。

37 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 13:04:00 ID:Syb2NteM0

なお、この時のエピソードとして、こんな話が残っている。

お前も王になるんだから、
そこまで真剣に法学の道に進まなくてもいいじゃないか

もしイギリスに王をクビにされても、
弁護士の資格もってりゃ食っていけるじゃない!

この会話は、この時はただの冗談だった、はずだった。

39 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 13:15:02 ID:Syb2NteM0

そして、1947年。
運命の時がやってくる。

イギリスは寒いお
空から白いものが降ってくるとか信じられないお

          `

 …ん?

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40 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 13:21:43 ID:Syb2NteM0

ルース・ウィリアムズ

41 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 13:26:18 ID:Syb2NteM0

お、お嬢さん。
一緒に饅頭でも食べませんかお!

42 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 13:27:09 ID:Syb2NteM0

 ………

43 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 13:28:19 ID:Syb2NteM0

(…白饅頭みたい…)

45 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/04/29(月) 13:38:15 ID:Syb2NteM0

こうして二人は交際を始め、1年後には結婚に至る。

しかしそれは、叔父のツェケディ・カーマの強い反対を受けただけでなく、
人種差別主義をとる南の隣国・南アフリカ連邦にとっても到底受け入れられないものであった。

この結婚は、やがてベチュアナランドのみならず南アフリカやイギリスをも巻き込んだ大政治問題となっていき、
カーマの人生にも大きな影響を与えていく…

67 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:45:30 ID:zUg8uCuE0

セレツェとルースの結婚は大きな波紋を呼んだが、
まず最初に反応したのは摂政である叔父・ツェケディであった。

彼は改革派の政治家だったが、家族観は古いものであり、
ングワトの王たるものが保護者の決めた結婚ではなく恋愛結婚を、
しかも自分の許しも得ないままに決めたことにひどく腹を立てていた。

また、彼はセレツェの相手はツワナ人内からしかるべき相手を探すべきであり、
イギリス人女性などとんでもないと考えていた。

お前の相手はこっちでちゃんと用意しただろ!
いったいどこが不満なんだ!

68 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:46:26 ID:zUg8uCuE0
 

(申し分ない家柄の王妃候補)

お断りします

69 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:47:21 ID:zUg8uCuE0

これは伝統のほかに、
白人女性と黒人男性との結婚によって
強大な隣国・南アフリカ連邦との関係が極度に悪化することを恐れた、
政治家としての判断もあった。

当時の南アフリカはアパルトヘイトの開始期に当たり、
人種間の問題には極度に敏感になっていたのである。

南アフリカ連邦首相 ダニエル・マラン

改正背徳禁止法の施行、黒人隔離地区の拡大…
黒人の権利の制限は始まったばかりです。
他国とはいえ、ここで異人種間の婚姻など認めるわけにはいきませんよ

70 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:48:13 ID:zUg8uCuE0

今すぐ離婚しろ!

だが断る

セレツェとツェケディの間で激論が交わされたが、
決着はつかなかった。
それに、そもそもこの件は王家だけで決着がつけられる話でもなかった。

72 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:49:09 ID:zUg8uCuE0

【ングワト民会のみなさん】

困ったね
どうしようか
そんなことよりサッカーしようぜ

ツワナ人8部族は、どれも徹底した民主制を布いている。
王といえど、民会での決議なしにはどんなこともできない。

そして今回、ングワト民会はいまだいかなる判断も下してはいなかった。

73 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:49:57 ID:zUg8uCuE0

やっぱ両方の話聞かないとね
お互いの話聞いてからだよなあ

このため、セレツェとルースの結婚を認めるかどうかの民会が急遽開催されることとなり。
セレツェのもとには出頭要請が届いた。

こうして1949年、彼は再びベチュアナランドの土を踏むこととなった。

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74 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:50:42 ID:zUg8uCuE0

ングワトではすでに2回民会が開催されており、
これまでのところはツェケディ側が優勢であった。

しかし、セレツェの参加する3回目の民会こそが最終的な結論を出す場となるのは明らかであり、
この民会はングワトのみならず全ベチュアナランド、それどころか世界が注目するものとなっていた。
「黒人の王子と白人女性の許されざる恋」というものに、当時はそれほどのニュースバリューがあったのである。

75 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:51:21 ID:zUg8uCuE0

76 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:51:51 ID:zUg8uCuE0

他7部族からの使節団

77 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:52:18 ID:zUg8uCuE0

やじうま

その他もろもろの人々、約1万人が集まり、
ングワト首都セロウェは時ならぬ喧騒に包まれていた。

78 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:53:09 ID:zUg8uCuE0

79 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:54:21 ID:zUg8uCuE0

まず口火を切ったのは、
摂政のツェケディだった。

ツワナの王はツワナの中から結婚相手を選ぶべきだ!
国外の平民、しかも白人と婚姻を結ぶべきではない!
もしこの結婚を強行するのなら、
彼は王位から降りなければならない!

ソウダナ、ソノトオリダ
伝統ハタイセツダ

80 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:54:51 ID:zUg8uCuE0

これに対し、セレツェは反論する。

結婚は個人の自由意思でするものだお!
それに相手がいないのならともかく、やる夫はもう結婚しているお!
王位にふさわしくないという理由で離婚させられるなんて納得できないお!

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81 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:55:40 ID:zUg8uCuE0

それに、彼女は十分な教育を受け、
やる夫と出会う前はきちんと働いていたお!
彼女もこの地に骨を埋める覚悟はある!
まちがいなく、彼女は王妃にふさわしい女性だお!

ソウダ、ソノトオリダ!
マズヤッテミヨウジャナイカ!

82 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:56:11 ID:zUg8uCuE0

こうして議論は終了し、採決は行われた。

【審議中】

【可決】

83 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:56:46 ID:zUg8uCuE0

こうして、ングワト、並びにツワナ人内部においてこの結婚は法的に承認され、正式なものとなった。

84 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:57:28 ID:zUg8uCuE0

閉会後…

叔父上…
本当にごめんだお…

そんな顔をするな
わしは認められないが、民会で正式に決めたことだ
…おまえがングワトに戻ってきたら、
わしはクウェナ族の地に移住しようと思う

85 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:58:05 ID:zUg8uCuE0

そんな!
そこまでしなくてもいいお!
やる夫をこれからも補佐してくれお!

王にたてついて、ングワトを混乱させたんだ
このくらいの責任はとらにゃならんだろうよ

…南アフリカの動きだけが心配だ。無事に済むことを祈ってるぞ

86 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:58:37 ID:zUg8uCuE0

…お…叔父上…

なあに、お前が戻ってくるまではまだ摂政だよ。
はやいとこ留学終えて戻ってこい。待ってるぞ

87 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/03(金) 22:59:50 ID:zUg8uCuE0

これは困りましたね。
…まあ、こちらにも考えがありますが

こうしてセレツェの王位継承は、ツワナにおいて正式に承認され、
セレツェは卒業のためにオックスフォードへと戻った。
しかし、ツェケディの危惧の通り、南アフリカ連邦がこの件に介入し、
セレツェの人生に大きな影響を及ぼすこととなる…

100 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 19:54:55 ID:8NO9N2zw0

1948年まで南アフリカ連邦の首相を務めていたのは、
ボーア戦争の英雄であるヤン・スマッツである。

スマッツはトランスヴァール共和国法務長官として一軍を率い。
優勢なイギリス軍に対し「非正規軍」を率いてゲリラ戦を行い、勇名をはせた。

104 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 19:54:55 ID:8NO9N2zw0

トランスヴァール降伏後は政界に復帰し、
ボーア人(アフリカーナー)政党を率いて英国派に圧勝。
南アフリカ4植民地(トランスヴァール、オレンジ、ナタール、ケープ)の合同を指揮して、自らは首相となった。

105 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 19:55:37 ID:8NO9N2zw0

イギリスは強大だよ。
もとは侵略者とはいえ、
彼らと仲良くやっていくしかアフリカーナーの道はないんだ…

スマッツの政策は対英協調、この一言に尽きる。

南アフリカ国内では人口的にも政治的団結でもアフリカーナーは英国系を凌駕しており、
そのため政権は常にアフリカーナーが握ってはいたが、
圧倒的多数派の黒人に対抗するためにも白人間で対立を起こすわけにはいかなかった。

彼自身がボーア戦争の名将であり、イギリスの恐ろしさを熟知していたことも大きな要因であった。

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106 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 19:56:21 ID:8NO9N2zw0

しかしこの政策は、国民に…とくに支持母体であるアフリカーナーにとっては、
ひどく評判の悪いものだった。

107 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 19:56:53 ID:8NO9N2zw0

もともとトランスヴァールやオレンジのアフリカーナーは、南のケープ植民地に住んでいたオランダ系移民であった。
しかしケープ植民地が英領となり、奴隷制が廃止されると、
それに反発する奴隷制支持者らが「グレート・トレック」と呼ばれる大脱出を行い、北の新天地へと植民したのだ。

108 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 19:57:43 ID:8NO9N2zw0

植民後、トランスヴァールとオレンジの二国を建国したアフリカーナーは、
黒人を圧迫しながら勢力を拡大し、確固たる勢力圏を築いた。
しかし、トランスヴァールにて金の大鉱脈が発見されたのをきっかけに
ふたたびイギリスに侵略され、独立を失った。

109 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 19:58:29 ID:8NO9N2zw0

こうした歴史から、アフリカーナーはイギリスに対して強い敵意を抱いていた。
イギリス連邦に加盟してはいたものの、アイルランド(のち脱退)と南アフリカは反英派の急先鋒で、
しばしば連邦内に混乱を引き起こしている。

さらにこの受難の歴史は、アフリカーナーに強い団結力を与えるとともに、
他民族すべてに対する恐怖心を植え付けることとなった。

110 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 19:59:27 ID:8NO9N2zw0

そんな中おこった第二次世界大戦は、南アフリカに好況をもたらした。
資源は採掘するそばから売れ、
企業も労働者も繁栄を享受する。

この繁栄を支えたのは、人種主義立法の元低賃金労働に甘んじていた黒人労働者たちである。
しかし、この好況の中で彼らも権利の拡大を要求。
スマッツ政権はわずかだが譲歩をしようとした。

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111 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:00:20 ID:8NO9N2zw0

バカなっ…
そんな…バカなっ…!

しかしそれは、大多数のアフリカーナーにとっては民族への裏切り行為に他ならなかった。
高い教育を受けた英国系に対し、アフリカーナーは教育や富などで劣り、
白人間で深刻な貧富の格差が生じていたのである。

112 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:00:53 ID:8NO9N2zw0

この上黒人が進出してくるようなことがあれば、
アフリカーナーは二級白人ですらなくなるだろう。
失業者はあふれ、黒人にとってかわられてしまう。
彼らは本気でそう思った。

113 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:01:39 ID:8NO9N2zw0

選ばれた民である我々白人が、
黒人にとってかわられる、
そんなことがあってはいけないのです!
黒人と白人は別々の世界で、自らにふさわしい暮らしをする、
れこそが両人種の幸せでありましょう!

この不安を利用して支持を拡大したのが、
ダニエル・マラン率いる国民党である。
彼らは保守的な地方のアフリカーナーを支持基盤に、
強力な人種隔離政策を提唱して支持を拡大した。

114 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:02:25 ID:8NO9N2zw0

そして、1948年の選挙…


国民党 70議席

ありがとうございます
必ずや白人の幸せになる
新しい国家を築いて見せます!


連合党 65議席

是非に及ばずか…

この瞬間、南アフリカ連邦において悪名高い人種隔離政策…アパルトヘイトが開始された。
この政策は実に1990年代初頭まで、40年以上も続くこととなる。
国民党の政策は確かに白人間の対立を解消し、結果として支持を受け続けたからである。
連合党は敗北を続け、1977年には解党してしまった。

115 :名無しさん 2013/05/04(土) 20:02:34 ID:6UPJSJOQ0

白人も一枚岩じゃないのか

119 :名無しさん 2013/05/04(土) 20:12:02 ID:s5MFz.Tg0
>>115
英国系白人、アフリカーナーことオランダ系白人、黒人の三勢力があった、と考えたほうが楽かもしれんね

120 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:03:46 ID:8NO9N2zw0
まさに119氏の言う通りで、
この当時の南アフリカは英国系、アフリカーナー、その他諸民族の3勢力に分かれていました。

選挙権を持つのは英国系とアフリカーナー、
それにケープ州においては古い選挙法の恩恵でごく一部のカラード並びに黒人も選挙権を持っていました。
これを取り上げるために国民党政府は謀略の限りを尽くすのですが、
どちらにせよその他民族は選挙民数の上では微々たるものです。

というか、アパルトヘイト施行時は黒人と白人より、
白人間の対立のほうがよっぽど深刻かつ重大な問題ではありました。
選挙で大票田となるのはこの2民族だけですからね!

154 :名無しさん 2013/05/04(土) 21:43:03 ID:s5MFz.Tg0
カラードって白人と黒人の混血でしたっけ?

157 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:03:46 ID:8NO9N2zw0
>>154
基本的にはそうです。
ただアパルトヘイト下のカラードという概念はかなり政治的で、
要は「白人ではないが、昔からアフリカーナーの言うことを聞いていた連中」の総称なんですね。
だから純黒人であるコイコイ人(ホッテントット)や、
18世紀にマレー半島からケープに来たケープ・マレー人なんかもカラード扱いです。

116 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:03:46 ID:8NO9N2zw0

さて、政権を握った国民党は矢継ぎ早に人種差別立法を成立させ、
あっというまにアパルトヘイト体制を確立してしまった。

そのなかには異人種間の婚姻どころか性行為までを禁じた改正背徳法も含まれていた。
こうした動きを進める中、セレツェの結婚は南アとしてどうしても認めるわけにはいかなかった。
隣国でもあるし、じつは南アフリカは1910年の連邦成立時に接続領土…
…バソトランド、スワジランド、ベチュアナランド、南ローデシア…
の併合を想定して憲法を策定していたのだ。
したがって、南アフリカはベチュアナランドを自己の勢力圏とみなしていた。

こうして、南アフリカは動き出した。

118 :名無しさん 2013/05/04(土) 20:06:11 ID:XRmG3mNw0

古臭い価値観の中で生きてんなあ・・・

121 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:28:41 ID:8NO9N2zw0

1949年…

こんにちは、首相閣下

  イギリス首相 クレメント・アトリー(労働党)

いらっしゃい、マラン首相
…何の要件かはもうわかってるけどね

122 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:29:36 ID:8NO9N2zw0

でしたら話は早い
宗主国の権限で、カーマ氏の結婚を白紙に戻してください
                  __ _

答えはノーよ
仮にもベチュアナランドは英国の保護領であって、
南アフリカ領ではないの

内政干渉はお断りよ。お引き取りください

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123 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:30:39 ID:8NO9N2zw0

おやおや、いいんですかそんなことを言って?
もしご協力をいただけない場合、
南アフリカの資源は1ポンドも英国に流れなくなりますよ?

124 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:31:13 ID:8NO9N2zw0

そうくると思ってたのよね

…大戦で疲弊した英国経済にとって、
南アフリカの資源は生命線。
癪に障るけど、あんたの要求を拒否するすべはウチにはないわ

125 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:31:47 ID:8NO9N2zw0

それだけじゃありませんよ。
南アフリカ連邦軍は二度の世界大戦で鍛えられています、
貴国に従って出兵したおかげでね。

…仮に隣接区域において我が国に対して危害を及ぼす事象が発生した場合、
排除することもできるんですよ?
本来責任を負うべき宗主国はろくに軍も駐屯させていないようですし、ねえ?

126 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:32:29 ID:8NO9N2zw0

…ッ!
脅迫する気!?
仮にも連邦盟主に対して!

127 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:33:02 ID:8NO9N2zw0

誤解なさらないでください。
我々は連邦に「入ってあげている」んですよ?
脱退すべきという意見は日増しに強くなっていましてねえ。

さて、我々の要求を呑んでいただけますかね?

128 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:33:45 ID:8NO9N2zw0

わかったわよ!
呑みゃあいいんでしょ、呑みゃあ!

呑んであげるから二度と来ないで!
顔も見たくないわ!

129 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:34:20 ID:8NO9N2zw0

おやおや、怖い怖い
失礼するとしましょうか

では、頼みましたよ?

130 :O ◆XLjdU8ssbY 2013/05/04(土) 20:35:02 ID:8NO9N2zw0

カーマ夫妻をお呼びして。
…こんなろくでもない仕事、しなきゃいけないなんて…

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