101 :本当にあった怖い名無し:2013/02/10(日) 22:51:48.86 ID:kaGDCQXM0
取引先の話
彼がまだ若かった頃というから、ずいぶん昔の話だ。
まだペーペーだった彼は、地質調査会社の仕事をしていた。
こう呼ぶと格好良いが、
「要は『山師』だぁね」
ある時、山越えの道路が計画され、峠にトンネルを掘る事となった。
トンネルは一旦、ある沢で地上に顔を出し、直ぐ次のトンネルに続く図面だった。
彼はその建設会社の下見の先導を請け負ったのだが、何分狭い世界の事、その事は山師仲間内に知れ渡ってしまったらしい。
幾日か後、さして親しくも無かった山師仲間の一人が、深刻な顔で彼の自宅を訪れた。
「あの沢だけはやめとけ」
家人にそれだけ言い残すと、プイッと去って行ったそうな。
さりとて理由も無く受けた仕事を放り出すわけにもいかず、
次の日、彼は山の持ち主の所に『仁義を切る』為に、建設会社の下見の技師と共に訪れた。
幸いにも山の持ち主はいい人で、快く山の下見を許してくれた。
連れの技師の話では、土地の買収交渉も順調に進んでいたらしい。
持ち主に下見のルートを説明して件の沢の所まで来た時、持ち主の顔色がサッと変わった。
102 :本当にあった怖い名無し:2013/02/10(日) 22:53:21.24 ID:kaGDCQXM0
「ここには性質の良くねぇ奴がいる。やめときな」
それっきり持ち主は黙ってしまった。
何の『性質が良くない』のか尋ねてみたが、確たる答えは得られなかった。
彼は仲間の事もあり気にはなったが、訳の判らない理由で下見を中止する訳にもいかず、その日はそれで引き上げた。
数日後、天候に恵まれそうな日を選び、彼と技師は調査に出かけた。
深い山ではないので日帰り予定、彼が先頭に立って藪を漕ぎ、後ろから技師が測量棒を杖代わりに付いてくる。
なんせ、技師は『お客様』、粗末に扱う訳にもいかない。
順調にトンネルの入り口予定地点の調査を終え第二地点、つまりトンネルの中継点となる件の沢に差し掛かる。
もう沢が見え最後の藪を鉈で払おうと振り上げたその時、
「鉈が蛇になった」
見た訳ではないが、覚えのある蛇を掴んだ感触、そしてその胴体が手の中でのたうつ。
思わず手を離したが、勢いのついた鉈は彼の足許にグサリと刺さった。
靴の金具で止まっていていたので辛うじて怪我は免れた。
蛇などどこにも居なかった。
103 :本当にあった怖い名無し:2013/02/10(日) 22:54:22.80 ID:kaGDCQXM0
自分自身より動転している技師をなだめながら、二人は沢に入り所定の調査をする。
その間も、彼は手に残った蛇の感触が気味悪く、調査は上の空だった。
調査もそこそこに二人は沢を離れ、最終地点であるトンネルの出口に向けて出発した。
藪を漕ぎで二、三メートル進んだところで、
「ひゃっ!」という声と共にブンッと音を立てて、測量棒が彼の頬を掠めて目の前の地面に突き刺さった。
後ろを振り向くと、技師が青い顔でつぶやいていた。
「蛇が・・・・」
彼は全てを理解した。
数年後、その峠を自動車で通り過ぎたが、峠には一本の長いトンネルが作られていた。