※後に師匠シリーズの異聞として発表。誰かの過去です。かなり重要なエピソードです。
新 鼻 袋 ~第四夜目~
647 :レトヌー:04/07/15 20:24 ID:XJy33Gik
わたしの一番古い記憶は、鉄と油の匂いのする町工場の二階にある自宅で、一人遊んでいるときのものです。
記憶には父も母もいません。
ただわたしは与えられた部屋で、ぬいぐるみたちと積み木をしながら、
足元から断続的に響いてくる機械の音を聞いているのです。
ぬいぐるみは熊と、耳が片方とれてしまった兎でした。
熊は言います。
「三角の積み木がないよ」
兎が言います。
「三角のは土台にならないから、いらないんだ」
わたしは言います。
「三角のはお屋根になるのよ」
ガチャンガチャンという金属音が夕焼けの差し込む部屋に響いて、わたしたちはやがて無口になります。
「夜に外をみてごらん。ひとつだけ黒い雲があるから」
熊がそう言って四角い積み木を屋根のかわりに乗せました。
「うん」
わたしはその雲を見たのかどうか、もう覚えていません。
引越しの日、部屋の隅から出てきてからわたしの宝物になった三角の積み木。
手に取るたび、わたしは今でも窓の外を見て、ひとつだけ黒い雲を探すのです。