師匠シリーズ

【洒落怖】ふたつのカップ

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新 鼻 袋 ~第四夜目~

923 :ゴーストハンター:04/10/27 00:23:29 ID://N+iEie
『ふたつのカップ』   全6回  作:ゴーストハンター

「んー!」
私は椅子にもたれて背伸びをした。
ようやく仕事がひと段落着いた。
私の仕事はこの辺境の星のデータを集めること。
惑星P-22iの衛星は30もある。
そのひとつである衛星イオナスに私がやって来て、もう5年あまりが過ぎたことになる。
仕事とはいっても、無人機が自動的に地上を飛び回って集めてくるデータに対し、私は電子署名をして中央政府に送るだけ。
楽なものだ。
「コーヒーを頼む」
私の声にすぐサーバントロボのロビンが反応する。
ロビンは優秀な召使いであり、私のこの観測所での生活を保障する大切な管理者でもあった。
私は体を椅子にあずけて、天井を覆う硬化プラスティックの天窓を見上げた。
水平面に窓を置かないことは私がやって来た時に頼んだことだった。
どうせ外は何もない荒涼とした大地が広がっているだけだ。
衛星イオナスに大気はなく、どこまでもくっきりとその光景が見えてしまう。
その寂寥感には耐えられない。
この測量所は、この星のたったひとつの建造物なのだ。
天窓越しの宇宙には、暗黒の中にキラキラと無数の星が輝いていた。

924 :ゴーストハンター:04/10/27 00:24:03 ID://N+iEie
「こーひーヲ、ドウゾ。ますたー」
ロビンが硬質のアームで器用にカップをテーブルに置く。
だが不思議なことに、カップはふたつあった。
「私は二杯頼んだか?」
ロビンはすぐさま答えた。
「イイエ、ますたー」
ではなぜカップはふたつあるのか。
「では戻しておいてくれ。それからメンテナンスに行ってもらおう。もうひと月に近いしな」
「ハイ、ますたー」
人間ならうっかりですむことでも、ロボットは違う。
異常な行動には必ずエラー原因があり、それを放置することは、この宇宙空間に近い衛星上では死に直結する。
私はロビンなしでは、昼と夜で数百度の温度差があるこの星で、室温・空調管理すらできないのだ。
メンテナンスとはいっても、観測所に備え付けの調整装置に入るだけ。
この独立型の観測所だけですべてをまかなうようになっているのである。

925 :ゴーストハンター:04/10/27 00:24:38 ID://N+iEie
三日が過ぎ、変化に乏しい退屈な時間が続いた。
私が午後(といっても気分的な定義だが)のひと時にコーヒーを頼んだ時のことだった。
ロビンは音もなく円筒形の体を滑るように移動させ、テーブルの上に湯気のたつコーヒーカップをふたつ置いたのである。
私はなにか薄ら寒くなった。
テーブルの向かいの席に目に見えない誰かが座っているような感覚に襲われたのだ。
「心拍数ガ上ガッテイルヨウデスガ、大丈夫デスカ」
私は気味悪くロビンを見た。
「いや、大丈夫。それよりどうしてコーヒーをふたつ持って来たんだ」
「ワカリマセン。思考経路ヲ追跡デキマセン」
なってこった。メンテナンスしたばかりだというのに。
ロビンにはテーブルに二人座っているように見えたのだろうか。
ここには、いやこの星には私とロビンしかいないのに。
再度のメンテナンスを言いつけられ、行こうとするロビンを私は呼び止めた。
「なあ、幽霊って知ってるか」

926 :ゴーストハンター:04/10/27 00:25:35 ID://N+iEie
ロビンは即答した。
「単ナル言葉トシテハ知ッテイマスガ、定義ニツイテハワタシノでーたべーすニハアリマセン。
 必要デシタラ、中継基地ヨリだうんろーどシマスガ」
「いや、いい。それよりもうコーヒーはいいから片付けてくれ」
「ハイ、ますたー」
私は部屋に一人になると、この観測所で死んだ前任者のことを思った。
この星でたった一人で生きてきた彼は、その寂しさとどう付き合ってきたのだろうか。
ひょとしたらその孤独感は死んだ後もここに留まり、
私とコーヒーを飲むひと時を、求めているのではないだろうか。
私は宇宙を見上げた。
科学がいかに進歩し、数々の星系に移民船を送り込んでも、幽霊あるいは残留する思念の不存在を証明できないのだ。
「いちばん大切なものは目には見えない」
私は昔読んだ本の言葉を思いだしてつぶやいた。
目に見えないものに価値を見出す時、人間はもっとも人間らしくなれる。
そんな気がする。

927 :ゴーストハンター:04/10/27 00:26:13 ID://N+iEie
私はこの宙域に浮かぶ、30の衛星のことを思った。
窓の向こうには見えない。
輝いているのは恒星ばかりだ。
その隙間を覆う暗黒の中にも輝かない星が確かにあり、
その大地の上で顔も知らない私の仲間たちが、観測所での孤独な日々を送っているのだろう。
この星もそのひとつであり、私もその一人なのだ。
私は目を閉じて、小さな星の上に一人で立っている自分を夢想した。

次の日、ロビンはまたコーヒーをふたつ置いた。
置いてからミスに気づいたロビンが片方を下げようとするのを、私は止めた。
「いい、お客様の分だ」
ロビンは首を傾げるように部屋を出て行った。

928 :ゴーストハンター:04/10/27 00:26:47 ID://N+iEie
私は手を伸ばしてふたつのカップを「チン」と合わせ、目に見えないお客と向かいあってゆっくりとコーヒーを飲んだ。
名前も知らない前任者はこうして訪ねて来る人と親しく語らいながらコーヒーを飲むことを、夢に見ていたのだろう。
私にもわかる気がする。
この衛星は受刑星であり、私は受刑者なのだ。
残りの一生をデータ収集という些細な労働をしながら、この星で過ごすのである。
宇宙に出るロケットはなく、ただ忠実でそして愛すべき愚かなロボットとともに。

私は目に見えないものと静かに語り合った。
いつか、3つのカップが同じテーブルに並ぶことを思いながら。

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