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※モトネタを知らない人はこちら
あそこにベンツが停まってますね小説
「タバコを吸っても?」
「どうぞ」
そう返事するより前に、男はタバコとライターを取り出していた。その態度にわずかに苛立った非喫煙者の男は、道端の車に目をやった。
「ところであそこにベンツが停まってますね」
「あれは俺の車だ……だがそんなことはいい。この会話、何度目だ?」
◆
「何度目というと……」
「あんた、俺に『タバコを吸わなければその金でベンツぐらい買えた』とか説教するつもりだっただろう?」
図星であった。
「あれは俺のベンツだ。だがそんなことはいい。問題は、俺たちがこの会話をもう何百回、いや、もっとかも。繰り返してるってことだよ!」
「まさか」
◆
「お前の名はピーター・ハウンゼント、証券会社勤務、43歳。タバコは吸わない。酒は飲む。家にちょっとしたグラッパのコレクションがある。家族は嫁さんと娘ふたり、それからローンバーガーとかいう種類の犬と……」
「レオンベルガーです」
わたしは思わず訂正したが、同時に驚いた。すべて正しいものだった。しばしうなる。
◆
「あんたと俺が初対面でない証拠としては充分だと思うがね。それとも、あんたのジャケットの洗濯タグがちぎれてることも言う必要が? いいお召し物で。ブルックスブラザーズだっけ?」
男の口臭が気になったが、それどころではない。彼の言うことは正しかった。
◆
わたしはスーツを確かめたが、たしかにタグがちぎれていた。これまで気づかなかった。
「乗れ、逃げるぞ」
男は言った。
「逃げる……? 何から?」
「ここからだ! このクソみたいな繰り返しからだよ! 他に何がある?」
わたしはしばらく黙考したが、男に促されるまま車に乗った。何かがある
◆
少なくとも誘拐の新しい手口だとかには思えない。それに、男は話し方は乱暴で服もカジュアルだったが、靴は上等品だったしベンツはEクラスだった。発音もきれいすぎる。
そう判断し、非喫煙者は車に乗った。
「走ってりゃわかる。窓の外を見てろ」
シートベルトをしめながら外を見る。オフィス街だ
◆
そう、ここはオフィス街。ふつうのオフィス街……そういえば、ここはどこだ? 私はどこにいた? 昼のオフィス街に、人がまったくいないなんて考えられるか?!
人が現れた。歩道を人々が行き来している。急に現れた? なぜ?
「いいか、ひとつ言っておく……」
運転席の彼が口をひらく。
◆
そういえば、車道にほかの車はいない。こんなオフィス街の真ん中で?! ほかの車がひとつも?!
ほかの車が現れた。周囲に、まるでさっきからずっと同じ道を走っていたように。
「馬鹿野郎! 車のことは考えるなって言おうと思ったんだ! 言おうと……思った……」
私は徐々に理解しはじめた。
◆
何もないんだ。何もなかったんだ。私たちは何もないところにいた。そこでは本当に意識を向けないものは何もなかったんだ。私たちはどこかに行かないといけないんだ、これから逃げないといけないんだ。私は男に感謝した。彼は自分だけで逃げず、私を連れて行こうとしてくれている。
「どこか……確からしいところについて考えるんだ。確かなところだ。ここでないどこか。はっきりした。確かにある場所について……」
男はうわごとのように言う。
確かな場所、それが必要だ。
ここではない……。
私は考えた。
私は自分の中を引っかき回して、いちばん確かな記憶を見つけようとした。そこに
浮かんだのは……。
…………。
……。
………………。
私はオフィス街にいた。一人の男がわたしに声をかける。
「タバコを吸っても?」
「どうぞ」
彼はタバコとライターを取り出す。
彼に……彼について知らなければ。
私は言った。
「いいベンツに乗ってますね」
――――――「タバコとベンツと」終わり
参照元:https://twitter.com/MAMAAAAU/status/1769217659995045985
皆のコメント
@l0ctacmic0l
とても面白かった
けど…これその内ちくわ大明神が出てくるんだろ!?
@WZ4uy
めちゃ面白い!ハルヒっぽい過程は違いそうだけど改変能力みたいな感じなのが
@lilac908
星新一みたいで好き
@tBQ4eJeSOq76962
すっげえドキドキした!ちょっとした洋画みてる気分で最高!!!素敵なつぶやき?作品?ありがとう!!!
@Oy__Talha
ハリーポッター読んでる時以来のワクワクがあった
@Zariche_kun
この会話の為だけに産み落とされた悲運な2人の男と、その世界の話
@moneycountor
インセプション味を感じたんご
@myfavorite11111
ちくわ大明神がこのループから抜けるカギになるのか…
@NikkoE131
ネットに時々現れる文豪ニキで草