●シペ・トテックの祭り(アステカ暦2月)3月6日~
シペ・トテック(皮を剥がれたわれらの主)の祭り
春分のころ、春の神シペ・トテックの祭り。捕虜の心臓を取り出した後に、捕虜の生皮をはがし、シペ・トテック神の姿のように、生皮を服として20日間着る。模擬戦闘を行い、期間が終わると皮をシペ・トテック神の神殿に納める。先月と同様に、剣闘士儀礼も行われる。
皮を剥がれたあとの捕虜は、
肉はトマトやトウガラシで煮込んでおいしく味付けしみんなで分配して食べた。
骨は楽器や祭器に加工して使った。
シペ・トテック(Xipe Totec)はアステカ神話における穀物の神である。 「皮を剥かれた我らが主」の意。シペ・トテクとも。
死と再生の神の一柱であって、農業、西方、疾病、春、金細工職人、季節の神である。この男神は、自らの皮をはいで人々に食料を与える。トウモロコシが発芽するときに種子の外層を失うことを象徴している。皮を失った状態で、この神は金色の神として描かれた。
毎年、アステカ暦の二月、春分の頃の祭で複数の人々が生贄として選ばれた。これらの人々は人身御供を得るための戦争で捕虜になった人々である。生贄が生きたまま、その皮膚はほとんど全身にわたって慎重に剥かれ、彼らが死んだ後引き続いて行われる豊作を祈る儀式のなかで司祭がその皮膚を着た。いくつかの報告によると、生け贄の遺した大腿部の骨は肉を奇麗にはがされ、儀式の中で司祭がその骨を持ち、参列者に触るのに用いたという。皮膚を剥離する方法や剥離した皮膚を着た司祭の姿が描かれた絵画や土偶が見つかっている。
皮をはがれた生贄の神「シペ・トテック」の寺院、初めて発掘 メキシコ
(CNN) メキシコ中部にある古代文明の遺跡から、皮をはがれた人の遺体が生贄(いけにえ)としてささげられた神「シペ・トテック」の寺院が初めて出土した。
国立考古学歴史研究所の2日の発表によると、中部プエブラ州にある先住民ポポロカ族の遺跡の発掘で、豊穣や戦争の神として知られるシペ・トテックの神像の頭部2体と胴体1体が出土した。
さらに、生贄の儀式に使っていたと思われる2つの祭壇も見つかった。この祭壇では、司祭が生贄の皮膚をそぎ落とし、再生の印として、生贄からはいだ皮膚で自らを覆う儀式が行われていた。
出土した遺跡の配置などは、記録に残された儀式の様子と一致しており、生贄は一方の祭壇で殺され、もう一方の祭壇で皮膚をそぎ落とされたと思われる。
神像のうち1体は、2つ目の右手が胴体の左腕の後方部分から垂れ下がる形で付いていた。研究チームによれば、これは皮をはがれた生贄の姿を象徴しているという。
神像の高さは約80センチ。胃の部分に穴が開いていて、ここに緑の石を挿入し、復活を象徴する儀式に使われていた。
頭部はそれぞれ高さ70センチ、重さ約200キロだった。
神像は儀式の一環として粉砕されており、今後の発掘でもう1体の胴体も見つかる可能性がある。遺跡は紀元1000~1260年ごろのもので、ポポロカ族はその後、アステカ族に征服された。
調査団がこれまでに発掘した構造物は全長約12.5メートル、高さ約3.5メートル。今後も発掘作業を続ける予定で、今回発見された神像は、現地の博物館で展示される。
火の神シウテクトリの祭り。約40メートルの大木の枝を落とし、飾りつけ、シウテクトリ神殿の前に立てる。捕虜たちの顔に香草の粉を塗って気を失わせた後、手足を縛り、火の中に投じる。
その後、まだ動く心臓を取り出す。戦士たちは、競って大木の柱によじ登り、てっぺんの鳥のかざりを取る。その後、柱は倒される。
アステカ神話の火の神である。名前は「トルコ石の主」を意味する。その名のとおりトルコ石のモザイクで飾られており、トルコ石の冠や、しばしばチョウの形をした胸飾りをつけている。額の上にはメキシコルリカザリドリ、背中にはシウコアトルを身につける。
トラロックの祭り(アステカ暦1月)2月14日~
雨の神トラロクの雨ごいの祭り。山々の頂上や湖上で、子供たちが生贄になる。子供たちは、青い色に体を塗られた。特に、頭につむじが二つある子供が選ばれるという。子供が泣くと、雨がたくさん降ると言われる。
各地に残るトラロック神殿の遺跡では大量の子供の遺骨が発見されている。
「生贄の子供が泣きわめくほどその涙が多くの雨となって大地を潤す」と信じられていた。
雨と雷(稲妻)の神。ナワルピリとも呼ばれる。トラロックは山の中の洞窟に住むと考えられ、大地に含まれる水とも関係が深いと考える見方もある。
トラロックが干魃と雨を司っていると信じたアステカ人が、子どもを生け贄として捧げていたことから、アステカ文明で信仰されていた雨の神として有名である。
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テスカトリポカの祭り。テスカトリポカ神の化身として選ばれた戦争捕虜の若者(美青年)は、一年間、神の化身として、この世の快楽を味わい尽くした後、生け贄となる。すべてを手に入れた完全なる美青年は、祭りの日に死すべき定め。若者の髪は、腰まで届くほど伸ばしてあった。
まず、若者は音楽や立ち振る舞いなどの教育を受ける。こうして神の化身となった若者は、テスカトリポカの衣装を着て、8人の従者を従えて、好きなように街を歩き、人々の崇拝を受ける。
祭りの20日前になると、女神の化身である四人の娘たちと結婚する。若者の衣装もより豪華になり、髪型も変えられる
いよいよ最後の日、若者は、自分が生贄になる神殿につくと、自ら神殿の階段を上る。一段上るごとに、自分が愛用した笛を割りながら上っていく。最上段で、台の上に寝かされて、心臓を取り出されて生贄となる。
アステカ神話における主要な神の一つである。大熊座の神であり、夜空の神であり、アステカ民族の神殿に祀られた。
神々の中で最も大きな力を持つとされ、キリスト教の宣教師たちによって悪魔とされた。
その神性は、夜の空、夜の風、北の方角、大地、黒耀石、敵意、不和、支配、予言、誘惑、魔術、美、戦争や争いといった幅広い概念と関連付けられている。
赤、青、白、黒の4兄弟神があり、それぞれテスカトリポカと呼ばれるが、黒神が特にこの名で呼ばれている。眼には見えず、夜、猫の姿をかりて徘徊する。また火の発明者、太陽神、強酒の発見者などともいわれ、人間のいけにえを求めたともいわれる。
テスカトリポカはしばしば、アステカの文化英雄である神ケツァルコアトルのライバルとされる。
これは有りやん
これ前日に逃げる奴いそう
うらやま死刑じゃん
いまもあるネパールのガディマイ祭りもやばい
一回の祭りで50万等くらい動物殺してる
ネパールで5年に1度、ヒンドゥー教の一派であるガディマイ寺院で行われている祭り。
この祭りは、世界最大の動物を犠牲にするイベントとしても知られており、2009年のガディマイ祭では、20万から50万頭の動物が犠牲になったと推定されている。
一説によると260年ほど昔に、地元の領主が刑務所に収監された際に、「神に生贄を捧げれば全ての問題が解決される」と考えたことに端を発する(ヒンドゥー教自体の歴史と比べ)比較的に新しい祭りであり、ヒンドゥー教の伝統的儀式とは異なるものとされる。
えぇ...
伝統ならしゃーないって思ったけど調べたらそこそこ新しい祭で草
日本でいうと徳川吉宗が変な祭りを考えたら現代まで続いちゃったくらいの時代やな
>>16
「その肉は祝福されたものとみなされ、それを食べることで邪悪なものから身を守ることができると信じられています」[15]。
また食した以外の肉や皮などは、インドやネパールの企業に売却されている。
儀式テイスト強めのただの家畜の収穫祭では
テクイルウィトントリ(アステカ暦7月)6月14日~
塩の女神ウィシュトシワトルの祭り。若い女性が女神の化身として祭りの主役となり、塩づくり集団の女性たちと踊る。祭りのクライマックスには、化身の女性と捕虜の男たちが生贄となる。
アステカ神話においての塩と海水の地母神で、トラロックの娘とされる
伝承によってはテスカトリポカの配偶神とも言われている。
6月に彼女を記念する祭が10日間実施され、女性1名がウィシュトシワトルの化身となり、祭の最後に生贄となった。[2]製塩業を営むものは、この期間中に彼女へ捧げる舞を踊ったとされる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィシュトシワトル (アステカ神話)
マ?
流石に冗談やろ?
https://ja.wikipedia.org/wiki/アステカ
若いトウモロコシの女神シロネンの祭り。若い女性が女神の化身として祭りの主役となり、生贄となる。
お前が率先して血流せや
儀式には進行役が必要やからな
進行係になったもん勝ちやな
効果出なかったら責任押し付けられて生贄にされそう
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- オチパニストリ (アステカ暦11月)9月2日~
トウモロコシの収穫期の始まり。神々の母とよばれる女神トシの祭り。町の清掃。女神トシの化身役の女性が生贄になる。 - テオトレコ (アステカ暦12月)9月22日~
あらゆる神々のための祭り。神々がテノチティトランの都に到着し、一番のりは、永遠に若い神トラマツィンカトル、すなわち、テスカトリポカであるという。人々は到着した神々を出迎え祝う。 - テペイルウィトル (アステカ暦13月)10月12日~
雨の神トラロクが住む山々のための祭り。人々はさまざまな像をつくり祭祀をする。四人の女と一人の男が、ゴムのついた紙で飾られ、神の化身として生贄となる。 - ティティトル (アステカ暦17月)12月31日~
老女神イラマテクトリの祭り。女性が女神の化身となり、生贄になる。 - イスカリ (アステカ暦18月)1月20日~
火の神シウテクトリの祭り。火に神々の捧げものを投じる。4年に一度、シウテクトリの化身が生贄になる。
数千人分の頭蓋骨で作った古代アステカの生贄祭壇「ツォンパトリ」が発見される! 心臓をえぐって斬首し… 膨大な“名誉の証”に戦慄!
メキシコの首都メキシコシティ、かつてのアステカ文明の中心地であったテノチティトランの上に建てられた都市で、またもや衝撃的な発見があった。巨大神殿テンプロ・マヨールの近くで数千人の人間の頭蓋骨を並べて作った巨大構造物が見つかったのだ。この場所では、昨年も650体以上もの頭蓋骨を積み上げて作った円柱(スカルタワー)が発見されて話題となったが、それは人骨を使った巨大な祭壇の一部に過ぎず、その側には何千もの頭蓋骨が串刺しにされて並んでいたのだ。
頭蓋骨の祭壇は「ツォンパントリ(Tzompantli)」と呼ばれ、アステカ以前の文明でも作られていたという。これまでの発掘調査によると、今回発見されたツォンパントリが作られたのは1486~1502年くらいだと推定され、頭蓋骨の75%は男性のもので、多くは20~35歳くらいの若い戦士だったと推測されている。女性の頭蓋骨も20%、子供も5%含まれていた。生贄たちはメソアメリカ各地からテノチティトランに連れて連れてこられ、しばらく暮らした後に人身御供に捧げられたと見られる。
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人の皮をちょきちょきするやで~
20日ずっと着るやで~
お肉は煮込んで食うやで~
程度の差はあれみんな考えることは一緒か
参考:https://eagle.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1648582339/