後味の悪い話

【後味の悪い話】阿刀田高「氷のように冷たい女」

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824: 1/2@\(^o^)/ 2015/11/08(日) 11:35:01.19 ID:UHge5BL+O.net
阿刀田高「氷のように冷たい女」

食品会社会長のA氏。区会議員出馬への要請も受けている。
若い頃には苦労もし、また恥部もあるA氏は地位も家庭的な幸せも手に入れ、名誉欲がふつふつと沸き上がってきた。
A氏は数年前から百物語の会を主催している。
票目当てではない。元々人を集めるのが好きなのだ。
元から月イチで碁会を開いているし、夫人も近所の奥様連中と俳句の勉強会を楽しんでいる。
百物語の会といっても、座敷をぶち抜き酒やつまみを用意してあるのを客が勝手に飲み食いし、順番に怪談を(体験でも創作でも)話すだけ。

誰が連れてきたのか、今年の参加者に、最近越してきた水産加工会社の若いサラリーマンBがいた。
A氏は若い頃、生鮮食品の冷凍業に関わった事があるので、最近の業界事情などを礼儀で訊ねてみた。
Bは近頃の若者らしく、礼儀に疎いところがある。
最初から居心地が悪そうで、出前のかき氷を皆が喜んで食べているのに、
「いや、僕は結構です。胃が痛くなる」
と固辞する。
怪談を催促されると、渋々話した。
「僕が昔、子供の頃に体験した事です…女が一人、消えた話です」

Bが女の人を美しいと初めて思ったのは、11歳の夏だった。
同じアパートの若い女だが、とうとう名前も知らぬまま。
一人暮らしだからきっと独身なのだろう。
午後三時頃買い物に出るから、きっとOLさんではないのだろう。
ここまでは考えたが、Bはきれいなお姉さんを時々眺めるだけで満足だった。

上階の住人が風呂水を溢れさせた事があった。
くどくどしい謝罪を女はタバコをふかして聞き流し、衣装が全部ダメになっちゃったのよ、と繰り返した。
女は法外な弁償金を得たらしい。
「たかが水漏れであんな風になるもんですか。絶対あの女、自分で水をかけたのよ」
と母は言った。
あのお姉さんはいい人じゃないのかもしれないな、とBは思った。

「あの女は、囲われていたのかもしれません。複数の男に貢がせていたのかもしれません。でも子供の僕には関係のない事でした」

825: 2/2@\(^o^)/ 2015/11/08(日) 11:37:57.29 ID:UHge5BL+O.net
土曜日の午後、Bは倉庫地帯(当時は空き地が多く、いい遊び場だった)を通った車の助手席に女を見つけた。
なんとなく尾行してみると、車はある食品会社の冷凍倉庫の前に停まった。
車から男が降り、助手席から女を降ろしもつれ合うようにして倉庫に入り、三時間後に男だけが出てきた。
夏だというのに白手袋をはめた男が抱えた新聞包みから、女が着ていたサマードレスがはみ出ていた。

男が去ってから倉庫のドアを叩いてみたが、返事はない。
Bは一晩悩み、翌日公衆電話から通報した。
「もしもし、○○埠頭の××食品の冷凍倉庫に女の人が昨日から閉じ込められてます。昨日、男の人が車で連れてきたんです。本当です」
倉庫地帯に行ってみるとパトカーが停まっていたので、野次馬に紛れて近づいてみた。
「…子供のいたずら…」「…ちゃんと点検してますから…」

「女はそれきり消えてしまいました。非常口のない倉庫なのに」
Bはつっかえつっかえ話した。それがかえって信憑性を高めた。
「だから僕はかき氷を食べないんです。どうしても食べられなくなりました。
…水産加工会社に勤めるようになって、わかった事があります。
普通の冷凍倉庫は零下4~5℃ですが、超低温冷凍という技術があります。
これで冷凍すると、肉も魚も氷のように割ることができますし、かき氷のように削ることもできます。
調べてみたのですが、あの倉庫には超低温冷凍庫があったそうです。
あの男、三時間も何をしていたのでしょうか」
BはA氏の顔をちらりと見て、居心地悪そうに身じろぎした。

「僕はあの男の顔をまだ覚えています。あの男が何食わぬ顔でのうのうと生きていて、人の尊敬を集めているかもしれないと思うと…」

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