師匠シリーズ

【師匠シリーズ】タイムマシン

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2013年2月11日 01:09 http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1994112

師匠シリーズセルフパロディ

さて、パロディのネタが尽きて久しいのである。

とにもかくにも書き始めればなにか出てくるのではないだろうか。

「師匠、パロディですよ」

「身もふたもないな」

「なにか面白いことを言ってください」

師匠はめんどくさそうに欠伸をする。

「馬は四馬力らしいぞ」

「それ、前にも聞きました」

そのしょうもないトリビアそんなに気に入っているのだろうか。

「じゃあ、読者からのお便りでも読みましょう」

「読むといいよ」

そうだ。この手があったか。我ながら凄いぞ。いま思いついたにしては上出来だ。

「では最初のお便り。過去編の師匠と現在編のウニはどっちがよりザコなんですか?」

バン!

師匠はいきなりテーブルを叩いた。

テーブルが出てくるのでここは師匠のボロアパートらしい。

「過去編でも僕はそれなりに霊感を発揮しているだろう! ずっとヘタレのお前と一緒にされると不愉快だ」

「俺はいま軽く不愉快になりました」

睨み合いになりそうになったので、こちらから目を逸らす。

「現に読者からはそう見えている、という話です」

「それは、僕の師匠が凄すぎて相対的にそう見えてしまうだけだ」

「え。ていうことは今の師匠より加奈子さんの方が上なんですか」

「む?」

論理的にそういうことになってしまうところだが、師匠は簡単に頷かなかった。そしてぼそりと言うことには、「上とか下とか、そういうことじゃない」

出た。負けず嫌いだ。

「他のお便りでも似たようなのがありますよ。加奈子さんと現在の師匠はどっちが上なんですか? とか」

「なんて下品な質問だ!」

師匠はわめきながらまたテーブルを叩いた。

「どこのどいつだ。名前を読み上げてやる」

「ちょっと、止めて下さいよ。あ、マジでまずいですって」

死守した。

死守しました。

息が切れた。

「でも、実際どうなんでしょうね。得意分野は加奈子さんの方が広そうですけど。あの人は西洋系も強そうですし」

「おい。その話、続けるのか」

「いいじゃないですか。ネタもないことだし」

「僕は円周率を小数点以下、六十桁まで暗礁できるぞ」

「だからなに、っていう情報ですね。あと漢字が違います」

「だいたいだな、現にピークの時期がずれてるんだから比べようがないだろう。霊感を数値化するようなこともできないし」

「いま、なんて言いました」

「え。だから、霊感を数値化できないと」

「その前です。ピーク時期がずれてる? それですよ!」

「なんだ、急に立ち上がって」

俺は自分の思いつきにガッツポーズをつくった。

「過去に行きましょう」

「は?」

師匠はアホを見る目で俺を眺めている。

「できますよ。パロディなんだから」

「そんなのありか」

「京子さんがチョベリバとか言うくらいですから、なんでもありなんじゃないですか」

「過去に行ってどうすんの」

「だから、霊感対決ですよ。どっちが先にお化けの正体に迫るか、みたいな。推理小説とかでもあるでしょう。名探偵同士が同じ事件でかち合って推理対決する展開が」

「ええ~」

師匠は嫌そうだ。負けるのが怖いのか。

「お前に僕の師匠を見せたくないな」

そんな理由かよ。

「パロディですよ。パロディ。気楽に考えてください」

師匠は腕組みをして仏頂面をしている。

「もう決めました。はい。もうタイムスリップしますよ」

「どうやって?」

いちいちこのオッサンは。

「なんでもありなんですよ。いいでしょう、どうやったって。タイムマシンでも、歩くさんの特殊能力に巻き込まれる設定でもなんでも」

「まて。歩くを絡めるのはやめよう」

師匠はふいに不安になったようにキョロキョロと部屋の中を見回しはじめた。

「いませんよ。心配しなくても」

思い出した。

なぜか分からないが、歩くさんの前で加奈子さん絡みの話をするのは禁句っぽいのだ。いや、うすうす理由は分かるような気もするが。

やたら気になったのか押入れを開けて誰もいないのを確認しはじめた師匠を止めた。

「じゃあ、タイムマシンで行きましょう」

タイムマシン、どうしようかな。

いいや、もうこれで。

「このタンスの中がタイムマシンになってます」

「お。ドラえもんだな」

「すみませんね安直で。じゃあ行きますよ」

タンスの引き出しに手をかけると、師匠はまた部屋の中をうろうろしはじめる。

「なんですか。行きますよ」

「いや、行くなら行くでしょうがないが、こんな格好はまずい」

そう言って着ていく服を選びはじめた。

「なあ。どっちがいいかな」

「どっちでもいいですよ。早く行きましょう」

「まあ待て。あ、あとあれも持っていこう」

師匠は押入れに顔を突っ込んで、最近手に入れたお気に入りのオカルトグッズを出してきた。そして、僕の師匠に見せびらかすのだと言って嬉しそうにしている。

「ああ、もう。未来のものを持ち込んじゃだめですよ。あと過去の自分に会うのも厳禁です」

「誰が決めたんだそんなこと」

「バック・トゥ・ザ・フューチャーでドク=エメット・ブラウンが言ってました」

「ああ、こないだ金曜ロードショーでやってたな」

「もう、とにかく行きますよ」

「ちょっと待って。僕どっか変なとこないか。歯。歯も磨かなきゃ」

俺は問答無用でタンスの引き出しをあけ、師匠をその中にぐいぐいと押し込んだ。

「あ、ぬるい。なんか気持ち悪い。わ。なんかぬるいんだけど」

うるさいなこの人は。

のび太もそんなこと言ったことないのに、どっからその感想が出てくるんだ。

タンスの中は歪んだ時計の模様が散りばめられた見覚えのある亜空間で、俺と師匠はカーペットのような形のタイムマシンの上に乗っていた。

「こんなの動かせるのか」

師匠は勝手に計器類を触ろうとした。

「ちょっと、待って! そんなこと言いながら触ったらいかにも事故りそうじゃないですか。いいからじっとしててください」

はい、ピポパ。

余計な描写は事故の元だ。

タイムマシンは安っぽい人工音を立てて亜空間を移動しはじめた。

「身を乗り出さないで下さい!」

なんでこの人はこうなのだ。でも死ぬとこ見てみてぇ。

しばらくすると静止して、上部に黒い穴が開いた。

「つきました」

俺は穴のふちに手をかけて懸垂の要領で這い上がる。

出た先の真上に薄暗い天井が見える。

ん。なんだここは。

上半身を乗り出すと、それはどこだか分からない会社のような一室にある机の引き出しだった。他にも机が並んでいる。結構広い。本当になにかの会社のフロアのようだ。

変だな。どこだろう。

そう言えば、どこに出るか決めていなかったことを思い出す。

なんとなく加奈子さんのボロアパートのタンスから出てくるようなイメージをしていたのだが。

机の引き出しから降りると、続いて師匠も引き出しから顔を出す。

「なんだここ」

「さあ。人っ子一人いませんね」

昼間らしいが、フロアの明かりは消されていて薄暗い。窓にはすだれ式のシャッターが下りていてそこから光が漏れている。

「社員旅行……」

師匠が壁際のホワイトボードの文字を読んだ。そのそばではFAXと思われる機械があり、待機中を表す緑色の光が薄く点滅している。静かだ。室内はどこか人工的な感じのする静寂さにつつまれている。

俺は窓際に移動してシャッターを指でずらす。ぱき、という音がした。

外は明るい。思わず目を細める。下に大きな通りが見える。四階か五階か、今いるフロアはそのくらいの高さのようだ。通りを隔てた向かいにはビルが並んでいる。その上には雲が浮かぶ空が。

見覚えのある景色だ。この下の道路は駅前の大通りじゃないか。駅の東口から東西に延びる直線道路。

見下ろしていると、ふいに違和感に襲われた。

そして得体の知れない悪寒に。

人がいないな。

そう思っただけで。

ガシャ。

師匠が俺の横にきてシャッターを乱暴に捲り上げた。そして同じように外の景色を見ていたかと思うと、徐々にその表情が険しくなってきた。

やがて窓のシャッターから手を放すと、近くの机の上にあった卓上カレンダーを取り上げる。

ハッとしてその目が見開かれる。それからもう一度窓際に駆け寄ってシャッターを上げ、外を見た。

師匠はその格好のままでつぶやいた。

「どっちが先にお化けの正体に迫るか、霊感対決だと言ったな」

タイムマシンに乗る前の俺の言葉だ。確かにそう言った。

ガシャリ。

師匠が指を外すと、そんな音がしてシャッターが元に戻る。俺の方に向き直りながら続けた。気のせいか頬が強張っている。

「洒落にならないぞ。こいつだけは」

そう言ったかと思うと、腕時計を見て舌打ちをする。

「出口はどこだ」

師匠は無人のフロアを横切る。俺も思わず後を追う。ドアがあった。鍵が掛かっていたが、内側なのでロックを外すことができた。

廊下に出ると、やはり無人で人の気配は全くない。物音一つも。

すぐそばに階段があったのでそこから降りた。師匠はかなりの早足だ。俺は足を踏み外しそうになってヒヤリとする。

いくつかの会社が入っているテナントビルのようだ。一階に降りると、会社名が並べて書かれた案内板が目に入った。

「こっちだ」

目の前に自動ドアがあった。そばまで行くとあっさりと開いた。ここの電気はきていたらしい。

外に出ると、さっきまでのビルの中の気味の悪いほどの静けさは消えて、様々な音の喧騒が聞こえて……

こない。

ぞくりとする。

ゆっくりと太陽の下に歩き出た。

目の前にあるのは見慣れた大通りだ。駅前の、並び立つビルの群。その間を走る片側三車線の道路。

真っ昼間。

なのに、なぜ人がいないんだ。

一人も。

まるで無人の世界に紛れ込んだようだ。動くものの影一つ見えない。静かだ。気持ち悪いくらいに。気のせいか空気すらまったく動いていないみたいだ。

隣の師匠の顔をうかがうと、生唾を飲み込んで喉が動くところだった。

なんだこれは。

「あの、パロディ、ですよ」

念のために確認する。

予想外の展開になんだか怖くなってくる。

「トマス・ハリス。知ってるか」

師匠は前を向いたまま強張った顔でそう言う。

「……羊たちの沈黙を書いた人ですよね」

どうして急にそんな名前が出てくるんだろう。

「『羊たちの沈黙』の過去の事件をえがいた『レッド・ドラゴン』という小説がある。その序文の中で作者のトマス・ハリスが食人鬼レクター教授のことに触れてこう言っている。『ふだん仕事中のわたしは登場人物からは見えない存在だったが、レクター博士の前にいると、とても居心地が悪かった。彼にわたしが見えていないという確信が得られなかったからだ』と」

「はあ」

気持ちの悪い話だ。しかしそれが今の状況となんの関係があるのか。

「そのくらいのやつだ」

師匠は吐き捨てるように言った。自分たちのいる大通りに面したビルの前から、左斜め前方を見据えながら。

その視線の先に奇妙な人物がいた。

大通りの真ん中、普段であれば無数の車が行き交う街の動脈にあたる道路の上に、ゆったりとした黒い外套をまとった人影が一つだけある。

その顔はやけに白い。仮面だ。仮面をつけている。

その時、ふいにデジャヴを感じた。いや、既視感ではない。実際の記憶だ。

頭の中にノイズが走り、あるビデオの一場面が浮かぶ。駅の構内で、白い仮面の人物が一人でなにかを演じている。あの仮面。

あの仮面?

なんだこれは。

そのビデオの中で起こった恐ろしい出来事と、その人物は直接関係がなかった。だからこそ自分の記憶の中からも消えかけていたのに。それがなぜこんなところで。

「師匠」

恐る恐る隣を振り向くと、師匠は血の気の引いたような顔をして「別だ」と言った。なにを考えていたか見通されているらしい。

白い仮面の人物は誰もいない広々とした道路の真ん中にたたずんでいる。太陽の真下にいるというのに、そこだけ陽炎が立っているかのように、いやに虚ろに見えた。

「なんですか、あの人は」

そう訊くと、師匠は「は」と呆れたような息を吐いて続けた。「あれが人に見えるのか。やっぱりおまえの方がザコだ」

そうして歩道の端に生えている街路樹越しに仮面の人物のいる左の方向を見つめている。

仮面が揺れた。上下に。うつむきながら、微かに揺れている。

笑ってる?

そう思ったとき、視界の端に別の動くものの影が入った。

大柄な若い男だ。歩道の右手の方からポケットに手を突っ込んで歩いて来ている。

驚いた。見覚えがある。師匠に連れられ、呪われているという触れ込みのビデオを買いに山の中の寺まで行ったとき、出迎えた男性だ。そのビデオの中に、あの白い仮面が映っていた。

なんだ、これは。偶然なのか。いや……

「黒谷」

師匠が声をかけると、男は驚いた表情を浮かべる。俺の記憶にあるよりも若い。できたら係わり合いたくないような、どこか暴力的な雰囲気をまとっている。

黒谷と呼ばれたその男はこちらに近づきながら口を開く。

「なんだお前、急に感じが変わったな。どうやって化けた」

ああ、それはタイムマシンで未来から、と言いかけた俺を師匠は片手で制した。

「話は後だ。あいつを殺せ」

黒谷に向かって鋭くそう言い放つと、仮面の人物がいる方向を指さす。

「早く!」

「あ?」

黒谷の顔色が変わった。剣呑な表情になっている。

「殺せ。あの人に会わせてしまったら終わりだ。今ならまだやれる」

「物騒だな」

へら、と黒谷は口を曲げて笑った。しかし目は少しも笑っていない。

「あの。パロディですょ……」

ぼそりと言ってみたが完全に無視された。

「とにかく早くあいつを」

師匠が黒谷にそこまで言いかけたところで、二人とも固まった。

左手側数十メートル先の道路の真ん中にいたはずの仮面の人物が、いつの間にか今自分たちのいるビルの正面の道路にいた。

目を離したのなんてほんの一瞬のはずだ。どうやって移動したんだ。人じゃないって、まさかそんな、こんな真っ昼間に。

ただでさえ目に映るすべての街並みに俺たち以外の人がいないという異様な光景の中では、まったく現実感がない。

仮面は道路の真ん中に立ったまま、こちらを見ている。

黒谷が口笛を一つ吹くと、ハンドポケットのままその方向へ歩き始めた。喧嘩に関しては素人の俺にもその背中から寒気のするような殺気が立ち昇っているのが分かる。

「クソ」

師匠はそう言いながら近くにあった求人広告かなにかの鉄製の看板を掴むと、重りの台石ごとアスファルトの上に引きずりながら黒谷に並んで歩き出した。あれを凶器にするつもりなのか。

予想だにしない緊迫した展開に俺はうろたえて「え」「え」と繰り返しながら立ち尽くしていた。

ふいに師匠がお尻のポケットからなにかを取り出した。そしてそれをこちらに放り投げながら言う。

「僕らがやられたら逃げろ。いや、もういいからすぐ逃げろ。あの男女がどこかにいるはずだ。そいつを渡せ。女しか使えないらしい」

放物線を描いて飛んで来たものをなんとかキャッチする。

鞘の部分一面にどこか南方を思わせる奇怪な顔がいくつも彫られた小刀だった。さっき部屋を出る前に『僕の師匠に見せびらかそう』と言ってほくそ笑んでいたオカルトグッズだ。

ダメだと言ったのに忍ばせて来たのか。ここでそんなことを言うということは、よほどのいわくのある呪物なのだろうか。

「ああ、いや、だめだ。あっちだ。バンパイアの片割れの方だ。あいつの方がいい。あいつに渡せ」

そう言って師匠は道路の方へ向き直ると、風一つない静寂の中にガリガリという、台石がアスファルトを削る音を響かせながら歩いていった。

その背中を見ていると、いきなり頭の中にフラッシュバックが走った。

夜の公園。

ベンチの横のゴミ入れ。

地面に流れ出る血。

それらの光景が師匠の背中に重なる。恐ろしい記憶と、予感に吐き気が込み上げてきた。

「行け」

振り向きもせずにそう叱咤され、ビクリと反応した俺はすぐに走り出した。

路地裏に向かいかけた足がしかし、次の瞬間には向きを変え、僕はさっき出てきたばかりのビルの中へ飛び込んでいった。

もう帰ろう。

なんか怖いし。

別に師匠を見捨てて自分だけ逃げようというわけじゃない。しょせんもう終わってしまった過去の出来事なのに、変な強迫観念に駆られて関わろうとした師匠の方がおかしいのだ。

大丈夫。こういうときは自分たちがタイムマシンに乗るよりも少し前の時間に戻って、過去に行くのを止めさせればいい。それで万事解決。

階段を駆け上りながら、またデジャヴに襲われた。

ドラえもんだ。映画の『魔界大冒険』。冒険の舞台である魔法世界の強大な敵の前に仲間は散り散りになり、すべてをリセットしようとのび太がタイムマシンで過去に戻って魔法世界を作ろうとする自分を止めようとする場面。

タイムマシンから出たところで、メジューサという悪魔が時の亜空間を泳いで現実世界まで追いかけてくる、という子ども心にトラウマものの展開だった。

そんなシーンが頭に浮かび、そんなバカなと苦笑する。

五階のフロアの到着し、人けのない暗い廊下を抜けて、さっき鍵を開けたままにしていたドアにとりつく。

ドアノブを捻ると、無人の机が並ぶ薄暗い部屋が広がる。

ドキドキしてきた。どれだ。だれだっけ。タイムマシンとつながっている机は。

フロアの中を見回し、思いだそうとする。

たしか、柱のそばの島の、真ん中あたりの……

その瞬間、俺は今日一番の恐怖に全身を貫かれた。

机が、ない。

三つずつの机が並んで向かい合う島で、真ん中の一つだけが最初からなかったかのように忽然と消え、歯抜けのようになっている。走り寄るとはっきりと思い出す。

ここだ。ここにあったはずの机から俺たちは出てきたはずだ。なんで。なんでない?

パニックになりながら、左隣の机の引き出しを開ける。紙ファイルが入っていた。時計柄の亜空間などはない。

右隣を開けると、筆記用具がカラカラと音を立てる。

ない。

ない!

島の反対側の机や、別の島の机の引き出しを片っ端から開けて行く。

ない。ない。どこにも出入り口がない。

心臓がバクバク言いはじめた。

やばい。やばい。しゃれになってない。

とっさに師匠から託された小刀を握り締める。

「Who are you ?」

いきなり後ろから声が聞こえた。振り向くと、小さな女の子がフロアの真ん中の机の上に腰掛けている。そして足をブラブラさせながら、「Didn't you look at Archer somewhere ? 」と言って首を傾げた。

ガタタッ、と俺は後ずさった勢いで後ろの机に腰をぶつける。目の前にいるそれが、まるで人形のように見えた。しかし喋って、動いている。

女の子はふいに窓の方を見て呟いた。

「He seems to come to here 」

つられてそちらに目をやる。しかしなにごともないようだった。正面に向き直ると、女の子は消えていた。忽然と。まるで始めからいなかったかのように、無人の机だけがある。

なんだこれは!

俺はわけの分からないことの連続でパニックになる。

来なければよかった。

そう思ってしまったその時、無音だった世界にいきなり、ビシャッ、という気持ちの悪い音が響いた。

窓の方だ。さっきはなにも異変はなかったのに。

見ると、シャッターのわずかな隙間から外の明かりが差し込んでいる。

俺はごくりと唾を飲み込んで、ゆっくりと近づく。

薄い鉄製のすだれの間に指を入れ、力を込めて下におろす。

赤いものが見えた。

窓には一面の血が。ビルの五階の窓には、外から、大量の血が、ぶちまけられていた。

とろとろと肉片のような赤黒いものがすぐ目の前のガラスの向こうを流れ落ちていった。

「パロディ! パロディですから、これ! はい。もう終わり、終わり。面白くないし」

大声で叫んだ。

ひたすら叫んだ。

なにも起こらない。待っても待っても。

そしてまた静寂がやって来る。

叫ぶ前よりも、より冷たい静寂が。

そして息を飲んだ俺の背後から、部屋の外、無人のフロアの廊下を歩く、誰かの足音が遠く、微かに聞こえて来た。

(完)

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