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【洒落怖】悪魔の詩事件

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660:本当にあった怖い名無し:2008/04/25(金) 01:07:24 ID:ZFHIlIZFO
なんかスレ乱立してるけど、一番スレ番号若いからここにする。
怖い話かと言われればそうじゃないけど。
ウチの姉貴の高校の部活の顧問(以下S氏)の体験談。

「悪魔の詩」を知ってるかい?
本が好きな人なら普通に知ってると思うが、一応かなりテキトーでいい加減に説明しとく。
この「悪魔の詩」はサルマン・ラシュディと言うイギリス人(正確にはイギリス籍を持つバングラディシュ生まれのムスリム)により書かれた小説である。

この小説にはムハンマドの妻の名前を持った売春婦が登場したり、
その他にもイスラムを冒涜するような登場人物の名前、内容などにより、
出版前からイスラム教徒達やパキスタン等から抗議を受けていた。

出版されると、その内容に激怒したホメイニ師は著者のサルマンを
死刑にすべきと発言し、イラン国内の様々な勢力も
サルマン暗殺の犯行声明を発表し、当時の大統領も賛成した。
これを受けてイギリスは著者サルマンを守る為に政府施設に隠匿する事となった。

その後、世界各地で15ヶ国語で翻訳出版される事になるが、
ある時のイスラム神学者達との会談でサルマンは「これ以降は翻訳版の出版はしない」
「ペーパーバック版の発行を断念する」等、諸々の誓約をした為、騒動は一応の決着となった。
しかし、ホメイニ師の死後も「この小説に関わった(著作・翻訳)者達の死刑」は
撤回されてはいなかった。
これが、簡単な流れ。かなりテキトーだから、詳しく知りたい人は調べてね。

661:本当にあった怖い名無し:2008/04/25(金) 01:11:20 ID:ZFHIlIZFO
で、こっからが本題。S氏の体験談。

S氏の恩師は五十嵐一。
この「悪魔の詩」の日本語翻訳に携わった人物である。
ある日、S氏が所用で筑波大学に出向き、そのついでに恩師の五十嵐氏に挨拶に行った。
他愛もない世間話をして、S氏が大学を後にしようとした時、二人のアラブ人とすれ違った。

五十嵐氏はイスラム文化研究者だったし、その時は大して気にも留めなかったそうだ。
帰りかけた時、ふと用事を思い出し、五十嵐氏の研究室に戻ったS氏は
五十嵐氏の遺体の第一発見者となる。
(用事か忘れ物か、話の大筋しか覚えてなくて細かい理由は覚えてないぞ!)
新聞などでは「刺殺」とされているが、遺体は頸動脈を深く切り裂かれた物だったらしい。

後から聞いた話では、その殺害の手口はジャンピーア(イスラムの伝統的な半月状の刃を持ったナイフ)の刃に毒物を塗って首を掻き切るという、
イスラムの伝統的な暗殺方法だったそうだ。

いずれにせよ、目撃者もなく、遺体を第一発見者という事で最初はS氏が疑われ、
警察もS氏を犯人と決め付ける形で捜査をしていたが、
前述の騒動や殺害方法からS氏への疑いは晴れた。
結局、犯人は捕まらず既に時効も過ぎている。

S氏は「少しでも出るのが遅かったり、戻るのが早かったら俺も死んでたなぁ」
等と苦笑いしながら語ったそうだ。

しかし、今も昔も日本の危機意識の無さは凄いね。
こんなモン翻訳出版するのに、その翻訳者に護衛もつけないなんてさ。

悪魔の詩訳者殺人事件

悪魔の詩訳者殺人事件(あくまのうたやくしゃさつじんじけん)は、1991年7月11日に発生した殺人事件である。
2006年7月11日に公訴時効が成立し、未解決事件となった。

概要
1991年(平成3年)7月12日、筑波大学助教授の五十嵐一が同大学筑波キャンパス人文・社会学系A棟7階のエレベーターホールで刺殺されているのが発見され、司法解剖の結果、11日の午後10時頃から12日の午前2時頃までの間に殺害されたものと断定された。遺体の首には、左に2カ所、右に1カ所の傷があり、いずれも頸動脈を切断するほどの深さで、「イスラム式の殺し方」とされる。また、右側の胸や腹など3カ所に及んだ刺し傷は、一部肝臓にまで達していた[3]。また、現場からO型の血痕(五十嵐の血液型とは一致しないため、犯人のものとされた)や犯人が残したとみられる中国製カンフーシューズの足跡(サイズ27.5cm)が見つかった。

犯人はエレベーターの使用を避け、階段で3階まで降りて非常階段から逃走しており、その後の消息は杳として知れなかった。

五十嵐は、1990年(平成2年)にサルマン・ラシュディの小説『悪魔の詩』を日本語訳している。1989年2月にイランの最高指導者、ルーホッラー・ホメイニーは、同書が反イスラーム的であるとして、ラシュディや発行に関わった者などに対する死刑を宣告するファトワーを発令していたため、事件直後からイラン政府との関係が取り沙汰されていた。

15年後の2006年(平成18年)7月11日、真相が明らかにならないまま殺人罪の公訴時効が成立し、未解決事件となった。

犯人と動機

刺殺後、イスラーム新聞サラームは、イスラーム教徒にとって朗報とのコメントを掲載しており、シーア派イスラーム教徒によって殺害されたという見方が一般的となっている。CIAの元職員ケネス・ポラックは、イスラム革命防衛隊の対外工作・テロ活動などを行う特殊部隊「ゴドス軍」による犯行を示唆している[5]。目撃されやすいエレベーターホールで襲撃したのも見せしめのためと判断した。

捜査中、学内の五十嵐の机の引き出しから、殺害前数週間以内と思われる時期に書いたメモが発見された。これには壇ノ浦の戦いに関する四行詩が日本語およびフランス語で書かれていたが、4行目の「壇ノ浦で殺される」という日本語の段落に対し、フランス語で「階段の裏で殺される」と書かれていた。このため、五十嵐は自身に身の危険が迫っていた事を察知していたのではないかとする憶測が生まれた

一方、五十嵐の「『悪魔の詩』は文学的価値が素晴らしいので翻訳する」という説明がイスラーム世界に通用しなかった点、在日パキスタン人協会の長からの死刑宣告を単なる脅かしと理解してしまった可能性がある点、警察の保護を断った点など、五十嵐自身の甘さも指摘される

参照元:https://ja.wikipedia.org/wiki/悪魔の詩訳者殺人事件

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