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342: 1/2 2014/11/13(木)11:46:04 ID:1pL61EhUD
小松左京「保護鳥」
一人旅の日本人観光客がその寒村の小さなホテルに泊まると、ロビーにたむろする村人がいっせいに愛想よく声をかけた。
ジャパンから来たのか、ニッポンは元気にしているか、公害の被害を受けちゃいないか、ニッポンの数は増えたか、とどうもよくわからない質問ばかり。
しばらく噛み合わない話をして、ニッポン・バード、ニッポニア・ニッポンつまり朱鷺の事だとやっとわかった。
絶滅が危惧されるたいへん珍しい鳥を政府は関係なく村独自で保護しているので、日本の朱鷺には親近感を持っているそうだ。
だが、彼がその珍鳥の事を訊いても村人は口を濁す。
名前はアルプ鳥、かつて害鳥とされ彼らの祖先が殺しまくったのでこの村の保護区に2つがいしか残っていない。
害鳥ではあるが基本的に臆病で、こちらが手を出さなければ害をなさない。
繁殖期(ちょうどこの時期)には特別な餌が必要だが、捕まえるのが難しいようでなかなか数が増えない。
繁殖期には狂女か猛獣のような夜鳴きが激しい。
非常に敏感で、人間が近づけば巣を放棄する。
呆れた事に、ロビーにたむろする村人たちは誰もアルプ鳥の姿をはっきり見た事はないそうだ。
ロビーにも彼が泊まる部屋にもアルプ鳥の写真が飾ってあるが、ブレブレで逆光の素人写真で、大きな鳥が飛び立つ所らしいとどうにか見てとれるだけのひどい代物。
勿体ぶりやがってどうせもうとっくに絶滅してんだろ、なんの特徴もない寒村の誇りが嘘と捏造か、と思ったが、彼は村人の案内で野越え山越えアルプ鳥保護区に出掛ける事にした。
沼が点在する窪地を囲むように柵があり、木の門には
【アルプ鳥生息地】【鳥獣特別保護区につき立入禁止】
の札がある。
カメラを取り出した彼に案内の村人は、繁殖期のアルプ鳥は非常に気が立っているからと撮影禁止を厳命した。
343: 2/2 2014/11/13(木)12:04:33 ID:1pL61EhUD
やっぱり絶滅してるんだ、村人がアルプ鳥を語る時の恍惚とした様子はただ事じゃない、この村は消えた鳥を神格化している、と彼は思った。
ホテルのロビーでは村人たちが、
あれは本当に日本人か、朱鷺の事を訊ねたらしどろもどろ。
いや「知らせない」のはかえっていい事かもしれん、物見高い野次馬や無責任なマスコミは保護なんか知ったこっちゃないんだから。
などとこそこそ話している。
彼は礼儀正しく、聞かなかったふりをした。
彼はいかにも景色を楽しみに来た観光客でござい、という様子でさりげなく出掛けた。
わざと遠回りして保護区を見下ろす丘に立ち、望遠レンズを向けると黒い影が見えた気がした。
目を凝らすと草かげに子供の顔が見えた。
気がつくと村人が彼を囲んでいた。
これだけ離れてシャッター音が届くわけないだろう、と抗議しても、我々のアルプ鳥は不思議な能力を持っていて必ず人の気配に気づくのです、繁殖期は撮影禁止と昨日申し上げましたよね、と押し切られ、彼はホテルを追い出された。
手回しよく、車にはもう荷物が放り込んであった。
橋崩落につき迂回路、の標識に従い山道を行くと、十分あるはずのガソリンがなぜか切れた。
あたりはもう暗いので懐中電灯を頼りに村に戻ろうとしたが、近くで狂女か猛獣の咆哮に似た音…いや鳴き声がした。
懐中電灯を向けると髪を振り乱した女の顔が見えた。
女の口から鋭い鳴き声がすると、彼を囲むように同じ鳴き声が応えた。
…迂回路の標識、なぜか切れたガソリン、繁殖期には狂女か猛獣のように吠えるアルプ鳥、繁殖期には特別な餌が、特別な餌は捕まえにくい…
…女の顔を持つ伝説の鳥、ハーピー…ハルピ…アルピ…アルプ鳥…
羽ばたきの音がして、鉛色の女の顔が牙をむいて彼を襲った。