後味の悪い話

【後味の悪い話】織田信長

971:本当にあった怖い名無し2021/12/05(日) 06:15:46.17ID:3/6Ia5Ag0
【戦国こぼれ話】パワハラどころじゃない!織田信長が怒り狂って人を殺した話2選+番外編

公正さを求める織田信長は、非常に厳しい人物だった。
連日のようにニュースになるのが、パワハラの件だ。ところで、織田信長は怒り狂うともはや制御不能で、人を殺してしまうこともあったという。今回は、その中から話題を取り上げることにしよう。

■女房衆皆殺し事件
 天正9年(1581)4月、織田信長は居城の安土城(滋賀県近江八幡市)を出発し、琵琶湖の竹生島に参詣した。奈良時代に行基上人が四天王像を安置し、竹生島の信仰がはじまったといわれている。
 女房衆は信長が竹生島へ行くならば、帰りは家臣の羽柴(豊臣)秀吉の居城・長浜城(滋賀県長浜市)に1泊するに違いないと考えた。
 そこで、女房衆は安土城近くの桑実寺(滋賀県近江八幡市)へ出掛け、大いに羽を伸ばしたのである。

 しかし、これが悲劇のはじまりだった。なんと、女房衆の予想は見事に外れて、信長はその日のうちに安土城に帰還したのである。
 信長は帰って来ると、女房衆がいないので激怒。彼女らを縛り上げて連れてくるよう、桑実寺の長老に命じたのである。
 驚いた女房衆は、長老に信長への助命嘆願を乞うた。すると、信長はますます怒り狂い、女房衆だけでなく、長老までも殺害したのである。

972:本当にあった怖い名無し2021/12/05(日) 06:16:09.54ID:3/6Ia5Ag0
■僧・無辺殺害事件
 天正の頃、無辺なる諸国行脚の客僧があらわれ、不思議な秘法を用いて次々に奇跡を起した。
 この噂を聞きつけた人々は、その功徳に授かろうとした。
 信長は無辺の噂を耳にし、「ぜひ会いたい」と希望した。
 こうして天正8年(1580)3月、安土城(滋賀県近江八幡市)の御厩へ無辺を招いたのである。ここから、信長は無辺に次々と質問を浴びせかけた。

 信長はまず、無辺の生国(生まれた国)を尋ねた。すると、無辺は「無辺(どこでもない)」と答えた。
 次に、信長が「唐人(中国人)か天竺人(インド人)か?」と尋ねると、無辺は「修行僧」とだけ返答した。
 すると、信長は「人間の生国は、三国(唐・天竺・日本を指し世界の意味)以外にはないはずだ。どこの生まれでもないとおかしいではないか」と強い疑念を示したのである。
 次に信長は「さては化け物か! それならば、火で炙ってやろうか」と言うと、家臣に火の準備をするように命じた。
 この言葉を聞いた無辺は驚き、「出羽の羽黒山の者です」と生国を答えた。
 無辺の回答を聞いた信長は、「お前は弘法大師の生まれ変わりだと言い、あっちこっちで奇特を見せているそうじゃないか。その技を見せてみよ」と迫った。
 しかし、無辺は黙ったままだった。信長は「このような売僧(まいす:仏を売り、仏法を商う俗僧)を放置すると、人々はみだりに仏神を祈り、道理のない幸福を願うので大変な問題だ」と述べた。

 さらに信長は、「お前を殺すので、あとで自分の神通力とやらで蘇ってみろ」と言うと、無辺を殺害したのである。むろん、無辺が蘇ったわけではない。

974:本当にあった怖い名無し2021/12/05(日) 07:14:06.46ID:I4qxIVo00
>>971
その桑実寺については信長公記には「御成敗」とだけ書かれているため、たんに厳罰に処しただけの可能性あり
(ただこれを聞いた毛利家も信長に呆れてるから実際死刑だったかもしれないが)

また無辺については不妊で悩んでいる女や病気の女に対して「へそくらべ」をしていることが判明し、(おそらくセ◯クス)
人の悩みに漬け込んで性行為を強要するとは、とキレたとされている。

976:本当にあった怖い名無し2021/12/05(日) 09:42:42.10ID:kW7nm3FN0
>>974
>人の悩みに漬け込んで性行為を強要する

生臭坊主な上に卑劣な詐欺師ではありませんか
処されて当然ですね( ̄^ ̄)

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