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703: 1/3:2007/06/22(金) 22:16:16 ID:Q2wclJZ80
『やみなべの陰謀』という連作短編集の中の一つ。
城仕えの勘定組の侍・信次郎はある日、
剣道場の道場主から「秘剣・神隠し」という奥義を伝授されることになった。
師はこれは誰でも使えるものではなく、それを確かめるためには一両が必要だと言う。
一両小判を池に向かって水切りのように投げて、
それが空中で消えればこの剣を使う力があると証明できるという。
師自身にもそれが何故なのかはわからない。
師に秘剣を教えた師も知らなかったという。
しかし信次郎なら出来ると何故か感じたのだ。
翌日家を出るときは雨だったので信次郎は一両を持たずに家を出た。
しかしすぐに晴れだしたため、信次郎はどうしてもそれを試したくて我慢が出来なくなり、
一両を貸してくれるものがないかと思ったが見つからない。
家に帰れば有るが、それから池に行って試すより早いからと、城の金蔵から一両借りることにした。
明日返せばよかろうと深く考えなかったのだ。
そこを友人の一本気な男・寺尾に見つかってしまった。
寺尾は信次郎が盗みをする人間でないのは知っているが、不安になり、上司の清水に相談した。
清水は信次郎の隣家に住んでおり、信次郎の父とも友人であり、
子供の頃から知っている信次郎のことを疑いはせず
「まあそのうち返しに来るだろう」と済ませた。
信次郎は帰り道に森の中の大きな池に行った。
するとそこには清水の娘であり幼馴染のるりがいた。
るりとは家族のような付き合いだった。
ここは子供の頃よく遊んだ場所であり、信次郎は久しぶりにるりと子供の頃の話をした。
「子供の頃、るりは石の名前だと言ってからかわれました」と笑うるりを見て、
るりが自分に好意を抱いているらしいことを知った。
信次郎がるりの見ている前で小判を投げると、幾度か跳ねた後で小判は宙に消えた。
その夜から秘剣の伝授が始まった。
一両も翌日すぐに返し、全て収まったかに見えた。
704: 2/3:2007/06/22(金) 22:17:32 ID:Q2wclJZ80
数日後、信次郎の修行は完成しつつあった。
そして時を同じくして、寺尾が偶然、勘定組の元締めである
伊織に先の一両のことを話してしまった。
伊織は悪い噂の多い男で、これまた悪い噂の多い家老の派閥に属しており、
大きな影響力を持つ男だ。
そして清水は伊織と敵対する派閥に属している。
さらに清水はかつて伊織のずさんな金銭管理を公然と非難したこともあった。
寺尾は一本気で有るがゆえに、そのような事情も知らずに伊織に漏らしてしまったのだ。
ある日清水は伊織に呼び出された。
伊織は「お前の部下が使い込みしたのを知っていて黙認したと聞いたが本当か」とたずねる。
「知っていましたが使い込みというほどのことではありません。ほんの少し持ち出してすぐに元へ」
「黙れ!千両がほんの少しと申すか!千両箱が一つ消えているのだぞ」
はめられた、と思ったときには遅かった。
清水は既に認めてしまったのだ。
千両箱を持ち出したのは伊織であるのは明らかだったが・・・。
伊織は事を不問にするかわりに、るりを妾としてよこせと迫った。
伊織は清水への恨みを晴らそうとしたのだ。
清水は信次郎を呼び、事の次第を話した。
うろたえ後悔する信次郎だが、清水は責めなかった。
「るりはお前にどうするべきか決めてほしいと言っている・・・」
清水と信次郎の家の命運がかかっているとなれば、るりは断れる娘ではなかった。
信次郎は「るりには必ずそれがしが迎えに行くと伝えてください」と言って辞した。
しかしどうすれば良いのか考えが決まっているわけでもなかった。
清水が言う。
「死ぬなよ、信次郎。死ねば千両の罪を一身に着るだけだ」
信次郎は考えあぐねてそのまま道場に向かい、最後の修行を行った。
そして秘剣が完成した。
手から風のようなものが出て相手をいずこかへ消し去る技、
神隠しが完成し、信次郎は呟く。「投げるものが小判でさえなければ・・・」
師は言う。
「わしは同じ風を持つものがおぬしであったことを天に感謝しておる。
何があったかは知らぬが、死ぬなよ」
705:3/3:2007/06/22(金) 22:18:48 ID:Q2wclJZ80
道場を出て、どうしたものか考えている信次郎の前に寺尾が現れた。
信次郎はすぐに理解した。寺尾が伊織からの刺客とされたのだ。
しかし寺尾は斬ってこなかった。
「信次郎、るりが死んだ。伊織の家で」
寺尾は話した。
信次郎が清水の家を出てすぐ、伊織がるりを無理やり呼び寄せたのだ。
いずれ妾に来る女、何をしても良いと考えたのだ。
何があったかはわからないが、るりは舌をかんで死んだらしい。
そして伊織は寺尾に信次郎を斬らせ、千両の罪を着せるつもりだと。
信次郎は激昂し、伊織を斬らねばならぬと決心した。
しかし寺尾は千両箱を伊織の家から盗み出し、今回の真相を書いた紙とともに隠したと言う。
「俺が伊織を倒したあと、お前と清水殿が真実を語れば丸く収まるのだ」
「寺尾、お前死ぬ気か」
「俺のせいでこうなったのだ。埋め合わせをせねば」
「お前は悪くない。馬鹿正直なだけだ。元は俺のせいだ」
「いや、お前はいい奴だ。死ぬな」
信次郎を気絶させようと殴りかかってくる寺尾。
信次郎には大男の寺尾を斬らずに倒すことは出来ない。
あの秘剣・神隠しを使うしかない。
信次郎の出した風が、寺尾をどこかへ運んだ。
伊織の家へ向かう前に清水の宅を外からそっとのぞいた。
信次郎は、顔に布をかけられたるりの遺体を見て初めて、自分がるりを愛していたことに気付いた。
伊織の家へ乗り込み、伊織を探しながら幾人か斬ったとき、後ろから不意打ちを受けた。
伊織だった。信次郎は伊織を切り捨てた。
自分を切ろうと走ってくる者たちの足音が聞こえても、信次郎はもう二度と剣を構えなかった。
目を閉じ、名前のことでるりをからかったという、その時のことを必死で思い出そうとしていた。
709: 本当にあった怖い名無し:2007/06/22(金) 23:01:29 ID:znUuSd6L0
>>705
乙。おもしろかった。
寺尾はドコ行っちゃったんだろね。