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798:本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/07/19(土) 06:35:51.77 ID:QG5M68o00.net
〈1〉
小林泰三・MEIMUの漫画「玩具修理者」より。表題作の「玩具修理者」を。
――いつも頭の中で、かすかに異音がしていた。
女子高生の和巳は、姉の子供の道雄を死なせてしまった。
(――どうしよう)
家族は全員、家にいない。姉たちが帰ってくるまでになんとかしなければいけない。なんとか……。
(無理だわ。どうにも出来ない。どうにも……)
破裂しそうな頭を抱えていた和巳。焦燥で気が狂いそうになっていた彼女の頭に、ある“名案”が浮かんだ。
(――…“アイツ”は…まだあそこにいるかしら…)
道雄の死体をベビーカーに乗せて、人通りのない道を行く和巳。
なるべく知り合いに会わないように。そう祈っていたが、道中で友人と会ってしまう。
逃げ出したい気持ちを押さえ、怪しまれないよう振る舞う和巳。
ベビーカーを覗き込んだ友人に、心音が高く速くなる。
「道雄ちゃーん、こんにちは。…あれ? 元気ないね。夏バテかな? でも汗かいてないね。寝てるのね」
血は拭き取ったし、服も着替えさせたので、友人は道雄が死んでいることに気付かなかった。
ようやく離れる友人に安堵した時、
「和巳ちゃん。体の具合どう?」
と友人に、唐突に体調を聞かれた。
「え? ああ、うん。何とも…ないけど…」
友人と別れ、再びベビーカーを押して歩く和巳。
(まただ…。あたしはよく友達から体調を聞かれる)
(病弱というわけではない。子供の頃から、至って健康だ。なのに、なんでだろう)
(…いや。そんな事より道雄の事がバレなくて良かった。早く、アイツの所に行かなくては…玩具修理者の所へ…)
799:本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/07/19(土) 06:37:06.26 ID:QG5M68o00.net
〈2〉
子供の頃。和巳は一度だけ玩具修理者――“よぐそとほうとふ”を尋ねた事があった。
和巳は人形を、一緒に来た友人は猫の死体を抱いていた。
死んだ猫も治るのか?
驚く和巳に、友人は言った。
「直るよ。なんでも直してくれるもん」
廃屋のような小屋の中に入ると、既にいくつものオモチャやら人形やらゲーム機やらが畳に積まれている。
異様な雰囲気に畏縮する和巳の前で、友人は小屋の奥、障子に向かって名前を叫んだ。
「よぐそとほうとふ!!」
すると、障子が開き、化け物のような容貌の男が現れた。その男が玩具修理者だった。
「てぃーきらいらい。これ…どうする? どうしたい…」
意味不明な言葉を交えて聞いてくる“よぐそとほうとふ”に、友人は猫を差し出した。
「直して! 歩けるように!」
異形としか言えない“よぐそとほうとふ”に、気圧されながらも和巳は人形を差し出し、修理をお願いした。
猫の死体の臭いを嗅ぎ、ゲラゲラと笑ってから人形と猫を床に叩きつける“よぐそとほうとふ”。
それから、ドライバーやカッターナイフを使い、すごい勢いで床に溜まっていた玩具たちを分解していく。
猫も例外ではなく、切り開かれた毛皮を剥ぎ取られ、体の中に詰まっていた内臓やら骨やら眼球やらを同じようにバラバラにして畳の上に並べていく。
そして全ての分解が終わると、呪文のような言葉を叫びながらまたすごい早さでオモチャたちを組み立てていく。
友人の猫も和巳の人形も、確かに元通りに直っていた。
ただ、猫の部品が余っていたのが和巳には気になった。
猫は鳴いていた。動いていた。歩いていた。
片方の眼球は、和巳の人形の目が間違えて入れられていたが。
800:本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/07/19(土) 06:38:03.37 ID:QG5M68o00.net
〈3〉
(…あの猫は、何だったのだろう)
回想しながら和巳は、あの日の猫のことについて考えた。
(動いていたから生きていたのかもしれないけど、猫と呼ばれるものとは違う気がした)
和巳の思考は、やがて別の事へと移っていく。
――動いていれば、「生き物」なのだろうか。
――動かなければ、「物」なのか。
今、和巳が押しているベビーカーの中にいるのは、道雄の姿をしている。
けれど、和巳にとってはもう道雄ではない。
道雄はもう、“失われてしまったもの”なのだから。
(それでは、玩具修理者に直してもらえば、道雄を取り戻したことになるのだろうか)
和巳の前に、目指す場所が見えてきた。
(少なくとも、姉さんたちには道雄が生きてるように見えるはずだ)
不安と緊張を胸に抱きながら、和巳はその場所に進んだ。
(お願い。玩具修理者。どうか、まだあの場所にいて)
和巳は目指していた廃工場に辿り着いた。
見覚えのある煙突。
記憶では、確かこの場所にあの小屋があった。
けれど、あの小屋は何処にもない。
本当にここだったのかと、和巳は記憶に疑念を抱き始めていた。
和巳自身、今日まで玩具修理者の事は、ずっと忘れていた。
ひょっとしたら、あの記憶自体、子供の頃に見た夢でしかなかったのではないか…。
そう思ううちに、和巳の中に、現実逃避に似た考えが浮かんできた。
(…これも…夢かしら…。私が…あんなに可愛かった、道雄を…)
夢かもしれない。
今、このベビーカーの中にいるのはいつも通り、ニコニコ笑っている道雄かもしれない。
藁にもすがる気持ちで、和巳はベビーカーの中を覗いた。
801:本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/07/19(土) 06:41:46.00 ID:QG5M68o00.net
〈4〉
そこには、女の子が座っていた。
頭を血まみれにし、ぎょろりとした目で和巳を見つめるその少女は、子供の頃の和巳の顔をしていた。
「な…なに、コレ…」
歯車が暴走するような音が頭の中に響いた。その時、
『危ないよう、和巳ちゃんッ!!』
突然背後から聞こえた子供の声。
和巳が振り返ると、いつの間にか煙突の下に、子供が数人集まっている。
煙突の上を見ると、昔の和巳が梯子を昇っていた。下にいる子供たち(和巳の昔の友人や同級生)に平気だと笑いながら、頂上まで昇っていく。
呆然と、何が起きてるのかわからぬまま見つめる和巳の前で、小さい和巳は頂上まであと少しの所までよじ上り――そこから地面に落下した。
「!?」
思わずその場に駆け寄ると、子供たちが囲む中、顔の半分を損傷した小さい和巳が、虚ろな目で血溜まりの中に倒れていた。
『おい。どーするコレ』
『うわ、死んじゃってるよこりゃ』
『あんた達のせいよ! あんた達が昇れって言ったから!』
『パパとママにバレたら怒られるぜ。どーする』
和巳の死にどうしようと相談する子供たち。やがて誰かが、こう言い出した。
『そうだ!“あいつ”の所に持っていこうよ』
『死んだ人間もなおるのか?』
『なおるよ。なんでもなおしてくれるもの』
ドクン、と鼓動が鳴った。
誰のことなのか、すぐにわかった。
802:本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/07/19(土) 06:46:38.16 ID:QG5M68o00.net
〈5〉
『これ…どうする…どうしたい…? てぃーきらいらい』
小さい和巳の死体を抱いた“よぐそとほうとふ”に、子供たちは口々にお願いした。
『なおしてください!』
『歩けるように!』
『動けるように!』
「やめて!! 直さないで!!」
和巳は叫んだ。しかし、和巳の声はその場にいる誰にも届かない。
“よぐそとほうとふ”は和巳の死体を畳に叩きつけ、カッターナイフの刃を出した。
それを見ていた子供たちの中から、新たな不安の声が上がった。
『でも、俺たちのことバレないかな』
『思い出したら喋られるぜ』
“よぐそとほうとふ”はカッターで小さい和巳の皮膚を切り裂こうとした。
和巳は必死にそれを止めようとする。
その時、子供たちが“よぐそとほうとふ”に新しいお願いをした。
『そうだ。思い出したら壊れるようにしてください』
「!?」
803:本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2014/07/19(土) 06:47:54.68 ID:QG5M68o00.net
〈6〉
その時、頭にすごい痛みが走り、頭を抱える和巳。
和巳を分解していく“よぐそとほうとふ”。
皮膚を剥がされた小さい和巳の中身。
床に並べられる和巳の部品。
場面が錯綜していく中で、子供たちの声が何度も大きくリフレインする。
『思い出したら壊れるように!!』
『思い出したら壊れるように!!』
『思い出したら壊れるように!!』
『思い出したら壊れるように!!』
絶叫した和巳の頭の中から、身体の中にあるものが込み上げてきた。
次の瞬間、和巳の身体は風船のように破裂し、襤褸雑巾のようになった皮膚が飛び散る。
壊れた人形のような有り様の和巳の身体からは腸が中空高く舞い上がり、骨が剥き出しになり、
そして本来人間の身体に組み込まれていないはずの歯車やモーターなどの機械の部品が溢れ出した。
我に返ると、和巳は廃工場の中で、ベビーカーの後ろに立っていた。
汗だくの身体で息を荒げる和巳の身体は、どこにも異常がない。
ただ、ベビーカーと和巳のすぐ下に、何かを示唆するように歯車が落ちているだけだった。
和巳は、どうしてもベビーカーの中を覗くことが出来なかった。