師匠シリーズ

【師匠シリーズ】病院

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死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?146

43 :病院  ◆oJUBn2VTGE:2006/10/15(日) 20:35:54 ID:lY9MF+tv0
大学2回生時9単位。3回生時0単位。すべて優良可の良。俺の成績だ。
そのころ子猫をアパートで飼っていたのであるが、いわゆる部屋飼いで一切外には出さずに育てていて、
こんなことを語りかけていた。
「おまえはデカなるで。この部屋の半分くらい。食わんでや俺」
しかしそんな教育の甲斐なく、子猫はぴったり猫サイズで成長を止めた。
そのころ、まったく正しく猫は猫になり。犬は犬になり。春は夏になった。
しかしながら、俺の大学生活は迷走を続けて、いったい何になるのやら向かう先が見えないのだった。

その夏である。大学2回生だった。
俺の迷走の原因となっている先輩の紹介で、俺は病院でバイトをしていた。
その先輩とは、俺をオカルト道へ引きずり込んだ元凶のお方だ。
いや、そのお方は端緒にすぎず、結局は自分の本能のままに俺は俺になったのかもしれない。
「師匠、なんかいいバイトないですかね」
その一言が、その夏もオカルト一色に染め上げる元になったのは確かだ。

44 :病院  ◆oJUBn2VTGE:2006/10/15(日) 20:37:10 ID:lY9MF+tv0
病院のバイトとは言っても、正確に言うと『訪問看護ステーション』という医療機関の事務だ。
訪問看護ステーションとは、在宅療養する人間の看護やリハビリのために、
看護師(ナース)や理学療法士(PT)、作業療法士(OT)が出向いてその行為をする小さな機関だ。
ナース3人にPT・OT1人ずつ。そして事務1人の計6人。
この6人がいる職場が病院の中にあった。
もちろん経営母体は同一だったから、ナースやPTなどもその病院の出身で、
独立した医療機関とはいえ、ただの病院の一部署みたいな感覚だった。
その事務担当の職員が病欠で休んでしまって、
復帰するまでの間にレセプト請求の処理をするには、どうしても人手が足りないということで、
俺にお声がかかったのだった。
ナースの一人が所長を兼ねていて、彼女が師匠とは知り合いらしい。
60近かったがキビキビした人で、もともとこの病院の婦長(今は師長というらしい)をしていたという。
その所長が言う。
「夜は早く帰りなさいね」
あたりまえだ。大体シフトからして17時30分までのバイトなんだから。
なんでも、ステーションのある4階は、もともと入院のための病床が並んでいたが、経営縮小期のおりに廃床され、
その後ほかの使い道もないまま放置されてきたのだという。
今はナースステーションがあったという一室を改良して、事務所として使っていた。
そのためその階では、ステーションの事務所以外は一切使われておらず、
一歩外に出ると昼間でも暗い廊下が、人気もなくずーっと続いているという、
なんとも薄気味悪い雰囲気を醸し出しているのだった。
それだけではない。
ナースたちが囁くことには、この病棟は末期の患者のベッドが多く、昔からおかしなことがよく起こったというのだ。
だからナースたちも、夜は残りたくないという。
勤務経験のある人のその怖がり様は、ある種の説得力を持っていた。

45 :病院  ◆oJUBn2VTGE:2006/10/15(日) 20:38:44 ID:lY9MF+tv0
絶対早く帰るぞ。そう心に決めた。が、これが甘かった。
元凶は、毎月の頭にあるレセプト請求である。
一応の引継ぎ書はあるにはあるが、医療事務の資格もなにもない素人には難しすぎた。
特に訪問看護を受けるような人は、ややこしい制度の対象になっている場合が多く、
いったい何割をどこに請求して、残りをどこに請求すればいいのやら、さっぱりわからなかった。
頭を抱えながらなんとか頑張ってはいたが、3日目あたりから残業しないと無理だということに気づき、
締め切りである10日までには仕上がるようにと、毎日の帰宅時間が延びていった。

「大変ねえ」と言いながら仕事を終えて帰るナースたちに愛想笑いで応えたあと、誰もいない事務所には俺だけが残される。
とっくに陽は暮れて、窓からは涼しげな夜風が入り込んでくる。
静かな部屋で、電卓を叩く音だけが響く。
ああ。いやだ。いやだ。
昔はこの部屋で夜中、ナースコールがよく鳴ったそうだ。
すぐにすぐにかけつけると、先日亡くなったばかりの患者の部屋だったりしたとか……
そんな話を昼間に聞かされた。
一時期完全に無人になっていたはずの4階で、真夜中に呼び出し音が鳴ったこともあるとか。
ナースコールの機器なんて、とっくに外されていたにもかかわらず。
確かに病院は怪談話の宝庫だ。でも現場で聞くのはいやだ。
俺はやっつけ仕事でなんとかその日のノルマを終えて、事務所を出ようとする。
恐る恐るドアを開くと、しーんと静まり返った廊下がどこまでも伸びている。

46 :病院  ◆oJUBn2VTGE:2006/10/15(日) 20:39:57 ID:lY9MF+tv0
事務所のすぐ前の電灯が点いているだけで、それもやたらに光量が少ない。
どけちめ。だから病院はきらいだ。
廊下を少し進んで階段を降りる。
1階まで着くと人心地つくのだが、裏口から出ようとすると最後の関門がある。
途中で霊安室の前を通るのだ。
もっとこう、地下室とか廊下の一番奥とか、そんなところにあることをイメージしていた俺には意外だったが、
あるものは仕方がない。
『霊安室』とだけ書かれたプレートのドアの前を通り過ぎていると、どうしても摺りガラスの向こうに目をやってしまう。
中を見せたいのか見せたくないのか、どっちなんだと突っ込みたくなる。
中は暗がりなので、もちろんなにも見えない。なにかが蠢いていても、きっと外からはわからないだろう。
そんな自分の発想自体に怯えて、俺は足早に通り過ぎるのだった。

そんなある日、レセプト請求も追い込みに入った頃に、夕方の訪問を終えたナースの一人が事務所に帰ってきた。
ドアを開けた瞬間、俺は思わず目を瞑った。なぜかわからないが、見ないほうがいい気がしたのだ。
そのまま俯いて生唾を飲む俺の前をナースは通り過ぎ、所長の席まで行くと、
沈んだ声で「××さんが亡くなりました」と言った。
所長は「そう」と言うと、落ち着いた声でナースを労った。
そしてその人の最期の様子を聞き、手を合わせる気配のあとで、「お疲れさまでした」と一言いった。
PTやOTというリハビリ中心の訪問業務と違い、ナースは末期の患者を訪問することが多い。
病院での死よりも、自分の家での死を家族が、あるいは自分が選択した人たちだ。
多ければ年に10件以上の死に立ち会うこともある。
そんなことがあると、今更ながら病院は人の死を扱う場所なのだと気づく。
複数回訪問の多さから薄々予感されたことではあったが、
ついさっきまでその人のレセプトを仕上げていたばかりの俺には、ショックが大きかった。

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