師匠シリーズ

【師匠シリーズ】星を見る少女

【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ16【友人・知人】

463 :星を見る少女 ◆oJUBn2VTGE :2011/02/18(金) 22:12:11 ID:rM70Z9OU0
大学一回生の春だった。
そのころ僕は、以前から興味があった幽霊などのオカルト話に関して、
独特の、そして強烈な個性をまき散らしていた、サークルの先輩に心酔しつつあった。
いや、心酔というと少し違うかも知れない。怖いもの見たさ、のようなものだったのか。
師匠と呼んでつきまとっていたその彼に、ある日こんなことを言われた。
「星を見る少女を見てこい」
星を見る少女?
一瞬きょとんとしたが、すぐにそんな名前の怪談を思い出す。怪談というよりも都市伝説の類かも知れない。
「どこに行けばいいんですか」と訊いてみたが、答えてくれない。
何かのテストのような気がした。ヒントはもらえないということか。
「わかりました」

そう言って街に出たものの、地方から大学に入学したばかりで土地勘もない。大きな街だ。
まったくの徒手空拳で歩き回り、偶然見つかるほど甘いものではないだろう。
ということは、このあたりでは有名な話なのかも知れない。
僕は所属していたサークルへ足へ向けた。

部室でだべっていた数人の先輩に、『星を見る少女』について訊いてみる。
「ああ。あの、橋のところのマンションだろう」
あっさりと分かった。
ある一室の窓に、ベランダ越しに星を見る少女の姿が見られるのだと言う。
「何号室なんですか」
「さあ、そこまでは」

サークルでの情報収集を終え、次に大学の研究室へ向かった。
ゼミの時間ではなかったが、やはり先輩を含む数人が書籍に囲まれた狭い室内でだべっている。
「聞いたことがある」
地元出身の女性の先輩がそう言った。
「リバーサイドマンションって名前じゃなかったかな」
「何号室とか」
「さあ。空き部屋って話だったとは思うけど。今でもそうなのかな」
あまり芳しくはなかったが、この程度の情報でも十分だろう。
研究室を出ると、僕はすぐさまくだんのマンションへ向かった。

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464 :星を見る少女 ◆oJUBn2VTGE :2011/02/18(金) 22:15:30 ID:rM70Z9OU0
小一時間自転車を走らせると、市内を流れる大きな川沿いに四階建てのマンションの姿が見えてきた。
ベランダ側が川に面していて、ちょうど橋の上から全体が見渡せる。向かって左手側の堤防の向こうだ。
その日は春らしい暖かさはどこかに消えて、冬に戻ったような肌寒さを感じる日だった。
風が強く、橋の上から見下ろすと、川面がさざなみ立っている。
橋の中ほどで自転車を止めてマンションを眺めると、各部屋のベランダに布団や洗濯物が干してあるのが見えた。
思わず空を見上げたが、薄い雲に覆われていて日差しは弱々しい。
乾くには時間がかかりそうだ、と余計な心配をしてしまう。
「どの部屋がそうなのかね」
吹きさらしの橋の上で、肩を縮こませながら口に出してみる。
広く知られている『星を見る少女』という怪談の中身は、おおむねこうだ。

バイト帰りの男子大学生が夜遅く自分の家へ向かう途中、あるアパートの二階の窓に若い女の子の姿を見た。
彼女は身じろぎもせずに、じっと窓の外の空を見ている。満点の星空だ。
そのアパートを通り過ぎて家に帰り着いてからも、大学生はその女の子のことがやけに気になった。
星空を見つめているという姿に、ロマンティックなときめきを感じたのだ。
次のバイトの日、また夜遅く家へと帰っていると、あのアパートの前を通りがかった。
すると先日と同じように、あの女の子が窓辺から夜空を見ている。
暗くてよくは分からなかったけれど、その横顔はとても素敵に見えた。
名前も知らないその女の子に恋心を抱いた大学生は、
次のバイトの日の帰り、また同じように窓辺から星を見つめている彼女の姿を見たとき、たまらくなくなって、
自分の思いを伝えようと、そのアパートの部屋を訪ねた。
玄関のドアをノックしても返事はない。中は明かりもついていないようだ。
それでも彼女は部屋にいるはずなのだから、ノックが聞こえていないのだろうかと、そっとノブを捻る。
開いた。
部屋の中を覗き込んだ彼が見たものは、窓際で首を吊っている女の子の姿だった。
まるで窓の外の星を見ているような。

465 :星を見る少女 ◆oJUBn2VTGE :2011/02/18(金) 22:20:21 ID:rM70Z9OU0
グロテスクなオチだ。
それが改変されたと思われる、『てるてるぼうず』の話も聞いたことがある。
窓辺の首吊り死体がやがて腐り始め、首から下がズルリと崩れ落ち、
頭部とそこからぶらさがる脊椎だけが縄に吊るされている。
その凄まじい状況が、遠目にはてるてるぼうずのように見える、という話だ。
こちらはあまりメジャーではないが、『星を見る少女』の方はテレビや雑誌でもそれに類した話をよく見るので、
全国的に広がった話だと言えるだろう。

しかし、このリバーサイドマンションにまつわる『星を見る少女』の方は、
その名前は街なかでそこそこ知られているものの、噂自体は具体性にかけるようだ。
今日聞いた話では、
「誰も住んでいないはずの部屋の窓から、女の子が外を見ている」というものと、
「その部屋で死んだ女の子が、夜中に窓から星を見ている」というものがあった。
前者は全国版と同じように、
その女の子の姿が気になった男が部屋を訪ねてみると、首吊り死体があったというオチだった。
後者は首吊りというオチがないかわりに、最初から死者であることが示されていることで怪談になっている。
まったく違う話のようだが、時系列になっているようにも思える。
首を吊って死んだ女の子が、今でも亡霊として現れるという筋だ。
真相はともかく、窓から少女が空を見ているという部分は共通しているはずだ。

僕は各部屋のベランダに干された布団が、風にたなびいている様子を眺める。
ほとんどの部屋がカーテンを閉めていて、その向こうは見えない。留守が多いのだろう。
カーテンが開いている窓もいくつかあったが、ガラス戸は閉まっていて、そのいずれにも人の姿はなかった。
まあ昼間からそうそう出るものではないだろう。
『出る』という言葉を思い浮かべてから、今さらながら気づいた。
師匠は『星を見る少女を見てこい』と言ったのだから、現在も継続する怪談のはずだ。
ということは、今日聞いた二つの噂のうち、全国版に近い『首を吊っていた』というオチの方はおかしい。
それは誰かの体験談として語られるタイプの怪談であり、
同じ体験をしてしまうかも知れない、という怖がらせ方をするものではないのだ。
それを聞いたあなたのところにも……という巻き込み型の話にもならないはずだ。前提条件が特殊すぎる。
やはり、死んだはずの少女が窓に映っている、という方が本命か。それを見てこいというのだ。
そうとなれば昼間に来ても駄目だろう。夜を待つしかない。なにせ『星を見る少女』なのだから。
僕は現地を確認したことで、それなりに満足して立ち去った。

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466 :星を見る少女 ◆oJUBn2VTGE :2011/02/18(金) 22:24:27 ID:rM70Z9OU0
その夜である。
僕は同じ橋の上に立っていた。
まだ風が強く、街の明かりが波立つ暗い水面に乱反射していて、風情がない感じだ。
その川の堤防の向こうに四階建てのマンションの姿がある。
各部屋の窓にはカーテン越しに明かりが灯っている。
腕時計を確認すると、夜の十一時。この時点で明かりが消えている部屋は四つ。
目を凝らすと、そのうちの一部屋は洗濯物が出しっぱなしになっているのが見える。
残りの三部屋は、昼間に洗濯物を干していたかどうか思い出そうとしてみたが、記憶があいまいだった。
ただ、空き部屋があるとしたら、その三つのどれかだ。
じっと見つめていても、それぞれの窓にはなんの気配も見当たらない。
というよりも、明かりのない窓は暗すぎて、中に人がいても見えそうもなかった。
僕は『明るい方から暗い方はあまりよく見えない』という法則を思い出した。
昼間は暗い家の中から明るい外の様子がよく見えて、外からは家の中がよく見えない。
夜は逆に明るい家の中を外から見られてしまい、家の中からは外が見えない。
橋の上も街路灯がぽつりぽつりとあるだけで、さほど明るい訳でもなかったが、
数十メートル離れたマンションの、暗い窓の向こうを見て取るのは無理な話だった。
今いる場所は橋の中ほどだったが、
これ以上マンションの方に近づくと、角度がつき過ぎて横からの眺めになるために、
部屋の中は見えなくなってしまう。

なにか変だった。
これでは星を見る少女を見ることができない。誰にも。
念のために橋を渡りマンションの前に行ってみたが、
川の堤防に近すぎて、その堤防ぶちギリギリに立って見上げても、角度がきついため窓がよく見えない。
各階のベランダの足場を下から見上げる形になるからだ。
もちろん対岸からでは遠すぎる。
やはり窓の向こうに人影が見えるとすると、あの橋の上からだ。
それが周囲を観察して出した僕の結論だった。
あるいは、川に船を出せばもっと近くで窓を見ることができるかも知れないが、それでは一般的な噂にならないだろう。
「ううう」と唸って、僕はもう一度堤防沿いからマンションを見上げる。

467 :星を見る少女 ◆oJUBn2VTGE :2011/02/18(金) 22:29:41 ID:rM70Z9OU0
風が吹きつける橋のあたりから、気味の悪い音が響いてくる。ロープや欄干を抜ける多層的な風切り音が。
良い雰囲気だ。ゾクゾクする。
なにか手がかりはないかと思ったが、ウロウロしていても思いつきそうな気配はなかった。
コンビニの袋を提げた住民が、マンションの入口のあたりからこっちを不審そうに窺い始めたので、
気の弱い僕は、もうそれだけで退散したくなってきた。
しかたなしに一旦堤防沿いを歩き去ってから、せめてどこが空き部屋なのかだけでも確認できないかと、
ぐるりと遠回りしてマンションに戻り、入り口近くの郵便受けの様子を確認した。
銀色のボックスにつけられた部屋番号の下に、名前のプレートがあるものもあったが、
部屋番号のみのものも多かった。
防犯対策か、あるいは訪問販売対策なのだろうか。
チラシの類が大量に詰め込まれているようなボックスもない。
空き部屋があっても、管理人か誰かがこまめに回収しているのだろう。
考え込んでいると、背中に視線を感じた。
「あの、すみません」
主婦らしき女性が、自分の部屋のボックスを開けようとしていた。
僕は自分でも情けないくらい狼狽して、しどろもどろに弁解じみたことを言いながら、その場を逃げ去った。

帰り道、師匠ならずぶとく情報収集をしていただろうなあと思い、なんだか情けなくなった。

次の日、僕は大学の講義の空いた時間を利用して、またリバーサイドマンションへ来ていた。
どう考えてもおかしいのだ。夜の暗がりの中では、やはり橋の上から明かりの消えた室内は見えない。
ということは、明かりのついた部屋、つまり空き部屋ではなく、誰かが住んでいる部屋での出来事なのだろうか。
それにしても、窓際に立って外を見ている人ならば、室内の光は背後から来ているはずだ。
直接顔が照らされていない人を、夜中に橋の上のこの距離から見て、
はたしてそれが少女であると視認できるものだろうか。
おそらく、誰か分からないけど人影が見える、という程度ではないか。
考えれば考えるほど分からない。
昨日から引き続いて風の強い日だった。川面に映るマンションの姿もぐちゃぐちゃに揺れている。

468 :星を見る少女 ◆oJUBn2VTGE :2011/02/18(金) 22:32:45 ID:rM70Z9OU0
今みたいに橋の上から川を見下ろして溜息をついていると誤解されそうだった。
「おい」
そんなことを自嘲気味に考えている時、急に背中から声をかけられ飛び上がりそうになった。
振り向くと、茶髪にピアスの怖そうな人が立っている。
「なにしてんだこんなとこで」
一瞬緊張して身体が固まったが、相手の物腰が因縁をつけている感じではないことに気づく。
「あ、先輩スか」
ふいに思い出した。確か同じ研究室の三回生だ。ほとんど研究室には顔を出さない人なのでうろ覚えだった。
「サボりか」と訊かれたので、「いや、まあ」と笑ってごまかす。
「あの時は悪かったな」そう言って肩を叩かれた。
笑っている。つられて笑っているうちに、だんだん思い出してきた。
学内の芝生で行われる伝統の新入生歓迎コンパで、
僕にむりやりビールを飲ませ続け、人生初のリバースを体験させてくれたのがこの先輩だった。
「オレの家、アレなんだよ」
先輩はそう言って、リバーサイドマンションを指さした。
「いや、一人で借りてるわけじゃねえよ。親、親。実家があそこなんだよ。
 オレはもっと大学の近くに部屋を借りてんだけど、洗濯がめんどくさくてな。
 ためこんだブツをおすそ分けしに、しょっちゅう帰ってんだ」
あ、いいな。と思ってしまった。
僕も初めての一人暮らしで一番困っているのが洗濯だったからだ。
親に任せていた高校時代には想像もしていなかったが、これが実にめんどくさい。
先輩は思ったより気さくな感じだったが、やはり見た目の怖さにはすぐになじめない。

会話が途切れたところで、「じゃあこれで」と立ち去ろうとしたが、
今さらこの人が重要な証人であることに気づいた。
「え、じゃあ、あの噂知ってますか。あのマンションの部屋の窓から女の子が……」
「ああ。知ってるよ。空を見る少女とかなんとかいうヤツな」
当たりだ。本当は星を見る少女だが。
僕は興奮してたたみかけた。

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