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【洒落怖】日本の鬼門「仏ヶ浦」

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189:本当にあった怖い名無し:2005/11/05(土) 06:24:41 ID:pIow8i8nO

青森県って形知ってる?
太平洋と日本海に挟まれたまさかり形。
太平洋側に斧の形の下北半島。日本海側には竜飛岬。半島と岬に囲まれた津軽湾。
津軽湾への身投げ自殺は年間かなりの数になるみたい。
津軽湾の荒波にもまれた水死体。行き着く先は・・・
「仏ガ浦」、まさかり半島の一番内側。陸奥湾での身投げ自殺者は必ずここで上がるらしい。
そう、下北半島。ここは恐山の地、日本の鬼門。
知ってか知らずか仏ガ浦・・・実名です。

以下、仏ヶ浦のWikipediaの情報

仏ヶ浦

仏ヶ浦(ほとけがうら)は、青森県下北半島西岸の下北郡佐井村南部に所在する景勝地。古くは仏宇陀(ほとけうた、ほとけうだ)と称した。

概要

陸奥湾口の平舘海峡に面した峻険な海岸沿いに2キロメートル以上に亘り、奇異な形態の断崖・巨岩が連なる海蝕崖地形。緑色凝灰岩を主とした岩石が非常に長い間の海蝕を受けた結果形成されたものである。それぞれの奇勝には、浄土のイメージを重ねて「如来の首」「五百羅漢」「極楽浜」などの名が与えられている。90メートルを超える断崖もあるなど陸上から近付くのが困難な土地で、長らく地元民のみに知られる奇勝であった。

文人で、登山家・紀行家としても日本各地に足跡を残した大町桂月(1869~1925)は、1922年9月に下北半島を訪れた際、仏ヶ浦を見て強い感興を覚え、「神のわざ 鬼の手つくり仏宇陀 人の世ならぬ処なりけり」の和歌をもってその奇観を賞した。のちにこの歌を刻んだ歌碑が仏ヶ浦の岸に建てられている。仏ヶ浦が世に広く知られるようになったのは桂月の紹介によるものである。また、宗教家の青木慈雲は霊界の入口であるとした。

1934年に青森県天然記念物、1941年4月23日には国の名勝および天然記念物に指定され(「仏宇陀(仏ヶ浦)」)、1968年には下北半島国定公園の一部となった。更に1975年には周辺の海域が仏ヶ浦海中公園に指定されている。1991年(平成3年)、観光船の接岸を目的に小規模な桟橋が建設された(仏ヶ浦港)。

1989年(平成元年)日本の秘境100選、2007年(平成19年)日本の地質百選に選定された。

海岸沿いに展開する長大な景観であり、海上からでなければその全体像は把握できない。佐井村佐井港およびむつ市脇野沢港からの観光船が一般的な交通手段である。付近を通る国道338号からは、100メートル以上の高低差がある急峻な地形で車道を通せず、近年整備の歩道のみが海岸に通じる。 アクセスのための無料駐車場があり、そこからの階段で所要約15分。 但し、その距離と高低差は思った以上であることを覚悟しておく必要があり、 足腰に不安の高齢者や車椅子では近付くことはできない。野生の熊にも注意が必要。

佐井港および脇野沢港へは、青森駅近くよりシィライン株式会社の運航する高速船が出ており、平成20年には新船が投入されている。また、4月から10月までは下北郡佐井村〜仏ヶ浦間を結ぶ定期観光船が就航し、毎年沢山の観光客が訪れている。

▼仏ヶ浦の画像

▼地蔵尊信仰が根付く土地柄から、地蔵堂が浜辺を見守っている。

▼角度によって如来の横顔に見える如来の首

ガイドさんによると、仏ヶ浦は恐山の入口なのだとか。また、かつて恐山の修験者はこの浜までの過酷極まりない悪路を踏破し、行き着いた末を最後の修験場としたという話もあります。

ちなみに、佐井港へレンタカーで向かう際、カーナビに従って走っていたら、いつのまにか恐山の道なき森でひとり迷子に。これも、何かの因果⁉

人知を超えた、仏ヶ浦の不思議な光景。そして恐山。目に見えない世界とのつながりが、ここにはあるのかもしれません。

浜に立つ大正の文豪・大町桂月の歌碑「神のわざ 鬼の手づくり佛宇陀 人の世ならぬ処なりけり 呆れ果て 驚きはてて佛宇陀 念仏申す外なかりけり」も、仏ヶ浦への畏怖の念が伝わってくるようです。

参照元:https://crea.bunshun.jp/articles/-/25710?page=3

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