ホラー

【洒落怖】石じじいシリーズまとめ その4

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石じじいシリーズまとめ その3」の続き

シリーズ一覧はこちら→ https://sanblo.com/tag/isijiji/

※2024/04/16 新作を追加したので再掲します(3ページ4ページに追加)。コメントでの情報ありがとうございます!

流浪の姉弟

922 :本当にあった怖い名無し:2019/08/25(日) 23:49:17.03 ID:VFFUuAkN0.net
石じじいの話です。

石さがしの旅で出会った人から聞いた話だそうです。
ある農家の男性の家に泊めてもらったとき、そこの主人はこんな話をしてくれました。
あるところに、目の見えない少年がいました。
笛がとても上手で、いろいろな曲が吹け、また即興もこなしたそうです。
彼には姉がいました。彼女は、とても美人ですぐれた歌い手でした。
その姉弟には親が無く、門付けをして流浪していました。
また、縫い針を仕入れて、それを訪問販売して糊口をしのいでいました。
歌舞音曲の好きな両親だったので、姉には歌や三味線を、弟には笛を習わせたのだそうです。
両親が流行病で死んだ後、借金のかたで家と三味線を取り上げられてしま、故郷を離れてこじき(ママ)となりました。
美人の姉には、養女にしたいという申し出も多くありましたが、
彼女は弟と一緒でなければいやだといい、そのような場合には必ず断られたのです。
ある村の祭りで、すこしお金を稼いだ日の午後、姉は土地の金持ちの家に呼ばれていきました。
そのようなことはしばしばあったのです。
その男の子は、村はずれの神社で待つことになりました。

923 :本当にあった怖い名無し:2019/08/25(日) 23:50:18.96 ID:VFFUuAkN0.net
しかし、夕方になっても姉は帰ってこない。
心細く彼は待ちましたが、姉は夜遅くに帰ってきました。
姉は、美味しいご飯をくれました。
それから、また厳しい流浪の生活が始まったのです。
生活はかなり厳しく、ときには山の中で生活している人々に助けてもらい、彼らとともに生活したこともあったそうです。
ある日、そのような人々と農村を門付けをして歩いているとき、大きな農家の家族から、孤児院(ママ)に入ってはどうか?
そうしたければ我々が世話をしてやるが、とすすめられました。
いっしょに住んでいた流浪の人々も、お前はまだ小さいのだから、それが良いだろう、とすすめます。
めくら(ママ)でも、修行をすれば検校にもなれるのだ、と。
男の子は、お姉さんと一緒じゃなければ嫌だ、と言いはりした。
姉とはなれ離れにはなりたくなかったからです。
そのとき、まわりの人々が言いました。
「おまえ、何を言ってるんだ。お前は一人じゃないか?姉などいないぞ」
男の子は、たいそう混乱して取り乱しましたが、やはり姉はいなかったのです。
彼は失望して、もう人生をあきらめて、孤児院に入ることを承知しました。

「よう、そがいなことをくわしゅうに知っとりんさるのう?」とじじいが尋ねましたら、
「そのめくらの男の子が私の祖父なのです」
彼は、じじいに笛を見せてくれたそうです。

じじいノート 海の話

35 :本当にあった怖い名無し:2019/10/14(月) 16:05:49.67 ID:WjcSQtke0.net
石じじいの話です。

メモから海の話をいくつかまとめました。
じじいは海で活動したことはありません。石を探して海岸を歩くことはありましたが。
海岸で遭遇した怪異についてはいくつかの話を書きました。
じじいには漁村に友人が多かったので、遊びに行ったり作業を手伝いにいったことは多くあり、その時に見聞した海の話をしてくれたことがあります。
それらの話の中から、友人の漁師さんが話してくれたものです。

舟で漁をしていると、突然、濃い腐敗臭が漂ってきたそうです。
ものすごく臭く、甲板で嘔吐しました。
海面を見ると、近くに大きな網が漂っていたそうです。
それは非常に大きな網で、中に魚やイルカの死体がいっぱい詰まっていました。
それが強烈な悪臭を放っている。
こんな大きな網をトロールする船など、その近海域にはいないはずです。
その網は、流れ去ったそうです。

夕方に漁をしているとき、西側から大きな波を舟に受けたそうです。
じじいの地方では地理的に、近海で漁をする時は東に陸地が西に海が広がっていたのです。
真っ赤な夕陽が舟を照らしていました。
非常に大きな波で、これは危険だということで波に向かって船首を向けました。
迫ってくる高波のなかを赤い夕陽が通して射して来た時、黒々とした巨大な魚の影が波を透けて見えたそうです。
それは、太刀魚のような長い形をしていました。
幸い、その巨大な魚は舟に衝突することはありませんでした。
その日は不漁だったそうです。

36 :本当にあった怖い名無し:2019/10/15(火) 18:07:19.82 ID:Zp08EYrE0.net
石じじいの話です。

海の話をつづいて。

朝方、漁から帰って着た時、濃霧にあって港に近づけず、晴れるのを待っていました。
霧の向こうから、黒い影が舟に近づいてくるのに気がつきました。
それは、黒いコートを着て、海面をふらふらのしながら歩いて来たそうです。
舟に乗っているわけではなく、海面に直接立っていました。
それがどんどん近づいて来ます。
声をかけることはためらわれました。
肝をつぶして待ち構えていましたが、それはブイ(浮き)だったそうです。
ブイにコート(服)がひっかかっていたので、人間のように見えたのです。
ほっとしたのですが、なぜブイにコートがかかっていたのか?と疑問におもったそうです。

船の周りを小さな鳥が数千羽がとり巻いて時計回りにとびまわったことがありました。
1時間ほどそれが続いたあと、鳥たちは次々に落下してきました。
ほとんどは海面に落ちて漂いましたが、甲板に落ちたものもたくさんいました。
皆死んでいて、動かなかったそうです。

漂流する筏に出会ったことがあったそうです。
それは竹を組んだもので、帆が立っていました。
粗末な木箱のようなものが積んでありましたが、人は乗っていませんでした。
10分ほどのできごとで、筏は流れに乗って船と行きすぎました。
「なんのために、あがいな筏で海に漕ぎ出したんやろ?のっとった人はどうがいなったんぞ?」

最後の話は、「メアリーセレスト号事件」のようですね。規模は小さいのですが。

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確認する方法

44 :本当にあった怖い名無し:2019/10/18(金) 22:21:20.72 ID:Rnt+4CcG0.net
石じじいの話です。
おそらく、じじいから聞いた話だと思いますが、誰の話かメモに明確には記されていないので、もしかしたら違うかもしれません。

お盆に死んだ人の霊魂が戻ってきていることを確認する方法があったそうです。
お盆の晴れた日の日没前に、お経(どんなお経かメモになし、おそらく般若心経)を書いた半紙を丸めて筒状にします。
それをノリづけにして開いてしまわないようにする。
その中に、仏具の鈴を鈴台の上に置いて、入れておく。
お経など読まずに、喋らず動かず静かに半紙を見つめていると、
ちょうど日没時に、その鈴がほんの少しチーンと鳴るのだそうです。
鳴ると霊が戻ってきているのだ、と。

派手な帯

136 :本当にあった怖い名無し:2019/12/05(木) 20:29:24 ID:aTyAbNLj0.net
石じじいの話です。

じじいの話には、ため池がよく出てきます。
じじいの住んでいた地方はため池がたくさんあったからでしょう。
また、満々と青黒い水をたたえた池は、何かいそうでちょっと怖い感じです。
今までの話で、山から続く終わりのない綱が池に入ってつながっていた;とか、池で仏像が泳いでいた;というのがありましたね。
今回は『呪いのネックレス』のような話です。

ある山村のため池に、ある日、着物の帯が長く伸びて浮かんでいました。
ただ帯だけが水面に蛇のようにうねうねと。
見つけた人は、池に入ってそれを拾いあげ持ち帰りました。
帯の端が少し泥で汚れている以外はきれいなものでした。
ただ、もう水に浸かったものなので捨てようということになりました。
一応洗ってみると、なかなか品物が良い。
西陣のものかもしれないと思われるほど品質が良かったのです。
模様は派手なので、若い女性用の帯ではないかと。
洗ったら泥もよく落ちたので、これは売り物になるのではないか?と発見者はスケベ心を出したのです。
乾かすために、夕方になってから表の庭先の物干し竿にかけておきました。
次の朝、発見者の男性は、裏庭の柿の木にその帯をかけて首をつって絶命していたそうです。

その後の展開についてのメモはありません。
どのように処分されたのかどうかも不明です。
まあ、そのような因縁物なので、売られることなく廃棄されたと思うのですが。

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予言過去帳

139 :本当にあった怖い名無し:2019/12/09(月) 18:27:08.17 ID:kAMD7KY00.net
石じじいの話です。

この話は、聞き取りの末期に聞いた話です。
何回かに分けて聞いた話らしく、メモノートの最後の分冊のあちこちに分散していたものをまとめてみました。
この頃は、かなり聞き取りに慣れていたので、疑問点についてじじいに尋ねて答えをえていたらしく、全体としては長い詳しい(笑)ものとなっています。
ただし、その場で書きとったものではなく、家に帰って覚えていることだけを書き残したものでしょう。

皆さんは、『推背図』という書物をご存知ですか?
これは、昔の中国で著された予言書です。
ノストラダムスの予言書『百詩篇』も日本でブームになりました。
また、全ての個人の運命を記述したという『アガスティアの葉』というものも一部で有名になったようです。インチキらしいのですが。
そのようなことを彷彿とさせる話です。

140 :本当にあった怖い名無し:2019/12/09(月) 18:27:26.66 ID:kAMD7KY00.net
ある寺に、変な過去帳がありました。
その過去帳は非常に古いもので(江戸時代の初め頃から、とか)、保存が悪く虫食いだらけでした。
なんども災害に遭ったようで、水に濡れて乾いてでぼろぼろ。
その過去帳には、死ぬ人の名前、戒名、享年が非常に遠い未来まで記されていたそうです。
「予言過去帳」のページの途中からは元号の記入はなくなり、死ぬ人の名前その他が羅列されていました。
非常に多くの名前がのせられていて、書物は分厚く、また、3巻もあったそうです。
筆跡が異なった部分が含まれていたので、複数の人間が書いたのだろうと。
つまり、同じ筆跡で人名が続いて記入された後、次に異なった筆跡で記述が続く、また筆跡が変わる、と続く。
多くの人によって書き継がれていたのだろう、ということでした。

141 :本当にあった怖い名無し:2019/12/09(月) 18:27:51.81 ID:kAMD7KY00.net
では、どうしてその過去帳が未来の死亡者を予言しているということがわかるのか?
それは、現在までの実用されている過去帳と対照してみると、
双方に同じ名前が出てきて、予言過去帳に記されている享年、死亡年月日が一致するのです。
もちろん、他へ移住した人や他から移入してきた人もいるので、そのような人の名前は予言過去帳にはありません。

ある時、地元の郷土史家が、それをどうしても見て調べたいと言ってきましたが、
その寺の住職は、部外者に見せることを非常に嫌がりました。
予言過去帳にのっている人々のいわゆる「出自」が明らかになる、ことを恐れたのでしょう。
また、あまりに荒唐無稽なオカルト的なもので人の生活に害するものだ、という認識もあったのでしょう。
しかし、郷土史家はしつこく迫って、その予言過去帳を調べることとなったそうです。地元の有力者のつてをたよったとか。
彼は予言過去帳と実用過去帳とを比較して、
ある筆跡によって書かれた死んだ人の数と、その人々が死んだ年代の長さがだいたい比例することを発見しました。
つまり、三十年ほどの死亡者を一人(ひとつの筆跡)が予言しているのです。
こうして編年していくと、その調査時からさらに六十年ほど後の未来の死亡者を予言していることがわかりました。
じじいが言うには、最後の人名はだいたい昭和40年代頃に死ぬ人だったと。

142 :本当にあった怖い名無し:2019/12/09(月) 18:28:20.18 ID:kAMD7KY00.net
そして、その郷土史家は、その予言過去帳に自分の名前を見つけました。(このたぐいの話の定番ですね)
その時から数年後と思われる死亡年でした。
もちろん、彼はその予言通りに死にました。
その後、その予言過去帳は、箱にしまわれて厳重に封をされて寺に保管されることになったのです。
じじいがこの話を聞いた時、その寺の住職(もちろん、調査時の住職ではなく、のちの代の人)は、
「あんた、見てみるかな?自分の名前があるかもしれんで」と、じじいにいたすらっぽく言ったそうです。
そんなたいへんなものを他人に見せてもいいのか?今まで厳重にしまわれていたのに、とじじいは彼に尋ねたそうですが、
「かまうかい、もう、だいぶ時間が経っとるけんな。それに、この過去帳の予言が終わるのももうすぐやけんな」と。
しかし、じじいはその過去帳を読むことはありませんでした。
その後、その住職が山に山菜採り?に行って崖から落ちて死んだそうですが、それとこれとの関係はもちろん不明。

この話をじじいがしてくれたときは、その予言過去帳の予言期間が終わるかどうか、という時代だったと思います。
「なんで過去帳を見んかったん?おもしろいやん」
「そがいないなげなもん見て、もし自分の名前があったらおそろしかろう。
 そがいなったらな、その予言が当たるように生きていくはめになるかもしれんが」
その寺の名前はメモにはありません。
じじいが教えてくれたのに私が書き忘れたか、それとも教えてくれなかったのか?
その予言過去帳は、3巻目の綴りが一度ほどけてしまったらしく、最後の方のページは失われていたそうです。
実際は、もうすこし将来まで予言が書かれていたのでしょうか?
あるいは、「4巻目」などのように、つづきの巻があったのでしょうか?

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剥製屋

155 :本当にあった怖い名無し:2019/12/23(月) 23:07:01.05 ID:JJIlUnye0.net
石じじいの話です。

剥製といえば、昔は理科教室にもありました。
じじいが山を歩いていると、山中に剥製屋があったそうです。
剥製屋は普通は街中にあります。
いろいろな珍奇な動物の剥製を作って売るので、動物園などの供給元とマーケットに近い方が良いのです。
その山中の剥製屋では、まわりの山の動物の剥製が主で、イノシシ、さる、しか、うさぎ、など。犬、猫もありました。
にわとりや、こじゅけい、カラスやサギなどもあったそうです。
全国の学校に理科教材として売っているということでした。

店主は作り方を教えてくれたそうです。
剥製は、胴体の骨は取り除いて捨ててしまうのだ。
頭骨と指の骨は使う。その部分は人工で作ると嘘くさくなってしまうし、手間がかかる。
眼球も使わない。乾燥するとしぼんでしまうので使えない。
眼球は溶かしたガラスにインクを垂らしてつくるのだそうです。
動物の種類によって様々な形の目があるので、それぞれをそれらしく作るのがテクニックなのだということでした。
剥製製作のときに余ったと思われる骨が、家の裏の山につづく畑にうず高く積み上げられていたそうです。
下の方は長期間、雨にさらされて灰色になって風化していました。
上の方は、まだ肉片がある生々しいものがありました。
骨に混じって、壊れたメガネや櫛、靴などが捨ててありました。ゴミ捨て場ですね。
皮を剥いだ後、いらない部位は肉つきで放置しても良いのだが、そうすると肉が腐って臭うので、できるだけ削ぎ取って肉は地中に埋めるのだと。

156 :本当にあった怖い名無し:2019/12/23(月) 23:08:07.00 ID:JJIlUnye0.net
仕事場にはさまざまな道具があり、特に注意を引いたのは皮を剥ぎ、骨格をバラすためのさまざまな刃物でした。
じじいがそれを見ていると、こういうのは自作するのだ、と店主が教えてくれたそうです。
死体をバラバラにする刃物は売っとりませんけんね、と。

その男性には、奥さんも子供もいるということでしたが、姿を見ませんでした。
庭先には子供用の自転車があり(当時は珍しかった)、物干し竿には女性ものの洋服が干してありました。
店主によると、「町に買い物にいっとるんでしょう」ということでした。
町はかなり離れているのでそれは大変だろうとじじいは思ったそうです。
原材料や製品を運ぶトラックは家に置いてあったからです。
じじいはその家を後にしたが、ちょっとして振り向くと、
庭先に、その男性と、その脇に女性と男の子(のように見えたらしいのですが)が立って、じじいをみおくっていたそうです。
じじいは手を振りましたが、男性だけが手を振り返しました。
少し歩いてまた振り返ると、男性はいなくなっていて、女性と子供が立ってこっちを見ている。
興味をもったじじいは、持っていた小さな軍用単眼鏡をポケットからとりだして見てみると、彼らはじっと立っています。
微動だにしませんが、べつにじじいを見ているわけではないようです。
すると男性が家から出てきたので、なぜかじじいは慌てて双眼鏡をしまい、そこを足早に立ち去りました。

「そ、それは、そ、その人らは、はくせいやったん?」
「わからん。そやけど、もう二度と、あそこらへんにはよういかなんだい。はくせいにされたらおおごとやけんな」

157 :本当にあった怖い名無し:2019/12/24(火) 00:14:47.99 ID:sN1z242M0.net
単眼鏡が双眼鏡に変わったところが怖いとこ

158 :本当にあった怖い名無し:2019/12/24(火) 11:22:43.65 ID:BefuAZec0.net
>>156
>>157
その時の双眼鏡、もとい単眼鏡はこれです(たぶん)。
じじいから生前贈与を受けました。
小さくて便利です。
わりと新しく、戦争中に使われた、というような古いものではないと思います。
画像

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線路脇

161 :本当にあった怖い名無し:2019/12/31(火) 14:26:53.27 ID:jjUQQF0Y0.net
石じじいの話です。

じじいが、住んでいた朝鮮から満州へ旅行した時に、列車で同席になった日本人旅行者(満州国在住)から聞いた話だそうです。
朝鮮総督府鉄道から南満州鉄道で、奉天を経由して新京まで行くのですが、途中で線路脇に「幽霊」が立つという話がありました。
その「幽霊」は、数十名の男女で、線路脇に並んで立っている。
幽霊の常套手段で、彼らは黄昏時に出てくるのだそうです。
危ないので警笛をならしても、微動だにしない。
列車のほうも、最初は緊急停止したそうですが、そのうち徐行だけで停車はしなくなりました。
そうしているうちに、警笛を鳴らして普通に通過するだけとなりました。
現れる場所は決まっているわけではなく、安東駅から数十キロ行ったあたりでまちまちだったそうです。
近くに五龍背?という温泉地があったとか。
着ている服装から、おそらく朝鮮人だろうということでしたが、彼らの中には洋服を着ているものもいたし民族衣装のものもいたのです。
緊急停車すると、いなくなっていました。

162 :本当にあった怖い名無し:2019/12/31(火) 14:27:07.28 ID:jjUQQF0Y0.net
これは、サボタージュではないか?ということで鉄道公安関係者や警察が周辺をパトロール・調査しましたが、それらしき人間は見つからない。
そして、パトロール隊がいないところに出る。
その辺りに、幽霊となって出るような轢死事件もなかった。
多くの人々が一度に亡くなったという事故や事件もなかった。
と。

じじいは、その同乗者に尋ねました。
 今も出るのか?ーーー出る。
 見たのか?ーーーーー見たことはない。
じじいが乗った時は昼間だったので出なかったそうです。

じじいの死後もらった「じじい箱」の中に、この話に関連しそうなものがありました。
満州鉄道図、ぼろぼろです。

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じじいはこれを持って満州を旅したのでしょうか。

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葦原

163 :本当にあった怖い名無し:2019/12/31(火) 14:51:15.32 ID:jjUQQF0Y0.net
石じじいの話です。

彼が朝鮮に住んでいた時の話です。
現在のソウルの近く、黄海に面した海岸は遠浅だそうで、当時は沿岸部に広大な葦原が広がっていたそうです。
ある日、ある葦原の近くの船着場で海鳥が「人間の手首」をついばんでいるのを漁師が発見しました。
その近くの葦原は、非常に広く密に葦がはえているので、船で中に入っては行くことはできません。
また、地面が柔らかいので、歩いて深く入っていくのも難しいので、地元の人は入らない場所だったそうです。
どうもその鳥は、人体の他の部位もその葦原の中から持ってくるらしい。

地元の日本人と朝鮮人が調べようということになりました。
その葦原の中には、比較的乾いた硬い地面の島のような場所が点々とあったそうです。
そこを苦労して渡り歩いていると、ある「島」に大量の骨がありました。人骨です。
全部が完全に白骨化していて、バラバラになっていたそうです。
ほぼ全身の体の部位の骨がありました。
距骨(くるぶしの骨)の数を数えると、50体ほどあったらしいのです。
犯罪性があるので、医科大学の法医学教室で調べたところ、
それらは老若男女のものが含まれている;
骨の表面がかなり風化しているので、長い間地表面に放置してあったのだろう;
しかし、全部の遺体が一度に死んだのかどうかは不明だ;
骨の表面の風化状態に違いが見られるから、異なった年代のものが混じっている可能性が高い;
ということでした。

164 :本当にあった怖い名無し:2019/12/31(火) 14:52:07.62 ID:jjUQQF0Y0.net
骨の表面に傷はありませんでした。
衣類などの遺留品はまったく無かったそうです。
頭骨を調べると、ほとんど全部がアジア人(シナ人、朝鮮人、日本人)と思われました。
ただ1つだけ、若年の頭骨でコーカソイド(白人)の女性と思われるものがあり、その後頭部には刃傷が残っていたそうです。
ナタのような厚い刃のもので強く殴られたのだろうと。
ただ、これが致命傷かどうかは不明だが、このような傷を受けて生存するのは難しい、ということでした。
このような白人?を含む多くの人間が、近くの村で行方不明になったというようなことはない。
また、鳥がついばんでいた「肉つきの手首」が、その「島」から運ばれて来たのかもわからない。
よくわからない出来事だったそうです。

葦原の場所は、京城府の北で、黒鉛鉱山が近くにあったそうです。
黒鉛(炭素の塊)は兵器などの機械に使われ、また、現在では、原発に減速材としても使われています。

じじい箱には、こんなものもありました。

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網の中

204 :本当にあった怖い名無し:2020/01/15(水) 23:45:01.66 ID:0K+4/yJv0.net
石じじいの話です。
じじいの海の友人が話してくれた海の話です。

以前、腐った魚でいっぱいの網が海を漂っていた、という話を書いたことがあります。それと似ています。
漁に出て網を引き上げた時に、それがものすごく重いのです。
引き上げられないほど重い。船がひっくり返ってしまうほどです。
海面まで引き上げたところ、その網の中は魚でいっぱいでした。大量です。
しかし、よく見ると、知った魚が一匹もいない。
網の中は、見たこともない魚?でいっぱいでした。
そこには、魚のような生き物以外にも、エビのような生き物、クラゲのような生き物、が含まれていました。
「のような」というのは、どれも形が異様なのです。
ヒレば全く無いものや、逆にたくさんあるもの、たくさんの鋭い歯を持つもの、手足のある大きなイモリのようなもの、
殻を持つヒトデ(原文はこうなっています)のようなものなど、など。
網の中からは、ギリギリ、というような音(鳴き声)もしてきます。
船にあげたくないものばかりです。
これは、とても持って帰れないと思いました。
儲かるかどうかわからないものに金をかけられないし、何か不吉です。
全部捨てて帰ったそうです。
あんなにたくさんの生き物が網にかかったこともなかったし、あんな奇怪な生き物を見たこともなかったのです。
深海魚かとも思ったそうですが、まったく見たこともないし、水圧の違いで膨れてもいなかった。
次の漁の時に、お寺からお札をもらって、沖でお経を唱えて流したそうです。

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かんのんとう

211 :本当にあった怖い名無し:2020/01/16(木) 21:27:57 ID:Xb89/ecV0.net
石じじいの話です。

ある山で、石を運び上げている人に出会ったそうです。
その男性は、一抱えもある石を背負って、山を登っていました。
行き当たったじじいは、挨拶をして、二人は山道の脇でいっしょに休憩することにしました。
何のためにそのような大きな石をどこに運んでいるのか?と尋ねたら、その男性は、
この山の山頂まで運び上げて「かんのんとう」(観音塔?あるいは観音堂の聞きまちがい?)を作るのだ、と。
そこは険しい山だったので、じじいはその労力の大きさに驚きました。
どのくらい続けているのだ?と問うと。
もう、二十年以上になる、と。
男性は、この「かんのんとう」ができると、世界が平和になって、みんなが幸福になるのだ:と言います。
このように大言壮語をする男性は、ちょっと頭がおかしいのではないか?とじじいは疑いました。
男性が運んでいる石は、山の麓の河原にしか無い白い流紋岩で、表面に墨で文字が書かれていたそうです。
休んだ後、ふたりとも先を行くことになり、男性は石を背負おうとします。
大変そうだったので、じじいはそれを手伝ってやりました。
男性は、自分はゆっくりとしか登れないから先に行ってくれ、というので、じじいはその男性と別れて先を急ぎました。
じじいは山頂を訪れる予定はありませんでしたが、男性の話に興味を持ったので、山頂まで行って見ることにしました。
山頂には石積みがありました。
かなりの高さに積み上げられていて、これは大変な仕事量です。
どこまで積み上げたら「完成」するのか?
この石を積み上げたら、完成なのか?これは単なる石材にすぎないのか?
じじいは呆れたと同時に、その男性の崇高(?)な意志にちょっと感動しました。
まだ、戦争の記憶と爪痕が残っていた時代だったのです。
じじいは持っていたミカンをその石積みの前に供えて、山頂を後にしたそうです。

願いをかなえてくれる家

227 :本当にあった怖い名無し:2020/01/18(土) 22:00:45 ID:EnYb9QDk0.net
石じじいの話です。

じじいの話の聞き取り末期の記録です。詳しい内容になっています。

願いをかなえてくれる家があったそうです。
マヨイガのようですね。
その家は廃屋で山の中にあります。
奥の間に祭壇があって、その前で一心に祈ると自分の願い事が叶う、と。
その祭壇は仏壇でもなく神棚のようなものでもなかったそうです。
何もお供えをしなくても良い。
ただ行って、その前に伏して願えば良い。
願い事を口に出しても構わないし、念じるだけでも良い。
まあ、あやしい話なので、ほとんどの人は信用しませんでした。
ただ、ある男性は、それを行なって願いがかなったらしく、他人に熱心にその効能を吹聴していました。
彼が言うには、その家にまっすぐ行くのではなく、あるルートを巡って行かなければならない。
それは遠回りなのですが、そうしないといけないのだ。
この方法は、ある人が教えてくれた、ということでした。
しかし、教えてくれた人が誰か?また、その家に行く道順も教えてくれなかったので、他の人は全く信用しなかったのです。
当然でしょう。
変わり者の嘘つきだ、という悪い噂さえたったようです。

228 :本当にあった怖い名無し:2020/01/18(土) 22:01:04 ID:EnYb9QDk0.net
その村に女の子がいました。
彼女の母親が若くして亡くなり、少女はとても悲しみました。
ひどく落ち込んで外出もなかなかできない状態が続きました。
少女をかわいそうに思ったその男性は、少女にその家に行く方法を教えたのです。
そこに行ってお母さんに会えるように祈ってみては?ということだったそうです。
もうおわかりでしょう。
願い事がかなって、死んだお母さんが『魔物』となって少女のもとに帰ってくる、というペットセメタリー的な話で・・・
もう少し待ってください。
少女は教えられた通りの道順でその家に行って、一心に願いました。
お母さんに会わせてくれと、できれば生き返らせてくれと。
翌朝、少女の枕元にはたくさんのおもちゃが置かれていたそうです。欲しかったおもちゃが。
父親にずいぶん叱られたそうです。どこから盗んできたのか?友達の家か?店屋からか?
しかし、そんな高級な珍しいおもちゃを持っているともだちはいなかったし、
店屋など遠くて子供が容易にいけるはずもない。そんな田舎では売ってもいない。
父親はその少女を見守るようになりましたが、仕事があるのでいつもというわけにはいきません。
そのうち少女は、隙を見て再び家に行って祈りました。
「今度こそ、おかあちゃんに会わせてださい、もどしてください」
翌日、少女の枕元にはたくさんのおもちゃが置かれていました。前のものとは別の。

229 :本当にあった怖い名無し:2020/01/18(土) 22:01:26 ID:EnYb9QDk0.net
父親にさらに厳しく詰問されましたが、少女には答えるすべがありません。
その日から、少女はますます暗く鬱々と落ち込んでいきました。
そして二度、自殺をこころみたそうです。
家族の者たちは、少女を遠くの町の脳病院(ママ)に入れました。
一年ほどいて、少女は回復したそうです。
その後、少女は学校を終えるとすぐ、進学することなく、家族の反対を押し切って仏門に入りました。

「こわいことです、こわいことです」
老齢の庵主さまは、そう、じじいに言ったそうです。
「今の私が、あの家で、母を求めたら、何を得るのでしょうか?」
「こわいことです。あなたも、山を行かれる人ですから、その家に行き当たることもありましょうが。よくお考えください」

小さな祠の前

243 :本当にあった怖い名無し:2020/02/07(金) 20:26:03.75 ID:RXDtBtZn0.net
石じじいの話です。

場違いのものの存在は恐怖をもたらします。
深夜に刃物を持って歩く老女、深夜に遊ぶ子供や白いワンピースの若い女性w、山中の立派な屋敷など。
そのような話を書き込んだことがあったと思います。
じじい曰く「夜は、おなごに会うのがいちばん怖いわい。昼間はええけどな」

じじいが山を歩いていると、小さな祠の前に土下座して突っ伏している男性がいたそうです。
その男性は、額を祠の前の石にすりつけるようにして微動だにしません。
この人は死んでいるのでは?と思って近づきながら声をかけましたが、まったく反応がない。
注意深く近づいて様子を見ても、まったく動かない。
その人の脇にしゃがみ込んで、顔をのぞきながら話しかけました。体調が悪くて動けないのかもしれないと思ったからです。
しかし、その男性はまったく動かず、ただ消え入るような声で「このままにしておいてください」
じじいには、その男性の口元がわずかに微笑んでいるように見えたそうです。
じじいはそのままにして、そこを離れました。

「なんかの修行やったんかのう?あがいなふうなもんは見たことも聞いたこともなかったがのう」

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符号

246 :本当にあった怖い名無し:2020/02/08(土) 12:37:54 ID:PUCEirr90.net
石じじいの話です。
朝鮮にいた時の話ということです。

朝鮮では、生まれた子供の性別を『符号』であらわすのだそうです。
そして、玄関の上に縄を張って、男子ならば唐辛子と炭を挟んでおく。女子であれば松の枝と墨を挟む。

第一回の誕生日に親戚たちが集まって、子供の将来を祝福して、筆、墨、餅、弓、糸、千字文、金銭などを贈ります。
それらを大きなお盆にのせて、子供の前に供えます。
その子供には新調した服を着せて、前途を占うのです。
子供が最初に筆か墨をとると名筆家となる。
千字文をとると学者に、弓をとると軍人に、糸をとると長生きし、米か金銭をとると富貴になる。

あるところでその儀式をしたところ、その子はくるっと振り返って、そこに置いてあった刃物をとろうとしたそうです。
それは子供が選ぶ対象ではなかったのですが。
あぶないので、父親が慌ててその刃物を取り上げましたが、その子は火がついたように泣き叫びました。
その子は普通に育ちましたが、長じて愛国の志強くなり、ある日、逐電したそうです。

下顎

257 :本当にあった怖い名無し:2020/02/24(月) 17:54:37 ID:kn7bCllS0.net
石じじいの話です。

じじいは、警察関係者の知り合いも多かったようです。
以前、「自作の拷問マシーンで自分の首を絞めて楽しんでいたら、誤動作して事故死した男性」の話を書いたことがあると思います。
げに恐ろしきは、変態のこだわりです。

以下は、警察関係者からじじいが聞いた話だそうです。
ある時、畑から4~5個の下顎が発見されました。
数年間使っていなかった畑を耕していた時です。
見つかったのは下顎だけで、からだの他の部位はありませんでした。
土葬時代の昔の墓のあとだったということも考えられましたが、そこにそんな記録はない。
これは怪しいということで、警察沙汰になりました。
死体遺棄事件として警察は捜査しました。
なんらかの事件に関係しているかもしれませんでした。
それらの下顎の骨は割と新鮮で、古いものではない、ということでした。
ただ、明治維新の直後に、それまで仏教の火葬だったものが、廃仏毀釈運動で葬儀も神式になって一時、土葬になった、
ということもあったので、その時の埋葬遺体の可能性もあったのですが。

遺骨の鑑定の結果は、捜査陣を当惑させるものでした。
それらの下顎は全て同一人物のものだったのです。
下顎骨の大きさも形も同じ。
歯の形も同じでした。
抜けている歯があったのですが、その位置も同じだったそうです。
この件は、迷宮入りとなりました。
そのようなことは、形質人類学的にあり得なかったからです。
遺骨は、その後、ある旧帝国大学の解剖学教室に警察から移管されたそうです。

参照元:海・山にまつわる怖い話・不思議な話 2 http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1535920044/、海・山にまつわる怖い話・不思議な話 3 http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/occult/1570421067/

お遍路さん

152: 名無し百物語 2022/07/07(木) 20:44:03.15ID:k208jO3A
石じじいの話です。

じじいの故郷には、お遍路さんが多くやってきました。
彼が話してくれたお遍路さんの話です。
春と秋には、お遍路が沢山来たで。それやから、ある家は遍路宿もやりよったんよ。
多いときにゃ一晩に四十人も泊まらすこともあったんで。
お遍路は宿へ着いたら杖をちゃんと洗うて、笠といっしょに部屋の中へ入れて置きよった。
杖と笠は弘法大師さんじゃ言うてね。
お遍路さんは晩方に宿賃を払うてくれたんと。朝は、よいよ早うに出発することがほんどやったけんね。
毎年な、遍路小屋を二つも三つも作ったんで。
昔は、病気のお遍路が多かったんよ。そがいなお遍路が死んだら、村で、お墓に埋めたんで。
そのお遍路が突いちょった杖をその上に立ててな。印になる石を置きよったんよ。

行き倒れたお遍路さんの墓は、もうほとんど無いとのこと。

戦後すぐの花街

154: 名無し百物語 2022/07/24(日) 18:19:19.26ID:UbBKnxH9
石じじいの話です。

この話は、聞き取り末期(じじいの死の間近;私が中学生)のものなので、詳しい内容になっています。
昔の町には、「花街」の区画がありました。
戦後すぐには、大きめの町では市街地の一画に昔の置屋の建物が残っていました。
私も見たことがあります。川の中州に、そのような区画が残る町もあります。
じじいは、山から降りて、汽車に乗ろうとして町の駅に向かいました。
小雨が降っていたそうです。
駅に向かう途中に、そのような花街を通りました。
戦後すぐなので、まだ区画整理がされていなかったのでしょう。
しかし、そのような営業は、当時すでに法律で禁止されていたので、ゴーストタウンのようになっていたそうです。
じじいが通りを駅に急いでいると、前から中年の男性が歩いてきました。
ねんねこ半纏で赤ん坊を背負って、傘もささずに。
ゆっくりと。
長髪には白髪がまじり、無精髭をはやした痩せた中年の男性でした。
じじいは、どういう人だろう?と思いました。
「奥さんが、病気なんやろうか?」
「奥さんが、そんな仕事で稼どるんやろうか?街が街やけん。」
その男性が近づいてくると、じじいはぎょっとしました。
その男性は、絆纏の懐に匕首を差して、その柄を片手で強く握っていたのです。
虚ろな眼をして、まっすぐ前を見て歩いてくる。
ゆっくりと。
「いきなり刺されたらどがいしょう?」とじじいはいつでも立ち向かえるように緊張して近づきました。
もうその距離では、露骨に避けることはためらわれたのです。
その男性は、じじいの脇をゆっくりと行き過ぎました。
無言で。
後ろを振りかえると、彼は歩調も変えず、ゆっくりと歩いて狭い路地に曲がって行きました。
じじいは、軍用の雨合羽の下で大汗をかいていたそうです。
「その人は、護身用に、それもっとんたん?それとも、誰か殺そうおもうとったんやろうか?」
「ぶっそうなこというたらいけんで。思いつめとったような顔しとったけどな。あの歳やったら、あの赤ちゃんの上にも、こどもがおったんやないかなあ。」

数珠つなぎ

155: 名無し百物語 2022/07/25(月) 20:34:59.39ID:5SL/MYLb
石じじいの話です。

じじいの村は海の近くではありませんでしたが、漁師の友人が何人もいました。
その友人のひとりがじじいに話してくれた、大昔の物語だそうです。
その友人の祖父の時代に、対岸の九州に砂利かセメントを運んでいた船が遭難し、友人の村の近くの海岸付近に漂着したそうです。
船には5人乗り組んでいましたが、全員死んでいたと。
冬だったので、おそらく強い海風に遭い低体温症で死んだのだろうということでした。
船室などない船でした。
長いロープに、数珠つなぎに船員が結びつけられていました。
一番はしに、船長であろう40歳ぐらいの男性が繋がれていたと。
自分で縛ったのだろうということでした。
船長の隣には、15歳くらいの男の子が結びつけられていました。
彼だけ、ゴム引きの雨合羽にくるまれて縛られていました。
おそらく、ロープの端の者から順々に死んでいって、遺体がその順番に縛られていったのでは、ということでした。
男の子を皆で守り、順々に船員が死に、男の子が死に、最後に船長が死んだ、と。
船長は、お金や大事な書類を胴巻きに入れて、その上から短いロープで胴体を縛っていたそうです。
それらが失われることを恐れたのでしょう。
それで、身元がすぐに分かりました。そのお金で、死んだ者たちの家族へ弔慰金を支払うことができました。
船に体を縛りつけてしまうと、沈没した時に一緒に沈んでしまい、死体は上がらず「行方不明者」となってしまいます。
そのため、全員の遺体が離れないように、全員の体だけをロープで互いに結びつけたのだろうと思われました。
「死んだんやったら家族のものは納得できるが、行方不明のまんまなら、いつまでも待つけんね。そのほうが、かえって辛いもんかもしれん。そがいなことにならんように皆のからだを縛るようなことしたんやろうかの。」
各地の漁村には、漁から帰らず行方不明となってしまった人が少なからずいたそうです。

家が呪われていた

157: 名無し百物語 2022/08/12(金) 16:22:56.84ID:rRA3Gvbo
石じじいの話です。

呪われた家がある、という話はよく聞きます。
これもそのような話でしょう。

じじいが知り合った人の家が呪われていたそうです。
その家の主人は、立派な家を建てたのですが、新築後に不幸に襲われはじめました。
まず、奥さんが死んだ。
娘さんが死んだ。
後妻さんも死んだ。
一緒に住んでいた、妹さんも死んだ。
新築だったし、その土地が呪われている、という話も聞かないのです。
古い家の時には、そんなことはなかったのです。
古い時代だったので「家相」にも気をつけた。
ただ、気になることといえば、家からちょうど真西にある丘の上に、三角形の大きな岩がある。
日没時には夕日が逆光となって、その岩がくろぐろと空に映えるのです。
まあ、それだけの話しなのですが。
このようなわけで、主人以外に誰も住みたがらないし、良心として他人に売却することもできない。
「自分が責任を持って、ここに住み続けて死んでいくのだ」と、その家の主人は、奥の八畳間の暗がりでひっそりと語ったそうです。

呪術(呪言)の話

177: 名無し百物語 2022/10/13(木) 13:52:15.55ID:d+8d2cer
石じじいの話です。

じじいが話してくれた呪術(呪言)の話をいくつか。
@詐欺師を見破る方法:
その人物の顔を見て、まつげが逆だっている人には、油断してはならない。
このような風貌なものには、詐欺師が多い。
(ええっ!現在では問題のある方法です)
@寝顔を見て、その人の吉凶を知る方法:
笑うような寝顔をしている人は、悪心がない人であり、幸福な人である。
泣きっ面をしている人は、世の中を恨む心があり、人生において苦労が耐えない質の人である。
寂しそうな顔をしている人は、運気が悪く短命である。
陽気な顔をしている人は、運勢が強く長生きである。
口を開いて眠る人は、苦労が絶えない。
(なんだか、同義反復のような気がしますね。)
そうそう、こんなのもあります。
@抜けた髪をはやす方法:
まず、マクワウリの葉っぱをよくすりつぶして、その汁を頭皮にたびたび塗れば
抜けた毛は、もとどおりに生える。
また、朝鮮の「ひげ人参」の根を煎じて飲むと良い。
(ひげ人参って何?)
また、ヘビの抜け殻を細かく切って、うどんの粉を水でよく練って、
これで抜け殻をはげたところに貼り付ける。すると髪が生えると。
@髪が抜けるのを防ぐ方法:
桑白皮(これは漢方薬らしいのですが)を水を加えて火にかけて煎じる。
そのカスは除いて、冷ましたもので髪をたびたびあらうと抜け毛が止まる。
(やってみたい!)

四国遍路の札所

178: 名無し百物語 2022/10/13(木) 14:56:20.97ID:d+8d2cer

石じじいの話です。

じじいの村の近くには、四国遍路の札所がいくつかありました。その近くではないのですが、高知の西部の足摺岬にも札所があります。
「足摺:あしずり」の語源は定かではありませんが、「むかし船で沖合に漕ぎ出す時に、肉親とわかれるのが悲しくて『あしずり=足摺り』をする」という説があります。
高知には、昔、観音菩薩のいる南方浄土に行くために足摺岬から船出をする補陀落渡海がありました。修行者(僧侶)の船出の時には、その弟子たちが悲しんで「足摺り」をしたという。
また、この岬は、もともと「さだのみさき=蹉蛇の岬」と呼ばれていて、それが「あしずり」と読まれるようになったのだとか。
さて、ここからが本文:
足摺岬の近くに、「絶望の岸壁」というものがあったそうです。それは、海に面して切り立った断崖で、そこに、細い道が通っている。
その道が岩を穿って作られた完全に人工のものだったのか、自然の段差を利用したものかは不明だったと。
そこは危険な道でしたが、近道だったので昔は使われることがありました。
しかし、その山側に道路ができてからは使われなくなりました。
ある時から、そこを通ると必ず海に落ちて通行人が死ぬ:という噂がたったからです。
ある遍路が落ちて死んでから、そのような現象が起きるようになったらしいのです。
最初は、落ちるのはまれでしたが、だんだん落ちる頻度が多くなって、最後には通ろうとする者みんなが落ちるようになったそうです。
複数人で通ろうとして、他の人がみな落ちて自分だけが帰ってきた人によると、他の人はまるで自分から飛び込むように落ちていったということです。
どうも、事故ではなく、そこを通ると自らが崖から飛び込むらしい。
その現象のきっかけとなった遍路の墜落死の原因はわかりませんでしたが、誰かに突き落とされたのではないか?という噂もありました。
その遍路の呪いかとも思われるのですが、因縁話としてはちょっと陳腐です。あとから作られた話かもしれません。
その後、使われなくなった崖の道は大部分が崩落して、じじいが話してくれたときには、もうほとんど残っていなかったようです。
じじいは、岩石を採集しに行った時に、その残っている道を見たことがあったそうです。
道には、落ちた人が持っていたであろう荷物?が残っていたそうです。

神社を建立しようとしている人

187: 名無し百物語 2022/10/20(木) 00:06:17.84ID:Kozij+ur
石じじいの話です。

じじいは、石探しのために山中を歩いているとき、いろいろな人に出会いました。仙人に会ったという話が以前ありましたね。
神社を建立しようとしている人に会ったそうです。
その人は、若い男性で、修験者のような格好をしていました。
標高の高い山の中腹の森の中で出会いました。
その時、その人は、長い棒のようなものを水平に持って、それをぐるぐるといろいろな方向に向けていたそうです。
その人が言うには:
私は、神社に祀る神様を探しているのだ。
こうして、自分の念を込めた棒を持っていると、神様のいる場所では神力に感応して棒がひきつけられる。それで、神様の存在がわかるのだ:と。
「そういうところはありましたかな?」と尋ねたところ。
まだ、ない。神様は見つかっていない、とのこと。
「なんだかなあ」とじじいは思ったのですが、彼の神さがしの理由をたずねました。
その人が言うには:
銃で趣味の狩猟をしていたときに、この山中で、古い神社を見つけた。
それは、かなり古く傷んでおり、御神体もなかった。
この神社の境内に立った時に、なにか感じるものがあり、この神社を再建しようと決意したと。
動機としては曖昧だなと、じじいは、思ったそうです。
その男性は、「その神社は、この山頂の近くにあるのだ。これから行ってみないか?」と、じじいを誘ってきました。
じじいは、男性について、その神社に行ってみることにしました。

188: 名無し百物語 2022/10/20(木) 00:06:51.24ID:1tsWCcXK
神社はありました。かなり壊れていて、やっと建っているという状態でした。
かなり古いもののようでした。明治維新の廃仏毀釈の時に廃絶させられた神社かもしれないな、とじじいは思ったそうです。
境内には、大小の土器やボロボロに錆びて地中になかば埋まった刀剣などが大量に散らばっていました。
戦争中に安物の軍刀がたくさん作られたので、刀剣類には興味はなかったのですが、土器はおもしろそうでした。
かなり古いもののように見えたからです。
その神社には、その男性によって修繕されたり清掃されたような痕跡はなく、荒れたままでした。
じじいは、山の周辺の地域の人々から浄財をつのったらどうか?
他の神社から分社してはどうか?
と助言したのですが、男性は、「いや、自分だけの力で再建しなければ意味がないのだ!」と力説して、聞く耳を持たなかったそうです。
「まあ、そうなもんかのう」とじじいは思って、男性と山中で別れたそうです。
下山して、近くの集落で、その男性について尋ねたところ:
たしかに、そのような人物はいる。
しかし、我々とは交流を持たない。他の集落の人々とも交流を持っていないだろう。
非常にまれに、下山してくるのを見ることあるが、我々を無視している。
不思議なのは、彼が食料を持って入山するところや、下山してどこかで食事をしているのを見たことがない、と。
「仙人のような人かもしれんね。そやけど、仙人なら神社神社いうて執着せんと思うけどな」と話し合ったそうです。
数年後、その神社を再訪したら、神社は崩れて全くの廃墟となっており、その人物はいなくなっていました。
境内には土器類は残っていたので、保存の良いものを掘り出して近くの町の資料館(博物館?)に持っていって、このようなものがたくさんある遺跡のような場所がある、と教えました。
そこの職員(研究者?)は、この土器は須恵器ではないか?興味深いので今度調査してみる、と言っていたそうです。
その後、どうなったかは、私のメモにはありません。

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山の歌い手

189: 名無し百物語 2022/10/20(木) 17:35:49.70ID:1tsWCcXK
石じじいの話です。

皆さんは、ゲートルを巻くことができますか?子供の頃にじじいに教わったので、私は今でも巻くことができます。
今でも、ちょっとした山歩きをするときに巻いたりします。
戦後まもなく、石探しをはじめたころ、じじいはある山に登りました。
その山の麓の役場で、植物採集のために山に登る学校の教師と仕事で入山する営林署の職員と知り合いました。
お互いの目的地が近くだったこともあり、三人は、途中まで一緒に登ろうということになりました。

二人は、何度かこの山に登っており、その山が初めてだったじじいは、彼らから情報を得ることができたそうです。
三人は、お互いの身の上や時局の話題について話しながら楽しく山を登りました。
他の二人は、いずれも戦争中、兵隊にとられており、一人は南方から、もうひとりは北支から復員してきた人だったそうです。
じじいは、朝鮮にいて直接の戦闘には加わらなかったのですが、他の二人の経験は激烈なものでした。
多くの朝鮮人も軍属として徴用され戦闘に参加して、戦死した人が多かったとも。
なんだか湿っぽい話になって、三人はだまって山道を登っていると、急に近くから歌声が聞こえてきました。
その声はどんどん近づいてきます。

「ここはお国を何百里・離れてとおほき満州の・赤い夕陽にてらされて・友は野末の石の下」
左手の森から、一人の男性が歌いながら出てきました。痩せた人で真っ白なゲートルを巻いていました。
それが目に焼き付いたそうです。
とても上手な歌でした。
「思へばかなし昨日まで・まつさきかけて突進し・敵をさんざん懲らしたる・勇士はここに眠れるか」

歌は朗々と続きます。
歌い手は、じじいたちには振り向きもせず、山道を先に登り続けました。
「思ひもよらぬ我一人・不思議に命ながらへて・赤い夕陽の満州に・友のつかあな掘らうとは」
歌い手は、急に右手に折れて、森の中に消えていったそうです。
なんの音もたてずに。
先頭にいたじじいが、二人を振り返ると、二人は泣いていました。
じじいも泣いていました。

じじいたちは、彼の後を見やりましたが、もうどこにも彼の姿はなかったそうです。
その後、ジジイたちは、山中で三々五々別れていきました。
じじいは一人になって、あの歌い手は本当にいたのだろうか?と考えたそうです。
「空しく冷えて魂は・故鄕へ帰ったポケットに・時計ばかりがコチコチと・動いているもなさけなや」

お守り

190: 名無し百物語 2022/10/23(日) 14:16:56.54ID:dwrxG1LT
石じじいの話です。

皆さんは、お守りを持っていますか?
私は金山出石寺でもらったお守りを身につけています。
石じじいは、朝鮮にいる頃、現地の巫師から「お守り」をもらったそうです。
巫師曰く
「これは、私が師より昔から受け継いだものだ。その師も先代から受け継いだ。かなり昔から代々受け継がれてきたものだ。私は、もう弟子もないので、良くしてくれたあなたに、このお守りをあげよう。」
じじいは、他の朝鮮人に譲ったほうがいいのでは、と言いましたが、巫師は、「あなたは良い人であるから、そのような人に受け継いでもらいたいのだ」と
その「お守り」は、小さな黒い石版でした。
形から人工物かとも思ったのですが、巫師によると、これは自然石である;中国から伝わってきた非常に古いものだ:と聞いていると。
巫師によると、この「お守り」は、ある儀式に使うと、ある効力を発揮するのだ、ということでした。
しかし、そのような使い方は、朝鮮の呪術・迷信であるから日本人のあなたには不要だろう。また、修行してその技を身につける必要もあるのだ、と。
じじいは、それを大切にして、朝鮮から引き揚げるときにも持って帰りました。
この話をメモのなかに見つけて、それが「じじい箱」のなかにあるのではないか?と思い、探してみました。
ありました。
多分これだと思います。
紙に包んで、それに「お守り、朝鮮」と鉛筆で書かれていました。
確かに、黒い小さな石版です。
じじいが大事に持っていたかと思うと感無量ですね。

ダチョウの卵

192: 名無し百物語 2022/10/26(水) 22:46:40.70ID:AdfX2LDE
石じじいの話です。

じじい箱を漁っていると、他の面白いものを見つけました。
ダチョウの卵のかけら。
これの由来については、メモにあります。
じじいが満州・内蒙古に旅した時に草原で拾ったものです。
ダチョウは、大昔には中国北部や蒙古にも多く生息していたのだそうです。
当時の現地人によると、卵はあちこちで普通に見つかる、と。

また、草原には、大昔の青銅器のナイフや剣の一部が落ちていることがあったそうです。
じじいもそのような遺物を拾ったそうですが箱には残っていませんでした。
また、草原には大きな石を環状に並べた「墓」らしきものがあったそうです。
盗掘されてしまっていた墓も多かったとか。
盗掘をしていた現地の人間にも会って話を聞いたそうです。
ある時、小さなマウンドのような墓を盗掘すると石板で組まれた棺桶のようなものに副葬品と埋葬された人の骨格が残っていました。
副葬品は、かなり豪奢なもので石サンゴやトルコ石、銀できた服飾品が溢れていたと。

埋葬された人は女性だったのでしょう。
しかし、埋葬された人の骨格が変でした。
体の部分は大柄な人間の骨でしたが、頭の骨はなく、そこには大きな獣の頭骨がおいてあったそうです。
鋭い牙があり、尖った門歯や頬歯が上下顎に生えていました。
眼窩がとても大きかったそうです。
現地人がいつもよく見かける狼や山猫の頭骨とは違っていたということでした。
体の腕や脚、胸の部分には、たくさんの宝石が散らばっていました。おそらく、装飾品を身につけて埋葬されていたのだろうと。
盗掘品は全部、売り払らってしまったそうです。

死んだ人間の幻

193: 名無し百物語 2022/10/26(水) 23:15:15.75ID:AdfX2LDE
石じじいの話です。

彼が朝鮮にいたときの話です。
ある島を訪れた時に、村人が話してくれたそうです。
この島には、死んだ人間の幻がいる。しかも、たくさんいる、と。
じじいが、それは幽霊か?と訊くと。
いやそれは幽霊(鬼)ではない。死者の「幻」であり、それは、生きている人間に害をなすことなく、場所を選ばす佇んでいる、と。
別に、縁者のところに出現するわけではなく、別の場所で別の人によって目撃されることが多いのだ、と。
海岸で、海につかって波間に頭や上半身だけを出していることもある。
また、家の中に立っていることもある。
畑のなかに座っていることもある。
道端に立っていることも多いのだ、と。
幻に話しかけても、彼らはまったく反応しない。
幻たちは、最初に出現した場所の近くをさまよっているようでした。
そのため、そこに行くと、幻を確実にみることができたそうです。
そのような死人の幻を呼び出すための呪術のようなものはないのだが、この島に限って、そのような現象が見られるだ、ということでした。
自分の死んだ縁者の幻が見られて喜ぶものもいるが、多くの人は当惑して、幻を無視するようにつとめたのです。
幻の多くは、出現してから1年ほどすると自然と消えてしまったそうですが、中には、何年も残っているものもありました。
おそらく、その幻の縁者が執着することによって、その執着心に感応して長く形を留めるのではないか?と。

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