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猿の話
103 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :03/12/19 20:59
一人で山に登った帰り道でのこと。
いつの間にか、ブツブツと呟く声が、後ろの繁みから聞こえてきた。
身を硬くして振り返ると、繁みの切れ目から一匹、猿に似たものが姿を現した。
大きさや姿形は猿そのものだが、その顔は壮年の男のものだった。
まるで人間のように、背中を伸ばして歩いていたという。
驚愕している彼の耳に、それの呟きが聞こえてきた。
「…だいすけ まさる まさゆき けんじ あきら…」
猿は、男性の名前を次々に呟いていた。
うち一つが、彼の父親の名前だった。
ピクリと反応すると、猿は呟くのを止め、嫌な笑いを浮かべて近寄ろうとした。
「違う。それは父の名前だ」
思わず力いっぱいに否定した彼を、猿は凄い目つきで睨みつけた。
しばし睨みあった後、猿はぷいと繁みの中へ戻っていった。
彼は、麓まで後ろも振り返らずに駆け下りたのだそうだ。
もしもその時、彼の名前が当てられていたら、何が起こっていたのだろうか。
祠を移動させた
143 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/04/19(月) 21:11:50 ID:E4l2Qu6S0
知り合いの話。
家の敷地の外れに、いつ造られたのかもわからない、小さな祠があったという。
その一角にアパートを建てることにしたので、祠を移動させることにした。
取り立てて信心深い訳ではなかったが、潰してしまうのも躊躇われたので。
祠は近所に住む、親戚の土地へ移された。
祠を移して間もなく、敷地内にある二つの井戸が同時に涸れてしまう。
仕方ないので、新しく市水道を引くことにした。
反対に祠を移した親戚の家では、随分と前に枯れていた井戸が、再び水を噴きだした。
現在その井戸には良質の水が満ちているという。
「あの祠、本物だったかな。惜しいことした」
水道の申請に伺った私に向かい、彼はそう言って苦笑した。
白い線
144 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/04/19(月) 21:13:00 ID:E4l2Qu6S0
山仲間の話。
暗い山道を一人歩いていると、行く手に一本の白い線が見えた。
地と天とを繋ぐ糸のように、細い筋が真っ直ぐに立ち上がっている。
近づいてみると、それは見事な刺繍が施された布の帯だった。
下端は地面に少し触れてたくれている。時折微かに揺れては土を擦っていた。
見上げれば、星明かりの中浮かび上がる白い帯が、果てなく天に吸い込まれている。
手を触れるのが躊躇われ、結局何もせずにその場を立ち去ったのだという。
道が折れる最後に振り向いてみたが、やはり白い線は延々と天地を結んでいた。
引率
145 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/04/19(月) 21:14:38 ID:E4l2Qu6S0
私の体験した話。
高校生の時、県の登山大会が私の母校で実施された。
私は何校かの生徒を引率することになった。
近場の山を二つほど経由して、最終的に母校のグラウンドへ誘導するのが仕事だ。
部員たちだけで予行演習も行い、準備は万端だった。
当日、通い慣れた山道を先頭に立って歩いていると、違和感に襲われた。
何かがおかしい。
慌てて確認すると、自分が道を派手に間違えていることに気が付いた。
何処でどう間違えて、また自分がどうしてそれに気が付きもしなかったのか。
全然わからない。
その時、山の何処かで、誰かが笑うのが聞こえた。
私のことを笑っているというのが、不思議なことにこちらに伝わってくる。
不思議なことに、他の生徒にはその声は聞こえていなかった。
化かされて道を間違えたと言っても、誰もまともに聞いちゃくれないだろうなぁ。
ひどく情けない心情で、皆に謝りながら道を引き返した私だった。
竹を切っていた
231 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/04/27(火) 21:28:52 ID:y3hAXWxV0
友人の話。
祖父の手伝いをして、実家の山にある竹林で竹を切っていた時のこと。
何本目かの竹を鋸で切り倒したところ、節の中から灰色の影が飛び出した。
そいつは地面に飛び降りると、そのまま山の奥へ走り去った。
あまりにも素早かったのではっきりとは確認できなかったが、二本の足で走る小さな人型に見えたそうだ。
驚いている彼に祖父が笑いかけた。
「かぐや姫を見つけたか。運が良いな」
聞いてみると、ここの竹の中には、時たま何かが潜んでいるのだという。
竹から出てくるから『かぐや姫』と冗談めかして呼んでいるらしい。
「見たところで別に、良いことも悪いこともないから気にすんな」
祖父はそう言って、仕事を続けるよう彼に促した。
太鼓
232 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/04/27(火) 21:30:57 ID:y3hAXWxV0
知り合いの話。
祭りの準備で、山中の神社から太鼓を借りることにした。
世話会の仲間二人で引き取りに行ったのだが、かなり大きな太鼓で、倉庫から出すのが一苦労だったという。
軽トラの荷台に乗せて一息ついていると、いきなり太鼓が鳴った。
ドンッ!と一回だけ、しっかり響く音を出して。
びっくりしていると、神主さんが笑いながら言った。
「どうやら君たちは気に入られたらしいね」
「僕らが一体、誰に気に入られたっていうんですか?」と聞き返したが、
「太鼓だよ」と返事はそれだけ。
ニコニコとした笑顔を見ていると、なぜかそれ以上は詳しく聞けなかった。
取り敢えず祭りが終わって神社に返すまで、丁寧大切にその太鼓を扱ったのだという。
貯水池で釣り
233 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/04/27(火) 21:32:43 ID:y3hAXWxV0
友人の話。
山中の貯水池で釣りを楽しんでいた。
ウェーダーと浮き輪、ライフジャケットを身に付け、陸路では行けない淵に回り込んで竿を振る。
他の釣り人は誰もいない。
その時突然、視界にスゥッと滑り込んできた物があった。
水面を滑るように移動してきた黒い何かが、目と鼻の先に現れる。
アメンボのように見えた。大きさは彼が飼っていた秋田犬ほどもあったが。
しばし睨み合った後、水馬はフイッと別の方角へ滑って行った。
大急ぎで逃げ出したが、水から上がるまでは鳥肌が治まらなかったという。
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山中の溜め池
423 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/05/19(水) 23:49:01 ID:suyesW9+0
友人の話。
山中の溜め池で釣りをしていると、後から足音が近付いてきた。
誰か来たのかなと考えていると、すぐ横を髪の長い女性が足早に通り過ぎる。
失礼な人だなと思うより早く、そのままザブザブと水の中へ入っていった。
あっという間に全身が没し、波紋だけ残して見えなくなった。
入水自殺かと慌てていると、直ぐにまた背後からの足音が聞こえてきた。
さっきとまったく同じ後姿が通り過ぎ、再び水中に分け入っていく。
しばし呆然としていたが、三度目の足音が聞こえた瞬間、撤収の準備を始めた。
片付け終わって車に戻る間、彼はずっと顔を伏せたままにしていた。
女性の顔を見るのが怖かったからだと彼は言う。
もし目が合ってしまえば、何かとんでもないことになるような気がしたからだと。
その後しばらく、そこには近よらなかったそうだ。
地鼠
424 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/05/19(水) 23:51:31 ID:suyesW9+0
知り合いの話。
幼い頃、山中の棚田で大きな地鼠を見つけた。
石を拾って投げ付けていると、お祖父さんが駆けよってきた。
「追い払うのはいいが、ぶつけたりして無用な殺生はするんじゃないぞ」
そう注意された。
「こんな山奥の田圃で過ぎた殺生しちまうとな、アッケに罹ってしまうんだ。
この病いに罹ると全身の穴から血を噴きまくって、最後には手足や顔までグズグズに溶けて崩れ死んじまう。
山田の神様の障りかもしれん」
「ネズ公は自分たちが追い払うから、お前は近よらなくていい。というか近よるな」
祖父はそう言って、彼の頭を撫でてくれたという。
ポリバケツ
425 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/05/19(水) 23:52:28 ID:suyesW9+0
山仲間の話。
夕暮れ時の山道を歩いていると、行く手にポリバケツが落ちていた。
よくある水色の物で、えらく古びている。口を下にして逆さまになっていた。
持って下りて処分しようかと思い、手を伸ばす。
バケツは生きているかのように、ズズッと滑って彼の手から逃れた。
中に動物でも入っているのか。
猶も逃げようとするバケツに追い縋り、手を掛けて持ち上げた。
アレ?地の上には何も見えない。
その時、手の中から「ククク・・・」と笑い声がした。
手にしたバケツの中に老人の顔があって、それがニヤニヤと嘲笑っている。
思わず放り出すと、バケツは派手な音を立てて道上に転がった。
こちらに口を向けて止まる。その中身は空で、爺の顔などどこにも見えない。
結局そのバケツを下げ直して山を下りたが、あの顔は二度と現れなかったそうだ。
山道の看板
460 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2012/06/15(金) 19:37:13.62 ID:+Prt2Boq0
後輩の話。
先日里帰りした折、実家近くの山道を車で走っていると看板が現れた。
何かの注意を引くための道路標識。文字をちらりと読んでみる。
『夜にここで 白い服の女の子を 乗せないでください』
瞬時に色々なことを考えてしまい、ゾッとした。
帰宅して家の者に聞いてみたが、誰も詳しい事情は知らないという。
それ以来、里帰りしても、夜中はその辺りに決して近よらないそうだ。
見上げていた
461 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2012/06/15(金) 19:40:31.18 ID:+Prt2Boq0
友人の話。
曇り空の下、尾根を歩いている途中で別の登山者とすれ違った。
挨拶をしたのだが返事がない。
登山者はポカンと口を開けて、曇天を見上げて立ちすくんでいた。
つられて彼も空に目を向けると、雲の切れ間に巨大な何かが見えた。
蛇に思える長いものが、うねうねと身体を波打たせながら、天空を泳いでいる。
薄らと白く輝くそれは、滑るように濃い雲塊の中へ姿を消した。
気が付くと彼も、ポカンと口を開け空を見上げていたそうだ。
煙草に火を点けようとした
462 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2012/06/15(金) 19:44:05.98 ID:+Prt2Boq0
山仲間の話。
山歩きをしていて、一休みすることにした。
ライターで煙草に火を点けようとしたのだが、なぜか炎が出ない。
「おかしいな、ガスはまだ充分にあるのに・・・」
何度も試していると、何か嫌な気配を感じた。
顔を上げると、近くの茂みが微かに揺れている。
あきらめて腰を上げ、かなりの距離を歩いてから、再度チャレンジしてみた。
今度は問題なく、普通に煙草が吸えたのだという。
「煙草が嫌いなモノが、あの時近くにいたんだろうな」
彼はそう言って紫煙を燻らせた。
黒い猿
847 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/06/22(火) 23:31:47 ID:+X5pC/Gd0
知り合いの話。
久しぶりに山奥の実家に寄ったのだという。
実家にはまだ幼い姪がいて、彼に良く懐いていた。
一泊した次の朝方、その姪が不気味なことを言う。
「○○さんちの小父さん、もうすぐ死んじゃうよ」
○○家というのは近所に住んでいる親戚だ。
何でそんな気味の悪いことを言うのかと聞くと、姪は次のように答えた。
「昨晩、夢で見たんだ。
裏の山から大きな黒い猿が下りてきて、小父さんを抱えて山に帰っていくの」
なんだ夢の話かよ。
そう苦笑いしている彼に、姪はこう続けた。
「うん、夢なんだ。
でも私の夢の中で猿に攫われた人、皆死んでるんだよね。
夢を見てからあまり間を置かずにさ」
えーっ!?
言葉が継げなくなった彼に、姪は釘をさした。
「家の人に言っちゃ駄目だよ。
私がそんなことを言ってる知ったら、凄く怒るんだ。
夢なんて自分じゃどうにもならないのにね」
そう言う彼女は、とても不服そうな顔をしていた。
848 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/06/22(火) 23:32:57 ID:+X5pC/Gd0
街に戻ってから一ヵ月後、果たして姪が言っていた小父さんが急死した。
実家から連絡を受けて、鳥肌が立ったという。
以降も変わらず姪とは交流しているが、あの夢の話は口に出せないらしい。
・・・うっかり、自分の死を予言されたらどうしよう・・・
ついついそんなことを考えてしまうからだそうだ。
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キャンプで独り言
882 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/06/24(木) 20:32:44 ID:pWSFgy7e0
友人の話。
一人で軽いキャンプに出掛けようと思い立った。
行き先を聞いた山仲間がこんなことを言う。
「行くのはいいが、あそこじゃあまり独り言を言わない方がいいぞ。
お前さんいつも多いからな」
どういう意味だよそれ?と訊ねたが、「行けばわかる」とだけ返される。
気にしないことにしてキャンプに出かけた。
晩飯も終わり、切れた靴紐を補修していた時のこと。
焚火では光量が足りないのか、手元がどうにも暗い。
「あー、面倒くさいけどライト出してこよっかな」
ぶつくさとそんな独り言を口にして、手を休めたところ。
背後でコトリと硬い音がした。
何気なく振り返り、思わず硬直した。
そこにはヘッドライトが置いてある。
今まさに自分がテントの中に取りに行こうとしていたライトだった。
周りを見渡したが、誰の姿も気配も感じない。
少し血の気が引いたのだという。
その後山を下りるまで、出来るだけ独り言は言わないように注意したそうだ。
遅刻した理由
930 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/06/27(日) 20:53:09 ID:ow1HWrgh0
山仲間の話。
サークルのキャンプに参加した時のこと。
一人だけ遅れて来ることになり、初日の夜に宿営地で合流することになった。
しかしいつまで経ってもそいつが来ない。
山慣れた奴だし、あまり心配はしていなかったのだが、
そろそろ日付が変わる刻限になると、流石に何かあったかと皆が不安になった。
結局、日が変わってからかなり経って、そいつはキャンプ地に到着した。
「何やってたんだ、心配したぞ」
そう声を掛けたところ、こんなことを言い出した。
「いや、予定時間通りに着くよう、ちゃんと出発したんだよ。
途中で壊れかけた外灯が灯っている所があるだろ。
そうそう、点滅しているあそこ。
そこに差し掛かった時にさ、見えたんだ。
前方の外灯の下に、襤褸を纏った女の姿が」
「こんな遅い時間に、こんな山道に手ぶらで突っ立ってる女っていうのは、
そら真っ当な女だと思えないよな?
だから立ち止まって遠くから様子を伺っていたんだけど・・・」
「それで気が付いたんだ。
その女な、時々消えてた・・・いや物の例えとかじゃなくて本当に。
外灯が点滅してパッと灯る度に、道の上に姿が現れたり消えたりしてたんだ」
931 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/06/27(日) 20:54:22 ID:ow1HWrgh0
「幽霊だったかだって? 確認できるはずないだろ!
あんなモノ、絶対近よれるかいな。
仕方ないから大回りして獣道を通ってきたんだ。
だから遅くなったって訳」
憮然とした顔でそう説明する。
どこまで信じてよいものやら、皆で少し悩んだそうだが、
結局そいつの見間違いだろうということにされて、その夜は終わったのだという。
彼自身は、そいつが遅刻した言い訳にオカルトを利用したと考えていたそうだ。
「まったく、つまらない言い訳しやがって」
彼が私に最初この話を聞かせてくれた時は、そう言って締めくくってくれた。
その半年後、再びこの話題を彼が持ち出した。
「あの話覚えてるか? 出たり消えたりする女の話。
ついさっきなんだけどな、俺も見ちゃった。
ありゃあ確かに近づけないわ」
青い顔をしてそう言う彼に、私は問い掛けた。
「それって君が今晩遅刻した言い訳なんじゃ・・・」
「違う、本当に見たんだって! 言い訳なんかじゃないから!」
その日、例のキャンプ場で、彼と私は落ち合う予定になっていた。
先に着いた私に遅れること三時間、真っ暗になってから彼はやって来たのだった。
必死で女の様子を説明する彼を、果たして信じて良いものかどうか悩んだ。
件の女を目撃した仲間はこの二人だけであり、今も真偽は不明のままである。
鶯
956 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/07/02(金) 22:21:08 ID:oyMR37UJ0
知り合いの話。
子供の頃、学校の裏山で一人遊んでいると、鶯の声が聞こえてきた。
恐らくは巣立ちしたばかりなのだろう。
まだ囀りが下手で、最後まで上手く通して鳴けていない。
「ふむ、まだまだ下手っぴいだな」
生意気にもそんなことを考えていると、一際大きな鳴き声が林に響き渡った。
比べものにならないほどの見事な鶯の囀りだ。
下手な鶯が鳴いた直後には必ず、上手い鶯が続けて鳴いている。
まるで手本を見せて、指導をしているかのようだ。
やがて段々と、下手な方の鳴き方が上達して行くのがわかったのだという。
「へぇ鶯も勉強とか練習とかするんだ。学校みたい」
囀りの先生は、どうやら近くで鳴いているらしい。
どんな鶯だろうと辺りを探してみた。
声のする方を探していると、まったく予想外の奇妙なモノを見つけてしまう。
少し離れた木立の中、そこの枝に小さな老爺が腰掛けていた。
昔話にでも出てきそうな、真っ赤な頭巾と落ち着いた色合いの着物姿。
シワシワの顔は気難しそうだが、どことなく優しそうでもある。
957 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/07/02(金) 22:22:04 ID:oyMR37UJ0
ただ、その身体は非常に小さかった。
見立てでは、彼のランドセルよりも小さく思える。
「・・・小人?」
ポカンとして見ている内、また鶯が鳴いた。下手な方だ。
すると老人は、一つ咳払いをするような動作をしてから、大声を張り上げた。
その喉から迸ったのは間違いなく、見事な鶯の囀りだ。
ますますポカンとして、長いこと老人と鶯の鳴き合いを眺めていたそうだ。
そのうちうっかりと身を乗り出し、小枝を踏み折ってしまう。
大きな音ではなかったが、鶯は鳴くのを止めた。
気付けば老爺も、何処かへ姿を消していた。
家に帰ってから祖父にこの話をしてみた。
「この谷に昔からいるという、鶯の師匠ってヤツだろう。
親とはぐれた小鳥に、鳴き方を教えてやってるんだとさ。
鶯以外の鳥も面倒を見ているらしいが、やはり里じゃ鶯が一番人気だからな。
それでいつの間にか、鶯の師匠って呼ばれるようになったって話だ。
滅多に見られるモンじゃないぞ。
お前、運が良かったな」
冬が明けて小鳥の声が聞こえる時期になると、彼はこの体験を思い出すという。
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不審な車両
21 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/07/07(水) 19:44:23 ID:krCeJQcG0
知り合いの話。
彼の勤めている派出所に、ある朝変わった通報があった。
町外れの山道で、不審な車両を見つけたという。
駆け付けてみると、白い高級車が山道を外れた一段低い土地に乗り捨てられていた。
運転席のドアが開いたままだ。
辺りには通報者の他に人の姿はない。
柔らかい黒土の上には、足跡の代わりに奇妙な痕跡が残されていた。
重たい物を引き摺ったような筋が、車体の側から少し先の沼まで続いていたのだ。
取りあえず車のナンバーから、持ち主を調べることにした。
車は盗難車だった。
すぐに正規の持ち主が判明し、車両は引き取られていったそうだ。
しかし誰がその車を盗み、そこまで乗っていったのかは不明のまま。
車を降りた盗人が、その後どこへ行ったのかも皆目わからない。
それ以上の情報は得られず、そのまま捜査は終了したのだという。
白い腕
22 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/07/07(水) 19:46:30 ID:krCeJQcG0
友人の話。
「山に登ってると、手が見えることがあるんだ。
えらく長い白い腕が、こう、ピクリともせず藪から突っ立ってるの」
そう言って彼は、片腕を上の方へ真っ直ぐに伸ばす格好をした。
「死んだ祖父ちゃんが言ってた。そんな手には絶対捕まるんじゃないぞって。
彼岸に連れて行かれるからだってさ。
思えば確かに、過去に遭難とか事故があった峠道でよく見たな」
「他にどんな場所で見えるかって?
うーんそうだな。人が溺れ死んだ池とか沼なんかでも結構見える。
水面からヌゥッと、細いのが何本か突き出ているんだ。
アレに捕まったら多分、溺れちゃうんだろうな」
そういう彼は時々、地元の滝で遊泳監視員を手伝っている。
ちなみに彼が手伝い始めてからは、水難にあった子供はいないそうだ。
傷跡
23 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/07/07(水) 19:48:15 ID:krCeJQcG0
友人の話。
近場の山に、山菜狩りに出向いた時のことだ。
灌木の影に蕨の群生を見つけ、根刮ぎに取っていた。
奥の方まで腕を突っ込んでとことん毟ろうとしていると、手に激痛が走った。
何かに噛まれた!
慌てて引き抜き、傷を確認する。
傷自体は大したことはなかったが、一目見て心底ゾッとしてしまう。
右手に刻まれていたのは、どう見ても人に噛まれたとしか思えない歯形だった。
それ以来、山菜を採りに出掛けても、取り尽くさないよう注意をしているそうだ。
山にある溜め池でバス釣り
70 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/07/09(金) 19:40:08 ID:2A3v6phF0
友人の話。
釣り仲間と二人で、近場の山にある溜め池へバス釣りに出かけた。
先に釣り上げたのは仲間の方だった。中々の大きさだ。
しかし仲間はそれをリリースすることなく、後ろの繁みの中へ放り投げた。
「バスをリリースするの、嫌うタイプだったっけ?」
そう問い掛けると「いやこの場所ではそういう約束だから」などと言う。
意味がわからずにいると、魚を投げ込んだ辺りから大きな音がした。
バリバリ ガキ バキン!
何かが硬い物を噛み砕き、飲み込んだような、そんな音。
「今の音、何?」
慌てて聞いたところ、次のような返事があった。
「いや、だからそういう約束というか決まりなんだ。
何というか、池の主への御裾分けみたいなもんだとでも考えてくれ。
実際俺らって、バス釣っても食べないから構わないだろ」
仲間はあくまで平然としていたという。
71 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/07/09(金) 19:41:12 ID:2A3v6phF0
最初は混乱していたが、一人だけ狼狽しているのも癪なので、仲間に倣い、釣ったバスを後ろに放り投げてみた。
しばらくすると、やはり同じようなバリバリという大きな音。
ここはそういう場所なんだな、と何となく納得して、釣りに没頭したそうだ。
一風変わったリリースを繰り返しながら。
帰り際、音のした辺りをちらっと覗いてみた。
バスは影も形もなく、ただ生臭い臭いだけがうっすら漂っていたという。
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山肌
137 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/07/14(水) 19:40:04 ID:p8hM9b+60
昔馴染みの話。
子供の頃、山中の実家に帰省している時のこと。
早朝に外の手洗いで顔を洗っていると、裏山の方で何か大きな影が動いた。
動きを追って山を見上げると、途轍もないモノが山肌に巻き付いていた。
深緑色をした大きな蛇。
それが山を抱くようにして、とぐろを巻いていた。
ゆらゆらと揺れる頭は、彼の方でなく余所を向いていたという。
ポカンとして見上げていると、スーッと蛇の姿は薄れていき、そのまますぐに消えてしまったそうだ。
ぺたん
138 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/07/14(水) 19:41:03 ID:p8hM9b+60
友人の話。
近場の神社で夏祭りが開かれたので出掛けた。
社は小さな山の中腹にあって、涼しくて過ごし易かったそうだ。
外れの縁石に腰掛けてイカ焼きを頬張っていると、すぐ背後で物音がした。
ぺたん ぺたん ぺたん
振り向いてみたが、何処を見ても誰の姿も見えない。
柔らかい物が地面を叩くような音は、そのまま境内を渡っていき聞こえなくなった。
後日、神主の家の息子にこの話をしたところ、
「うちの氏神さんは大足だって伝わるけど、それ本当だったんだな」
と妙な感心をしていたという。
トビコンマ
139 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2010/07/14(水) 19:42:17 ID:p8hM9b+60
友人の話。
彼は幼年期を山中の実家で過ごしたのだが、時々不思議な体験をしたのだという。
夜寝ていると、屋敷の外より動物の鳴き声が聞こえてくることが時々あった。
ヒヒーンという馬の嘶き。天空を飛んでいるかのように、遙か高みで馬が鳴いている。
トビコンマの鳴く夜にゃ出歩くな。お空の上へ攫われんゾ。
彼を寝かし付けていた祖母は、子守歌代わりにそう話してくれたという。
今はもう、天から馬の声が聞こえることはなくなった。
空を飛びながら嘶いていたモノが、どこへ去ったのか誰にもわからない。
一人で夏山を縦走していた
418 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/08/02(月) 18:45:06 ID:lS27VaVR0
友人の話。
一人で夏山を縦走していた時のこと。
真夜中、何かの物音に目を覚まされた。
ぽちゃん ぽちゃん
水音のようだ。
深そうな水溜りに、小石が落ちているような、そんな音。
「水場はかなり離れているのに、ここまで音が聞こえるものかな?」
寝惚けながら考えていると、音はいきなりガサッという乾いたものに変わった。
膝まである草を掻き分けているかのような、そんな音。
・・・何かがガサガサと草を踏みながら、このテントの周りを巡っている・・・
息を殺して様子を伺っている内、やがて音は遠ざかって行った。
そしてまた、ぽちゃんと水が跳ねる音に変化する。
唐突に音は聞こえなくなった。
夜が明けるまで、それ以上とても眠れなかったという。
明るくなってから、辺りを散策してみた。
テントから少し離れた窪みで、古い石組みの筒が見つかった。
「井戸? こんな山の中に?」
419 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/08/02(月) 18:45:58 ID:lS27VaVR0
ふと嫌な想像が頭を過ぎる。
・・・昨晩、何かがここから這い上がって来、彼のテント周りをうろついた。
そして又この中に戻って、水の中に沈んでいった・・・
恐る恐る中を覗いてみた。
赤茶けた地肌が底の方に見える。
どう見ても、ずっと昔に枯れた井戸だった。
「俺があの夜聞いたのは、一体何の音だったんだろう?」
今でもそれが不思議なのだという。
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人が寄りつかない沢
87 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/01(金) 20:51:47 ID:PlJ4YC6p0
知り合いの話。
彼の住む町の外れに、人が寄りつかない沢があるのだという。
山を少し入った所にあるその沢は、底の方に分厚い粘土が溜まっているらしい。
この沢辺を歩いていると、足元に何かがベシャリと投げ付けられるそうだ。
まだ水を滴らせた、濡れた粘土の塊が。
誰かが握ったかのように、表面には指の痕らしき太い筋が四本浮いている。
間違いなく水底から掬われたものだが、沢の面はどこも乱れなく静かなまま。
辺りには自分たち以外誰の姿も見えない。
大抵の人はその時点で逃げ出す。
だから一体誰が土塊を投げているのかはわからない。
「昔からあそこには鬼が棲んでいるって言われてるんだ。
だから誰も寄りつかないんだよね」
さらりと彼はそう言った。
山中の村
88 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/01(金) 20:53:02 ID:PlJ4YC6p0
友人の話。
彼の実家は山中の村なのだが、そこに里帰りすると、必ず奇妙な体験をするらしい。
帰郷した翌日に目を覚ましてみると、起き上がることが出来ないというのだ。
腰が抜けたかのようにまったく力が入らない。
前日は大した運動もしていない筈なのに、至る部位に筋肉痛も感じる。
実家の人間に言わせると、夜中に河童と相撲を取ったのだろうという。
河童は眠り込んだ人を操れるそうで、
意識のなくなった人を寝床から外に誘い出して、一晩中相撲を取って楽しむのだと。
友人は偶にしか帰ってこないので、河童たちも懐かしくて嬉しくて、ついつい相撲を取りまくってしまうのだろう。
家人はそう笑っていた。
「河童に知り合いはいないんだけど、
家の者が言うには、この辺の河童は村の住民一人一人を皆覚えてるっていうんだ。
別に眠るの待たなくても、相撲くらい付き合ってやるのになぁ。
・・・あーでも、やっぱり一晩ぶっ続けってのは、勘弁して欲しいかなぁ」
友人はどこかしら困った顔でそう言っていた。
石神様
89 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/01(金) 20:54:51 ID:PlJ4YC6p0
幼馴染みの話。
彼が昔住んでいた団地は、山を切り開いて造られていた。
その山から切り出したのだろうか、団地の外れに、大きな石が置いてあった。
綺麗にされてはいたが、石碑のように字が彫られている訳でもなく、ただ単純に置かれているだけだったという。
子供たちはその石を『石神様』と呼んでいた。
この石神様、夜になると時折、低い声で笑っていたらしい。
彼もそれを聞いたことがあるという。
熟帰りに自転車を押して横を過ぎると、間違いなく石の方から「フフフ」と含み笑いするような声がしたのだと。
「おー本当だったんだ」と子供心に感心し、一つ手を合わせて拝んでから、その場を後にしたそうだ。
「怖くなかったの?」という私の問いに、
「何が?」と彼は不思議そうな顔で問い返した。
その団地も再開発が進んでいる。石神様は今も笑っているのだろうか。
棚田
190 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/06(水) 20:00:34 ID:w7PXzX4g0
知り合いの話。
彼の実家のある山には、一風変わった物の怪が出ていたのだという。
「あの辺り山の斜面なんて、どこもかしこも棚田になっているんだけどな。
そこに馬が出るっていうんだ。
夕暮れ時、畦道をぽつねん歩いていると、いきなり後ろから馬の嘶きが聞こえる。
振り返ると水を張った田圃の中から、馬の首だけが伸び上がってるんだと。
胴体は泥の下・・・と言っても、でかい馬が潜れるだけの深さなんて無いんだけど。
馬ってのは笑うと妙に人間臭い顔になるんだけど、こいつもそうらしい。
人を小馬鹿にしたような表情で、ブルルルル・・・って笑うんだとさ」
「デンバとか呼ばれてた。田の馬とでも書くんだろうな。
こいつに出くわすと、しばらく水に近よるなって言われてた。
引き摺り込まれるとかどうとか。
面は馬なのに、やるこたぁ河童と似たようなモンだね」
「芸が無いよなぁ」
彼は最後にそう付け加えた。
紅葉谷
191 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/06(水) 20:02:03 ID:w7PXzX4g0
友人の話。
ある秋の日、思い立って山奥の紅葉谷へ一人出掛けた。
平日だったこともあってか人っ子一人いない。
足を止め秋の風情を満喫していると、紅く染まった葉が一枚、カサリと頭の上に落ちてきた。
その後も彼が足を止める度に、決まって紅葉が一枚だけ、頭の上に落ちてくる。
まるで誰かが彼を狙っているかの如く、正確に。
何度も頭上を確認したが、紅い葉以外何も見えない。
気味が悪くなったので、早々に退散したのだという。
竹薮
192 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/06(水) 20:03:37 ID:w7PXzX4g0
知り合いの話。
彼の親戚の山には深い竹薮があって、毎年かなりの量を切り出して処分している。
刈るのを手伝っていたある日のこと。
お昼に弁当を食べた後、気持ち良くなって昼寝をしてしまった。
どれくらい寝たのだろうか、誰かの声で目を覚まされた。
「うおーぃ。ここで寝ちゃいかんぞぅ」
その日山に入っていたのは彼一人だけの筈。
驚いて身を起こしたが、周りの青竹の中には、誰の姿も確認できなかった。
山を下りて親戚にこの話をしたところ、次のように言われた。
「家じゃ昔から“竹の翁”とか“竹爺”って呼んでる。
あそこで転寝すると、必ず起こしに来るんだって。
いやそれ以外何もしないんだけど、絶対に熟睡はさせてくれないんだ」
彼はその後も、二回ほど声に起こされているのだそうだ。
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山の動物
279 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/12(火) 19:17:43 ID:5lGlhe130
知り合いの話。
彼女の家は街外れにある。
山からはかなり離れているのに、何故か山の動物がよく現れるのだという。
それも決まって、死体で。
状況からするとどう考えても、動物が庭に自分から入り込み、そしてそこで息絶えたとしか思えないのだそうだ。
彼女は一度だけ、その現場を直接見たことがあるという。
痩せた狐が垣根の間から入り込んできて、庭で腰を下ろした。
そこは彼女の部屋の真前で、机に座っていた彼女と窓越しに目が合った。
次の瞬間、パタリと倒れて動かなくなる。
庭に出てみると、狐は既に死んでいた。
「何でみんな、わざわざうちに死にに来るのよ!?」
悲しそうな顔で彼女は嘆いていた。
古い山寺
280 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/12(火) 19:19:22 ID:5lGlhe130
友人の話。
単独登山中、古い山寺に泊めてもらったのだという。
夜中、何かに顔を撫でられて目が覚めた。
彼曰く“柔らかい筆で頬を撫でられたみたいな”、そんな感触だった。
寝袋の周りには誰もいなかった。
顔に手をやると、しなやかな感触が触れる。
慌てて明かりを点けて確認した。
髪の毛の束だった。
長さは小一メートルほどもある。
部屋を隅々まで見て回ったが、間違いなく自分一人しかいない。
流石に気味が悪く、別の場所に寝床を移し、再度寝ることにした。
しばらくして、また何かに顔を撫でられた。
やはり髪の毛だった。
その後も彼が寝入ると、天井からパサリと髪が降ってきた。
お陰でろくに寝られなかったらしい。
翌朝、住職に大量の髪の毛を見せてみたが、不思議そうに首を捻るばかり。
礼の言葉もそこそこに、その寺を後にしたそうだ。
木に古タイヤ
281 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/12(火) 19:20:49 ID:5lGlhe130
友人の話。
幼い頃、祖父に頼み込んで、実家の裏山の木に古タイヤを吊して貰ったという。
「俺ってあの頃、パンダ大好きでさ。
ある本で“パンダは木に吊したタイヤで遊ぶのが好き”ってのを読んでから、
そうかそうすれば裏山にもパンダが遊びに来るかもしれない!って思いついたんだ。
パンダが中国にしかいないと知ったのは、小学校に上がってからだったわ」
お前さんの遊具くらいにはなったろう。それとも熊でも戯れに来たかい?
からかってそう言うと、微妙に表情が変わる。
「いやそれが、確かに何かが山から下りてきて、あのタイヤにぶら下がってたんだ。
でもソレって、どこをどう見てもパンダとか熊とかじゃなかった。
全身が黒かったし、それに加えて首だけが異様に長かったから。
うん、怖くて気持ち悪くてとても近よれなかったから、隠れて遠くから見てた。
まぁ結局、見るのにも飽きて帰っちゃったんだけど。
あんな変なモノを見たのは、後にも先にもあの時だけだったなぁ」
その後すぐまた祖父に頼んで、タイヤを撤去して貰ったそうだ。
緑色の物
376 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/20(水) 18:33:17 ID:WAVoq6M80
知り合いの話。
子供の頃、山裾に開けた原で遊んでいると、不気味な物を見つけた。
川の中程に緑色の物が引っ掛かっていたのだ。
一番の怖い物知らずが水に踏み込み、それを手にして帰ってきた。
間近で見た皆が皆、「何だこれ?」と考え込んでしまった。
大きさは自分たちの二の腕くらい。緑色でブヨブヨと柔らかい。
中程が肘みたく曲るようになっており、端には指にも見える突起が三本。
間の膜は水掻きにも見える。そして何より、えらく生臭い。
知り合いのお爺さんが通り掛かったので、呼び止めて聞いてみた。
「こりゃカワッパの腕だ。
腕抜けといってな、あいつらの腕を引っ張るとポンって抜けるんだ。
時々そそっかしい奴腹がいて、こうやって下流に流しちまう。
さぁ川に返しておやり。そのうち拾いに来るからな。
うっかり持って帰ったりすると、家まで取りに来るぞ」
そんな気味の悪い代物を、持って帰ろうとする子はいなかった。
言われた通り、元の川に流してやったという。
「あれ、持って帰ってたらどうなってただろうな。
河童が見られたのかな? 今考えると惜しいことしたかも」
彼はそう言って苦笑した。
軽めのハイキング
377 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/20(水) 18:39:21 ID:WAVoq6M80
友人の話。
浅い山で軽めのハイキングを楽しんでいた。
午後の中半、道脇の石に腰を下ろし、軽く食べて休憩しようとザックを開けた。
菓子パンを取り出していると、視界の隅に何か蠢く物がある。
顔を上げると、少し離れた道上に見慣れた形が落ちていた。
自分のものと同じくらいの大きさの、人の右手。
丁度手首から上の部分が、地面の上で指をゆっくりと開いたり閉じたりしている。
白い肌に浮いた青い静脈がいやに目に付く。
何を見ているのか理解するより早く、手はスススッと滑るようにこちらに向かってきた。
「うわぁ!」思わず声を上げ、後ろに仰け反り石から転げ落ちた。
慌てて起き上がり辺りを見回すと、もう右手はどこにも見えない。
そしてまだ一口も食べていない菓子パンも、綺麗さっぱり無くなっていた。
足代
378 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ:2010/10/20(水) 18:40:53 ID:WAVoq6M80
知り合いの話。
山道を歩いていると、頭上から「おーい」と誰かが呼んできた。
見上げても誰もいない。
首を傾げていると、すぐ背後から言葉がかけられた。
「どこに行くのだ?」
つい反射的に「近くの里の親戚だ」と答えてしまう。
すると見えない誰かはこう宣った。
「腰の酒をくれるなら運んでやろう」
確かに酒をぶら下げてはいたが、これはその親戚への手土産だ。
「いやそりゃダメだ・・・」と返す間もなく、いきなり背中から抱き上げられる。
目の前の風景がグニャリと溶けたかと思うと、次の瞬間、見覚えある屋敷の前に立っている自分に気がついたという。
慌てて腰をまさぐったが、酒瓶は綺麗に空となっていた。
しかもそこは、確かに親戚の屋敷ではあったけれど、その日彼が訪れる予定の家ではなかった。親戚違いだ。
「間違えて配達された上に、足代までしっかり取られちまった。
まったく、この山の天狗様はそそっかしくて困るよなぁ」
彼は頻りにそうぼやいていたという。
416 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2012/11/23(金) 17:30:52.21 ID:4MUbGXz30
山仲間の話。
単独で入山中に、不思議な光景に出会した。
行く手の繁みの中で男性が二人、藪漕ぎしながら歩いているのだが、
ある程度進むとくるりと踵を返してから、元来た藪中を戻っていく。
そのまま50メートルほど戻ると、そこでまた180度回転し、再びこちらへ向かって進んでくる。
その二人組はそんなことを何度も繰り返していたのだ。
顰め面が見て取れるほどに近よってみたが、向こう側は彼のことが目に入らないようで、気が付きもしない様子。
「あのー、何をしているんですか?」
流石に気になってそう声を掛けると、吃驚した顔で立ち止まった。
二人して安堵の息を吐きながら、こんなことを口に出す。
「あぁ良かった、人に逢えた。
僕ら、実は昨日からずっと道に迷ってて・・・。
ここがどこかわかりますか?」
「いや、あなた方、ずっとそこでグルグル行ったり来たりを繰り返していたんですけど?」
そう指摘された二人は、彼にからかわれたものと思ったらしく、
「何を言ってるんですかぁ」と苦笑しながらこちらに向かってきた。
川猿・淵猿
468 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2012/11/28(水) 19:24:21.57 ID:5cxupuHR0
知り合いの話。
彼の祖父はかつて猟師をしていたという。
遊びに行った折に、色々と興味深い話を聞かせてくれた。
「ある淵近くの河原で、連れと二人休んでた時の話だ。
真夜中、その連れがいきなり暴れ始めよった。
どうした!?って駆けよったら、身体の横に小柄な猿のようなモノが取り憑いてる。
黒い手を伸ばして、連れの手首を握ってた。
大慌てて突き飛ばしたんだが、そいつ今度は儂の腕を握ってきやがった。
握られた途端、視界が霞んで息が詰まってよ、もうパニック起こしまくったわ。
目鼻口が、一気に水で溢れたんだな」
「後で考えると、大方儂自身の涙や鼻水だったんだろうが、そん時は必死でそんなこと考えるどころじゃなかった。
儂にしてみりゃ、水の中に顔沈められたようなモンで、あん時はそのまま溺れ死ぬかと本気でビビッたわい」
「幸い、復活した連れが儂からそいつを引っぺがしてくれて、何とか息が吐けた。
二人がかりで焚き付けや棒ッキレを持って、死に物狂いで追いかけ回したよ。
猿ほどの大きさしかなかったんじゃが、これがまたすばしっこくて、おまけに触られるとこっちはたちまち溺れちまうときた。
立ち向かうのにえらく苦労したよ」
469 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2012/11/28(水) 19:26:24.93 ID:5cxupuHR0
「それでも何とか散々叩きまくって、ようやくそいつが逃げ出したんだ。
暗い河原をタタタッて走り去ってから、ドポーンと淵に飛び込む音がした。
それっきり静かになったんだが・・・とても淵を覗き込む気力が沸いてこなくてよ。
二人揃って寝ずに朝まで過ごすことにした。
火を起こすと、お互いあまりにも情けない顔してたんで、それでまた疲れたな。
儂も連れの奴も、涙と鼻水と涎を垂れ流しまくりのこぼしまくりだったから。
それからはもう朝まで何も出て来んかった。
日が昇ると、直ぐにそこを引き払ったわい」
「話に聞くところの“川猿”とか“淵猿”って奴だったかもしれねえな。
何でも毛の生えた河童みたいなモンらしいが、あんな化け物に水ン中で捕まえられたら、
そりゃ何も抵抗できずに引き摺り込まれるだろうと思ったよ」
「河童の類ってのは怖えぞ」
祖父さんはそう痛感して、
それ以降家族が水遊びに出掛ける時には、くどいほどに注意するようになったのだそうだ。
藪の中
417 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2012/11/23(金) 17:32:24.29 ID:4MUbGXz30
いきなり前を歩いていた方が立ち止まった。
ギョッとした顔で足下を見つめている。
「ここ・・・昨晩僕らがテントを張った場所だ。
このペグの痕、見覚えがある。
・・・嘘だろ、ここから半日以上は歩いている筈だぞ」
そう呟くと顔を上げ、あれ?っという表情になる。
「何だ、ここ、○○峠に下りる途中道じゃないか!!」
「・・・本当だ。今まで嫌と言うほど通っているのに。
どうして気が付かなかったんだろう?」
どうやら後ろの男性も、現在地の特定が出来たらしい。
二人して顔を見合わせて、頻りに首を傾げている。
丁度、下りる先が同じだったので、彼も二人に同行することにした。
問題なく下山出来て、礼を言ってくる二人に別れを告げたのだという。
「あの二人組、揃って狐にでも騙されたのかね?」
そんなことを考えたそうだ。
しかしその三年後、彼もその藪で道に迷い、別の登山者に助けられた。
道を失ったのは、正にあの藪の中であったという。
「・・・あそこの藪って、何かヤバいモノでも潜んでいるのかな・・・」
以来、彼はそこの道を利用しないようにしているそうだ。]
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山中の寂れた無人駅
720 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2012/12/11(火) 19:35:10.11 ID:G+3GUFky0
友人の話。
彼は中学生の頃、電車で通学していたという。
夏のある日、うっかり寝過ごしてしまい、目が覚めて大慌てで車両から下りる。
そこは山中の寂れた無人駅だった。
時刻表を確認してみると、後一時間近くは上りの電車は来ない。
「早まったなぁ。売店のある駅で下りれば、パンとかジュースとか買えたのに」
ボヤきながらホームの奥にあるベンチに向かったが、既に先客が何人か座っていた。
こんな僻地にこれだけ大勢の人がいるとは珍しいね。
そんなことを考えながら近寄っていったが、ピタリと足が止まる。
そこに座っていたのは、すべてマネキンだった。
一体誰が置いたものか。
慌てて踵を返し、ホームの反対側へ向かう。
近よるのが気持ち悪かったし、マネキンを置いた人物にも決して逢いたくなどない。
次の上り列車が来るまで、酷く落ち着かない気持ちだったという。
寒い夜
721 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2012/12/11(火) 19:35:45.31 ID:G+3GUFky0
山仲間の話。
冬山に単独で入っていた時のことだ。
夜中、酷い寒さのため、どうにも深く眠れないでいた。
震えながらうつらうつらしていると、するりと後ろから抱き締められた。
一瞬「あっ」と驚いたが、その抱擁があまりにも暖かく心地良かったので、ついついそのまま熟睡してしまったらしい。
気が付けば朝になっていた。
一人用テントの中には自分以外誰もいない。
閉ざされた入り口にも、誰かが出入りした痕跡は残されていなかった。
ただ、非常食用のカロリーメイトが二箱、空になっていたという。
見えない何か
722 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2012/12/11(火) 19:36:43.82 ID:G+3GUFky0
友人の話。
山中の獣道を一人辿っていると、見えない何かに顔をぶつけ、転けてしまった。
幸いにも硬い物ではなかったようで、怪我は負っていない。
身を起こして確認してみたが、目の前の空間にはやはり何も認められなかった。
「一体何にぶつかったんだ?」と不審に思いながら、手を前方に伸ばしてみた。
すると、そこには何もない筈なのに、暖かくて柔らかい感触が返ってきた。
驚きながら撫で回したところ、目には見えないが、透明な人型の何かがそこにある。
背丈は彼と同じくらい。
まるで空気が人の形に固まっているみたいで、何も動かず、何の反応も示さない。
尚もそれを触っていると、いきなり背後から何かが「ドンッ」とぶつかってきた。
思わずよろめいて前方に踏み出すと、すっぽりと件の人型空間に嵌まり込んでしまう。
その途端、全身が硬直した。
金縛りに遭ったかのように、身動ぎ一つ出来なくなる。
悲鳴を上げることも叶わずに突っ立っていると、後ろから何かが触れてきた。
何者かが彼の身体を、恐る恐る撫で回していた。
やがて金縛りは解け、身体が自由に動かせるようになった。
慌てて背後に目をやったが、やはり誰の姿も見えない。
足早にそこから逃げだし、麓に着くまで足を休めなかったという。
クチタヤマ
779 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2012/12/15(土) 18:42:41.36 ID:ovODbRbZ0
後輩の話。
彼は高校生の頃、自転車で通学していたのだが、ある時この自転車が盗まれてしまった。
まだ新しい物だったので、大変に悔しく残念に思ったそうだ。
その内新しい車両を買い直すつもりで、しばらくは母君の自転車で通っていたのだが、
一週間もしないで警察から連絡があった。
彼の自転車が放置してあるのが見つかったという。
「新車を慌てて買わなくて良かった」と喜びながら、電車で一駅離れた町の交番まで引き取りに行くことにした。
翌日、交番を訪れ名前を告げると、初老の警官が自転車を持って来てくれた。
目を疑った。
記憶にある姿と異なり、自転車は酷く傷んでいたのだ。
色々な所が真っ赤に錆び付いていて、スポークも何本か朽ちて折れている。
ブレーキは何年も油を差していないかのように、ガチガチに固くなって動かない。
ゴムタイヤは前輪、後輪とも、カラカラにひび割れて裂けている。
「これ僕のチャリンコじゃないですよ」と文句を言おうとしたが、よくよく見るとそこここに見覚えのある特徴が発見できた。
唖然としながら尚も詳しく見てみると、
錆びた防犯登録証の下に、間違いなく自分の名前が書いてあるのが確認できたという。
「……何でたった数日でこんなにボロボロに……」
彼が呆れてそう言うと、警察官は残念そうな顔で教えてくれた。
「見つかったのがクチタヤマだからなぁ、運が悪かった」
780 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2012/12/15(土) 18:43:53.91 ID:ovODbRbZ0
引き取り書にサインした後、お茶を出してくれた警官は詳しい話をしてくれた。
「こいつが乗り捨ててあったのは、地元じゃクチタヤマって呼ばれてる山の麓でね。
その山に捨て置かれた物はどうしてか、凄い早さで古くなってしまうんだ。
物が朽ちるからクチタヤマ。名前の由来はそんなところだろう。
年に一回は山の清掃作業があるんだが、
出てくるゴミが決まってもう、何というかボロボロになり過ぎていてね、元の姿さえ想像できないよ」
「迷惑な場所ですね、それじゃ何にも利用できない」と彼が感想を漏らすと、
「過去には、美術品の偽物造りに利用されたことがあるらしいよ。
古物専門の贋作師だったらしいんだが、新しい茶器なんかをあの山に埋めておくと、短期で良い感じに古びるんだとさ。
まぁこれも犯罪に利用されたんだから、迷惑なことに代わりはないけどね」
苦笑しながらそう教えてくれたそうだ。
結局、直せる所は直してから、その自転車に乗り続けたという。
「僕が高校を卒業して、自転車に乗らなくなった頃、前輪の車軸が折れましてね。
そこでやっと廃棄にしました。
何と言いますか、僕が乗る間だけ必死に耐えてくれたような感じがしまして。
愛着がかなり湧いてましたし、処分する時はちょっと寂しかったですよ」
現在、彼の机には、ピカピカに磨かれた自転車のベルが置かれている。
あの自転車に付いていた品なのだそうだ。
小さな神社
∧∧∧山にまつわる怖い話Part19∧∧∧
187 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2005/04/29(金) 14:11:26 ID:xl286xks0
知り合いの話。
彼の実家の近くに小さな山があり、そこには小さな神社がある。
今にも森に埋もれそうな寂れた神社なのだが、なぜか礼拝客は意外と多い様子。
先日里帰りした折にふと思い出し、何の気なしに足を伸ばしてみた。
一歩境内に足を踏み入れギョッとした。
境内中の木という木に、履物の類が打ち付けてあったのだ。
それこそ数え切れないほどの、靴やサンダルといった履物が。
異様な雰囲気に堪らず、逃げるようにして即帰ったという。
後でその手のことに詳しい人に聞いてみたのだが、
その神社は俗に足止め神社と呼ばれ、ある筋ではかなり有名なのだそうだ。
そこで履物を使って呪をかけると、
その履物の主は、旅行に出たり引っ越したりといった行動が取れなくなってしまう――文字通りの足止めだ。
彼が見た中には、幼子の靴も数多あったらしい。
一体どんな事情があったのか。考えているうち鬱になったという。
「現代でもああいうことを信じてすがる人が、あんなに大勢いるんだな」
彼は最後にぽつりとつぶやいた。
ペット霊園
172 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :05/02/16 03:16:07 ID:FvS5EPHf0
知り合いの話。
彼の実家の裏山には、昔から小さなペット霊園がある。
そのせいか、家の中に犬が通る道があるのだという。
彼の部屋は一階だ。玄関から一直線の廊下の突き当たりにあり、部屋の外からはすぐに山が始まっている。
夜になると時々、外の廊下からタッタッタと何かが部屋に滑り込んでくる。
引っ越してきたばかりの頃は、さすがに飛び起きて布団の周りを確認していたが、
気配はすれど何の姿形も見えない。
そのうちに慣れてしまい、今ではまったく気にならなくなったという。
なぜ犬とわかるのかと聞くと、フンフンと匂いを嗅ぐ音がするだからだと。
寝ている彼の頭をしつこく嗅ぎ回って、飽きると山の方に向かうのだそうだ。
近所には猫の道もあったらしい。
夜中になると台所で、ニャアと餌をねだるような泣き声がしたと聞く。
家人が不憫に思ったのか、床には餌を入れた小鉢が置いてあったらしい。
その家は随分前に取り壊されたので、今でも道があるのかは不明だそうだ。
大きな塊
3 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :05/02/03 13:25:47 ID:O5o0BPFJ0
友人の話。
彼女の実家は山奥深い村だ。
今は廃村となってしまったが、そこで奇妙な物を幾度となく見たという。
山道で小石を拾っていた時のこと。
突然、腐ったような嫌な臭いがしたので辺りを見回してみた。
道の下の方から、大きな黒い塊が這い登ってくる。臭いの元はそれらしかった。
向こうがぼんやりと透けていて、表面では何か渦が巻いているようにも見える。
思わず道を譲ったが、黒塊は彼女をまったく無視して山を登っていった。
一月くらい後、同じ道で今度は山を降りてくる何かに出会った。
爽やかな緑色をしていたが、なぜかすぐに、あの黒い塊だとわかったのだという。
嫌な臭いはもうしなくなっていた。
バイバイと手を振ってみたが、緑塊はやはり反応せずに山を下っていったそうだ。
外道さん
900 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :05/01/30 22:51:21 ID:u5hd+prZ0
友人の話。
彼女の実家は山奥深い村だ。
今は廃村となってしまったが、そこで奇妙な物を幾度となく見たという。
友達と二人で遊んでいた時のこと。
村外れの山麓だったのだが、後ろの藪をガサガサと揺らして何か出てきた。
茶色い毛並みの兎だった。しかし何かがおかしい。
兎なのに、二本足で与太つきながら歩いている。
口元からは血が滴っており、赤く染まった前歯が覗いていた。
何よりも怖かったのはその目だった。完全に据わっている。兎の目ではなかった。
兎は値踏みするように彼女らを見ていたが、すぐにこちらに向かってきた。
悲鳴を上げて逃げ出したが、村の近くまで追いかけられたという。
行き会った大人に泣きついたのだが、事情がわかった途端に村中大騒ぎになった。
「外道さんが出た」
大人たちは口々にそう言って駆け回っている。
彼女たちはしつこく「噛まれなかったか?」と問い質された。
兎一匹のために山狩りまでおこなわれたようだが、結局見つからなかったらしい。
教えてもらったところでは、その山奥には外道さんという物の怪がいるそうだ。
外道さんは山の生き物に取り憑く。
憑かれた物は肉を喰らうようになり、間もなく血塗れになって死ぬ。
外道さんに噛まれると、噛まれた者もまた外道さんに成ってしまうのだと。
そのためか、二人はしばらく隔離されて様子を調べられた。
彼女が言うには、兎も確かに怖かったが、
それよりも村中の子供たちから「外道」と呼ばれて虐められたことが、子供心に何より堪えたのだそうだ。
踊り狂う影
867 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :05/01/29 23:41:16 ID:fHOpsXeU0
友人の話。
彼女の実家は山奥深い村だ。
今は廃村となってしまったが、そこで奇妙な物を幾度となく見たという。
黄昏時によく、民家の屋根の上で踊り狂う黒い影があった。
上から下まで真っ黒で、細長い手足をくねるように振り回していた。
人型ではあったが、不気味なことになぜか頭が見当たらない。
初めは見えて当たり前な物だと信じていたが、友達にはその影が見えないと知り、人前では口にしなくなった。
詳しく調べた訳ではないが、黒影が踊っていた家では、その直後に不幸が訪れていたらしい。
知り合いのお婆さんに「厄災がそういう形で見えるんだね」と言われた。
村を出てからは、そういった影は見えなくなったのだそうだ。
ヘビに会ったときには
759 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :05/01/26 23:29:29 ID:fZ9uf7yX0
同僚の話。
一年に何度か、地の山の草刈りを近所皆でおこなうのだという。
親戚のお婆さんと一緒に鎌を振るっていると、いきなり、お婆さんの目の前に蛇が鎌首をもたげた。蝮だ。
緊張する彼を尻目に、お婆さんはすぐさまチョン!と蛇の首を刎ねてしまった。
のたうつ細長い体をつかんで投げ棄てながら、目を丸くしている彼に向かってお婆さんが言った。
「昔ね、躊躇って中途半端に蛇を傷つけた人がいるのサ。
そうしたらね、その人の子供の首に、日に日にぱっくりと傷が開いてきた。
どんな薬でも治らずに、ふとその蛇のことを思い出して供養してみたところ、あっと言う間に治ったんだと。
だからね、変に恨みとか持たれないよう、スパッと行っちゃう方が良いのサ。
蛇には何とも可哀想なことだけどね」
お婆さんが続けて言うには、蛇が祟るのは総じて気が弱い人間なのだそうだ。
「あいつら本当は弱いからね」
どうか僕の前には蛇が出ませんように。そう祈りながら草刈りを続けたという。
763 :本当にあった怖い名無し:05/01/26 23:35:29 ID:+8OaU/Pr0
雷鳥さんこんばんわ
婆さん強いなw蛇の祟りの話はたいてい凄惨なものだと思ってましたが・・・人間側次第ですな
765 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :05/01/26 23:50:36 ID:fZ9uf7yX0
>>763
どこかで聞いた伝承話なのですが・・・。
村の悪童たちが蛇をイジメ殺してしまったのだと。
それを知った村長さんは、祟りが無ければいいがと一人心配する。
しかし、実際に蛇が祟ったのは、村長さんただ一人だった・・・と。
要は気の持ち様で、不運な出来事を祟りと思い込むこともあるのでしょう。
逆に生き物をイジメ殺すほど鈍感な感性の主には、
祟りがあってもそれと気がつかなかったのかも(失礼な言い方ですが)。
蛇っていうのは、実際自然界のヒエラルキーからすれば下の方かもしれませんね。
蛇を食べる動物って結構多いですし。
大体が毒を持つ動物っていうのは、他に身を守る術が無いから、っていう話も聞きます。
蛇が祟るっているのは、人がその気持ち悪い体形状から、勝手に創り上げたイメージなのかもしれません。
脱皮することから再生のイメージも持たれ、
そのため世界各地の神話では、創物主的な神であることも多いんですが。
蛇にとっては、それこそ傍迷惑な話なんでしょうね。
裏返り
238 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :05/01/16 21:32:40 ID:1AGtzT0P
知り合いの話。
彼の親戚に、猟好きな叔父さんがいるそうだ。
昔、地元で禁忌とされていた山に踏み込んだことがあるのだという。
その山の物は全て、そこら一体の山神様の物ということになっていた。
当時、叔父さんはまだ若く、禁忌何するものぞ!という思いもあったのだろう。
山に入ってすぐに、連れていた猟犬が興奮して走り出す。
名前を叫んで大慌てで追いかけたが、なかなか追いつけない。
姿を見失って間もなく、暗い森の奥から犬の悲鳴が聞こえた。
思わず銃を構え直して先に進むうち、目の前に異様な物が現れた。
臓物を貼り付けまくったような、大きく柔らかそうなピンクと黒の斑な袋。
仄かに湯気を上げ、時折痙攣する。生きている。
恐る恐る近づくと、覚えのあるクンクンという鼻声が、肉袋の中より聞こえた。
その時初めて、これが愛犬の成れの果てであることに気がついた。
詳しくは不明だが、犬は裏表がひっくり返されていたらしい。
そうする内にも声は小さくなり、痙攣も小さくなっていく。
声と動きが完全に停止してしまってから、
叔父さんは泣きながらその亡骸を抱えて、麓の車まで戻ったのだそうだ。
今でも叔父さんは猟を止めていないが、その山にはもう足を踏み入れないという。
399 :本当にあった怖い名無し:05/01/20 02:02:30 ID:l2MZrN3B0
雷鳥さん乙です
裏返りの話はみんな( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )でしたよ
何かコメント下され
402 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :05/01/20 02:29:04 ID:iyZtv8nz0
>>399
裏返り・・・あぁ、>>238の話ですかねぃ。
いや別に、私この話を聞いてあまり違和感を覚えなかったもので。
単に体表面と消化器官内面とをひっくり返すことは、いくら何でも無理でしょうし。
小腸大腸がある限り、まず不可能かと。
ここからちょっと痛嫌な描写がありますので、ダメな方は読まないで下さいまし。
まぁ例によって当事者ではないんで、とやかくは言いませんです、ハイ。
・・・当事者だったら堪らん・・・犬好きには耐えられないシチュエーションだし(涙)。
かなりスプラッタな状態だったらしい・・・。
漠然とですが、何か大きな人か何かが、両手の親指を犬の腹にぶち込んで、
ベリベリクルクルっとひっくり返したような感じだったらしい・・・。
四肢はヘシ折ったのか捩れ壊れていたらしい・・・。
尻尾は抜かれていたらしい・・・。
私が聞いたのはこんな条件でしたんで、あまり描写するのも何かなぁ、と愚考しまして、
単に裏表が云々とだけ書きました。
それに、こういう描写って私の好きなスタイルじゃないですしね。
とまぁこういうコトな訳です。以上。
石の女
398 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :05/01/20 01:54:47 ID:iyZtv8nz0
友人の話。
秋口に一人で山籠りしていた時のこと。
真夜中、誰かが身体を触ってくる感触で目が覚めた。
まるで背中や肩を、按摩してくれているようだったという。
最初は驚いて飛び起きようとしたが、揉み具合がどうやら絶妙だったようで、
そのままマッサージに任せて眠ってしまった。
翌日、起きてみると身体中が痛い。
動く度に鈍い痛みに襲われ、必死の思いで山を降りたのだという。
我慢できず、近場の親戚の家に転がり込む。
服を脱いだ彼を見て、親戚の家族は絶句した。
彼の全身は、青黒い痣で覆われていたのだ。
ひどい所は、皮膚がグズグズに崩れかけていたほどだった。
彼から事情を聞くと、親戚は介抱してくれながらも説教してきた。
曰く、あの山へ一人で留まる奴があるか!
あそこの奥には『石の女』がいて、身体が潰れるまで揉み解されるのだと。
身体の痣は半年も消えず、健康が戻るのにも同じくらいかかったという。
胡桃
47 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :04/12/14 01:44:28 ID:etYsJ3yP
同僚の話。
山奥にある一軒家のポンプ修理をしていた時のこと。
こつん、と何か頭に降ってきた物がある。
胡桃の実だった。
何処から降ってきたんだろう、頭上は開けているのに。
そう思いながらも仕事を続けていると、続けて2個3個と降ってくる。
辺りを見回したが、いたずら者の姿は見えない。
それでも仕事に戻ると、しつこく胡桃が降ってくる。
あんまりしつこいから、ヘルメットかぶって仕事してやったい。
そう平然と言って、彼は土産の胡桃を会社で分けてくれた。
50個はあったと思う。
案山子
48 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :04/12/14 01:45:16 ID:etYsJ3yP
友人の話。
彼の実家は山で棚田を耕している。
つい先日里帰りした折、「最近は熊や猪がよく出るので大変だろう」とお祖父さんに振ったところ、
何ともおかしな答えが返ってきた。
「熊やらは大変だけど、気をつければそう怖くはない。
本当に怖いのは、歌う案山子だ」
田で作業をしていると、何処からともなく歌声が聞こえてくることがあるのだと。
目を上げると、遠くでユラユラとハミングしている、細い影が見えるらしい。
ひどく気味の悪い代物なのだそうだ。
そんな時は作業に終いをつけ、すぐに引き上げるのだという。
この時、後ろを振り向いてはいけない。何かと厄介なことになる。
どう厄介なのかは、つい聞きそびれてしまった。
「案山子ってのは、ちゃんと供養してやらないとダメだ」
お祖父さんはそう言って、ちびちびと酒を飲んでいたそうだ。
サナトリウム
49 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :04/12/14 01:46:29 ID:etYsJ3yP
後輩の話。
彼の住む山間の町には、かなり大きな廃病院があったのだそうだ。
戦前に、結核患者用のサナトリウムとして利用されていたという。
肝試しに行かないかという私たちの提案に、彼はこんな話をしてくれた。
「これは都市伝説みたいなものかもしれませんが・・・。一応耳に入れておきます。
サナトリウムには人望のある若い医師がいて、
患者やその家族のカウンセリングみたいなこともしていたらしいんです。
そのうちにどんどんエスカレートして、催眠療法の真似事にも手を出したって聞いています。
それがある時、入院患者が一度に三人も自殺したんです。
ええ、その医師の催眠療法を受けた患者だったらしいです。
しばらくして、警察が大挙して乗り込んできました。
漏れてきた噂では、例の催眠療法を受けた患者さん、退院されてから、
皆が家族と無理心中したというんですよ。
十人近くいたということなんですが・・・
ここからがはっきりしなくなるんですが、
どうも催眠に使った部屋に何かあって、それが問題だったとか・・・。
鑑識が一人自殺してから捜査は終了し、サナトリウムは閉鎖されました。
問題の医師がどう処分されたのか、そこはまったく不明です。
まあ、戦争直前の時節だったらしいですから・・・」
それでも行ってみます?彼はそう聞いたが、皆行く気が失くなっていた。
現在、件の廃病院は既に崩れ果て、青空駐車場にされていると聞く。
83 :本当にあった怖い名無し:04/12/14 23:00:32 ID:U9zTKv0m
>>49
かなり気になるね。都市伝説なら検索にひっかかるかな?と思ったが、それらしいのは出ず。
しょうがないので推測してみることにした。
医者がやった催眠療法はカウンセリング目的だと思うが、催眠状態にして何を吹き込んだのか不明。
しかし、まあ医者に悪意がなかった(催眠で殺人するよう仕向けた等)と仮定する。
「催眠に使った部屋に何かあって、それが問題だった」ということを、
「その部屋に幽霊がいた」と解釈すると、
真相は、催眠状態になった患者に幽霊がとりついたという事かな?
鑑識の一人にも災いがふりかかったと。
その部屋を使ってた人が全員とりつかれるわけではなく、とりつかれやすい人がとりつかれた、と。
235 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :04/12/18 03:33:31 ID:ji1NwHqN
>>83
遅レスにてすいませぬ。
ここでは、その町だけに伝わる昔話といった意味で“都市伝説みたい”としました。
件の医師ですが、最終的にはかなりヤバイ思想に転んでいたそうで。
ぶっちゃけた話、下のような終末的思想。
「つらいなら逃げれば良いじゃないか。
逃げて逃げて逃げられなくなったら・・・
究極的な逃避って、やっぱり死かなぁ」
あくまでも噂ですが。
なにせ戦前の話、詳細も分からないし、こういった噂も不謹慎な周りの人が作り出したものかもしれません。
ただ、やはり少々不気味ですよねぇ。
人間は自己保存の本能があるので、催眠では自殺させられないと聞いたことがありますが、
何か可能な手段でも見つけてしまったのでしょうか?
それも、誰彼委細かまわず発動するような方法で。
鑑識さんは、運悪くそれを作動させてしまったとか。
まぁこれは私の妄想な訳ですが。
物音がする廃屋
∧∧山にまつわる怖い・不思議な話Part24∧∧
113 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2005/12/26(月) 00:35:41 ID:pH0vvhn30
後輩の話。
幼い頃に里帰りした時のこと。
久しぶりに会う幼馴染みたちと遊べるのが、何よりの楽しみだったという。
誰かが「お化け屋敷に行こうぜ」と言い出し、そういう運びになった。
その廃屋は山を少し入った場所にあり、一軒だけ孤立していた。
地元組みが言うには、人が住まなくなってから大分経つのに、時折家事をする音など聞こえてくるのだそうだ。
とは言え悪童どものこと、誰も本気で幽霊を信じてはいなかった。
廃屋に入り込むと、気の済むまで大っぴらに探索しまくったらしい。
彼らが二階の奥を探っていると、一人が不意に立ち止まった。
何かがキュッキュッと擦れているような音が聞こえたというのだ。
皆で耳を澄ませると、確かに微かな物音が届いてくる。
音がどこからするのかわかった時、皆揃って泣きそうな顔になった。
彼らが登ってきた階段の真下、丁度そこら辺りから聞こえてくるのだ。
じゃんけんで負けた彼が先頭になり、おっかなびっくり下を覗き込む。
人の姿はない。ただ、一枚のくたびれた古雑巾が見えた。
虫を思わせるような動作で、独りでに床の上を這い回っている。
「あ」
急に理解が訪れる。
悪ガキたちが残した土足の跡を、一生懸命拭き取っているのだ。
見ているうち、怖いという思いは消え失せ、申し訳ないという気持ちで一杯になった。
その場で靴を脱ぎ、ゆっくりと階段を下りる。
「ごめんなさい」
皆でそう謝ってから廃屋を出た。
雑巾は彼らに目も振らず、ただひたすら自分の仕事をしていたという。
中学に上がる前に、その廃屋は取り壊された。
「あの雑巾、どうしたのかなぁ」と、里帰りの度に思い出すのだそうだ。