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114: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2015/06/10(水) 15:05:07.44 ID:NiSeGD230.net
フランツ・カフカの短編「断食芸人」
断食を興行とする芸人がいた。断食芸は人気の芸で、断食芸に対して町中が沸き立っていた。
断食の日数が増す程に人々の目は好奇心に光る。間近で見るために席を予約する人まで現る程だった。
一方で芸人の痩せて青白く肋骨が浮き立った身体を見るに堪えられず絶対に見ないという人もいた。
芸人は格子の付いた檻の中に入れられていて、敷き詰めた藁の上に座っている。芸人は時おり水で口を湿らすだけで、何も食べない。
また人目に隠れて物を食べないようにと常時見張りが付いているが、芸人は見張りが厳しい程喜んだ。
自身の継続する断食に誇りを持っていたからだった。
見張りが自身の目の前でこれ見よがしに食事を貪ろうとも、断食に誇りを持つ芸人にとっては羨ましいどころか、自身の自尊心が高められるのだった。
芸人にとって断食はこの世で最もたやすいことだと言ってよかった。
断食を続けるのは40日間と興行主に決められている。40日を過ぎれば断食を終え、よくぞここまで耐えたという風に人々に迎えられ、食事を出される。
しかし芸人はそれでも食事を口に入れたくなかった。食事を見ると逆に吐き気に襲われた。
よくぞ耐えたと食事を差し出す周囲の人々。しかし芸人にとっては、それは断食し続けているという栄誉を奪われるに等しかった。
何故ここまで耐えたのに、ここで断食をやめなければいけないのか?
芸人は断食に対する誇りが行き過ぎて、そんな考えをするようになっていた。
断食芸の最後を締め括る、芸人に出される食事。見に来た人誰もがその様子に満足していた。ただ一人、芸人自身だけが不満だった。
115: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2015/06/10(水) 15:06:41.22 ID:NiSeGD230.net
その後、断食芸の人気はすっかり衰え、どこへ行っても白い目で見られるようになった。芸人は長年の付き合いだった興行主と別れ、サーカスと契約を結ぶ。
芸人の檻は動物の檻とともに見世物の通路に並べられた。珍しい動物を見にやってきた客は芸人に興味を示さない。寧ろ客からすれば細い通路の中、早く動物を見に行きたいのに邪魔な見世物、という扱いだった。
芸人は人々に忘れ去られてしまうが、唯一の誇りである断食を全力を尽くして続け、見事にやってのけた。しかしそれが何になったというのだろう、誰もが前を通り過ぎてゆくだけ。
もう誰も断食の日数等数えていなかった。断食の日数を示した板は最初はきちんと取り替えられていたが、その内同じ板がいつまでもぶら下がっていた。
多くの日が過ぎ、芸人の檻が監督の目にとまった。中では芸人がまだ断食を続けていた。監督は問い掛けた。
「いつになったらやめるんだ?何故おまえはそこまで続けるんだ」
「断食以外に、他に仕様がなかったもので」
「どうして他に仕様がなかったのだ」
「私はうまいと思う食べ物を見つけることができなかった。もし好きな食べ物を見つけていたら、断食で世間を騒がせたりしないで、みんなと同じようにたらふく食べて暮らしたに違いないんだ」
その言葉が口から漏れた途端、芸人は息絶えた。
「よし、片づけろ」と監督は言った。
芸人は藁くずとともに葬られた。芸人が入っていた檻には代わって活きの良い豹が入れられた。
喉から生きる喜びを吐き出すような豹の檻に人々はひしと集まり、一向に立ち去ろうとしないのだった。
116: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2015/06/10(水) 15:09:16.45 ID:NiSeGD230.net
個人的に著者のカフカの逸話を聞くと、この話が余計に悲しく思えてきた。
彼は健康体を維持しようと、極度なまでに食事を制限し、間食なんてもってのほかで、おやつなど害だと述べているほど。菜食主義で、肉も全く食べなかった。
悲観的故に自分に厳しいカフカはその食への制限が行き過ぎて、健康体の維持どころか拒食症のようになってしまう。
母親が泣きながら食事を差し出してもカフカは口に入れられなかった。
無理な食生活をしたせいで最終的には彼自身の死に繋がる病気にもなってしまう。
断食芸人最期の台詞は、まるで著者カフカ自身を表しているようだという文学研究者もいる。