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310: 本当にあった怖い名無し:2007/06/02(土) 17:48:58 ID:kF3lp0+h0
寺山修司の詩「波の音」
ひとりの忘れられた女が、港町の赤い下宿屋に住んでいました。
彼女は毎日、夕方になると海の近くまで行って、
海の音をカセットレコーダーに録音してくるのを日課にしていました。
彼女の部屋には日付を書き込んだテープがいっぱい散らばっていました。
「どうして毎日、海の音ばかり録音しているの?」と、通りすがりの少年水夫が聞きました。
「私にも分からないわ。ただ、波の音を聞いていると、気持ちが落ち着くの。」と、女は答えました。
彼女には、むかし船乗りの恋人がいました。
その恋人は、コスタリカの南へ遠洋航海に出たまま、帰って来ませんでした。
噂では、別の町へ帰港し、そこで結婚し船乗りをやめてしまったとか、
船が難破して死んでしまったとか言われていましたが、
女はどれも信じないで、いつまでも待ち続けていたのです。
ある日、忘れられた女は、暮れ方になっても録音に来ませんでした。
「おかしいな」と、少年水夫は思いましたが、その時は大して気にもかけませんでした。しかし、それからも彼女はやって来ませんでした。
少年水夫は、赤い下宿屋に女を訪ねましたが、
部屋には鍵がかかっておらず、だれもいませんでした。
残されたレコーダーのスイッチを入れると、波の音が聞こえてきました。
ごくありふれた暮れ方の波の音のはずなのに、じっと聴いていると、
吸い込まれそうなさみしい感じがしました。
ふと、その音に混じってドボン! と小さな音が聞こえました。
おや、耳のせいか、と思って巻き戻してみると、やっぱりドボン!
という小さな音が聞こえるのでした。
それは、自分の録音してきた海の音に、忘れられた女が飛び込んで自殺した音でした。
311: 本当にあった怖い名無し:2007/06/02(土) 17:58:56 ID:2RsKaSGoO
切ないっす…