師匠シリーズ

【ゴスハンシリーズ】雨宿り

新 鼻 袋 ~第四夜目~

902 :ゴーストハンター:04/10/22 14:55:19 ID:Bb1p0LkH
『雨宿り』 全6回  作:ゴーストハンター

『ラジオ幽霊』の話を聞いたのは誰からだったか。
近所の廃屋に出るという。私は一笑に付したが、ネーミングの面白さが妙に耳に残っていた。

その日、私は散々だった。
会社では人の失敗を押し付けられ、帰りの電車ではカバンを置き引きに会い、そして電車から降りてみると土砂降りの雨だ。
せめて折り畳み傘でもあればと思ったが、仕方がない。
日の暮れた道を、雨粒を撥ねながら家路へ走った。
しかし途中でますます雨脚は激しくなり、視界がもやのように煙るのでこれはたまらないと、近くの廃屋に飛びこんだ。
「ウヒー」と思わずつぶやくと、手足を振るった。
ポケットからハンカチを出して顔を拭こうとしたとき、どこからともなくラジオの音が聞こえてきたのだった。

903 :ゴーストハンター:04/10/22 14:56:43 ID:Bb1p0LkH
廃屋はもともと何かの工場があった場所だった。
その奥の柱に携帯ラジオが掛かっていて、知らない洋楽が流れていた。
その柱の下に、男が座っていた。
ドキッとした。目が慣れるまで全然気がつかなかった。
「あ、雨宿りですか」
なにか言わないといけない気がして、軽い調子を装った。
男は何もいわず前髪から落ちる水滴をハンカチで拭いていた。
私は男に不気味なものを感じながら、自分もハンカチで顔を拭き始めた。
ラジオ幽霊。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
まさか。そんな風には見えない。ただ、男の格好に違和感を覚えた。
会社帰り然としたスーツ姿だが、カバンを持っていないのだ。
男は神妙な顔をして、柱のラジオを見つめている。
薄気味が悪くて私は早く雨が小降りにならないかと、外を見た。
そのとき、ポーンという甲高い音が廃屋に響いた。

904 :ゴーストハンター:04/10/22 14:57:51 ID:Bb1p0LkH
ラジオの時報だった。
『~時のNHKニュースです。
 たった今入った情報によりますと、○○区の××の事務所に強盗が押し入り、事務所にいた女性従業員を刃物で殺害。
 男性一人をガムテープで拘束して逃走した模様です。
 犯人は付近に潜んでいる可能性もあり、警察では警戒を呼びかけています。
 なお、犯人は30歳前後中肉中背の男性で、スーツ姿。
 逃走のさいに事務所の売上金の入ったバッグを捨てており、バッグは路上で発見されています。
 では、次のニュースです・・・』
パンダの話など耳に入らなかった。
事件があったのはここと目と鼻の先だ。
30歳前後、中肉中背、スーツ姿。そしてバッグを持っていない。
私は、まさかまさかと思いながらも男の方をハンカチの隙間から覗いた。
いっそ、くだんのラジオ幽霊氏であって欲しい。

905 :ゴーストハンター:04/10/22 14:58:35 ID:Bb1p0LkH
男はラジオに耳を傾けながら、平然としている。
私は図らずも指が震えた。
なぜ男は平然としているのか。
今のニュースを聞いていなかったはずはない。
逃亡中の殺人犯が怖くないはずはない。
私もまた、『スーツ姿で手ぶらの三十男』なのである。
私が怯えているように、男もまた私に怯えていいはずだ。
にもかかわらず平然としているということは・・・
私は最悪の状況を想像し、緊張した。
そのときである。
男がふいに笑い出したのは。
「ガムテープで拘束したなんて、ウソさ」

906 :ゴーストハンター:04/10/22 14:59:21 ID:Bb1p0LkH
私はいつでも逃げられる体勢をとりながら身構えた。
「今のニュースには決定的な間違いがある。
 男性をガムテープで拘束した、という部分だ。
 『ガムテープ』は登録商標だ。NHKではその単語を使わない」
「え?」
私は驚いて男を見た。
「粘着テープ、または布テープという表現をするんだ。
 企業の宣伝行為を一切しない、という建前と引き換えに、
 すべての国民から受信料を巻き上げるための、涙ぐましい言い換えの結果だよ」
男はさも可笑しそうに肩をゆすった。
「ある噂を聞いて来たんだけど、私が出張ってくるほどのことはなかったな。
 雨が小降りになったら、もう帰るよ」
ラジオがプツンと音を立てて止まった。

907 :ゴーストハンター:04/10/22 15:00:45 ID:Bb1p0LkH
急に雨音が大きくなる。
私は思わず、ラジオを柱から外して手に取った。
古い型で埃まみれで、今まで音が出ていたのが不思議だった。
そして裏返すと、電池が入っているはずの所になにも入っていなかった。
ラジオの幽霊。
そんな言葉が頭をよぎって、思わず手から取り落とした。
ラジオはいくつかの破片を散らして、壊れた。
「もちろん、殺人事件なんて起きてないさ」
男が外の様子を見ながらいった。
もどってくると、懐から名刺を出して、
「そうそう、なにか御用のさいにはぜひ」
営業用のスマイルで私の手に押し付けた。
名刺には『ゴーストハンター・小田切真一』と書いてあった。

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