師匠シリーズ

【師匠シリーズ】三人目の大人

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死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?194

626 :三人目の大人   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 20:33:33 ID:lK8rj6z40
小学校2年生の教室で、図工の時間に『あなたの家族を描いてね』という課題が出た。
みんなお喋りをしながら、色鉛筆で画用紙いっぱいに絵を描いた。
原っぱにお父さんとお母さんと女の子が、ニコニコ笑いながら並んでいる絵。
スベリ台のようなものに乗って遊んでいる子ども二人を、お父さんとお母さんが見ている絵。
お父さんとお母さんだけではなく、おじいちゃんおばあちゃんも一緒に並んでいる絵。
飼っている猫や犬も一緒に描いている子が多かった。
その年代の子どもは、ペットも家族の一員という認識が強いのだろう。

授業が終わり、描きあがった作品をひとつひとつ見ていた先生は、ふと、ある子が描いた絵に首を傾げた。
それはクラスでも大人しい、目立たない男の子が描いたもので、
見た目には何色もの色鉛筆をふんだんに使い、賑やかで楽しい絵になっている。
けれど、そこには奇妙な違和感があった。
画用紙には、家族がテーブルらしきものを囲んで座っている絵が描かれている。
食事どきの団欒の風景だろうか。
みんなこちらがわを向いているのだが、その構成がどこかおかしい。
左から、お父さんらしい眼鏡を掛けた大人と、お母さんらしいパーマ頭の大人、そして男の子が一人。
さらに右端には、もう一人の大人がいる。
みんな笑っていて、口の中は赤い色で豪快に塗られているのに、
右端の大人だけは口を閉じたまま、無表情で座っている。
目は糸のように細い。
大人だということは身体の大きさで分かる。
クラスの子どもたちはみんな、子どもである自分と大人をはっきり大きさで区別している。

627 :三人目の大人   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 20:36:41 ID:lK8rj6z40
その右端の無表情の大人は、年齢はよくわからないが、
皺を表す線がまったくないので、少なくとも老人ではないようだった。
三人の大人と一人の子ども。
……
それはどこか、人を不安な気持ちにさせる絵だった。
先生はその男の子の家族構成を思い出す。
団地のアパートの一室に住んでいる一家で、お父さんとお母さんとその一人息子の、三人家族だったはず。
では、この三人目の大人はいったい誰なのだろう。
最近、親戚でも遊びに来ていたのだろうか?
そう思って、先生はこびり付くような気持ちの悪さを振り払う。
気を取り直して次の絵をめくる。
けれど頭の片隅では、その三人目の大人が、
どうして笑っている家族の中で、一人だけ無表情に描かれているのだろうと、考えずにはいられなかった。

――2週間が過ぎた。
その日は参観日で、教室の後ろにズラリと並ぶ着飾った大人たちに、子どもたちは気もそぞろ。
いつもは張り切って悪さをする子も、その時ばかりはカチンコチンに緊張して、大人しくなってしまっている。

先生は授業の終わりに、「このあいだの図工の時間に、みんな家族の絵を描いたよね」と言った。
きゃあ、という子どもたちの歓声。
そして先生は、授業参観をしている父兄たちの後ろを手で示し、
「後ろの壁に貼っているのがその絵です」と言った。
父兄たちは一斉に振り返り、我が子の作品を見ようと、絵の下に貼られた名前を頼りに探し始める。

628 :三人目の大人   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 20:40:27 ID:lK8rj6z40
そしてお母さんたちは、「いやぁ」と口々に言って、大げさな身振りで恥ずかしがる。
お父さんたちは静かに苦笑をする。
子どもたちは、てんでに騒ぎ始めて大はしゃぎ。
そんな光景を微笑ましく眺めていた先生は、父兄たちに話しかけようと、教壇を降りて歩き始める。
その瞬間、つんざくような悲鳴が上った。
悲鳴は教室中に響き渡り、大人も子どもも息を呑んで動きを止める。
その声の主は、壁の隅の絵を見ていたパーマ頭の女性だった。
先生が駆け寄ると、その女性は目を剥き、指を鉤のように折り曲げて口元にあてたまま叫び続けている。
その視線の先には、絵の中でテーブルの端に座る、三人目の大人の無表情な顔があった。

「という怪談があってな」と師匠は言った。
大学に入ったばかりの春のことだった。
彼は大学のサークルの先輩だったが、サークル活動とはまったく無関係に重度のオカルトマニアで、
僕はその後ろをヨチヨチとついていく、弟子というか子どものような存在だった。
「ここはどこですか」
一応聞いてみたが、答えは薄々わかっていた。
僕たちは人気のない団地の、打ち捨てられて廃墟同然になっている、アパートの一室に忍び込んでいた。
僕たちがしゃがみ込む畳には、土足の跡や、空き缶、何かが焦げた跡などがある。
少なくとも、人が住まなくなって5年以上は経っている様子だった。

629 :三人目の大人   ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 20:43:36 ID:lK8rj6z40
師匠は言う。
「その三人目の大人を描いた子どもが、家族と住んでいた部屋だ」
「実話なんですか」
そう聞くと、頷きながら、
「もともと巷の怪談として広まってるわけじゃなくて、個人的なツテで収集した話だ」
と言って、部屋を照らしていた懐中電灯を消した。
深夜の1時過ぎ。辺りは暗闇に覆われる。
どうして明かりを消すんだろうと思いながら、じわじわとした恐怖心が鎌首をもたげてくる。
「怪談の意味はわかったよな」と、師匠らしき声が暗がりから聞こえる。
なんとなく、わかる。
母親が最後に悲鳴を上げるのは、その三人目の大人が、本来そこに描かれていてはおかしい人物だったからだ。
まったく心当たりのない人物ではない。
そうならば、『誰かしら』と首を捻るくらいで、そこまで過剰な反応は起こさないだろう。
知っているのに、そこにいてはいけない人物。
それも、死んでいなくなった家族などであれば、
それを絵の中に描いた男の子の感性に涙ぐみこそすれ、恐怖のあまり悲鳴を上げたりはしないだろう。
知ってはいるが、家族であったこともなく、しかもテーブルを囲んでいてはいけない人物。
暗い部屋に微かな月の光が滲むように射し込み、
柱や壁や目の前に座っているはずの師匠の輪郭を、おぼろげに映し出している。
かつてテーブルが置かれていたであろう6畳の居間に、僕は身を硬くして座っている。
闇の中に青白い無表情の顔が浮かび上がりそうな気がして、どうしようもない寒気に襲われる。

630 :三人目の大人 ラスト  ◆oJUBn2VTGE:2008/07/10(木) 20:45:38 ID:lK8rj6z40
師匠が張り詰めた空気を震わせるように囁く。
「実は、気づいていないかも知れないが、この話を聞いた人間にも、ある影響が自然と及ぼされる」
ふーっ、という息を吐き出す音。
僕も息を吸って、吐く。
「話を聞いただけなのに、おまえは何故かもう、その顔を想像している」
心臓が脈打ち、耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。
「大人と聞いただけなのに、何故かおまえはその顔を、
 女ではなく、口を閉じた無表情の男の顔として想像してしまっている」
僕は耳を塞いだ。そして目を瞑る。頭が勝手に虚空に浮かぶ顔を想像している。
どこからともなく声が聞こえてくる。

それがここにいてはいけない三人目の顔だよ

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