師匠シリーズ

【師匠シリーズ】食べる

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【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ18【友人・知人】

760 :食べる  ◆oJUBn2VTGE :2011/08/21(日) 00:19:26.51 ID:i1MYcoGY0
師匠から聞いた話だ。

一度どうして蜘蛛が嫌いなのか訊いたことがある。
加奈子さんはどうしても訊きたいのかともったいぶったあと、
いや、後悔するぞとも言っていたような気がするが、ともかくあぐらをかいて語り始めた。
クーラーのない夜のアパートの一室は、座っているだけでじっとりと汗が浮かんできて、
なんとも怪談を聞くのに相応しい雰囲気だった。
だからと言って、その話が怪談になる保障はなかったのであるが……
「子どものころにな、エグい蜘蛛の死骸を見てな。それ以来だめなんだ」
エグい、というのが気になるが、案外普通の話だ。
余計に暑くなって団扇を仰ぐ。
「近所にゴミ屋敷って呼ばれてる家があったんだけど、そこに有名な変人のおじさんが住んでてな。
 いつも短パン穿いてて、上半身は垢じみたシャツ一枚。
 ニヤニヤ笑いながら、用もないのにそのへんをぐるぐる歩いて回ってんの。
 仕事なんてしてなかったけど、母親の年金で食ってるって話。
 だけどかなり前から、近所の人もその母親を見かけなくなってて、
 実はとっくに死んでるのに死体を隠してるって噂があった。もちろん年金をもらいつづけるためだな。
 とにかく、近所のコミュニティー内でも危険人物ナンバーワン。
 大人からは絶対ついていっちゃだめだって、きつく言われてた」
「……ついていったんですね」
「うん」
ありうる。おばあちゃんの死体を見つけるつもりだったに違いない。
「小学校三年生くらいだったかな。歩いてたおじさんを尾行してた時、いきなり振り向いて言ったんだよ。
 『うちにおいしい食べ物があるよ』」
「……ついていったんですね」
「うん」
ありうる。

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わたしはおじさんの後をついていった。
大人が近くに居れば注意してくれたかも知れないけれど、平日の昼間だったから誰とも行きあわなかった。
もった、もった、とマイペースで歩くおじさんの背中を見ながらしばらく進むと、例のゴミ屋敷にたどり着いた。
いったいいつから溜めているのか、
黒いゴミ袋に入っているものから、入っていないなんだか汚らしいものまでが、庭にまであふれ出している。
周囲には異様な匂いが立ち込めていて、これでは死体があっても死臭など嗅ぎ分けられそうになかった。

761 :食べる  ◆oJUBn2VTGE :2011/08/21(日) 00:22:56.50 ID:i1MYcoGY0
そのゴミに惹かれて野良猫がうじゃうじゃ集まってきていて、その無数の瞳が一斉にこちらを睨んだ。
ただゴミを漁りにきていたわけではないようだった。
大小様々な皿に、キャットフードらしいものが散らばっていたからだ。飼っているらしい。
中には何の肉だかわかんないようなものをくわえて、こちらに唸っているヤツもいる。
「こっちだよ」と言いながら、ゴミを掻き分けて家の中に入っていくので、
飛びかかられはしないかと猫に注意を払いながらついていった。

玄関には脱ぎ散らかした靴が何足かあり、半分はゴミの山の下敷きになっている。
おじさんが靴を脱いだので、生理的に脱ぎたくはなかったが、仕方なくスペースを見つけて慎重に靴を揃えた。
「こっち」
台所に行くのかと思ったが、廊下の途中に地下へ伸びる階段があり、そこで足を止めた。
靴下がいやにネトネト床に張り付いて気持ち悪い。
それでもおじさんが勝手に階段を降りていったので、ついていくしかなかった。
降りていくときに気づいた。
猫の鳴き声が聞こえる。
家の外もニャーニャーうるさかったが、あきらかに地下からも聞こえていて、
それも一匹や二匹じゃないうえに、なにか苦悶の声というのか、とにかく普通じゃない鳴き声だった。

階段を降りると、薄暗い地下室に棚がたくさん並んでいる。それぞれが天井にくっつくくらい背が高い。
その中には、わけがわからないものが詰め込まれていた。
ベビーカー。割れた三面鏡。古びた桶。ツルハシ。石膏の地蔵。汚れた造花。
暗号のような殴り書きをしてあるダンボール。
それに黒い布を被せてある鳥カゴのような形のものが何十と。
猫の異様な鳴き声は、その黒い布の向こうから聞こえてきていた。
ついていってはいけない人ナンバーワンは伊達でないという実感がした。

そしてビン。
梅酒をつくるときに使うような大きさのビンが、棚の下の方の列に並んでいて、
黄色い天井の明かりに薄っすらと照らされている。
気持ちの悪い色をした中身が微かに見える。
おじさんがわたしの視線の先にあったひとつを取って、ニヤニヤしながら「食べる?」と訊いてきた。
最初、茶色いお饅頭がぎっしり詰まってるのだと思った。
しかし、一口サイズにしても妙に小さい。大きさも形もまちまち。
おじさんが蓋を開けて、赤ん坊のようにふっくらした指をつっこみ、一つを摘んでみせた。

762 :食べる  ◆oJUBn2VTGE :2011/08/21(日) 00:27:19.31 ID:i1MYcoGY0
なにかぬらぬらしていて、そのくせ萎れかけている、茶色くて丸いもの。
おじさんはそれを口に放り込んで、くちゃくちゃと音を立てた。
またビンに手を入れ、もう一つ取り出して、わたしの口元に近づけてくる。
茶色いお饅頭の表面に変な模様と、うぶ毛みたいなものが見えた瞬間に分かった。分かってしまった。
あ、蜘蛛のお腹だ。
それも大きな蜘蛛の。それが一抱えもあるビンの半分以上にみっしり詰まっている。
手を出さないわたしにニヤニヤ笑って、おじさんがまた自分の口に放り込む。くちゃくちゃ。くちゃくちゃ……


「ちょっと待ってください」
話の途中で、僕は手振りを交えて口を挟んだ。
空気。空気を吸いたい。いや、空気はある。窓の外の空気が吸いたい。
加奈子さんはそんな僕をバカにした目で見ている。
甘かった。この人のトラウマになったほどの出来事が、普通のよくある話なわけはなかった。
「続きがあるんだよ。まだわたしは逃げ出さなかったからな」


おじさんは小さい女の子の前で自分を全開でさらけ出して興奮したのか、目が爛々としてきて息遣いも荒くなった。
「でもこれじゃないんだ。これはあんまりおいしくないからね」
そうしてビンを戻すと、奥の方へ進み始めた。
黒い布のかかった鳥カゴのようなものの前を通り過ぎるとき、猫の呻き声が大きくなった。
立ち止まったままのわたしに、おじさんが「どうしたの?」と訊く。
「ねこが」
そう言うわたしに嬉しそうな顔をして口を開く。歯にさっきの蜘蛛のお腹の一部がこびり付いているのが見えた。
「猫は化けるっていうけど、どんな風に化けるのか実験してみたんだ。色んなことをしたよ。
 そのうちに気がついたんだ。死ぬ前にね、変な鳴き声をあげる猫がいるんだ。五十匹に一匹くらい。
 どういう猫がそうなるのか、まだ研究中なんだけど、とってもいい声で鳴くんだ。ホラ、こんな風に」
おじさんが手近な黒い布を取り払った。

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764 :食べる  ◆oJUBn2VTGE :2011/08/21(日) 00:31:47.80 ID:i1MYcoGY0
その下にあったのは、竹の骨組みだけの鳥かご。空っぽの鳥かご。
なのに異様な気配が膨張していく。鳴き声が止まらない。
わたしは思わず、その右隣、その左隣、その上、その下と、息をのみながら棚に並ぶ黒い布を見つめる。
おじさんは嬉しそうに布を取り払っていく。
空だった。すべて空。なのにそのすべてから鳴き声が聞こえる。
呻くような声。慄くような声。耳を塞ぎたくなるような声が。
硬直するわたしにおじさんは、「さあ、猫はもういいだろう。おいしいものはこっちだよ」と奥へ進んでいく。
頭がぼんやりして、なんだか夢の中にいるみたいだった。ふらふらとついていく。

天井には等間隔に黄色い明かりが並んでいる。
やがて壁にあたり、角を曲がる。また棚が両脇に伸びている。少し狭くなったようだ。
一番奥には巨大な顔が見える。壁に描かれた絵だった。
おじさんがごそごそと腰を屈めていたかと思うと、汚らしいツボを抱えてきた。
さっきの蜘蛛のお腹が詰まったビンと同じくらいの大きさだ。
とても古そうだった。丸くすぼまった口のところに、釉薬が垂れたような模様がついている。
その口を縛っていた紐と布を、おじさんが慎重な手つきで解いていく。
「北に、車で一時間くらいいった町に、天狗の伝説があってね」
唐突にそんなことを言いはじめた。
「高い山があるんだけど、その山じゃなくて、少し離れたところにある沼地にまつわる話なんだ」
なにが可笑しいのか、肩を小刻みに震わせながら、きききと耳障りな声を出す。
天狗?頭の中に、赤い顔をして鼻が高く、山伏のような格好をした姿が浮かぶ。手には葉っぱでできたウチワ。
おじさんは言う。
「山じゃなくて、沼地で天狗っていうのが不思議だろう。
 古い神社があってね。そこに、昔々天から落っこちてきたという天狗を祀っているんだ。
 間抜けな話だろう?おっちょこちょいな天狗」
背中の小さな羽根でつむじ風に乗り、気持ちよさそうに空を飛んでいた天狗が、
葉ウチワを落っことしてしまって、追いかけているうちに地面に墜落してしまう、というイメージが浮かんだ。
「ところが……」
おじさんの声色が変わった。ひそひそと重要な秘密を告げようとするみたいに声を落とす。

765 :食べる  ◆oJUBn2VTGE :2011/08/21(日) 00:43:14.69 ID:i1MYcoGY0
「その神社の口伝に、天狗を祀るようになった由来があるんだけど、少し妙なんだ。
 こう言っている。『その傷つきたる姿、いかなる獣にも似ず、肌は青黒く、痩身、鳴き声は雉の如し』」
ニタリと笑って、おじさんはわたしの反応を確かめる。
「お嬢ちゃんの知っている天狗と違うだろう?
 顔は赤くないし、一本歯のゲタのことも山伏姿のことも、そしてなにより高い鼻のことを言っていない。
 それなのに『天狗』だとして祀られているんだ」
確かに不思議な気がした。
「その謎を解くには、少し天狗という存在の、成り立ちを説明しないといけないね。
 天狗が今の姿になったのは、鎌倉時代以降と言われている。
 山伏の姿を見ても分かるとおり、彼らは修験道の行者に代表される、山の民の象徴だ。
 そして密教がさかんになった十一世紀以降、仏教の敵対者としての性質が付加されていく。
 国家と、それを守護する仏道にまつろわぬ孤高の存在。
 そして己の験力を誇示し、慢心の権化として密教に挑み、打ち負かされる存在。
 そうした仏教説話のアンチヒーローが彼らだ。
 それは密教自身が己の験力を誇示し、鎮護仏教として確固たる地位を占めるための、
 妖怪といういわばやられ役を割り振られた、あまたある日本古来の神々のひとつだよ」
おじさんの背後に、本棚の中身が電球の明かりに薄っすらと浮かぶように見えた。
民話やお化けに関する本がぎっしりと詰まっているようだった。
ツボを胸の前で抱えたままおじさんは続ける。

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