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137: 1/2@\(^o^)/ 2016/09/24(土) 10:13:00.68 ID:8GZ24z/MO
まつざきあけみ「願橋」
平成2年8月10日。
老紳士・春樹と老女・真知子、願橋(その上で真剣に祈れば願いが叶う、と噂がある)の上で感極まったように見つめ合う。
二人は45年前の昭和20年、ここで一目惚れしあった。
どちらも婚約中の身の上だが駆け落ちを約束し、8月10日にここで落ち合うはずが家族にばれて婚礼まで軟禁された。
落ち合うはずの、ちょうどその時間のその場所に焼夷弾が落ちたと知ったのはずっと後の事。
結婚してからも相手を忘れられず、再建された願橋を昭和21年の8月10日に訪れてみると相手がいた。
だから、毎年その日のその時間に橋の上でしばし語らおうと約束した。
春樹は息子に地位を譲ったが楽隠居はいつになるのか、重要な商談には欠かせない人材で年の三分の一はアメリカ暮らし。
真知子は手慰みに教え始めた生け花が盛況で、弟子志願が引きも切らず。
「お義母様がご一緒でないのならあたくしも家族旅行には参りませんから」
と、嫁は年寄りの億劫さを考えずに我儘を言う。
しばらくにこやかに話し合っていたが、どちらも何か口ごもる様子。
促されて、まず春樹が口を開く。
アメリカ支社に乞われて移住するので、おそらく帰国できまい。
真知子は生け花の弟子志願を断りきれず、時間が取れまい。
だから逢瀬は今年限り。
二人は互いの幸福と健康を願い、振り向かずに別れた。
138: 2/2@\(^o^)/ 2016/09/24(土) 10:14:54.00 ID:8GZ24z/MO
その数日前。
普段着姿の真知子、女主人に恭しく頭を下げる。
真知子は女中で、毎年8月10日には女主人の着物と宝石を借りて春樹と逢っていたのだった。
女主人は解雇を言い渡した。
病弱だし年寄りだし、身寄りも行くあてもないとかいうのも知ったことか、というわけ。
「奥様、ご心配なく…行くあては見つかりましたから」
同じ頃、ドヤ街で仕事にあぶれた春樹。
体を悪くしているらしく、足がふらつく。
春樹は山谷には珍しく、毎年この時期には一体何に使うのか、一年分の稼ぎを吐き出していたらしい。
かわいそうだが体がきかなくなったら山谷じゃおしまいさ、と春樹より若い住民は言った。
(これで未練なく旅立てる。でも)
(もしも願いが叶うなら)
(あの日あの時あの場所に)
(どうか戻してくださいましな)
昭和20年8月10日、
春樹と真知子は願橋の上にいた。
「本当にいいんですね、僕についてきてくれるんですね」
「ええ。あなたとならばどこまでも。何があっても後悔しませんわ」
今まさに、焼夷弾が落ちようとしている。