後味の悪い話

【後味の悪い話】映画「切腹」

212: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2016/07/19(火) 23:19:20.75 ID:o7rIr1Gc0
映画「切腹」

困窮した若い浪人が、徳川家譜代大名井伊家の上屋敷を訪れ「浪々の身で生き恥晒すも見苦しく、潔く切腹したいので玄関先を貸して欲しい」と頼んだ
当時は金目当てにそういうことをする食い詰め浪人が多かった
軒先で切腹されては迷惑なので、武家は金をやって追い払うわけだ
井伊家を訪ねた浪人も金目当てだった
彼は寺子屋の師匠をしていたが、重病の妻子の薬代を作ろうとして万策尽き、このような所業に出たのだった
井伊家では度々こんな輩が来て迷惑していたので、「これは見上げた武士だ」と本当に切腹の準備を始めた
後悔した浪人は「どうか一両日待っていただきたい(家族に別れを告げたい)」と土下座したが、家老は許さなかった
浪人は刀も脇差も売り払って竹光を差していた
家中の者は「武士の魂を売り払うとは」とあきれ、「差し慣れた腰のものがよかろう」と竹光で切腹をすすめた
当時切腹は形骸化し、脇差を握るやいなや介錯の者がすぱっと首を斬り落としていた
が、井伊家では「見上げたそこもとには立派な死に方を見せてもらおう。昔のように腹を十文字に切って存分に掻き回すがよい。それを見届けてから介錯いたそう」
浪人が竹光で腹を切ってからも「まだまだ存分に切られよ」と促した
結局浪人は苦しみのあまり舌を噛み切って死んだ
井伊家は浪人の死体を家族のもとに丁重に送り届け、「竹光で見事に腹を切ったが、やはり竹光では見苦しい死にざまだった」と告げた
残された妻子は数日の内に病死した

213: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2016/07/19(火) 23:22:30.53 ID:o7rIr1Gc0
しばらくして井伊家にまた「切腹させて欲しい」と老いた浪人が訪れた
家老は「この前竹光浪人が来たので本当に切腹させたぞ」と脅して追い返そうとしたが、老いた浪人は「本当に切腹する覚悟です」と言う
そこでまた切腹させることにした
すると浪人は、介錯人として井伊家中の3名の者を指名した
この3名は家中でも名のある剣の使い手であり、竹光浪人の切腹にも関わった者だった
が、数日前からなぜか3名とも病欠だった
実は3名とも老いた浪人に髷を斬り落とされ、それを隠すために仮病を使って休んでいた
剣の使い手といえども、大坂の陣で実戦経験がある老いた浪人にはかなわなかった
老いた浪人は「赤備えの武風を誇る井伊家も落ちたもの」とあざ笑う
彼は実は竹光浪人の舅だった
家老は家臣達に「この者を斬れ!」と命じるが、束になってかかっても老いた浪人にかなわず、井伊家の旗印は血に染まった
しかしさすがに浪人も手傷を負い、最後に赤備えの甲冑を叩き壊して切腹する
そこに鉄砲隊が撃ち込んで浪人を討ち取ったが、それまでに多数の死傷者を出した
家老は表向き「浪人は尋常に切腹、家中の者の死は病死」という処分にした
髷を落とされた3名も「病死」という処分になったが、つまり切腹せよということだ
このようにして井伊家は名誉を守った

215: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2016/07/19(火) 23:48:21.79 ID:Dl9FsGVk0
「一命」じゃなかったっけ
と思ったら2011年のリメイク版が「一命」で元になった1962年版が「切腹」だったのか

216: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2016/07/19(火) 23:58:23.87 ID:o7rIr1Gc0
>>215
「一命」は見てないがどうだった?
「切腹」は意地でも切腹させようとする井伊家がおっかねえのと、
竹光浪人が切腹に至るまでの過程が残酷なのと、
復讐に現れた舅は剣の達人なんだけど、結局時代遅れなのか…
みたいな無念な感じが残りまくった

222: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2016/07/20(水) 08:46:55.43 ID:kQ57HCn70
>>215
リメイクのほうしか知らなかった。元があったんだな。実話なのかな。。

230: 本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2016/07/20(水) 13:09:45.23 ID:O+fNJ5rh0
井伊家といえば桜田門外の変
井伊直弼邸から桜田門まで数百メートルだからたいしてまじめに警護していなかったら
(雪が降ったせいで刀の鞘に覆いをかけたためにすぐに刀抜けず)
浪士が斬りつけてくる→臨時雇いの従者たち逃げ出す→釣られて駕籠の警護人も何人か逃げ出す
→井伊直弼は拳銃で撃たれたため逃げ出せず→駕籠ががら空きになったため浪士の一人が井伊直弼の首を取る
→首を取り返そうとした彦根藩士は浪士によって瀕死の重傷→その後井伊直弼邸から藩士が駆けつけるも
直弼の首が奪われた後で武名で鳴らしたはずの井伊家は面目失墜

当時の彦根藩士30人くらいのうち4人は襲撃時に死亡。4人は重傷だったため後に死亡。
軽傷1人、逃げた7人は全員斬首。残りの重傷者も流刑の上幽閉。

警護をきちんとしていなかったとはいえ、たまたま当日に番に当たったばっかりに

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