ホラー

【洒落怖】石じじいシリーズまとめ その3

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「石じじいシリーズまとめ その2」の続き

死んだ人の魂が宿っている石

250 :本当にあった怖い名無し:2018/10/30(火) 20:10:40.47 ID:S/Q+okd50.net
石じじいの話です。

死んだ人の魂が宿っている石があったそうです。
そのような石を見分けるには、初雪が降る前に、石を板の上にならべて外に放置しておきます。
雪が降ってその上に積もるのですが、積もった雪がすぐに溶けてしまう石がそれだ、ということでした。
石を上に並べる板の裏側には御札を貼っておくとベストだが、無くても良いと。
そのような石を見つけたらどうするか?
寺に持っていって供養してもらうのも良いが、寺に相手にしてもらえないことも多いので、黙って山奥に捨てておくのが良いと。
このように、じじいに語ってくれた人がいたそうです。

「だれの魂が入っとるかわからんけんね。置いとってもいけないねぇ」
じじいは、手持ちの石を試してみたことはない、と言っていました。

獅子舞

255 :本当にあった怖い名無し:2018/10/31(水) 12:56:23.19 ID:Qkag9T6n0.net
石じじいの話です。

皆さんは「獅子舞」を間近に見たことがありますか?
普通は正月の風景ですが、別に正月に限りません。
家の前で踊って、「めでたいこと」をその家にもたらします。
そのかわりにご祝儀をもらうと。
昔は、家に押しかけて勝手に家の前で(あるいは店や事業所の中で)一舞して、そのあとお金をせびる、というのがありました。
「門付芸」というやつで、家の門先で歌ってお金をもらう、というのもあった。
踊るだけで元手がいらないので、「ボロい」しのぎという感じだったのでしょうか。
針を売ってお金をもらう子供もいたそうです。
ストレートな物乞いもいましたが、何かを売りつけてその対価として(w)金を得る、というのが普通でした。
いわゆる押し売りですね。
獅子舞は「めでたい雰囲気」の押し売りということでしょうか。
これらは警察の取締の対象でもありました。
そのような獅子舞にも「縄張り」というものがあり、それを守らず「越境獅子舞」をする者は同業者から焼きを入れられたとか。

じじいによると、不思議な獅子舞がいたそうです。

256 :本当にあった怖い名無し:2018/10/31(水) 12:57:31.61 ID:Qkag9T6n0.net
正月になると、どこからともなくやってくる獅子舞がいました。
知らない間に家の前にやってきて、ひとしきり踊ってお金をもらうのだそうですが、別にしつこく金をせびるわけでもない。
その人(?)が踊っていると、家の人はお金をあげないといけない、という気持ちになったのだそうです。
じじいが住んでいる「ど田舎」には来ず、ある程度大きな街に出没したそうです。
いつのまにかやって来て踊って、いつのまにか姿を消す。
だれも踊り手の顔をみたことがなかったのです。
獅子をかぶったまま踊り始めて、そのまま去っていく。
タイガーマスクみたいです。
これは越境獅子舞だったので、その地域の獅子舞業の人がクレームをつけたのですが、
その獅子舞はすぐに逃げて街角に消えてしまったそうです。
どうしても我慢のならなかった土着獅子舞の人たちが数人で、その越境獅子舞の人を追いかけて組み伏せて獅子を剥ぎ取ろうとしましたが、
その人達は皆発狂してしまったそうです。
獅子の中を見たために発狂したのだろう、ということでした。

その獅子舞は十年近く正月に限って出没していましたが、だんだん現れる頻度が少なくなり、戦争が激しくなると消えたそうです。
獅子舞などやっている余裕が社会になく、また、警察の取締りが厳しくなったためなのかもしれません。
中身はどんな人(?)だったのでしょうか?

じじいノート その5

280 :本当にあった怖い名無し:2018/11/10(土) 13:24:45.70 ID:U1OcSZ290.net
石じじいの話です。

メモノートの断片から。
(1)
じじいにはライバルとも、師匠とも言える人がいたそうです。
その人は、じじいよりも年配のおばあさんでした。
非常によく石のことを知っていました。
また、岩石や鉱物に関係した言い伝えや、学術的なことにも造詣が深かったそうです。
(私のメモに「けっしょうけい」とあるのですが、これは「結晶系」の意味でしょうね)
珍しい石をいろいろと持っていて、それがどこで手に入るか?というのをどの川を登って、どこそこにある、ということを詳しく教えてくれました。
彼女は、ある日、飄然と旅に出て戻らなかったそうです。

(2)
昔、女性の理容師で、葬儀のための遺体の死に装束の着付けと死に化粧をしていた人がいました。
その女性は理髪も着付けも上手だったので、葬儀遺体が女性の場合は頼まれることが多かったとか。
ある時、若い女性の死に化粧をしていると、その遺体が涙を流したそうです。
その涙を吹きながら化粧をしたとのこと。
その女性理容師がじじいに語った話です。

重さの変わる石

298 :本当にあった怖い名無し:2018/11/21(水) 12:59:44.48 ID:cKyExgp50.net
石じじいの話です。

時によって、重さの変わる石があったそうです。
それは青黒い石で、川岸の小さな祠に祀ってありました。
台座の石の上にのっていましたが、台座は苔むしているのに、その石はぴかぴかしていたそうです。
たぶん、その石が、たまに占いに使われていたからだろうということです。
願い事がある時に、その石を持ち上げて、その重さの違いで吉凶を占ったのだそうです。
重ければ吉、軽ければ凶と。(逆かもしれない)
ただし、その石に「祈って」も、願いが叶うわけではありませんでした。

この石には、定期的に「肉」が供えられていました。
それは、トカゲやヘビ、ネズミ、うさぎのような動物だったそうです。
それらの死体が腐って匂うので、吉凶を占うときちょっとこまったと。
だれが供えているかわからなかったそうです。
気がつくと、お供え物が替わっている。
ある時、その祠の前で犬が死んでいることがありました。
その石は、台風が来て大水が出たときに流失してしまったそうです。

死んでいた犬が、その石への「供物」だったかどうかはわかりませんが、もっと大きな「供物」があったのでしょうか?

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めいしん

304 :本当にあった怖い名無し:2018/11/23(金) 19:44:46.63 ID:H9xaBW9K0.net
石じじいの話です。

小石を畳に撒いて、人の将来を占う子がいたそうです。
その子供はまだ小さかったのですが、いつの間にか白い小さな石を5つ持っていました。
それを畳に投げ撒いて、石の配置で人の死「のみ」を占ったそうです。
石をどこから手に入れたのかその子は言わなかったので、そのへんで拾ったのだろうということでした。
最初は子供の遊びと思っていた大人たちでしたが、ある時、その子が「もうすぐ、XXのおじさんが死ぬ」と言ったそうです。
家族のものは子供をたしなめましたが、老人でもないそのおじさんはすぐに死んだそうです。
その後も、何度か他人の死の予想を的中させました。
その子は、自分の占いのことを『めいしん』と呼んでいたそうです。
漢字で書く、いわゆる「迷信」とは違った意味だということでしたが。
ある時、その子は「うちらは、みんな死ぬんで」と家族のものに言った後、行方不明になりました。
彼は、ため池に浮かんで死んでいたそうです。
石はその子の座机の引き出しに残されていました。
事故だったのか?入水自殺だったのか?(ちいさな子供が自殺するとも思えませんが)
その後、その子の家族は、戦争(出征して戦死、空襲で死亡)で全滅しました。
結果論ですが、その子の占いは当たったわけです・・・
まあ、「みんな死ぬ」という占いの結果は、絶対にはずれないのですが。

「あの子の持っとった石は後に見せてもろうたけど軽うてな。石やのうて骨を磨いたもんのように見えたけんどね。古そうなもんやったな」

じじいノート その6

324 :本当にあった怖い名無し:2018/11/26(月) 20:56:46.31 ID:9HqcKuRi0.net
石じじいの話です。

メモから二題。

(1)音を発する石があったそうです。
まあ、ありがちですが。
その音はとても小さなものでした。
非常に微弱な音をず常に発している
夜など静かな時に、石に耳を近づけて集中すると、なんとなく聞こえる。
自分の耳鳴りではないか?気のせいではないか?
と所有者は思ったそうですが、当時はマイクロフォンとか集音装置や録音装置が庶民にはありませんでした。
それで、石を太鼓の皮の上に石を置いてみたそうです。
太鼓の皮が振動して、音が増幅されるのではないか?という工夫でした。
少し音が大きくなって聞き取りやすくなったそうです。
太鼓の皮の上の石の周りにメリケン粉をまいておくと、その粉がふるふると震えて移動したので、
物理的に音を出していたのだろう、ということでした。
お宝として大切にされたということです。

(2)ある時、田舎に女性がやってきて、杉の苗木を観音堂の端に植えたそうです。
そして、「八百年後、この育った木を見に来る」と言って去りました。。
じじいが話してくれた時点(あるいは、じじいがその話を聞いた時点?)で、その杉の木は、二抱え以上の大木に育っていました。
このことは言い伝えとして残っていて、また、寺の古文書にも記されているとか。
まだ800年に達してないが、その時がきたら本当にその女性がやってくるのだろうか?と地元の人たちはその木を見守っているのだそうです。

800年長生きするというのは、八百比丘尼の話が有名ですが、800という数字は「とても多い数」という意味ですね。

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巫師のようなもの

326 :本当にあった怖い名無し:2018/11/28(水) 11:51:41.21 ID:bMAm31xM0.net
石じじいの話です。

じじいが朝鮮で聞いた話です。

ある村に、巫師のようなものがやって来て、一晩、部屋を使わせてほしいと村人に言ったそうです。
とうぜん、そのような下賤なものを家に入れてやるものはおらず石もて追われたのですが、
村外れの貧しい農夫が、自分の家を使わせてやりました。
その人物が、部屋を使わせてくれれば礼をする、と言ったからです。
泥棒かもしれない、ということで、家人は全員で警戒していました。
その人物は、薄暗いなか、小さな壺を部屋の真ん中に置いて、壺の上に糸を張り巡らして、何かをしているようだったと。
次の日、巫師は、「おかげで目的を遂げることができた、これはお礼だ」、と言って、一掴みの黄金を農夫に渡して立ち去りました。
どうしてもその夜に、部屋の中で「ある作業」をしなければならなかったのだそうです。
その使われた部屋には、ほんの少し、肉が腐ったような匂いが残っていました。
その黄金で、その小作人は富強なものとなりました。
それを羨んだ村人たちは、またその巫師が自分たちの家に部屋を借りに来ないものか?と待ち望みましたが、巫師は二度と来なかったそうです。
朝鮮が日本に併合される前の話です。

328 :本当にあった怖い名無し:2018/11/28(水) 14:36:17.78 ID:8CB5T1v10.net
コトリバコに通じるような

331 :本当にあった怖い名無し:2018/11/28(水) 17:10:45.00 ID:zI2s06BXO.net
>>326
まさか『幸福の壺』じゃないよな?

332 :本当にあった怖い名無し:2018/11/28(水) 19:57:33.84 ID:bMAm31xM0.net
>>326
について、
>>328, 331
コトリバコ」、「幸福の壺」について調べてみました。
うーむ、陰惨な話です。
壺を使う呪詛としての「巫蠱」などは中国の話で有名ですが、それに類するものですかね?

以前、石じじいの話で、朝鮮でのできごとで、
ある人が壺を入手したが、それの中には、腐敗臭のような強烈な匂いがのこっていて、その壺を持っている人が死んでしまう、
という話を書いたことがあります。
今回の話に出てくる壺となんらかの関係のあるものなのでしょうか?

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友人が訪ねてきた

335 :本当にあった怖い名無し:2018/12/02(日) 19:27:10.08 ID:WercWBoc0.net
石じじいの話です。

戦後もずいぶんたってから、朝鮮より帰ってきたじじいを友人が訪ねてきたそうです。
同じ村に住み、子供の頃に同じ学校に通った女性で、彼女は地元に残っていたのです。
その女性とは別に恋愛関係はなかったそうですが、戦争中の経験を話し合って楽しい時を過ごしました。
べつに戦争体験は楽しいことではありませんでしたが、お互いの話が、自分たちが経験したことがない話だったからです(日本と朝鮮)。
彼女は地元で行われた、竹槍訓練;バケツリレー訓練;アルマイトの弁当箱の供出;松根油の開発;食糧不足;灯火管制などについて話しました。
女学校に通ったが、毎日動員で授業がほとんどなかったと。
都市爆撃に飛んでいくB29爆撃機の編隊、市街地で機銃掃射してくる艦載機を見て、この戦争は勝てないと彼女は思ったそうです。
いつ戦争が終わるのか?とばかり考えていたと。
楽しい歓談は、夜も遅くまでつづきました。
また明日、と彼女が出ていったあと、じじいは手を合わせて彼女の冥福を祈ったそうです。

336 :本当にあった怖い名無し:2018/12/03(月) 03:54:37.93 ID:UCQ9ZEeE0.net
>>335
次の日も来たのかな?

344 :本当にあった怖い名無し:2018/12/06(木) 22:10:18.95 ID:0LqaPCCZ0.net
>>336
石じじいの話ですが、
その女性がその後、じじいのもとを再訪したかはメモにはありません。話を聞いた私の記憶にもありません。
ただ、その女性は戦争中に空襲で亡くなっていた、ということでした。

供出されたアルマイト弁当箱や金属類は、終戦後になって予科練の庭に山積みにされていた(利用されなかった)そうです。
軍隊でもお役所仕事だったのでしょうか?
機銃掃射してくる戦闘機から逃げるには、向かってくる方向の直角方向にぎりぎり逃げるのだ。
横には弾丸は来ない。
あわてて進行方向に逃げると撃たれる。
私の母が話してくれた豆知識です。
操縦士の顔がはっきりと見えるほど近距離を飛んだそうです。

光る石

345 :本当にあった怖い名無し:2018/12/06(木) 22:12:31.98 ID:0LqaPCCZ0.net
石じじいの話です。

じじいが石仲間から聞いた話です。
光る石があったそうです。
まあ、光を発する鉱物は珍しくないものですが、その光量が半端なものではなかったと。
その石は石膏で固めてありましたが、譲り受けた人が石膏を割って取り出しました。
それは強力な青光を発する石でした。
毎日、夕方から光り始め夜明け前には光を失ったと。
発光開始時刻と消光時刻は決まっていたとも言います。
ちゃぶ台の上において湯呑を伏せておいても、それを通して光がでてきたそうです。
そのまま置いておくと部屋中がまばゆいほど明るくなりました。
外においておくと、あたり一面が昼間よりも明るかったそうです。
夏だったのですが、その光には虫はいっさいよってこなかったのです。
また熱も持たなかったようです。
その青い光を見て犬は怯えましたが、人には害をなさなかったと。
しかし、光があたる家具や建具、表具などが、みるみるうちに劣化していきました。
光沢を失う、紙が黄変して破れやすくなる、壁がもろくなる、掛け軸の紐がすぐに切れる、など。
すぐには影響は出ないものの、長期間その光を浴びると人体にも害があるのではないか?と持ち主は考え、
その石を再び石膏のなかに封印したそうです。
その後、その石はどうなったか、はメモにありません。

山が人を呼び出す

346 :本当にあった怖い名無し:2018/12/06(木) 22:23:20.87 ID:0LqaPCCZ0.net
石じじいの話です。

山が人を呼び出すことがあったそうです。
ある日、突然、「山」に人が呼び出される。
呼び出される人は、近くに住む人間の場合もあるし、ある程度遠くの人の場合もある。
ある時、突然、その山に行かなければならない、と思うようになるのだとか。
行かないとおさまらないようになって、必ず来るのだそうです。
山の場所は、夢にみてわかるということなのですが。
その山は深山幽谷というわけではありませんでしたが、あるていど険しいところだったと。
山に登って奥深く分け入って、そこで一晩過ごすと、つきものが落ちたように山から帰ってきます。
他の人が連れ立って山に入ってはいけないのだそうです。
呼ばれた人ひとりで行かねばならない。
一晩を過ごす場所は決まってはいませんでしたが、どこでもよいというわけではなく、
呼ばれた人が山を歩いている時に、「ここだ」と感じてわかるのだそうです。
ある樹木のそば、岩のそば、切り立った崖のそば、など、数カ所に限れていたようです。
その山に入ったまま行方不明になった人間はいない、ということでした。

「ぬくいときならええが、冬に呼び出されたらたまらんで。あそこらへんは、冬はさむいけんね」

言葉をかけてくる人

361 :本当にあった怖い名無し:2018/12/08(土) 12:56:03.53 ID:zdPa9heC0.net
石じじいの話です。

じじいの住んでいる山間の集落では、夏霧が深く立ち込める日が、年に一、二度ありました。ほとんどは一度きりだったのですが。
これはものすごい霧で、ほんの数メートルのところが見えない。
また、日光を遮って、夏なのにシャツだけでは寒くて耐えられないほどでした。
霧は朝の8時ごろには消えてしまいます。
その濃霧の中から「言葉をかけてくる人」がいたそうです。
濃霧の中を歩いていると、「もし」、「あの」、とか声をかけてくる。
あたりを見回すと、霧の中にぼんやりとした人影がある。
「おはようございます」などと応答したら、その人影は、「なにか重要なこと」をその人に話し伝えるのだそうです。
そのことを聞いた人は、すぐさま病みつくとか。
高熱をだしてのたうち回るが、一晩で回復する。
回復したときには、何を言われたか忘れているのだそうです。
なにか言われたことは覚えているのですが。
あまりの高熱で難聴になった人もいて、その「霧の人」は地元の人々から恐れられていました。
限られた集落周辺の道路際にしか出没しなかったそうです。

以前紹介した、「ドウロクジン」や「ミサキ」のような存在だったのでしょうか?

363 :本当にあった怖い名無し:2018/12/09(日) 12:39:26.22 ID:3y+V7PwH0.net
石じじいの話です。

じじいの住む集落には寺がありました。
そこのご住職は、私も知っています。
現在は無住になっていますが。
その先代のご住職がじじいに語った話です。

ある人が死んで新しい墓が建てられたのですが、その墓の前に刀が突き刺される事件が起きたそうです。
しかも何回も。
その刀は別に高価なものではなかったそうですが。
気がついたら刺さっている。
墓場で見張っていても、見張っているときには刺さらない。
関係者の中に犯人(協力者?)がいるとしか思えないのですが。
ご住職もそう思って調べたそうですが、特に怪しい者はいなかったと。
その墓に入った人が恨みを買っていた可能性があるのですが、知られている限りそれもなかったようです。
半年ほど続きましたが、その後、刀が刺さることは無くなったそうです。
刺された刀は5本ほどになったのですが、寺で保管されていました。
後に、供養して焼却したそうです。

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弓矢

368 :本当にあった怖い名無し:2018/12/09(日) 20:10:39.34 ID:3y+V7PwH0.net
石じじいの話です。

海の話ですね。
漁をしていると、どこからともなく弓矢が飛んできて船体に刺さることがあったそうです。
陸から遠く離れた沖合なので、陸から弓を射っても届かない。
近くに舟もいない。
一晩に2本も刺さることもあったそうです。
当時は投光機が無かったので、矢が飛んできた方向を探るてだてもない。
危なくて漁をおちおちやってられないというので、警察に訴えたそうです。
船体に刺さった矢は証拠品として警察に届けましたが、捜査のしようがなかったと。
それは、古い矢だったそうです。
平家の亡霊だという話もありましたが、源平の海戦などまったく関係の無い地方でした。。
その後どうなったわかりません。
同じ弓矢が刺さったブリが浮かんでいたこともあったとか。
弓で魚をとる人がいたのでしょうか?(世界には実際にそういう漁はあるらしいのですが)

「波でゆれとる舟に弓矢を当てるんはえらいことで。那須与一よ。舟に乗るほうも鎧着とかんといけんで。まちごうて海に落ちたら沈まいね」

磨崖仏

369 :本当にあった怖い名無し:2018/12/10(月) 12:31:58.21 ID:UKvV4YQL0.net
石じじいの話です。

以前、「奇妙な仏像」の話をしましたが、似たような話がありました。
海の話です。
昔、海岸の岸壁に仏像が彫られていたそうです。磨崖仏ですね。
その地方には磨崖仏は珍しい存在でした。
その磨崖仏は、線刻ではなくレリーフのりっぱなもので、紛れもなく仏の姿でした。
海に面した砂岩の崖に彫りつけられていましたが、いつ、だれが作ったのかわからなかったと。
記録がなかったのです。
その崖は切り立っていて、アプローチする海岸がないので人は訪れず知っている人もそれほど多くなく、供え物をする人もいませんでした。
その崖から投身自殺する人がたまにいて、それがお供え物だ、と噂する不届き者がいたていどでした。
近くの漁民が明け方にその崖の近くを船で通った時、その磨崖仏が「動いている」のに気がつきました。
目の錯覚かと思いましたが、座礁しないように注意深く舟を近づけると、確かに仏像が動いています。
上半身から崖からぐっと離れて、海面に顔を近づけて海水を飲んでいたそうです。
凪いだ静かな夜だったので、ごくごくと喉を鳴す音も聞こえたそうです。
その漁師は怖くなって、静かにその場を離れました。
このことを翌朝家族の者に話したあと、その人はだんだん頭がおかしくなっていきました。
急にふさぎ込むようになって、会話が成立せず、不器用になって仕事にも支障がでるようになりました。まだ若いのに。
家族の者たちが、近くの町の「脳病院」に連れていかねばならない、と話し合っていたやさきに、行方不明になりました。
数カ月後に、磨崖仏の近くの海岸に、彼の頭部のみが転がっていたそうです。
自殺か?他殺か?事故死か?まったくわからなかった。
仏の呪いだとも言われたそうですが、仏は呪ったり祟ったりはしないでしょう。
のちに、その磨崖仏は波浪による侵食が進んで気がついたときには海側に崖が崩れて砕けてしまい、石のみが波に洗われていたそうです。

流氷

373 :本当にあった怖い名無し:2018/12/11(火) 23:44:16.57 ID:LzyzcyEH0.net
石じじいの話です。

皆さんは流氷を見たことがありますか?
日本では北海道のオホーツク海沿岸で見ることができます。
オホーツク海に流れ込むアムール川からの淡水が海水と完全には混ざり合わず、
その海表面近くの水の層がより深い水塊と熱循環をしないので、低温によって凍結するのだとか。

石じじいが北海道で知り合った人が、以下のようなことを話してくれたそうです。
流氷がやってくると漁ができないので、内地に出稼ぎにいかなければなりませんでした。
また、近づいてくる流氷に船が衝突して遭難することもありました。
流氷はやっかいな存在でした。
その流氷の上に「人」が立っているのが漁民に目撃されることがありました。
船に向かって手を振っていることもあったそうです。
流氷の危険を冒して救助しようとすると、その人物は消えてしまう。
助けようとして流氷に衝突してしまった漁船もあったとか。
アザラシやワシ(大型の鳥)の見間違いではなく、明らかに人間だったそうです。
その「人」は船に向かって呼びかけていたのですから。

救助のために船を近づけると流氷が衝突して遭難するというので、漁師はその「人」を無視するようになったそうです。
「人」は、流氷の上に見かけることが多かったのですが、おかにあがって来ることもあったようです。
夜中に村をひたひたと歩き回っている者がいるのを見かけて村人が誰何したら、その人物は逃走しました。
泥棒かもしれないと言うことで追いかけましたが、流氷の海に走り込んでしまいました。
冬の海に入ると数分ともちません。
声をかけたのですが、振り向かず海の闇に消えたと。
ロシア人の漁師が言うには、
大陸から流れ出してくる(?)流氷の中にそのような「人間」が入っていて、それが海で氷から出てくるのだ、
ということだったそうです。
たまにそんな「氷の中の人間」があらわれる、と。

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飢饉

377 :本当にあった怖い名無し:2018/12/12(水) 12:31:35.17 ID:D2PxnEm00.net
石じじいの話です。

これは一部の人々の口に伝わっているもので、町史などには触れられていない話です。
「飢饉」ということをご存知でしょう。大規模な自然災害です。
江戸時代の四大飢饉などは有名で、多くの餓死者、難民をだしたました。
じじいが住んでいた一帯でも例外ではありませんでした。
特に、亨保十七年の「亨保の大飢饉」(1732)は、大きな被害をもたらしました。
西日本を襲った大規模な飢饉です。当然、江戸で暴動が起きました。
前兆は、すでに四年前の亨保十三年からありました。
大雨が降り続き農耕地に甚大な被害がでます。
この天候不順は、十四年、十五年、十六年と続きます。
そして、十七年がやってきます。
暴風雨に加えて大量のイナゴが襲来します。
これは中国地方で発生したものが移動してきたものと考えられています。
イナゴの群によって空は暗くなり、地上には青いものは皆無になったと。
この被害で藩の収入の91%が失われ、その後の一年はまったくの無収入となりました。
しかも、幕府から多額の援助金を借りることになったのです。
その藩からは餓死者が一人も出なかったことになっているのですが、疑わしい。

378 :本当にあった怖い名無し:2018/12/12(水) 12:31:57.88 ID:D2PxnEm00.net
ここから怖い話です。
生活に窮した人の中には、寺にあった「即身仏」を食べた人があったそうです。
空腹に耐えきれず、仏様も許してくれるだろう、と考えました。
仏前でお経を唱えて、その許しを乞い、即身仏を取り出して解体しました。
それを煮て食ったそうです。
そのような処理された?ミイラを食べることができたのか?(栄養があったのか?)は甚だ疑問ですが。
即身仏があった寺の住職は、どうしたのか?これも疑問です。
これを承諾したのか?
その後、関係者に仏罰が下るということもなかったようです。
しかし、その寺は、後に裏山が崩れて崩壊し、その残骸の上に新しい寺を建てることになったそうです。
大雨でがけ崩れ(地すべり)が起きることを、その地方では、「つえがぬけた」と言います。
まあ、即身仏食事件とは関係ないのでしょうけど。
そのため、古い寺の資料は大半が失われており、残った文書にも当然そのような記録はありません。
ただ、近年、寺の畑を開墾した時に地中から瓶が出てきて、その中から「極秘文書」が見つかりました。
そこに、おそらく当時の住職が書きつけたであろう、食事件の顛末が残されていたそうです。
その文書には、即身仏を食して死を免れた人々は年老いてから「XX」した、と書かれていたそうです。
実際に「XX」と書かれていて、それが何を意味するのかは不明だったと。
その後どうなったか?は伝わっていないようです。

怖いことが書いてある石

418 :本当にあった怖い名無し:2018/12/27(木) 00:05:46.47 ID:MLpuIQfv0.net
石じじいの話です。

じじいが子供の頃のことです。
「怖いことが書いてある石」が山中にあったそうです。
これはとてつもなく怖い。
それを読んで発狂した人もいました。
日本中がひっくり返るような内容だったと。
それは平たい石に彫られていた碑のようなもので、ずいぶん古いもののようだったそうです。
いつ頃からあり、何の目的で誰が作り、いつ頃から知られるようになったのかは不明でした。
じじいは見なかったそうです。
多くの人に読まれると危険だ(なぜ?)ということで、三人の人間で破壊することになりました。
そのような「石」があるということは伏せられていて少人数しか知らなかったのですが、少しづつ話が漏れてきていました。
じじいの友人はどうしてもそれを見てみたくて、夜家族が寝静まった時に一人で見にいったそうです。
その夜は月夜だったそうですが、子供が一人で山に登るのはかなりの度胸と言えるでしょう。
その子は無事に帰ってきたそうですが、翌日じじいたちが何が書かれていたのか?と尋ねてみても、
「暗ろうてようみえんかった」
だめです。
その子は昼間にも再びその石の場所を訪れたそうですが、「漢字ばっかりでようわからんかった」と。
しかし、その子がこっそり見たということが大人たちに知られて、こりゃ一刻の猶予もならんということで石はすぐに破壊されたとのこと。
叩き割って、岩屑を谷に捨てたそうです。
その後、破壊作業にあたった三人は老衰で死亡、病死、事故死となったそうです。
因果関係はわかりませんが、まあ普通の死に方でしょう。
二回も石を見たじじいの勇敢な友人は出征して戦死。

後日談があります。
戦後、ある人が山菜採りだか猟だかのために山に入った時に、「その石」を見つけたという話があったそうです。
その人は、当時珍しかったカメラでその「碑」の写真を撮影したということです。
じじいは写真は見ませんでしたが、見た人によるとよく撮れていたとのこと。
「何が彫られとったんかのう?たまげるような内容やったゆうんやけど。
 まあ、あの石は山のいろんなとこに出てくるのかもしれんのう。読んでもらうんを待っとるんよ」
写真の所在、撮影者のその後もメモにありませんでした。
どうも、見たら死ぬ、という存在ではないようです。

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偽家族

431 :本当にあった怖い名無し:2019/01/04(金) 13:05:35.86 ID:PMOhVxQ30.net
石じじいの話です。

歳をとると認知症になることがあります。
それを介護する家族の人々の苦労はたいへんなものです。
アルツハイマー病などは高齢者に特有のものではなく、若年性のものもあります。
若い人でも、事故などで脳障害を起こし脳血管性の痴呆になったりします。
その場合は肢体の不自由を伴うことが多いので、さらに困ったことに。

ある老人男性がおかしくなりました。
彼によると、家族が全員偽物だというのです。
どうしてそう思うのか?
石が教えてくれるのだと。(出ましたねw)
石を手の上に載せて差し出すとわかるのだそうです。
その石は、神社の境内で感応して拾ったのだと。
以前お話した「真実を教えてくれる石」に似ています。

そうしている中、ある日、その男性が「石が無くなった。眠っている間に盗られた。偽家族の仕業だ」と言い始めました。
その後、数日して死んだそうです。
死因は、子供のじじいには教えてもらわなかったそうですが、「狂死」ということでしょう。
生前の男性が言うには、
家族はだんだん偽物に置き換わっていった。
最初に孫の女の子が、それから父親(自分の息子)、連れ合い(おばあさん)、と別人に置き換わって、
最後まで嫁が残っていたが、それも最近偽物に置き換わった、と。
それなので、その男性は孫娘を含めて、むしろ彼女に対しては特に、家族に厳しくあたっていました。
周りの人達は、「とうとうボケが始まった。家族の人たちも苦労する。ああはなりたくないものだ」と思いました。
その最初に偽物になったという孫、女の子は、普段じじいがよく遊んでいる子供で、まったく変わりがありませんでした。
偽物と指弾されていた家族の人たちも変わらず、偽物とは思えなかったと。

432 :本当にあった怖い名無し:2019/01/04(金) 13:06:35.87 ID:PMOhVxQ30.net
狂死した男性の葬式が終わり、四十九日が終わったあと家族はいなくなりました。
その朝は皆いたのに夕方には全員が失踪していたのです。
夜逃げではなく昼逃げです。
田舎なので、昼間にひと目に触れずに行動することは不可能なのに、
金目のものを含めて家財道具も、お金(現金、貯金)も手付かずで残されていて、家や田畑も売却されてはいなかったらしいのです。
ただ、位牌とお骨も残されていました。
そのときから、現在(じじいが子供の私に話してくれたとき)に至るまで、その家族の消息はようとして知れない、と。
家族の人たちにとっては、老人がボケることはよくあることだし、
それを特に世間様への恥と考えるようなことは無く、恥じて姿をくらませる必要もないのです。
失踪する前兆もなかったし、理由も思い浮かびませんでした。
家業の農業もうまくいっていたし、旦那さんは町の役場に努めていたので生活は安定していました。
「もしかしたら、その死んだ男性が言っていたことは本当だったのではないか?」と、子供のじじいは思ったこともあったそうです。

家族を含めて周りの人々が知らない間に「別のモノ」によって置き換わっていく、というのはSF小説や映画でたびたび出てくるモチーフです。
何度も映画化されている「ボディスナッチャー」は有名ですね。
ドナルド・サザーランドの絶叫が怖いラストシーンが印象的です。
一度、皆さんもまわりを確認してみてください。

霊界ラジオ

461 :本当にあった怖い名無し:2019/01/23(水) 22:44:25.52 ID:UFsih5UH0.net
石じじいの話です

メモから断片的な話を。

「霊界ラジオ」というものがありました。
ある人が持っていたそうです。
木製の普通の昔のラジオでしたが、周波数を合わせるダイヤルがありませんでした。
一つの周波数にしか合わせられない。
(まあ、霊界からの電波の周波数は1つということでしょうか)
ボリュームも無かったそうです。
霊界からの放送を聴きたいときには、スイッチを入れて少し待ちます。
(真空管ラジオは、時間が経たないと受信が安定しません)
すると、かすかに声が聞こえてきます。
それが霊界からの放送なのだそうです。
内容は、よくわからない「祝詞」のようなものなのですが、よく聞いているとだんだん理解できるようになるのということでした。
その内容は、「宇宙の真理」だったそうです。
完全に理解できると死ぬのだとか。
じじいを含めて、みんなでラジオ本体を開けて見たそうですが、中は真空管が二本と回路があるだけだったそうです。
どこにもメーカー名や規格データを示すシールはありませんでした。
そのラジオは、持ち主が亡くなった後(真理を理解できたのでしょうか?)、
「昔使われていたラジオ」ということで地元の郷土資料館に寄付されたそうです。
今もあるのかもしれませんが、もう回路は古くなって動作しないかもしれません。

昔、家にあったSONYの古い短波ラジオ(スカイセンサーシリーズのはるか以前)で海外からの放送を聴いたものです。
朝鮮中央放送局の日本語放送を聴いて手紙を出したら、「金日成著作集」が送られてきたことがありますw

顔に獣に引っかかれたような傷が残っていた

478 :本当にあった怖い名無し:2019/02/02(土) 23:11:26.05 ID:yy8cYLrN0.net
石じじいの話です。

ある村の一帯には、昔から、奇妙な死に方をする人が多かったそうです。
その死んだ人たちの多くが子供でした。
夜寝るまで元気だったのに、次の朝には冷たくなっている。
その時には必ず、顔に獣に引っかかれたような傷が残っていたそうです。
しかし、死因がまったくわからない。
病院でしらべても病気ではない。
その死亡事件(?)には、なんの規則性も無いので、手の施しようがありませんでした。
祟りではないかという、おきまりの噂もたちましたが、もちろん真面目に取り上げられることはありませんでした。

ある時、大晦日が近づいた冬の日。
子供と一緒に寝ていた母親が夜中に目を覚ました時に、豆球がついている部屋の隅に子供のようなちいさな影がうずくまっていました。
驚いた母親が、あっ!と声をあげたところ、
その影はすっと立ち上がり、すたすたと落ち着いた足取りで寝間から音もなく出て行ったそうです。障子も開けずに。
母親は、すぐに我が子の様子を見ましたが、死んでいました。
大騒ぎになりましたが、いくら探してもその黒い影の正体はわかりませんでした。
ソレが雨戸を開けて外に逃げ出した形跡もありませんでした。
ここで初めて、昔から続く不審死の原因らしきものが目撃されたのです。

物理的に防ぎようが無い、ということで、お札をもらってきて家の内外に貼る人もいたようですが、効果があったかどうか?
じじいが朝鮮から引き上げてきた時には、不審死現象はおさまっていた(と思われた)そうです。
影が入ってきたらわかるようにと、寝る時に紐を部屋の入り口(障子や襖)に紐を張り渡して、そこから鈴を垂らす人もあったとか。
グッドアイディアですね。
効果は不明だったということです。
ただ、そのな残りなのか、近年まで(じじいが私に話をしてくれた時からみて)、寝間の障子・襖の上、天井近くに鈴を垂らしておく風習がある家もあったそうです。
すでにそのときには、「鈴はお守りだ」という程度の認識だったようですが。

じじいノート その7

497 :本当にあった怖い名無し:2019/02/20(水) 13:30:12.79 ID:3AeVht110.net
石じじいの話です。

短い話をメモから。

(1)そこに住むと必ず幸福なるという家があったそうです。これは、じじいの故郷の近くの町にあったらしいのです。
貸家だったのですが、そこに住む人たちには、良い縁談、職、和合、健康、金運などがもたらされるのでした。
ただ、ずっと一つの家族が住み続けるということはなく、長くても10年ほどで住人は変わりました。
別に、幸福の後に不幸が襲うので引っ越す、というわけでなかったそうなのですが。
その家は空襲で焼けてしまったのですが、当時でも古い二階建てで、立派な洋間があったそうです。
その洋間には、綺麗なシャンデリアのような照明と色つきガラス(多分ステンドグラスでしょう)があったと。
ただ、その家の飛び石は墓石だったそうです。

(2)じじいは、かなり山奥で、人が死んでいるのに行き当たったそうです。
その人は男性で、山歩きの服装をしていました。
死んでからそれほど日が経っていないような感じでした。
死因はよくわからなかったのですが、めだった外傷は見られなかったそうです。
ただ、その死体のそばに犬が座っていたそうです。
生きた犬が。
別に、その犬が死体を食べたわけでもなく、そこにちょこんと座っていました。
犬は首輪や紐をつけておらず、その死者の飼い犬ではなく野犬のようだったそうです。
じじいは連絡するために下山する時に犬を連れて行こうとしましたが、その犬はそこから動こうとせず、また体も弱っていたようなので、その場に置いて行きました。
地元の人たちと一緒に現場に戻った時には犬の姿はなかったそうです。

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死んだ母親の顔を模した面

498 :本当にあった怖い名無し:2019/02/20(水) 13:33:00.67 ID:3AeVht110.net
石じじいの話です。

死んだ母親の顔を模した面を作った男性がいました。
彼は早くに母親を亡くしたのですが思慕の念が強く、母親の顔を模した焼き物の面を作りました。
わざわざ、唐津の、名のある陶工に作らせたそうです。
その面は、目を半眼に開いていて穏やかな表情でした。
色が白く美しいものだったそうです。実際、母親は美人だったのです。
ただ、右の額に薄く青い色のシミがありました。
彼の母親の顔にも、同じところに痣があったのです。
「何も、そこまで同じにしなくても」と周りの人は思ったそうです。
しかし、本人が言うには:
最初はそのような痣まで似せて作るという注文はしなかった。
しかし、面を焼いて炉から出して見たら偶然そうなっていた、と陶工から聞いた、と。
それがあまりにも母の痣と似ていたので、作り直しを頼むことなく、ありがたくもらってきたとのこと。
その面は、木箱にだいじに収められて、お盆に彼が取り出して施餓鬼棚にまつり愛おしそうに眺め拝んでいたそうです。
彼は結婚して子供ができましたが、生まれた長女にも同じところに痣があったそうです。
その男性は、それを嘆くことなく、母親と同じだと、むしろ喜んでいるようだったと。
その後、面は、その男性が死んだ時に寺で供養されたそうです。
面自体が、その後どうなったのか(お焚き上げなどされたのか?)は、私のメモにはありません。
ただ、その痣のあった長女の娘(その男性の孫娘)にも、同じところに、ほんのりと薄い痣があったそうです。
この家系は絶えることなく、現在でも続いています。

遺体を写真に撮影

499 :本当にあった怖い名無し:2019/02/20(水) 17:33:09.41 ID:3AeVht110.net
>>498
石じじいの話です。

上記の、死んだ母親の面を作ったという人の話と似ています。

北海道で知り合った人がじじいに話してくれたのだそうですが。
北海道は戦前にはニシン漁が盛んでした。
漁場経営者のなかは、3ヶ月間ほどの漁期だけで数億円を稼ぎあげる者もあったとか。
鰊御殿が建つはずです。
漁場では大きなお金が動くので、漁村でも呉服屋や写真館そのほかの「贅沢品」の商いが盛んでした。
金が動くところに人が来ます。
ある漁場の親方が、幼い子供を亡くしました。
彼はとても悲しんで、彼女の遺体を写真に撮影して、座敷に飾っていたそうです。
死んだ子供に化粧をほどこして、綺麗な服を着せて、生きているように座敷に座らせて、背景に花鳥風月の実物や絵を配しました。
それを町の写真館の写真屋を招いて撮影させたのです。
どうも「悪趣味」な感じたと周りの人も噂したそうですが、本人の気持ちを考えると、まあわからないでもなかったと。
その写真は、立派な額(花が木枠に彫られていて、美しく着色されていました)に入って、奥座敷の鴨居近くに西を向かって掲げられていました。
その写真について、その主人はことさらに他の人に話すことはなかったそうです。
次の子供ができれば、その長女への執着は薄れたのでしょうが、残念ながらそれから子供はできませんでした。
その漁場の後継は、親戚の男の子を養子縁組したそうですが、その子は出征して戦死。
戦後のニシン漁衰退を待たずに、その漁場は他人に渡ったそうです。

この話。
早くに亡くなった子供の結婚写真を作って奉納するという話(ムカサリ絵馬=死者の結婚式)や「花嫁(婿)人形」(死者の伴侶)に似ていると思いました。

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