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その11 雨乞い
投稿者「匿名 ◆etpFl2/6」 2016/10/19
私が中学生だった頃の話だ。
学校からの帰り。街には雨が降り、私は安物の雨合羽を着て自転車で家路を辿っていた。
道中、県道路沿いのバス停に差し掛かった時だ。屋根のついた待合所のベンチに男が一人座っていた。おや、と思ったのは、朝にも同じ場所で、同じ男を見たような気がしたからだ。
バスを待つのに疲れたのだろうか、俯き地面を見つめている。ただ、その時はそれ以上深く考えもしなかった。
次の日も、雨だった。朝、私が学校に向かっていると、バス停に昨日と同じ男が、昨日と同じ格好、昨日と同じ姿勢で座っていた。
思わず二度見する。俯いているため顔はよく見えないが、歳は三十ほどだろうか。くたくたのシャツに、くたくたのスラックスを履いている。鞄の類は持っておらず、ベンチに立てかけた黒い傘が、彼の唯一の持ち物らしかった。
吹き込んでくる雨のせいか、男の両足は靴先から膝まで濡れている。その後、一日の授業を終え、学校から帰る時も同じ男を見た。
次の日は晴天で、バス停は空だった。
再びバス停にて男を目撃したのは、一週間ほど経った後のこと。その日も、雨だった。
気になったので情報を集めてみると、やはり、男はバスを待っているのではなかった。彼は街の人間で、雨の日に限り、ああやって一日中バス停のベンチに座っているのだそうだ。
小さな街なので、噂の回りも早い。数か月前に、男は恋人と死別していた。数名の友達と行った旅先で交通事故。男は旅行に同伴しておらず、最後に彼女を見送ったのが、あのバス停だった。
事故後、男は務めている仕事を休職し、晴れた日は家でぼんやりと、雨の日はバス停でぼんやりとしているという話だった。
その日も、朝から雨が降っていた。前日に天気予報を確認していた私は、朝飯を素早くかき込み、手早く準備を済ませると、いつもより少し早く家を出た。雨合羽に自転車ではなく、傘を持って、徒歩で。
雨の中、バス停まで歩いて行くと、ベンチに男が座っていた。他に人はいない。何気なさを装い傘をたたむと、私も男から一番離れた椅子に座った。
横目でそっと観察する。
男は、前屈みの状態で、俯き、足先から数十センチ前の地面をじっと見つめていた。両肘を膝の上に置き、祈るように組み合わされた両手は、両足の間に力なく垂れ下がっている。髭は伸び放題だったが、三十代よりはもっと若いかもしれない。時折、指を組み直したり、目を閉じたり、口元だけで小さく笑ったりしていた。
バス停には、恋人の幽霊が出るのではないか。そういう噂もあった。男は彼女に会いに来ているのだと。女が彼のすぐ隣に座っているのを見た、という人も居た。
その内、時刻表通りにバスがやって来た。私は、当然のように立ち上がると、男の前を通り過ぎバスに乗り込んだ。その際、彼の隣の席を盗み見たが、もちろん、ただの空席だった。
私が乗り込むと、運転手はすぐにドアを閉めた。そうして、バスは一人の男を置き去りに、雨の中をゆっくりと走り出した。
その後、私は一駅先の中学校前で降りると、そこから駆け足気味に中学校へと向かった。
私と同じクラスに、くらげというあだ名の人物が居た。彼は所謂、『自称、見えるヒト』 だ。私が今日わざわざバス通学をしたのも、男に関する噂を集めたのも、そもそも彼に原因があると言ってもいい。
何時もより早く来たせいか、教室にはくらげ以外まだ誰も居なかった。彼は、自分の席で本を読んでいた。こいつは普段の動作は鈍いくせに、毎日誰よりも早く学校に来るのだ。
荷物を棚に放り投げ、すぐ隣の机の上に腰を降ろすと、彼が読んでいた本から顔を上げ、こちらを見やった。
「見たか?」
単刀直入にそう切り出すと、私を見る目が少しだけ細まった。いつも表情の乏しい彼だが、これは分かる。誰かさんがまた面倒なことを持ち込んできたな、と迷惑がっている顔だ。
「……何を?」
「雨の日のバス停の男」
少し間があって、「ああ、あの人」 と彼が言った。
私と彼の家は同じ校区でも北と南で多少距離が離れているが、彼も通学の際は、あのバス停の前を通るはずだ。
「見たことあるよ」
「死んだ恋人の霊は?」
「……何それ」
今まで集めてきた情報を教えてやると、彼は格別興味もなさそうに、「ふーん」 と呟いた。
「見たか?」
「見てない。……と思う」
はっきりとした確信はないようだ。そもそも、バス停の男のことも目の端に映った程度のことなのだろう。
「じゃあ、まだ可能性はあるな」
私が言うと、次の展開が予想できたのだろう、彼が、今度は割とはっきりと面倒臭そうな顔をした。
「見に行こうぜ」
行くとも嫌だとも言わず。代わりに、彼は読んでいた本に再び目を落としながら、小さく息を吐いた。
ただし、その日は昼に雨が止んでしまい、決行は次の雨の日の朝ということになった。バス停の男は、雨が降っている間しか現れない。逆に言えば、雨さえ降っていたら、真夜中でも彼は座っているのかもしれない。もちろん、それは勝手な想像だったが。
次の雨は、数日後に降った。「梅雨でもないんに」 朝食をよそいながら、母がこぼす。確かに最近雨が多いな、とは私も感じていたが、早々に機会が来たのでラッキーとも言えた。
何時もより随分早く家を出た。傘を差し、徒歩で向かう。
友人との待ち合わせ場所は、街の中心に架かる地蔵橋。中学校とは逆方向で遠回りになるが、私とくらげが何かする時、行動の起点はいつもここだった。
橋に着くといつも通り、くらげが私を待っていた。軽く手を上げると、彼も無言で手を上げた。そのまま、二人で中学校までの道を歩き出す。途中、町営バスが一台、私たちを追い越していった。
雨の向こうにバス亭が見えてくる。そこに、男は居た。掘っ建て小屋のような粗末な建物の中に、六、七人ほどが座れるベンチ。男はその一番端の席に、一本の黒い傘を立て掛け、座っていた。
私とくらげは男とは逆側に、くらげを男に近い方に座らせて、私は遠い位置に座った。こうすれば、くらげとの会話のついでに、男を観察することができる。
意識の二割ほどを割いて、隣の友人と、通学中の学生がするような取り留めもない話をする。といってもほとんどいつも通り、私が一方的に口を動かしていただけだが。
その内、男の身体の肩口がやけに濡れていることに気が付いた。男の脇にある傘は大人用の大きなものだったが、ここまで、おざなりな差し方をして来たのだろうか。
そんなことを考えている間も、私の口はほとんど無意識に、昨晩のテレビ番組の話をしていた。
「見たか?」
話の流れのまま、私は訊いた。打ち合わせも何もしていなかったが、それまで私の話を左から右に聞き流していた彼が、ちらりとこちらを見やった。そうして逆の、男の方に無造作に視線を向けると、
「……うっすら」
と言った。
唾を呑み込み、くらげの身体越しに、私はじっと目を凝らした。
男の傍には、誰も居ないように見える。
その内、次のバスがやって来た。時間切れだ。先にくらげが立ち上がり、私は後ろ髪を微かに引かれながらも、彼の後に続いた。
男の前を通り過ぎようとした時、不意にくらげが立ち止まった。全く突然のことで、危うくその背中にぶつかりそうになる。彼は無表情に、男をじっと見下ろしていた。
俯いていた男が顔を上げ、くらげを見やった。
視線が合う。二人とも、何も言わなかった。
バスの中から、何人かが怪訝そうに私たちを見ている。慌てた私は咄嗟にくらげの背中を押して、無理矢理バスに乗せようとした。
その瞬間、私の目の端に何かが映った。男の隣に、誰かが座っている。思わず二度見する。が、その時にはもう消えていた。ただ見間違いではなかった。確かに、そこに誰かが居た。
バスに入るよう、今度は私が袖を引っ張られた。
「……何か居たな」
バスの一番後ろの席に座ってから呟くと、彼は至って何でも無いような口調で、「あの人には、見えてないようだったけど」 と言った。立ち止まったのは、それを確認するためだったのだろうか。
ドアが閉まる音がし、バスが走り出す。私は背もたれの上にそっと身を乗り出し、後ろの窓から外を見やった。男は再び俯いて、地面を見つめていた。
「……教えてやった方がいいんじゃないか?」
私の言葉に、くらげは無言で首を横に振った。彼は背もたれにもたれかかって、薄く目を閉じていた。何を見たんだ、そう訊こうとして、止めた。確かに、私たちが彼に教えたところで、信じてもらえるはずもない。きっと馬鹿にされていると思われて終いだろう。
「見えない方が、いいよ」
目を閉じたまま、くらげが小さく呟いた。
再び、窓の外を見やる。雨の中、男は俯きその額に自分の組んだ両手を当てていた。何かを祈るように、もしくは乞うようにか。
バスは遠ざかり、男の姿はあっという間に小さくなって、見えなくなった。
それから数回、バス停で同じ男を見かけたが、ある雨の日を境にぱったりと現れなくなった。不思議に思い色々嗅ぎ回った末、私は男がある程度立ち直り、仕事にも復帰したことを知った。
そんなある日、バス停の前を通りすぎた際、ふと、ベンチの脇に見覚えのある黒い傘が残されていることに気が付いた。男の物だと思っていたが、違ったのだろうか。それとも男が忘れて、もしくは置いて帰ったのか。
その傘も数日後には消えていた。誰が持っていったのか、私は知らない。
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その12 雪村君
投稿者「匿名 ◆etpFl2/6」 2016/10/19
私が小学校六年生だった頃の話だ。
その年の冬、太平洋に近い街に雪が降り、幾年かぶりに、数十センチ積もった。
朝起きると、窓の外の景色がいつもと違う。例年にない積雪に大人たちは迷惑がっていたが、子供たちはほとんど生まれて初めての真っ白な世界に胸を躍らせ、私を含め、実際小躍りした。その証拠に、私が普段より三十分早く学校に着くと、すでに校庭には多くの生徒の姿があった。
その日、一時間目が体育の授業だったのだが、せっかく雪があるからということで、校庭の雪をかき集めて雪だるまを作ることになり。クラスの総力を挙げた結果、子供たちより背の高い巨大な横綱が完成した。
頭にはちゃんとポリバケツを被せてあり、両腕は木の枝。右手はぼろぼろの軍手で左手は赤い手袋。花は黄色いお菓子の空き箱で、銀色の両目は、空き缶を逆さに埋め込み、さらに口には青色のホイッスルを咥えさせた。吹く穴に細い枝を差し込み、それでもって固定するというやり方だ。胸の三つのボタンは、色の違うペットボトルの蓋で、花の形をした名札も着けた。これもまず木の枝に名札を固定し、取れにくいよう胸のあたりに差し込んだ。
彼は、『雪村君』 と名付けられた。名付け親は忘れたが、雪だるまは名前を付けると溶けにくくなるのだ、と誰かが話していたのは覚えている。
笛と頭のポリバケツと名前以外は、全部裏山やグラウンドの周辺に落ちていたものだったが、皆、その出来栄えには満足げだった。
雪村君は、ここなら日蔭の時間が長く溶けにくいという理由で、校舎とグラウンドの間、花壇の脇に安置された。完成を機に、せっかくということで、先生がカメラを持って来て、雪村君を囲んで皆で記念撮影をした。
昼休み、校庭に遊びに出た際、何気なく雪村君を見やると、銀色の両目玉にそれぞれ赤と青の小さなマグネットがくっつけてあった。誰かが教室の黒板からとって来たのだろう。さらに口元が、チョークの粉だろうか、赤く色付けされていた。にんまりと笑っている。
そう言えば眉毛が無いなと思った私は、足元にあった落ち葉を二枚拾うと、背伸びをして彼の目の上に押し込んだ。離れて眺めてみると、それまでただ笑っていた雪村君が、私のせいで少し困ったような笑みになっていた。
その日の夜の天気予報では雪はもう降らないが、寒気はまだ居座り、最低気温が氷点下の日が何日かあるだろうとのことだった。
翌日登校すると、雪村君がその首にマフラーを巻いていた。親切な誰かが家かお古を持って来たのか。これが昔話だったら、後日その親切な誰かの家には米俵が届けられていたところだ。
「あれ?」
つい先ほど、校門前で一緒になった友達が言った。
「なあなあ、雪村君、ちょっと動いとらん?」
確かによく見ると、昨日彼が立っていた位置と、若干違っているようにも見える。もっと校舎から離れてはいなかったか。今は、ほとんど壁にもたれかかっている格好だ。
ただ今の位置の方が日差しを逃れやすい。親切な誰かが、マフラーを掛けてあげたついでに、より日陰の方へ移動させたのかもしれない。と私が言うと、友達も納得したようだった。
私としては、彼が昨日よりも少し太って見えることの方が気になっていたのだが、頭の重さで横に膨らんだのだと、自分を納得させた。
数日経ち、校舎の周りに積もっていた雪がすっかり溶けてしまった後も、雪村君は元気にずんぐり太っていた。
その頃には、雪村君が日陰を求めて移動するということは周知の事実になっていた。具体的に言えば、東から西へ移動する太陽の動きに合わせて、校舎の陰から出ないように少しずつ身体を移動させるのだ。
ついでに言えば、雪村君が居るのは丁度二階の私たちのクラスの真下であるため、窓か少し顔を出せば、彼の頭頂部を眺めることができる。一度、誰が雪村君を移動させているのか確かめようと思い、窓際の席の友人に頼んで、一日中それとなく監視してもらったのだが、犯人を突き止めるには至らなかった。といってもそんなことを気にしていたのはほとんど私一人で、見張りを頼んだ友人にしても、「たぶん、用務員の人じゃないかな」 と、まるで興味無さげだった。
こんな事件もあった。昼休み中、下級生が悪戯で雪村君の所までホースを伸ばし、水をかけようとしたのだ。教室に居残っていた友達数人がいち早く気づき、事件は未遂に終わった。ただ、彼らが雪村君の危機に気付いた理由は、偶然窓の下を見たから、ではなく、「笛の音がしたから」 というものだった。
もちろん、『ただの木枯らし説』 も有力ではあったが、一応クラス内では、『雪村君が笛で助けを呼んだ説』 で落ち着いた。
そんな雪村君殺人未遂事件があってからというもの、何となくクラスの一部に、ふとした折にはちらと外に居る彼の様子を気遣うような、そんな雰囲気が生まれていた。
また数日が経った。天気予報によれば、寒気の峠は過ぎたとのこと。太陽の光がどことなく暖かく感じられようになっていた。
雪村君に関しては、明らかに一回り小さくなった。顔が傾き、小首をかしげているようにも見える。以前は固く閉まっていた雪も若干ゆるくなり、その日わたしが登校すると、ボタンが一つ外れ、片方の眉が剃られ、目玉の空き缶が数センチ浮き出し、鼻はもげてなくなっていた。
さすがに憐れに思い、顔が崩れないように目玉を押し込み、新たな鼻は花壇にあった石で見繕ってやった。
作業が済むと、ふと、雪村君の目が私を見つめていることに気が付いた。直している最中に偶然そうなったのか。チョークの口紅はほとんど消えていたが、笛を咥えた口元は、まだうっすらと微笑んでいた。
ちなみにその日、用務員さんと話す機会があったので訊いてみたら、自分は雪だるまを動かしたことはない、とのことだった。友人に話してみたところ、「ふーん」 と言われただけだった。
雪村君は相変わらず、陽のあたる場所には出ようとしない。それでもゆっくりと、着実に、彼の体は溶けていた。
さらに追い討ちをかけるように、土曜と日曜、二日続けて雨が降った。これで雪村君の命運も尽きただろう。と誰もが思ったはずだが、月曜になって来てみると、彼は依然そこで生きており。その頭の上には大きなビーチパラソルがさしてあった。
ただ、今回の犯人はすぐに知れた。校長だった。けれども、校長自身も傘をさしたはいいものの、雪村君が週末を乗り切れるとは思っていなかったようだ。
それから数日、彼は生きていた。数えてみれば生後半月を越えていて、南国生まれの雪だるまとしては、驚異的な長寿だろう。
温かく晴れた日の、二時間目、国語の授業中。
窓の外、校舎のすぐ傍で、笛の音がした。
クラス中が何となしに顔を見合わせ、担任もふと板書の手を止めた。まず、窓際の列の生徒たちが、首を伸ばして外を見やった。誰かが、「あ」 と声を上げた。教室内がざわめく。担任も含め、誰もが身を乗り出し、席を立ち、窓の方へと集まって来ていた。
グラウンドに、雪村君が居た。
いつも校舎の陰に隠れていたに彼が、何故、どうやってあそこまで移動したのか、未だ謎のままである。校長が怪しいという話もあったが、謎のままである。
私たちの教室の真下からグラウンドまで、まるでナメクジが這った跡のように、雪の欠片が尾を引いていた。
彼の身体はもはや原形をとどめておらず、直に当たる太陽の熱のせいかほとんど融解しかかっていた。そのほとんど溶けかかった身体の上に、何とか形を保った頭がへばりついている。形としては、目玉焼きに近い。
雪村君は、まっすぐ私たちの教室を見つめていた。片腕が、溶けかかっているにしては不自然な程まっすぐ空に伸びており、何だか別れの挨拶をしているようにも見える。
動機はそれぞれだろうが、気づくと皆、教室を飛び出していた。
グラウンドに着くと、彼の身体はさらに崩れていており、先程空に伸びていた手は力なく倒れていた。鼻と片目とボタン全部とマフラーは移動中に落としたらしく、バケツがまだ頭に乗っかっていることが奇跡的に思える。
クラスの全員がそろったところで、雪村君の残った右目の辺りの雪がごそっと崩れ、空き缶がグラウンドの上に転がった。
担任が何かつぶやき、目を閉じ手を合わせた。クラスの三分の一くらいが、それに倣った。
その後、残りの国語の時間は、雪村君の残骸処理にあてられた。
私がスコップで彼の頭だった部分の雪をすくっていると、雪に埋もれて、小さな茶色の物体が出てきた。
手に取ってみると、クルミだった。顔のパーツに使ったわけではなく、もしかしたら雪村君誕生の際、雪を転がして大きくしている最中に紛れ込んだのかもしれない。
空にかざして眺めていると、一人の友人が傍にやって来て、同じようにクルミの実を見やった。
「頭から、こんなん出てきた」
私が言うと、彼は格別興味もなさそうに、「ふーん」 と呟いてから、
「人の脳に似てるね」
と言った。正直何言ってんだこいつと思ったが、確かに形といいその皺だらけの表面といい、人間の脳に似ていなくもなかった。
グラウンド上の死骸はあっさりと片づけられた。
かつて雪村君だった雪は全て排水溝に流され、ゴミはちゃんと分別して捨てられ、それ以外のパーツは元あった場所に戻された。ただ、彼の名札は教室の後ろにピンでとめられ、私たちが卒業するまで、そこにあった。
雪村君が生まれた日、皆で撮った写真は、卒業アルバムに収録されている。
写真の中の雪村君は、生徒たちと同じように両手でピースサインをしているのだが。
たまに同窓会などで集まると、あの時雪村君にピースをさせたのは誰か、ということが話題になったりする。
もちろん誰も自分ではないと言うし、こればかりは用務員のおじさんでも校長でもないだろうし、未だ犯人は謎のままである。