名作・神スレ

【名作SS】幼女「待ちくたびれたぞ勇者」

669 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:30:34.73 ID:ikyh7zHDo

午後6時

670 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:31:33.26 ID:ikyh7zHDo

ざわざわざわざわ ざわざわざわざわ

「勇者様!」 「処刑をやめろー!」 「本当にここで……?」
  「王様ー!」 「なにがどうなってるんだ」 「ちょっとおさないでよ!」
  
  
国王「……これより勇者の処刑を行う」

国王「彼の罪状は、魔の者と共謀し、我が国を滅ぼそうとしたこと。すなわち国民に対する裏切り行為である」

国王「この者の罪が、いま死によって贖われようとしておる。みな心して見よ」

勇者「…………」

国王「最後の言葉として言いたいことはあるか?反逆者よ」

勇者「ああ……あるね」

勇者「俺がいなくなったって、俺みたいに考える奴はどんどん出てくるぞ。
   あんたは俺を処刑することで俺の考え自体をこの国からなくしたいんだろうが、無駄だ」
   
勇者「人ってのはそんなに単純な生き物じゃない。ただ誰かの意見を聞くだけじゃなく
   自分で考えて、時には以前の間違いも認めて、迷いながらも答えをだすことができるんだ」
   
勇者「国民全ての意志とか信じるものを掌握して操作するなんて、いくら国王のあんたでも無理だよ」
   
勇者「なあみんな!!俺が死んだら……あとは頼むぞ!!!」

ざわざわざわ……

671 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:33:27.79 ID:ikyh7zHDo

国王「引かれ者の小唄か……」

処刑人「勇者様、こちらに……お首を」

勇者「よいしょっと」

処刑人「では、綱を切りますよ。……一瞬で刃が下まで落ちます。痛みを感じる暇もないはずですから」

勇者「……ああ」

672 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:36:24.33 ID:ikyh7zHDo

勇者(…………終わりか)

勇者(……あんなに偉そうなことを言っておいて、俺はなにもできなかったな)

勇者(魔族を守るとか……いろいろ。出鱈目言っちまって悪かった)

勇者(魔王に雪を見せるって、雪の国に連れてってやるっていう約束も、破ることになるな)

勇者(…………)

勇者(………………ごめんな)

処刑人「では、切ります……」

――ブチッ!!

勇者(……ごめん)

673 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:40:01.24 ID:ikyh7zHDo

「きゃああああああああああ!!」 「うわ……っ!!」 「勇者あああ!!」

ヒュッ……!

勇者「……」スッ

魔王「やめろっ!!」

――ガシャァァァァァァァァァァァァァン!!

674 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:41:15.96 ID:ikyh7zHDo

国王「なに……!?」

国王「まさか……貴様が、魔王か!?」

処刑人「ギ、ギロチンの刃が粉々に!?」

「なんだなんだ!? なにが起こった!?」
「ギロチンが大破してる……勇者様のお力!?これが神のご加護?」
「いや違うぞ!女の子の声が聞こえたんだ!どこだ!?」

勇者「……お、俺の首……まだある……!?え!?」

勇者「つーかさっきの声って、まさか…………」

勇者「お前…………」

勇者「魔王!!」

魔王「遅くなってごめん。助けに来たぞ、勇者くん」

勇者「どうしてここに!?」

675 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:42:23.57 ID:ikyh7zHDo

魔王「……はあ……、うっ」ドサッ

勇者「魔王!」

魔王「大丈夫だ……」

騎士「ま、魔王だ!!すぐにここから出て避難してください!さあ早く!」

男「魔王だって……あ、あれが?でも……」

騎士「早くしてください!一刻を争うのですよ!!」

女「あの子が……本当に?」チラ

魔王「……」

母親「待って下さい!!」

騎士「ちょ、ちょっと奥さん……危ないですから!」

母親「その子、確かに魔王だって言ってましたけど、さっき私の娘の傷を治してくれたんですよ!!
   わ……悪い人じゃないと思うんです!!」
   
魔王「さっきの……」

676 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:46:35.22 ID:ikyh7zHDo

男「…………あの馬鹿正直な勇者が、本当の悪党と仲よしこよしだなんてできるわけねぇんだ!あの子だっていい子にちげぇねえ!!」

女「そうよ!!人間を滅ぼしたいと思ってるはずの魔王が、子どもの傷なんて癒さないわ!!」

 「僕は勇者と魔王を信じる!!処刑と魔族侵攻をやめろー!」
 
 
勇者「みんな……!」

魔王「……ありがとう」

魔王「……国王!!私と取引をしよう」

国王「…………」

魔王「勇者を解放しろ。さもなければ、私はこの場でお前の身の安全を保障できない。
   距離が離れていようとも、私ならお前の全身至るところ任意で狙うことができる」
   
国王「……その割には顔色は青ざめて、立つのもやっとという具合に見えるが?」

魔王「命を危険に晒すか、勇者を解放するか、二つに一つだ」

国王「よかろう。勇者の処刑を取りやめよう。ただしこちらも条件を一つ提示したい」

ヒュッ……カランッ

国王「いま貴様の足元に投げたそれは『聖なる短剣』。刺した者の魔力を吸いつくす聖剣だ。
   魔の者にとって魔力を奪いつくされるということは死と同義なのは、分かっている」
   

国王「その剣で自分の心臓を刺せ」

677 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:48:25.35 ID:ikyh7zHDo

勇者「はっ……!?なに言ってんだ!!」

魔王「………、………」スッ

勇者「おい!!!魔王!!なにをする気だ……!?」

国王「賢明だな。もう魔力もほとんど残っておらんように見える。
   自分も勇者も死ぬか、自分だけ犠牲になるか……後者の方がはるかに賢い」
   
魔王「本当に勇者くんを解放するんだな」

国王「処刑人。彼の枷を外してやれ」

勇者「おい、よく考えろ!馬鹿な真似はやめろ、魔王!!」

騎士「動くな!」ガシャ

勇者「離せ!!」

国王「貴様がここで命を断つというのなら……残りの魔族には手を出さんと約束しよう」
   
魔王「いきなり親切だな」
   
国王「魔王がいまここに一人で来ているということが、残りの魔族は取るに足らん存在だということを示しているからな」

魔王「……そうか。そうしてくれ」

678 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:50:30.69 ID:ikyh7zHDo

ざわざわざわざわ ざわざわざわざわ

魔王「ならば喜んで私は……」

魔王「魔族の平和のためにこの血を捧げよう」

勇者「う、うそだろ? やめろ……、今からでも遅くない!すぐ逃げろ……魔王!」

魔王「勇者くん…………。…………だめだな」

魔王「次に会ったら言おうと思っていたことがたくさんあったのだけど、……なんだか言葉が出てこない」

魔王「でも、これだけ。私たちのために戦ってくれてありがとう。私たちを信じてくれてありがとう。
   私たちに未来を、夢をくれてありがとう……君は伝説の通り、世界に光をもたらす存在なんだって、いま改めて思う」
   
魔王「ここにいる人たちも、歴史上の私たちではなく、いま存在している私たちをちゃんと見てくれて嬉しかった。ありがとう」

魔王「残った魔族をよろしくお願いします」

ざわざわ……ざわ………

679 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:57:21.39 ID:ikyh7zHDo

魔王「人間とか魔族とか、そういう考え方じゃなくて、もっと一人ひとりが向き合って話し合ってみればいいんじゃないかって……そう思ってます」

魔王「そうすれば、宿敵のはずの魔王と勇者だってこんなにお互い分かり合えました。ね、勇者くん」

勇者「…………っ」

魔王「勇者くん。君はどう思っているか分からないけど、私は」

魔王「君に出会えてよかった……!」

スッ……

勇者「やめろっ!! 頼む……魔王!!おい!!」

騎士「くっ……動くな」

勇者「魔王!!!」

魔王「…………もういいんだ」

680 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:57:57.71 ID:ikyh7zHDo

――ドッ

魔王「…………っ」

681 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:58:38.84 ID:ikyh7zHDo

――――パタッ……ポタタッ……

魔王「……―――」

ドサッ……

国王「……ほう」

国王「魔族の血も……赤いのだな」

勇者「…………………………」

682 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 21:59:55.55 ID:ikyh7zHDo

勇者「……魔王」

魔王「 」

勇者「おい……うそだろ」

魔王「 」

勇者「…………」

魔王「 」

勇者「なんで……」

魔王「 」

勇者「なあ……」

魔王「 」

勇者「魔王…………ッ!!!」

683 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:00:34.33 ID:ikyh7zHDo

――魔王様!

684 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:01:42.89 ID:ikyh7zHDo

「え?だって王様なんだから様をつけるのが普通じゃない?」

「確かにそうですね。こういうのは形から入るのが一番ですし。私もそう呼びましょう」

「あっはは、すごい嫌そうな顔してるー。いいじゃん、魔王サマー」

「そうそう、堂々としてればいいんですよ」

「喋り方も少し変えてみれば?魔王っぽく。なんかちょう偉そうな感じで」

「……うーん、ちょっとぎこちないですね……いや、いいんですよ。これから慣れていけば

「え、あたしか竜人が魔王をやればいいのにって?むりむりむりむり!!」

「こういうのは器っていうのがあるんですよ。少なくとも魔女みたいなだらしない魔族には魔王は務まりませんね」

「はあ?竜人にだって魔王なんか1日も務まらないね!あんただって無理無理。べーっだ」

「はい?…………あ。い、いえ、これは別に喧嘩じゃないですよ、魔王様」

「そ、そうだよ。あたしたちめちゃくちゃ仲良しだから、だからそんな泣きそうな顔しないで!!ね!!」

685 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:02:37.66 ID:ikyh7zHDo

「魔王様ぁ!おはようございます!」

「魔王様だ!」

「え?いや竜人様と魔女様がそう呼んでるの聞いたんで。いやですか?」

「……ならよかった!じゃあまた!」

「いたっ!いてて……ちょっ なんですか魔王様!?私なにかしました!?」

「……ああー。広まっちゃいましたか。まあいいじゃないですか。魔王様は魔王様なんですから」

「自分が子どもの姿だからなんか申し訳ない?……ははは、そんなの気にしなくていいんですよ」

「魔王様はそのままでいいんです。そのままのあなたが、みんな大好きなんですから」

686 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:04:30.43 ID:ikyh7zHDo

「ねー。魔王様」

「一緒に寝ていい?……うん!ありがとっ」

「ん?んー。あたしも、怖い夢見て眠れなくなっちゃったから」

「『も』ってなんだって?」

「だってなんかすすり泣く声が魔王様の部屋から……わわ、ごめんねって!うそうそ何も聞いてないです」

「……うん、だから一緒に寝よ。二人でいれば大丈夫、いい夢見れるよ」

「羊数えてあげようか。それともあたしが睡眠魔法かけてあげようか」

「羊でいいの?本当に?魔法の方が効果あるけど?本当にいいの?」

「……ちぇ。えーと、羊は一匹ー……羊が二匹……って」

「もう寝てるし……寝付きよすぎでしょ魔王様」

687 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:05:22.83 ID:ikyh7zHDo

「魔王様、ハンバーグおいしいですか?……よかった」

「ていうかね、聞いてよ二人とも」

「なんです?」

「今日村で買い出ししてる時に小耳に挟んだんだけど、勇者が魔王城を探して旅してるみたいだよ」

「ファ!?勇者って……100年前に魔王を討ったっていう!?この時代にもいるんですか」

「でも結構間の抜けてる勇者みたい。薬草1こで遺跡潜って血まみれで帰ってきたりとか」

「カジノに行ったら身ぐるみはがされて、裸で雪の国の狼と戦ったとかなんとか」

「それ本当の話ですか?尾ひれが随分ついてそうですね」

「……あ、魔王様が笑ってる。おもしろそうな勇者だよね。でもこの城に近づいたら容赦しないけど」

「迷いの森にすら辿りつけないでしょう。大丈夫ですよ」

688 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:06:44.70 ID:ikyh7zHDo

「ねえ、この間勇者の話したよね?今日も噂聞いたんだけど」

「いやー。なんでか知らないんだけど、勇者たち迷わずこっちに向かってるらしいんだよねー」

「え?どうしてでしょう。ここの場所は誰も知らないはずなのですが……どうします、魔王様?」

「森で始末しちゃう?あ、別に物騒なことじゃなくて、忘却呪文ぱぱっとかければあと10年は思いだせないはずだよ」

「え……招き入れる?ちょっと待ってください。本気ですか?」

「…………なるほど。……はい、分かりました」

「魔王様も結構賭けにでるねー。あたしはそっちの方がおもしろそうだから賛成!」

「じゃあいつ来てもいいように準備しときませんとね」

689 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:08:45.07 ID:ikyh7zHDo

「また窓の外を見ているのですか?まだ勇者たちは来ませんよ」

「……そんなに会うのが楽しみですか。いい方たちだといいですね」

「いやいや、顔に出てますから。隠しても無駄ですよ。ははは」

「……あまり夜風にあたっていてはお体を冷やします。もう窓も閉めましょう」

「ええ。ちゃんと魔王様が寝てるときに来たら、すかさず起こしますから」

「はい。おやすみなさい」

690 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:10:05.04 ID:ikyh7zHDo

「うわ!」

「連れてきましたよー魔王様ー」

「ま……魔王!!俺は貴様を倒しにきた、勇者だ! 」

「貴様に苦しめられてきた人々のために、今日俺はお前を討つ!!覚悟しろ!!」

「……?おい、魔王の姿が見えないが……?」

「待ちくたびれたぞ……勇者」

「ようこそ我が城へ」

691 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:13:08.03 ID:ikyh7zHDo

国王「死体を処理しておけ。聖火にて浄化するのだ」

騎士「はっ」

国王「国民たちよ。王都に訪れた危機は去った。安心したまえ」

国王「さて……貴様はもう自由の身だ。しかし、二度と我が国の土を踏むことは許さぬ。
   国家転覆を図って単なる追放で許されるなど、貴様が初めての例だ。感謝しろ」
   
勇者「……」

国王「一番恐れるべき魔王は消えた。これで数カ月後の魔族殲滅も楽になるだろう……」

勇者「……」

勇者「あ……?」

国王「なんだ?」

勇者「……あんた、何言ってんだ?」

国王「何とは……?」

国王「私が魔族風情とかわした約束など、守ると思っているのか?」

692 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:15:27.04 ID:ikyh7zHDo

勇者「…………て」

勇者「てめぇぇっ!!ふざけるなッ!!!」

騎士「ぐあっ!」ドッ

勇者「このっ!!!」

国王「やれ」

近衛騎士1~10「……」スッ

ジャキッ!

国王「そこから一歩でもこちらに踏み出せば、騎士たちの剣が貴様の身を引き裂くぞ。
   せっかく魔族に救ってもらったその命、大事にしてはどうかね」
   
勇者「てめえは……魔王のあの言葉を聞いてなかったのか!?
   聞いてたなら、なんであんなことが言えるんだ!!この、下衆がッ!!!」
   
国王「おかしなことを言う……まあ貴様もあと何十年か年をとれば分かるようになるだろう」

693 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:17:18.35 ID:ikyh7zHDo

男「……っ お前なんか王じゃない!勇者を離せ!」

女「魔族はきっとあんたが思ってるような生物じゃないわよ!間違ってるわ!」

母親「魔族も人間も……そんなに違うところなんて、ないって……!!そう彼女は言ってました!!」

子ども「ママ……あの子どうなっちゃったの……?」

母親「……っ」

男「そうだそうだー!!」

ヒュッ…… コン

国王「いま誰か石を投げたな?」ニヤ

国王「武力をもって国家権力に仇なす者として、いまこの広場に集まっている者たち全て、制圧しろ」

騎士「……」ジャキ

国王「武力制圧を……許可する」

国王「怪我をしたくない者は両手を上げて、騎士たちの誘導に従うのだ」

「ひ……!」「ちょっと!離しなさいよ!」「大人しくしろ!!」

わーーーーーわーーーー!
  ざわざわっ ざわざわ
  

勇者「この野郎……!!」

  

694 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:18:14.26 ID:ikyh7zHDo

騎士「頼む、大人しくしてくれ……さもないと」ジャキ

母親「そ、そんな危ないもの子どもに向けないでちょうだい!!」

騎士「仕事なんだ……ガハッ!?」

女主人「へ、フライパンでも結構いい攻撃力してんのよね」

母親「あ、ありがとうございます……?」

女主人「子どもは危ないからあんたはその子連れてこっから離れな。あとは私たちが頑張るからさ!!」

男「いててててててっ!!肩外れる外れる!!勘弁してくれー!」

司書「はあああああああああっ!!」

冒険者「おらああああああああああああ!!!」

騎士「なにっ!?」

女「こんなの横暴よ!!私たちは自分たちの考えを主張しているだけじゃない!!」

本屋「大丈夫かい、お譲さん」ゲシッ

騎士「な、なんだこのジジイ!!」

本屋「古書アターック!!」

勇者「女主人、司書、冒険者、本屋の爺さん……!」

695 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:19:09.54 ID:ikyh7zHDo

騎士「抵抗をやめろ!これ以上抵抗すれば、痛い目に遭うことになるぞ」

??「痛い目に遭うのは、貴様だ!」

ドッガァァァァン!!

人「き、騎士を一気に3人!あんた……戦士か!」
  
戦士「どんどん来い!!」

神官「どいてください!!!」ゴシャッ

騎士「ぐっはあ!?」

神官「魔王さん、魔王さん!!しっかりしてください……!!いまっ、いま治療しますから!!!」

神官「勇者様、魔王さんは私にまかせてください!!」

騎士「ぐあああ!き、貴様ら何者だ!?ただの一般人ではあるまい……」

盗賊1・2「「え?一般人ですよ?」」

仮面「ったく、処刑の時間早めるとか反則じゃねーのかよ?せっかく死に物狂いで剣とってきたのによ!!」

勇者「戦士、神官、仮面、盗賊……」

696 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:20:01.41 ID:ikyh7zHDo

騎士「こら、おとなしく……って、え!?姫様……!?」

姫「はああああああ!……あれ?」スカッ

騎士「なにをなさっているのですか!いますぐ宮殿に!!」

姫「きゃ!ちょっと離して!!」

そばかす青年「てやああ!!」ドカッ

騎士「な!?」

そばかす「全く、姫様。無茶しないでくださいよ」

姫「あら。いまのはたまたまよ」

戦士「……なんだか、見覚えがあるな」

そばかす「僕ですよ、僕!!元騎士です!僕、騎士団今日限りでやめるんで!!」ヒュッ

姫「私だって、姫やめてやるわ!!民衆の声に耳を傾けなくて、なにが王族よ!!」ヒュッ

仮面「すげえ姫もいたもんだ」

国王「馬鹿娘が……」

勇者「姫様……元騎士も」

697 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:23:58.08 ID:ikyh7zHDo

女主人「私らは戦うよ!王様、あんたの思い通りになんてなってたまるか!」

 「お…俺も戦ってやる!!おい、フライパン貸してくれ!!」
 
 「あたしだってこの箒で騎士様相手に戦ってやるよ!!もうやけくそだ!!」
 
 「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 
 
国王「……騎士団長はなにをしている? 国の誇る騎士たちよ、この暴動を必ず鎮めよ!!」

仮面「おい、勇者!! 受け取れ……っ てめえの剣だ!!」

国王「! 剣を奴に渡すな!」

近衛騎士「はあぁっ!」キイン

カランカラン…

仮面「!? チッ…」

戦士「なにやってる仮面!」

仮面「うるせーーーな!!ごめん!」

698 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:26:23.85 ID:ikyh7zHDo

国王「近衛騎士団!!もうよい……奴の、この反逆者の首を掻っ切ってしまえ!!」

国王「こ奴が全ての元凶だ!!首謀者がいなくなれば民衆の気勢も削がれるだろう」

近衛騎士「……」スッ

勇者「!」

近衛騎士「許せ…!」ブンッ

勇者(全方位から囲まれてる……逃げ場がない……!)

神官「勇者様ぁーーーー!!!」

戦士「勇者っ……!!」

699 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:27:23.17 ID:ikyh7zHDo

国王「フッ……呆気ない最期だな。魔王も勇者も」

国王「もう邪魔も入るまいて……!」

―――ヒュッ……!

勇者「ぐっ……!!」

700 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:28:00.11 ID:ikyh7zHDo

バサッ!!

??「太陽の国第一王子が命ずる!!!」

??「全員その場から動くな!!!」

勇者「!?」

701 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:28:29.13 ID:ikyh7zHDo

近衛騎士「!?」ピタ

国王「なに……!?」

戦士「ぬ!?」

神官「あ……!!」

勇者「!?……王子……!?」

勇者「と……竜人……魔女!?」

バッサバッサ…

竜「間に合った……!!」

魔女「連れてきたよ!!王子っ!!」

702 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:34:03.54 ID:ikyh7zHDo

ざわざわざわざわ ざわざわざわざわ

「ありゃド、ドラゴンか!?」 「王子だってー!?」

王子「神の定めし法により、星と雪の国両国から持ち帰った認定書と、この国の唯一なる王位継承者、第一王子の私の存在をもって」

王子「これより、この国の近衛騎士団、騎士団、兵団、魔術師団の最高指揮権は私に移ることになる!」

王子「近衛騎士、勇者から刃をのけよ。騎士よ、広場の民衆と争うのをやめ、剣を鞘におさめよ」

近衛騎士「……」スッ

騎士「……はっ」スッ

王子「国民たちよ、私は魔族殲滅に乗り出すつもりはない。勇者もその仲間も処刑するつもりはない」

王子「得心がいったら武器をおさめてくれ」

703 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:34:56.09 ID:ikyh7zHDo

ざわざわ… ざわ…

王子「……遅くなってすまなかった。勇者、久しぶりだな」

勇者「いや……え……」

勇者「だれ!?」

王子「やっぱり分からないかな?スッピンで会うのは初めてだからか」

王子「こう言えば分かるかい?」

王子「久しぶりねぇ~ 勇・者・ちゃ・ん」

勇者「!?!?!?!?」

勇者「おまっ……お前……旅人か!?!?」

王子「そうだ」

704 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:44:15.91 ID:ikyh7zHDo

国王「お前……認定書と神法のこと、本気なのか?」

王子「はい。本気です。お久しぶりですね父上」

国王「たわごとを言うな。こんな方法……実の父に!許されんぞ……!!」

王子「父上……認めてください、潮時です。もうあなたのように強引に国を導くやり方じゃあ通用しないのですよ」

王子「いまこの国は変わろうとしています。そして王たる者がいますべきなのは……
   強引にその変化を止めようとするのでなく、一緒に変わろうとすることです」
   
王子「これから私が父上に変わって、この国の上に立ちます。少し早いですが、御隠居なさって下さい」

国王「…………ふ、ふざけるな……今まで国政に微塵も関わっていなかった貴様が!!!」

国王「理想だけでは国は動かせん!!」

王子「……」

国王「何故分からん!?ここに私以上にこの国を案じている者がおるか!?
   私こそ!!私だけが!!この王国内で国の繁栄に、真に腐心しておるというのに!!」

国王「はぁ……はぁ……」

国王「……そもそも……全て貴様のせいだ」

国王「息子と娘が私に反抗するのも、民衆が私に従わないのも……全て貴様のせいだ、勇者……!!」チャキ

勇者「!」

705 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:45:49.92 ID:ikyh7zHDo

国王「貴様さえ……いなければ!!騎士の手を借りるまでもないわ!!私がこの手で……!!!」

勇者「……てめぇ……いい加減にしろ」

戦士「勇者!!今度こそ、この剣を!!!」ヒュッ

勇者「!!」パシッ

――『ほう。魔族の血も……赤いのだな。』

勇者「…………ッ」ギロッ

国王「覚悟ッ!!」

706 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:47:03.67 ID:ikyh7zHDo

―――チキッ…

勇者「王様……あんたの血は何色だ?」

国王「ぬうぅぅ!!」

勇者「俺は……あんたを、許さない……!!」

勇者「っああああああああああああ!!!!」

―――ズパッッッ!!!

国王「かっ……」

707 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:51:58.07 ID:ikyh7zHDo

姫「っお父様……!!」ギュ

そばかす「……大丈夫ですよ、姫様。勇者さんは……踏み留まりました。目を開けてご覧ください」

姫「え……」

国王「剣が……真っ二つ、か」

勇者「…………」

勇者「……あんたは見方によっちゃ、いい王様だったと思う。
   自国の民を第一に考え、民にとって危険なものは何がなんでも排除する、あんたのやり方は」
   
国王「……」

勇者「でも悪いな。……俺はあんたのやり方が個人的に気に食わない。
   自国の民以外の声を無視して聞こうとも、理解しようともしないのは間違ってる」

勇者「数多の犠牲の上に成り立っている安全なんて、この国のみんなが喜んで享受すると思うのか」

勇者「そこまで俺たちは落ちぶれちゃいない。あんたに思考も信念も全て委ねて安穏と日々を過ごすほど愚かじゃない。人間をなめるな」

勇者「王座から降りろ。あんたの時代は、もう終わりだ」

国王「…………く」

708 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:53:30.87 ID:ikyh7zHDo

ざわざわざわざわ

王子「私が事態の収拾にまわる。君は……彼女のもとへ」

勇者「すまない、あとで必ず礼をさせてもらう」ダッ

勇者「神官!!魔王は……!?」

神官「…………ッ」

魔女「魔王様、魔王様、魔王様……っ 目を開けてよ……ねえ……!!」

竜人「…………」グッ

勇者「おいおい……うそだろ!?神官、お前はどんな傷だって今まで治してくれたじゃないか!魔王のこんな傷くらい……」

神官「先ほどから……高位神官の方にも協力してもらって……治癒魔法かけてます……」

神官「でも……どうしても息を吹き返さないんです」

神官「この……『聖なる短剣』のせいだと思います」

戦士「どういうことだ……!?」

709 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:55:34.55 ID:ikyh7zHDo

魔女「うっ……うぁ……魔王様ぁ……やだよぉ……」

竜人「魔族にとって……いえ、魔力ある者にとって、魔力が完全に尽きてしまうことは死を意味します……から」

神官「この短剣で致命傷を受けたせいで、魔王さんの魔力は全てこの剣に吸い取られてしまったのだと……」

勇者「吸い取られたなら、いま剣から戻せないのか!?」

仮面「無駄だ。俺もその短剣について調べたことがあるが、一度吸われた魔力は二度と戻らない」

盗賊1「魔王の嬢ちゃん……」

盗賊2「こんなのって、ねぇよ……」

勇者「そんな……なんとか……ならないのかよ……。
   魔力水は?魔力が0なら、足せばいいだろ?ほら、神官もよく俺たちの旅の途中に飲んでたじゃないか」
   
竜人「魔王様は遙かに大きな魔力をお持ちでしたから……少しの魔力を回復しただけでは、どうにもなりません。
   どちらにせよ、魔王様の心臓が動かないことには……」
   
神官「でも、心臓を動かすためには魔力が足りないのです。だから八方ふさがりで……」

710 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:56:26.30 ID:ikyh7zHDo

勇者「大きな魔力…… そういえば、これは?」

神官「なんです?その小びんに入った液体……」

勇者「月祭りの夜に変な男からもらったんだ。魔王は男から分断された魔力だって言ってたけど」

竜人「……なんだか、魔王様の魔力に近いものを感じます。それにすごく大きな力が秘められている。もしかして……これなら」

竜人「でも……どっちにしろ手遅れです。魔王様は……お亡くなりに……なりました」

魔女「ひぐっ うっ こんなの……ひどいよ…… せっかくあたしたち、認めてもらえたのに……魔王様がいないなんて……っ」

仮面「……」

神官「ごめんなさい……もう……」

勇者「もし時が巻き戻って、魔王の心臓が止まる前に戻れたら、この小びんの魔力も役に立つんだな?」

勇者「そうしたらこいつの魔力が尽きることもなく、命を落とすこともないな?」

711 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 22:57:32.68 ID:ikyh7zHDo

竜人「……勇者様……?」

魔女「そんな、もしの話なんてしたって……意味ないじゃん!!もう……もう、魔王様死んじゃったんだよぉ……生き返らないの、もう!!」

戦士「……お前」

神官「あ……まさか!?」

勇者「よかった」

勇者「なあ、戦士、神官。 伝説の剣っていくつかあったよな。どれを武器にしようかあれこれ迷ってさ……」

戦士「稲妻の剣。三日月の聖剣。神剣グラム。そして、時の剣……だったな」

勇者「あのときは一番近いところに時の剣があったからそれを取りにいっただけだったが
   きっとあのときから決まってたんだ。俺はいまこの瞬間のために、時の剣を選んだ」
   

勇者は、時の剣を天高く掲げた。

712 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:02:17.41 ID:ikyh7zHDo

勇者「魔王の時間を巻き戻す」

魔女「えっ……?そんなこと……できるの!?」

勇者「あんまり長い時間は巻き戻せないと思う。でもぎりぎり魔王の心臓が止まる前まではできるはずだ」

勇者「これ、頼むぞ。……その魔力、一体だれのなんだろうな」

神官「勇者様!!女神が言ったこと……覚えてるんですか?」

神官「時を巻き戻す代償は、あなたの――命なんですよ」

竜人「……!?」

勇者「勿論覚えてるさ。でも、いいんだ。いま使わなくて、いつ使うって言うんだ?」

戦士「勇者」

魔女「勇者……!でもそれじゃ君が……」

勇者「旅人……いや王子か。あいつに礼を言いそびれた。誰か俺の代わりに言っといてくれ」

勇者「全員今までありがとうな」

勇者「……あと。魔王が目を覚ましたら謝っといてくれ」

勇者「――じゃあな」

神官「勇者様っ!!」

713 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:03:28.42 ID:ikyh7zHDo

眩い光が勇者の体を包み込んだ。

全員が再び目を開けたとき、そこに……彼の姿はなかった。

714 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:03:54.88 ID:ikyh7zHDo

―――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
―――――

勇者「……ん。ここは……」

時の女神「来てしまいましたか、勇者」

勇者「あんたは…… 久しぶりだな」

715 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:06:02.35 ID:ikyh7zHDo

女神「こうなることは分かってましたが……やはり、寂しいものですね」

勇者「分かってたのか?」

女神「私は過去未来全てで起こり得る事象が見通せます。
   あなたが選び取った現在は、起こり得る事象の中で最善のものでした」
   
勇者「最善ね……なににとって最もいいって判断しているんだ?」

女神「より多くの生きとし生ける者にとって、ですよ」

勇者「……なら、よかった」

女神「あなたが自分の命を犠牲に時を巻き戻すことも、本当は……見えていました。
   でも、そうならない未来も数多あったのですよ」

女神「……いいのですね?いまなら向こうの世界に引き返せますけれど」
   
勇者「そんなことしない。いいよ、俺の命をあんたに捧げる。だから魔王の時間を巻き戻してくれ」

女神「…………分かりました」

スウゥゥゥゥ

勇者「体が、足から……消えていく」

716 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:06:50.25 ID:ikyh7zHDo

女神「さようなら。勇者」

勇者「そんなに悲しそうな顔しないでくれよ」

勇者「俺は満足してるんだ」

勇者「誰かを守れた。誰かを救ってあげられた。世界を変えることができた」

勇者「……勿論、いろんな奴の手助けがあって、だけどな」

女神「ええ……」

勇者「まあ。できれば、変わった世界をもう少し見たかったってのもある。
   王子の奴にもいろいろ質問したかったし……でも」
   
勇者「ずっと10年あの島で魔王として頑張ってきたあいつにこそ、新しい世界を見せてやりたいんだ」

勇者「雪だけじゃない。星の国も太陽の国も、この大陸外のことだって……
   全部全部、俺よりあいつが見るべきだ。……見てほしいんだ」
   
勇者「あいつのために死ぬんなら、そんなに悪くないって思える。不思議なほど今は心が落ち着いてるんだ」

勇者「おっと……そろそろか」

717 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:07:44.34 ID:ikyh7zHDo

勇者「さようなら、女神様。ありがとうな」

女神「……さようなら、勇者」

スウゥ…………

………

スポンサーリンク

718 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:08:15.13 ID:ikyh7zHDo

魔王「……………………ん」

魔女「!!!」

竜人「魔王様!?」

魔王「…………んん……あれ……?」

魔女「ま゛お゛う゛ざま゛ああああああああああ!!!」ガバ

竜人「よかった……!!本当に……!!」

魔王「ここは……」

竜人「魔王城です。2週間、ずっとあなたは眠ったままで……本当にどうなることかと……」

神官「あ!魔王さん、お目覚めになられたんですね……!よかったあ」

戦士「具合は悪くないか?どこか痛いところは?」

魔王「いや、どこもない。……私は、ええと。頭の中がぐちゃぐちゃで、よく思い出せない」

魔王「なにがあったんだっけ」

719 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:09:23.92 ID:ikyh7zHDo

魔王「そうだ。勇者くんは?神官と戦士殿がいるということは、勇者くんも来ているのだろう?」

戦士「……」

神官「……えと」

魔女「……」

竜人「勇者様は」

魔王「?」

竜人「……っ」

魔王「…………?」

魔王「え?」

720 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:19:39.43 ID:ikyh7zHDo

魔王「…………なんだ?みんなして黙り込んで……」

魔女「……」

神官「……」グス

戦士「……」

竜人「……」

魔王「はは……。まるで……勇者くんが……死んじゃったみたいな、顔してる」

魔王「………………」

神官「ゆっ……勇者様、は…………勇者様はぁ……っ」

魔王「え…………?」

721 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:21:37.80 ID:ikyh7zHDo

* * *

王国暦×××年

第――代目国王、神法により即位す。

また同日、

神に選ばれし勇者XX、神の御許に招かれ、この地を旅立つ。

722 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:22:17.53 ID:ikyh7zHDo

ザアァァァァァ……

   ザアアァァ……

魔王「…………」

魔王「…………」

魔王「…………」

魔王「ひどいよ」

魔王「…………」

ザアアァァァァァァ……

   ザアァァァ…………
   

723 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:23:27.45 ID:ikyh7zHDo

―――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――
―――――

一カ月後

太陽の国 王都 宮殿

神官「……それにしても」

戦士「まさか旅人が王子だったとは……世の中わからんものだ」

王子「はは。すまないね」

竜人「どうしてあんな格好と……えっと、態度を?」

王子「家出同然で旅に出たとき、騎士団の追跡がうざったくてね。髪型を変えても、服装を変えても必ず私だってばれてしまうから、
   いっそ度肝を抜くような変装をしてやろうと思ったら、ああなったんだ」
   
魔女「度肝抜きすぎ」

王子「凝り性だから化粧も服装も態度も口調も全部変えた。
   王族としてきちんとした身なり立ち振る舞いをずっとしてきた自分にとっては、結構楽しかったけれどね。
   いまも気を抜くとオネエ言葉がでちゃうわぁ~」
   
仮面「なんだこいつ……」

姫「もう。お兄様、今日就任式と、その後パレードがあるのよ?ちゃんと自覚持ってるの?」

王子「勿論持ってるさ。ただ政治に関しては僕も素人同然だからね、努力はするけど手助けしてくれよ、我が妹」

姫「しょうがないわね……お兄様がきちんとした王様になるまでは、手伝ってあげるわ」

724 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:24:35.93 ID:ikyh7zHDo

姫「ねえ、どうして家を出たの?私……寂しかったわ」

王子「うん。すまない。実を言うと……王位を継ぎたくなかったんだ。
   私が旅先で失踪すれば、王位継承権は必然的に君に移る……正直、私より君の方が向いていると思うんだよね」

神官「なんか仮面さんと似てますね」

仮面「やめろこんな奴といっしょにするな」

王子「まあそんなことを薄ら考えながら根なし草の生活をしていた……それなりに気にいっていたんだよ。
   父は次の王になる私に、自分と同じような考えを植え付けようとするのに必死だった。意識的にか無意識的なのかは分からないけれど」
   
王子「そんな風に何かを押し付けられて生きてくのは苦しかったし、自分が何なのか分からなくなっていた。この宮殿にいるときは」

姫「…………そんなこと考えてたなんて、知らなかった」

王子「君は私より強かった。あの父のそばにいても、自分をしっかり持っていたから。だから向いているって言ったんだ。
   旅に出て、自由に生きてると、型に嵌められて埋没した自分自身を少しずつ解放していってるような気がした」
   
王子「このまま、生きていくのもいいと思った」

王子「でもそこで竜人と魔女にあの話を聞かされたんだ」

王子「私が自由に生きていく裏で、苦しんでいる人がいる。見ないフリして逃げてた事実を目の前に叩きつけられたんだ。
   もう逃げていられないと思って、腹を括ったよ」
   

725 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:25:34.53 ID:ikyh7zHDo

姫「私は、私よりお兄様の方が王様に向いていると思います。
  そんな風に色んなことを考えられる繊細な心をもったお兄様の方が、よい政治を行えると思うの」
  
王子「ありがとう。精進するよ。……もう逃げない。自分からも、国からも」

竜人「あなたが旅人として魔王城に漂流してきた時。魔王様が忘却呪文を施したにも関わらず、記憶を思い出したのは
   宝物庫から盗んだ、忘却呪文を跳ね返すという『忘れじの鏡』のせいですね?」
   
王子「鏡?ああ……あれそんな名前だったんだ?鏡がほしかったから適当に取ってきたんだけど」

神官「えええ……」

戦士「それからその左目の泣きぼくろと首元の傷……俺たちがお主に会ったとき、気づかなかったのは、お主が化粧をしていたからか」
   
王子「まあね。首まで化粧しないと、顔と首の色が違ってしまうじゃないか?常識だよね」

神官「そうでしょうか……」

魔女「金髪碧眼の時点でちょっとは気をとめればよかったのかもしれないけど……それ以上にインパクトありすぎてありすぎて」

王子「あっはっは」

魔女「確かにこうして見るとイケメンだけどさー。あんなの気づかないよ。まったく」

726 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:26:17.10 ID:ikyh7zHDo

竜人「雪の国で、あなたの宿のシャワールームを開けてしまったときがありましたね」

王子「やだーもう。恥ずかしっ!エッチ!」

姫「お兄様」

王子「すみません」

竜人「あのときは『この世で最も汚いものを見てしまった…』と思ってすぐに記憶から抹消したのですけど」

王子「ひどくない?」

竜人「思えば、何か引っかかるところがありました……きっと、泣きぼくろと首の傷をそのとき視界に入れてたからですね」

魔女「ああ。確かに……あったかも」

竜人「でも、まあ、あのとき魔女があなたからもらった顔パックが後のち役に立ったから、よかったですけど」

魔女「王子の居場所を特定するための材料としてね」

727 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:28:09.50 ID:ikyh7zHDo

仮面「しかし、お前らほんとあのときギリギリだったな。よく間に合ったもんだぜ」

竜人「ああ。あれは本当にギリッギリでしたね」

魔女「本当は間に合わなかったはずなんだよね。予定では、えーと。
   処刑宣告から3日目の正午、つまり処刑が早まる前の本来の時間ギリギリに王都に到着することになってたんだもん」

竜人「太陽の国→星の都→王子拾って→雪の首都→太陽の王都 で、全部で30時間かかる計算でしたから」

神官「じゃあ、どうして?転移魔法は使えなかったんですよね?」

魔女「王子が雪の国の認定書を取ってきてくれてたからねー」

戦士「ほう?」

王子「竜人と魔女から話を聞いたあと、私は雪の国を旅立ったんだ。いろいろ準備しなくちゃいけないことあったし、国王になるための後ろ盾も必要だったし。
   でもその後……しばらくして、勇者が処刑されるとの噂が耳に入った」
   
王子「父が嗅ぎつけたんだと思った。当然認定書も消されてるはず――だからまた取りに行ったんだ。
   でも馬で走るとどう頑張っても星の都に行った後、太陽の国まで時間内に辿りつけない。
   どうしたもんかと思いながら馬を走らせてた時に、大きな竜が飛んでくるのが目に入った」
   
王子「正直ちびったよね」

姫「お兄様」

王子「はい」

スポンサーリンク

728 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:30:42.81 ID:ikyh7zHDo

竜人「私たちが無事に星の国の認定書を手にしたあと、星の国と雪の国の中継地点で王子と合流しました。
   それから王子が認定書もう一枚持っていることが分かったので、すぐに王都に引き返したんです」
   
魔女「処刑は次の日のはずだったからさ、一日休んで転移魔法でぴゅって行っちゃおうって考えたんだけど。
   王子が絶対王様は処刑を早めるはずだから急いだ方がいいって言うからさ」
   
仮面「さすが親子だな。あたってるじゃねーの」

王子「こういうときの勘はあたるからね」

竜人「それから死に物狂いで飛びました。で、なんとか王都に辿りつけたってことです。
   でももし王子が星の国の認定書をもらっていなかったら、確実に間に合いませんでしたね」

神官「ほえー……ギリギリでしたね」

王子「もう少し……早く、私も動いていれば、未来も違ったのだろうけどね」

王子「すまない。この通りだ」

戦士「……いや、お主はよくやってくれたと思ってる。それにあいつは、自分でああなることを選んだんだ。
   後悔はしてないだろうさ」

神官「……はい、私もそう思います。きっと、今も神様の近くで……私たちを見守っていてくれているはずです」

コンコン

騎士「失礼します。そろそろ……」

王子「もう時間か」

729 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:32:09.80 ID:ikyh7zHDo

王子「さて。これから私は就任式だ。では行ってくるよ」

竜人「はい。私たちもぜひ見させてもらいますよ」

魔女「パレードもね」

仮面「……あいつはどこ行った?あのちびっこ魔王」

魔女「…………多分、お墓かな」

竜人「迎えに行ってみます。転移魔法で」

王子「そういえばさっき、旅人としての私は変装だと言ったけど、何から何まで嘘じゃないんだ」ガタッ

神官「へ?」

王子「男も女も愛することができる、いわゆるバイというものだね」

姫「お兄様」

王子「今のは普通の発言だろ?」

730 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:33:35.11 ID:ikyh7zHDo

王子「ということで、私は男も女も人も魔族も、自国民もそれ以外も愛するよ。そんな政治を行いたいと思っている」

姫「なにを言いだすかと思えば」

王子「この国も、あの勇者に託されたようなものだからね。やるからには半端な政治はしないつもりだ」

魔女「期待してるよ、王子様」

竜人「……ええ」

神官「できますよ。きっと」

戦士「ああ。俺たちだって、何かできることがあればすぐに手を貸す」

王子「……ありがとう。じゃあ行ってくるよ」

バタン

731 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:34:14.23 ID:ikyh7zHDo

小さな村

ザアアァァァァ……
  ザアアアアァァァァ……

『勇者XX ここに眠る』

魔王「眠る、か……」

魔王「みんなが言うには、勇者くんの体は光に包まれて消えてしまったらしい」

魔王「ならばこのお墓の下にはなにも埋まっていないのだろうな」

魔王「……」

魔王「……」

魔王「風が気持ちいいな。勇者くん」

魔王「君の育った村を初めて見た…… 小さいけれど、いいところだ」

魔王「風車があるんだな」

732 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:35:02.81 ID:ikyh7zHDo

ザアァァァ……

魔王「風の音を聞いてると、いろいろ思い出すよ」

魔王「君と出会ったときのこと。一緒にご飯食べたこと。夕焼けの中を二人で飛んだこと」

魔王「絵本を読んでくれたこと……頭をなででくれたこと……」

魔王「雪を見せてくれるって言ってくれたこと……」ゴシゴシ

魔王「約束したのに……」

魔王「勇者くんのばか」

733 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:35:57.24 ID:ikyh7zHDo

魔王「……」ゴシゴシ

魔王「……泣いてないよ」

魔王「君が変えてくれた世界に、君がくれた命。どちらも大切にするから」

魔王「いつか、また。どこかで会おうね」

魔王「そのときは覚えていてくれ。私は……まだほんのちょっとだけ、怒っているんだぞ」

魔王「…………」

シュン

竜人「……魔王様。王子の就任式とパレード、そろそろ始まりますよ」

魔女「いこ……」

魔王「……うん」

734 :◆TRhdaykzHI 2013/10/22(火) 23:36:32.32 ID:ikyh7zHDo

魔王「勇者くん」

魔王「ごめんね」

魔王「…………ありがとう」

魔王「……じゃあね。また来るね」

タッタッタ……

次のページへ >

スポンサーリンク

-名作・神スレ
-