後味の悪い話

【後味の悪い話】ウエストウッド・ビブラート

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664: 本当にあった怖い名無し 2011/01/19(水) 18:05:57 ID:xz4u+w8O0
「ウエストウッド・ビブラート」のうちの一話

主人公は、楽器修理人の女性。
彼女はポーランドのフリーマーケットで手に入れた楽器を、修理を施した上でネットオークションに出した。
その楽器とは、吹奏楽器のフリューゲル。外装の目立った傷は消えないが、修理によって音色は甦っていた。
フリューゲルについた買い手は、ポーランド出身の老男性Aだった。
Aはわざわざ主人公の家にまでフリューゲル引き取りに来ると、フリューゲルの傷を認め、
これは自分が幼少のころから探していた物だと語った。
Aはユダヤ人で、かつてナチスがポーランドにつくった収容所で一時期をすごしていた。

当時、収容所で幼いAとその兄は労役に就いていた。
すぐ隣の敷地には、毒ガスで人々を一気に殺す「黒い家」があり、
欧州中から集められてきたユダヤ人たちが毎日そこで殺されていた。
毒ガスが放たれる時、いつもそこではフリューゲルが奏でられていた。
奏者はドイツ兵の、眼鏡をかけたまだ若い青年だった。
異様に迷信深い所長が、魔を祓うためにと青年に命じ、音色に導かれるように毎日ガスが放たれていた。
はしごで上った先の、演奏専用の高所から青年が吹き鳴らす音楽はまるで葬送曲のようで、
ユダヤ人たちはその音楽を恐れた。

まだ幼いAはそうではなかった。Aは労役所とを隔てる鉄条網を抜けて青年に会いに行き、汚いパンを渡そうとした。
数時間も演奏し続けの青年はお腹がすいているだろうという気遣いであったが、あっさり断られた。
Aの後を追ってきた兄は、すぐにAを引きずり戻し「弟はなにもわかってないんですすみません」と青年に謝った。
ドイツ兵は自分たちよりよっぽどいい物を食べているし、自分たちを家畜だとしか思っていないと兄は説き伏せるが、Aにはよくわからなかった。

労役の掘削作業の中でAは星の形をした変わった石を見つけた。
お腹が空いていない青年でもこれは喜ぶかもしれないと、懲りずにAはこっそりと青年のもとに行った。
Aが青年を慕うのは、Aの父親も同じような吹奏楽器を吹く人物だったからだ。
そうAは青年に話し、父に教えられた曲を歌って聞かせた。
「ヘブライの合唱」と呼ばれる、ユダヤ人が故郷へと思いを寄せる歌詞の曲だった。

665: 本当にあった怖い名無し 2011/01/19(水) 18:06:45 ID:xz4u+w8O0
ユダヤ人を迫害するための場では、その歌は忌まわしいものだと青年はAを叱り、
そんな歌を歌うな、それにもうこちら側にくるなと厳しく言ってきた。
青年にも子供がいるが、その子供はAではないし、自分はAの父親ではないから重ねて見るなと、
青年は星の形の石をAに向かって投げ捨てた。Aは石を拾い、泣きながら引き返した。
Aは兄にその事を話し、既に亡くなった父の顔がもう思いだせない事、
父が楽器を吹いていた姿だけ覚えていて青年の姿と似ていた事などを語った。
兄は、以前にAを連れ戻しに隣の敷地に行った際に、故郷で見たのと同じ花が咲いていた事を思いだした。
落ち込んでいるAを励ますためにも、兄は翌日にその花を見に行かせる事にした。

翌日。今まで何度Aが隣の敷地に入り込んでも兵たちにバレず大きな問題は起こっていなかったのだが、
二人そろっての行動だったため目立ってしまったのか、兄弟は兵に発見され、大事になってしまった。
兵たちは軽い調子で「二人ともまとめて黒い家に放りこんでおくか」と言いだした。
兄は咄嗟に、Aが持ったままの星の形の石を取り出し、
「星の形をしたものは演技がいいから所長さんに見つけたら持って来いと頼まれていたんです」
とでまかせを言った。所長の迷信深さは兵の誰もが知っていたから信用してもらえた。
しかし、石ころを渡すのなんか一人でもかまわないだろうと、兄の方は黒い家に連行されてしまった。

フリューゲルの演奏と共に兄は毒ガスで殺されてしまう、
Aは演奏を止めようと青年のもとに走った。
兄がいるから演奏はやめてと青年にしがみつくAを、
他の大勢の兵たちが引きはがし、やはり面倒だからとAも黒い家に放りこんだ。
たくさんの他のユダヤ人たちと共に絶望にくれている兄弟のもとにやがてフリューゲルの音色が届いた。
奏でられている曲はいつものものとは違っていた。「ヘブライの合唱」だった。

666: 本当にあった怖い名無し 2011/01/19(水) 18:08:02 ID:xz4u+w8O0
演奏をやめるよう他の者が言っても青年は聞かず、引きずり下ろすようにしてその場から強制的に連れ出された。
ユダヤ人のための曲を吹くなど不吉極まりないと、所長はその日の執行を取りやめた。
再び労役所へと戻る事になったAは、争いの中で叩き割られた青年の眼鏡と、
大きくへこんだフリューゲルが落ちているのを見た。

翌日に戦況が大きく変わりユダヤ人たちの開放へと事態は進んでいき、
ヘブライの合唱が奏でられた日に執行から逃れた者たちは生き延びる事が出来た。

兄と共に生き残れたAは、ナチスの悪行を世間に訴える語り部の一人となった。
そうやって関わる事で青年の消息を知る事が出来るかもしれないと考えたからだが、
青年は見つからず、様々な記録の中にも青年の面影を見る事はできなかった。
あれからずっと、ただ青年に「ありがとう」と言いたかったのだとAは言い残し、
フリューゲルを受け取って帰って行った。

おわり

668: 本当にあった怖い名無し 2011/01/19(水) 23:29:05 ID:NGIpPRO20
何処が後味悪いの?

672: 本当にあった怖い名無し 2011/01/20(木) 12:18:56 ID:06WTZEcv0
>>665-666
後味はそんなに悪くないが悲しい話だ
面白かったよ

673: 本当にあった怖い名無し 2011/01/20(木) 17:58:13 ID:/aGqqae20
>>665-666
後味が悪いのは青年が見つからなかったことじゃないのかな。悲しい話だ。

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