師匠シリーズ

【師匠シリーズ】もこ退治

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師匠シリーズセルフパロディ。 http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3897339

2014年6月7日 23:16

師匠から聞いた話ということになっている話だ。

大学二回生の春、なかば何でも屋になりつつあるバイト先の興信所、小川調査事務所に、奇妙な依頼が転がり込んできた。

屋敷に現れる化け物をどうにかして欲しいと言うのである。

『オバケ』専門の調査員であるところの加奈子さんという先輩が、別の地縛霊絡みのやっかいな依頼にかかりっきりになっていたので、所長である小川さんは断ろうとした。

すると、加奈子さんが僕に、「お前一人でやってみろ」と言うのだ。

期待されている!

ただでさえ零細業界である興信所の下請けの下請けのバイトの助手という、マツクイ虫やダンゴ虫とたいして変わらない身分である自分が、お屋敷の化け物退治という大仕事を任されるのだ。

それも、オカルト道の師匠でもある加奈子さんからのご指名で。これは試されている! 不本意な助手の身で、力を発揮できずにくすぶっていた僕が、この道で一人前として認められるかどうかの試金石として。

それを読み取った僕は、即座に返事をした。

「ぼ、ぼ、ぼ、僕一人でですか」

その屋敷は郊外にあり、いかにも財産を溜め込んでいそうな、大きな日本家屋だった。

そこへリュックサックを一つ担いで乗り込んだ僕は、玄関に悪霊退散の御札が一面に貼られているのを見て、改めてことの重大さに身が引き締まった。

『もこを退治すること』

それが依頼の内容だった。

なんだか妙な名前だったが、妖怪だか怪物だかの一種のようだ。

師匠もどこかで聞いたことがある、と言ってペシペシと自分の額を叩きながら思い出そうとしていたが、『誰かの生首』や『赤いヒトデ』といった恐ろしそうな事件の名前だけがいくつか出てきただけで、結局詳しいことは分からなかった。

とにかく僕は、家の人が海外旅行のために屋敷を空けるという一ヶ月のうちに『もこ』を退治しなくてはならない。

正体も分からない相手のこと、長期戦も覚悟して大量の食料を持ち込み、いざ、もこ退治を敢行することにした。

その初日の夜のことである。

僕は虎の毛皮でできた敷物がしてある居間で、大画面テレビを見ていた。好きに開けていいと言われていた冷蔵庫で発見したキャビアを肴に、景気づけのビールを飲みながらだ。

十二時を回ったころだろうか。ふいに生暖かい風が頬を撫でた。明らかにこの世のものではないものが現れる時のあれだ。

さっそく来やがった!

立ち上がり、身構える僕の前に、どこからともなく人形のようなおかっぱ頭の少女が忽然と現れた。

慄然としながらも、「おまえがもこか」と問い掛ける。

しかしそんな僕を無視して、少女は奇妙なことをしはじめた。

それは『怪談』である。

「……すると、踏み切りの上ですれ違いざまに『よく気づいたな』と、小さい声で言いながら歩き去って行ったそうです」

これはいったいなんの真似なのだろう。

少女はどこかで聞いたことがあるような怪談をひとしきり話すと、満足したようにふっと消えたのである。

これで終わるはずはないと、引き続き緊張しながら警戒に当たっていた僕をあざ笑うかのように、屋敷の中にはなんの異変もなく、時間だけが過ぎていった。

結局その日はそれきりなんの怪異も起こらず、朝を迎えてしまった。僕に怪談話を聞かせたあのおかっぱ頭の少女がもこなのだろうか?

もやもやした気持ちのまま朝日をカーテンでシャットアウトし、就寝した。

そして次の夜、冷蔵庫にあった生ハムメロンを肴に、忍び込んだ地下の貯蔵庫で一番高そうに見えたワインを失敬して来てチビリチビリと飲んでいると、今度は口裂け女が現れた。

明らかに初日の少女とは別のやつだ。

「おまえがもこなのか」

と問い詰めるが、口裂け女はそれには答えない。ただ、白いマスクを外しながら、大きく裂けた口を顕わにした。

『わたしキレイ?』と訊かれたら『ポマード』と言い返せば良かったんだっけ、と、ドキドキしながら身構えていると、口裂け女はその口でこんなことを言うのだ。

「夜中に電話に出ると、『もしもしわたしリカちゃん。今駅前にいるの』と言って電話が切れたの。しばらくしたらまた電話が掛かってきて、今度は『家の近くの公園にいるの』……」

これまたどこかで聞いたような話だ。

そして『今、ハバロフスクにいるの』でおなじみのおきまりのオチがついたところで口裂け女は、またふっと消えたのである。

なんなの。

一人でぽつんと居間に残された僕はふと思った。

おや? こういう話を昔読んだことがあるぞ。

たしか『稲生物怪録』(いのうもののけろく)という絵巻物だ。毎晩違うお化けが現れて主人公を脅かしていき、三十日目の最後の日に総大将が現れ、逃げなかった主人公の勇気を称える、という内容だった。

それをなぞっているのなら、最終日にもこが現れるはず。

これは長期戦になるな。

ごくりと生唾を飲み込んで、僕は覚悟を決めた。

生唾は、別段これから訪れる高級食材ライフのことを思ってのことではない。とにかく僕はたった一人で現代の『稲生物怪録』と対決することになったのだった。

十日が経った。

あれから毎日毎日、様々なオバケが現れては僕を脅かそうとしていた。しかし僕はその攻勢に歯を食い縛って耐えていた。

その日は台所で発見した干しあわびに、思うさま歯を食い縛りつつ、書斎の鍵がかかる引き出しにあった森伊蔵とかいう芋焼酎を飲んでいると、猫又が現れた。

猫なのだが、しっぽが二本生えているのだ。しかも人語を喋っている。

「その子はこう言ったそうです。『今度は落とさないでね』」

僕は話を聞き終えてから、大ぶりの干しあわびをトルネード気味に猫又に投げつけた。

なに自信ありげにこっち見てんだ!

猫又はびっくりした様子で消えていった。

僕はイライラしていた。

怖がらせようとするのは結構だが、なんで怪談なんだ。せっかくお化けなんだから、自分で勝負しろよ。怪談も、使い古されたネタばかりだし。毎晩毎晩オチのわかる話を聞かされる身にもなってくれ。

いや、思わず口が滑ってしまった。誤解しないで欲しい。毎晩お化けと向かい合い、対決するのは実際のところ大変な危険を伴うミッションなのだ。朝を迎えるころにはいつも冷や汗で全身びっしょり。腰はガクガクしているし、奥歯はガタガタ。ひざがしらはムズムズだ。一夜で寿命が確実に十年は縮む。

そんな思いをしてまで、この『もこ退治』という依頼を遂行しようとしている僕に、多少の役得があってもいいのではないだろうか?

その翌日、十一日目の夜に現れた女の幽霊(なんか髪が濡れてたので、濡れ女か?)、こいつは最悪だった。

「……それがテケテケーッって走るの! グワーって、凄いの! それテケテケおばけって言うんだけど……」

感情が先走って上手く話せないタイプだった。

僕が暇つぶしに作ったおフダハリセンで思わず引っ叩いたら消えた。

十八日目くらいに出てきた、のっぺらぼうも酷かった。

口がないのでジェスチャーなのだ。

「鏡? は置いといて、え?なにそれ、ああ、口紅? で、なに。鏡に…… 何かを書く? A? 次がI? ああもう、オチ分かってるしもういいよ。エイズの世界にようこそってんだろ」

のっぺらぼうの表情は分からないが、きっと悔しそうに消えていったのだろう。

そんなこんなで二十九日が過ぎた。

「ベットの下に男がいたんだろ!」

僕の切れ気味の突っ込みに、怯えた様子で一つ目小僧は消え去った。

僕は深いため息をつくと、居間の玉座、もといソファーに腰を沈めた。

やっとこの怪談地獄も明日で終わりだ。

残念…… いや、解放の喜びに期待が満ち溢れてくる。寝室で見つけたやたら肌触りのいいガウンに包まれた身を見下ろし、もう一度深い溜め息をつく。

しかしいったい、もこってやつはなにを考えているのだろうか。怪談は寒いし、お化けもなんか古くてベタなのばかりだし。

つまらなすぎて、いやもとい恐怖のあまり酒が進む進む。

最後のあたりは昼間から、ワインや焼酎、テキーラ、バーボン、シャンパン、ウイスキーなどあらゆる酒をずらりと並べ、紙ヒコーキを飛ばして当たったボトルを飲むという、かの陰陽師、安倍晴明もしていた神聖な儀式に没頭し、僕は全身の霊気を高めていった。

『稲生物怪録』では最後の日、「魔王・山ン本五郎左衛門」と名乗るお化けの総大将が現れるのだが、その魔王を気取るもこって野郎はいったいどんなヤツなのか。想像するだけで、手のひらにじんわりと汗をかいている自分に気づく。

空調が効きすぎているようだった。

次の日、つまり三十日目。僕は最後の最後に地下の隠し金庫で発見したブランデーを片っ端からやっつけていくことで精進潔斎しつつ、決戦の夜を待った。

ラベルのフランス語は読めないので恐らくだが、ルイ一世から十九世あたりまで懲らしめたところで、これまでとは格の違う異様な気配が周囲に満ち始めた。寒気や生暖かい風どころではない。

どこからともなく笛と太鼓の音が響き渡り始めたのだ。

さすがにゾクリと緊張して立ち上がり、屋敷中の御札を集めて作ったハリセンや紙鉄砲といった武装に手を添えた。

するとしずしずと裃(かみしも)を着た武士がドアを通り抜けながら居間に入って来たのだ。

武士の顔は蒼白で、生気を全く感じられない。しかしそのたたずまいは昨日までの雑魚どもとは一線を画す風格に満ちていた。

僕は思わずあとずさる。

武士は端正な顔をこちらに向け、口をまったく開かずに語りかけてきた。

「拙者は山ン本五十六郎左衛門と申す魔物。そなたのような勇気のある者は知らぬ」

おお、稲生物怪録と同じ展開だ。

山本という生前の名前が、魔物と化すことで山ン本(サンモト)と変化している。

しかし……。

「って、ちょっと待てい! お、おまえがもこじゃないのか」

「は? 拙者はかの山ン本五郎左衛門から数えて五十二代目にあたる由緒正しき魔物の棟梁でござる」

「ぼ、ぼ、ぼ、僕はもこが出るからって、ヒック。聞いて来たんらぞ」

「もこならば十三日目に出たはずでござるが……」

「下っ端かよ!! しかも印象薄っ!!」

  

(完)

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