後味の悪い話

【後味の悪い話】高橋克彦「膚の記憶」

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18: 1/3:14/04/05(土)16:12:54 ID:melJMgKrQ ×

高橋克彦「膚の記憶」

50歳の彼はここ一年、ひどい食あたりに悩まされている。
食べ物には気をつけているし、食べたものを毎日メモして医者に相談もしたが、原因不明。
症状は頭痛・めまい・吐き気・悪寒に蕁麻疹。

何だかんだで、原因は母の出身地が水源のミネラルウォーターだとわかる。
原因がわかったよ、とそのボトルを見せると、同居の母は顔色を変えた。
『湖雫(うみのしずく)』というその天然水は、母の実家のすぐ側にある鍾乳洞の奥の湖を水源とする湧水を隣町の会社が売り出している。

仕事ついでに隣町の温泉に足を伸ばし、鍾乳洞を訪れた彼を案内した地元のタクシー運転手は、水源から何キロも離れた湧水をビン詰めして「みずうみのしずく」ってのは誇大広告じゃないですかねえ、と笑っている。
鍾乳洞は地元カップルがお化け屋敷感覚でたまに遊びに来るだけで観光化されておらず、運転手の懐中電灯だけが頼りだ。
しばらく歩くとエメラルド色の透明な湖があった。
透明度に感心した男が湖底を覗きこむと、死体が沈んでいた。

16: 2/3:14/04/05(土)16:09:28 ID:melJMgKrQ ×
警察にあれこれ尋問されて夜になってから温泉に戻った彼を運転手が訪ね、気になる事を言った。

あのあと枝道で女の死体も見つかったそうだ。
遺留品で身許がわかったが、二人は婚約中のカップルだった。
おそらく男が懐中電灯を持ったまま足を滑らせて湖に落ち溺死。
女は助けを呼ぼうとしたが暗闇で道に迷い餓死。殺人事件ではない。

湖に死体が沈んでいたのはこれが初めてではない。
昭和20年代には鉈傷のある白骨が2体見つかり、その後鍾乳洞のすぐ側の家に住んでいた老夫婦が自殺した。
だからこの辺りの年寄りは『湖雫』を絶対飲まない。

鍾乳洞のすぐ側の家といえば彼の母の実家だ、今は廃屋だが。
父が兵役に取られたので、彼を妊娠中だった母は実家に帰っていた。
母は産後3ヶ月で彼を連れて東京に戻り、以後両親の葬儀まで実家に行った事はない。
彼に祖父母の話をした事もない。
戦時中、隣町出身の脱走兵が鍾乳洞に隠れた事があった。

17: 3/3:14/04/05(土)16:10:39 ID:melJMgKrQ ×
脱走兵の親が不憫に思い、鍾乳洞に隠してすぐ側の家の知人夫婦すなわち彼の祖父母に世話を頼んだがしばらくして脱走兵は消えた。
その後、村でも指折りの貧しさだった祖父母と痩せこけた腹ボテ娘…彼の母が肉を食っているのを見た村人がいた。
戦後鍾乳洞で死体が見つかり、村人は(つまりそういう事か)と思ったそうだ。

俺の為に祖父母は脱走兵を殺した、と彼は思った。
彼を無事に産む為に母はおぞましさに耐えて人肉を食った。
母も彼のように蕁麻疹に苦しんだのだろうか。
最近は天然水ブームで、東京に居ながらにして日本中の水を飲む事ができる。おぞましい偶然だ。

俺は祖父母や母が罪を犯すほどの価値はあったのだろうか、と彼は思った。
彼は、数年前に死んだ父を母よりずっと大事にしていたので。

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