後味の悪い話

【後味の悪い話】『黄泉の川が逆流する』

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682: 1:2010/10/01(金) 11:05:23 ID:CW4T9iF70
同時に読んでた別の話もついでに投下します。
『長い暗い冬』は後味悪いという噂を聞いてたので、心を中和させようと
思って読み始めた作品です。全然中和にならなかったわけですが…。

ハイペリオンの作者シモンズのゾンビもの。『黄泉の川が逆流する』

母が死んだ。
父は悲しみのあまり、母を復活主義者達に委ねた。
「ちょっと病気で入院してたのが帰ってきただけだ」
父は親族達に繰り返しそう説明していた。まるで自分に言い聞かせているようだった。
そうして墓場から帰ってきた母は、かすかな笑みを顔に貼り付けていた。
父が抱きしめても、兄がすがり付いても、その面差しに変化はなかった。

全部、わかっていたはずのことだった。
僕はすぐに、母がまばたきをしないことにも、言葉を発しないことにも気付いた。
それでも、母を愛する気持ちに変わりはなかったのだけれど。

肌の色は、蝋のように青白いものだと思っていた。だけど実際は赤みを帯びて健康そうだった。
触れてみてもふわりと温かく、ただ漠然とした異質さを感じるだけだった。
異質さ。たしかにそこにいるのに、だからこそ、それは日を追うごとに僕達を苛んだ。

昼には、庭の鉢植えに水遣りをしている姿を見かけた。
入院中に枯れて捨ててしまった鉢のあった場所でも、それと気づく様子もなく。
夜になると、窓際に立って裏手の森の方をじっと眺めていた。
暗がりに引きつけられているのだ、と僕は思った。

父は酷く酒を飲むようになった。兄はどんどんと無口になっていった。
夜、灯かりの消えた寝室に入ると、母が僕と兄のベッドを眺めていた。
「やあ、母さん」僕は囁いた。「さびしいよ」そうして母の手を握った。
腕が疲れるほど握り続けていたけれど、母は握り返してくれることなくやがて部屋から出て行った。

683: 2:2010/10/01(金) 11:08:00 ID:CW4T9iF70
僕達は、復活主義に加担したことで、様々な嫌がらせを受けるようになった。
僕は公立から私立へ学校を変えることになったし、父の講義を受けに来る生徒は日に日に減っていった。

そんなある日、兄の残り少ない友人であった隣家の双子が、冷蔵庫に閉じ込められて死んでしまった。
たった一人になった兄は、僕に家出しようと言ってきた。復活に一番反対していた叔父の家に行こうと。
僕達はその日の夕方には家を抜け出した。途中、テントで仮眠を取って、明日には着く目算だった。

けれど僕は、夜中にテントの中で目を醒ました。周囲から覚えのある気配を感じたのだった。
外に、母がいる。いや、そうじゃない。母のようなものたちがいる。
僕はテントの三角窓から外を覗き見た。暗がりには誰の姿もない。
けれど理解した。朝日は闇を打ち払うことはしない。闇はいつでも僕達に忍び寄っているのだと。

恐怖に駆られた僕は、翌朝兄に帰ろうと言った。意外なことに兄はあっさりとそれに同意した。
そして、帰宅。父はまだ眠っていたので、地下室へと向かった。
地下は暗かったが、母がそこにいるのはわかっていた。
「家出したけど、戻ってきたんだ」僕は言った。「家に帰ろうって思ったんだ」

ある日、復活主義者達の集いとして海辺のホテルへ泊まることになった。
現地には復活を経た人がたくさんいて、みんな暗いホールをずるずると歩いていた。
僕はいつのまにかいなくなっていた兄を探して外を歩いた。でもどこにもいない。

そのうちに、偶然父が叔母の頬にキスしているところを目にしてしまった。
僕はそれが許せなくて、すぐに母を探しに出かけた。
そして遊歩道を走っているうちに、ふと気配を感じて首を上に向けた。
はじめに認識したのは、木の枝から垂れ下がる洗濯紐だった。
次に認識したのは、それにぶら下がる兄の体だった。

684: 3:2010/10/01(金) 11:09:35 ID:CW4T9iF70
兄が死んだあと、父は教職を辞し、復活主義者達の団体から斡旋された警備員の職に就いた。
僕も同じ団体から奨学金を得て、大学に通い始めた。
けれど契約には違反して、僕は滅多に家に帰らなかった。

ごくたまに帰った時には、父は必ず酔っ払っていた。
一度だけ、キッチンで一緒に飲んで一緒に泣いたことがあるが、その時にはもう父の髪は
ほとんどが抜け落ち、落ち窪んだ両目は皺の中に埋もれるようになっていた。
そして僕が大学を卒業する三日前に、父は風呂場で手首を切り裂いて兄の後を追った。

自殺にも関わらず、団体は保険金を払ってくれたので、生活に困ることはなかった。
やがて社会で職を得た僕は、子供の頃に皆で住んでいた家を買い戻した。
殆どの家具は捨てずに取っていたので、幾つかを補充するだけで済んだ。
そして、一番大事だったものにその場所へと帰ってきてもらった。

古い家は維持にお金がかかったが、浪費しているつもりはなかった。
だって家に帰れば、そこでは昔のように、皆が笑顔で僕を待っているのだから。

以上。短く書けば、父が死んだ母をゾンビとして復活させる
→家族がゾンビという状況に追い詰められた父と兄が自殺
→ゾンビに抵抗のあった主人公だが、悲しみに負けて結局父・兄をゾンビ化させてしまう
……で終わりの話ですが、それだと侘びも寂びもあったもんじゃないので
原文と同じ一人称あらすじにしてみました。長くなってすみません。
同じ人間が連続で投下するのもどうかと思うので、これでしばらくROMります。

687: 本当にあった怖い名無し:2010/10/01(金) 13:04:20 ID:TxPm0kXV0
>>684
シモンズってそんな話も書いてたんですね。乙です、面白そうだなー
ハヤカワから出てますか?

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